このベッドを使わないのは冒涜です
「おなかすいてる?」
「…食べる」
まだなんにも言ってないのに…。
苦笑しながらキッチンへ戻る。
パウンドケーキを切り分けて、飲み物は、コーヒーじゃ眠れなくなるかなぁ。
でも寝ないならいいのかしら?
ぼんやりとそんなことを考えながら、とりあえずインスタントコーヒーをマグカップに注いで、マオの部屋に戻る。
「これ、マリーさんに持ってったやつ」
「へー、うまそう。…この黒いのは?いい匂いするけど」
そう言ってマオはお皿とマグカップを受け取り、真っ黒い液体を見た。
「コーヒー。苦いけど、甘いお菓子に合うかな~と思って。目が覚める成分入ってるんだけど、大丈夫?」
「まだ仕事あるから、かえってありがたいよ」
そう言ってマオは紙の束を腕で避けて自分の机にそれらを置き、パウンドケーキを一口食べた。
「甘いね」
「甘いの嫌い?」
「好きとか嫌いとか、あんまり考えたことなかったなぁ」
そういうものなのか…好き嫌いがないのはいいことだけど、好きなものがないのもちょっと寂しい気もするけどなあ。
「でもハナちゃんが作るごはんはどれも美味しいし、好きだよ」
「うぇっ!?あ、ありがとう!」
なんでもないことのようにそう言って、マオは恐る恐るコーヒーのカップに口をつける。
「…苦いけどうまいね、これ」
「よかった!」
そう、好きなのは私の作った料理であって、私自身がどーのこーのとかいうことでは断じてない!
魔族の距離感ってたまにバグってるし、そういうことなのだ。
「あ、そうだ。ハナちゃんこれあげる」
そう言ってマオは机の端に寄せた紙の中に埋まっていたらしい何かを、私に手渡した。
「…眼鏡?」
細い銀のフレームに、丸っこいレンズ。
こっちの世界にも眼鏡ってあるのか…このお城の中で眼鏡をつけてる人を見かけなかったので、視力の低下も眼鏡で何とかなるのかと思ってた。
「ちょっと掛けて、これ読んでみて」
「えー、私がこっちの文字読めないのは、視力の問題じゃ…」
そう答えつつ、それを受け取って装着し、1枚の羊皮紙に目を通す。
「『水運ギルドからの水産物流通に関する現状報告』…」
よ、読める!!
慌てて眼鏡を外して、もう一度文字に視線を落とすと、やはり馴染みのない文字の羅列だ。
何度か眼鏡を付け外ししながら、どうやらこのレンズを通すと、異世界の文字が日本語として返還されるようだ。
「すごいすごい!」
「それ昔オピスが作ったんだよね。なんか古代の石板の文字がどーのこーのって言って」
「すごいけど、貰っちゃっていいの?」
「あいつ作ったはいいけど目がないから…」
確かに…!じゃあなんで作ったんだオピスくん…。
「オピスって頭いいけどバカなんだよね…」
「……」
何とも言えず黙り込んでいると、マオが長い溜息をついてから言う。
「おれたちもハナちゃんが帰る方法は探してるんだけど、なかなか手掛かりが見つからない…っていうか時間が取れなくて。あと2、3日したら城の中も自由に歩いていいから、そしたら書庫でも行けばなにか関係してる書物もあるかも」
「…まだそんな日数経ってないし、そんなに急いで帰らなくてもいい気がしてきたなー」
今日、みんなでご飯食べてて思ったんだよね。
都合のいい考え方かもしれないけど、私がこっちの世界に来たのも何かの縁なのかなぁとか、元の世界が恋しくないわけじゃないけど、少し不便でも、こっちの世界の方が人とのつながりが深い気がするとか…。
なによりマリーさんに家族って言ってもらえたし、ただの慰めかもしれないけど、それがすごく嬉しかったんだ。
「…帰りたくなるまで、ここにいたらいい」
そう言ってマオは、カップを机に置いて私の頭を撫でた。
確かに、お父さんが生きていたら、こんな人だったらいいと思う。
「マオはお父さんみたいだね…ってマリーさんが!」
思わず口をついた言葉に、慌ててマリーさんの名前をつけ足す。
なんか罪悪感…ごめん…!
「な、なんか心配性だし、優しいし、落ち着いてるし、一般的な理想のお父さん像に近いってこと!」
「誉め言葉として受け取っておこうかね」
呆れたように笑いながらマオは私の頭から手を放して、再び机に向き直って言った。
「さ、そろそろ寝た方がいい。キリがいつ来るか分からないけど、起こしに行くから」
「うん。…ねー、マオほんとにこのベッドで寝ないの?」
「意外と忙しいんですよ、魔王様も」
ヒマだとは思ってないけどさー、こんなふっかふかのベッド、使わないなんてもったいない…。
「じゃあ私ここで寝ていい?」
「…えー、それば年頃の女の子的にいいの?」
「だって初日はここしかなくて、ここで寝たじゃん」
「それはそうだけど」
マオの距離感バグは、食べ物がらみ以外は発揮されないはず!
マリーさんにきれいにしてもらった時から、このベッドいいなぁって思ってたんだよね…!
しかもここで寝てれば明日キリがきた時すぐ対応できるしね!?
すでにパジャマだったので、エプロンとマオが食べ終わったパウンドケーキのお皿だけ自室に下げに行き、いざふかふかベッド!
「はー!最高!」
「そんな喜ぶことかねえ」
ダイブした私に背を向けたまま、マオが呆れたように言う。
「何言ってんの!睡眠は三大欲求のうちの一つだし、人間生きてるうち3分の1くらいは寝てるんだから、寝具にはお金かけるべき!!」
「おお、そんな力説くらうとは思わなかった…」
つやのあるシーツに包まれた、ふかふかの掛布団に鼻まで潜って、マオにおやすみを言う。
「朝キリが来たらぁ…起こしてね…」
「うんうん、分かったから寝なさい」
遠くから優しい声が聞こえる。
あっという間に意識は眠りに落ちていった。
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