涙は女性の武器とも限りません
重たそうなカーテンの隙間から、光の筋が差し込んでいる。きらきらと光が空中に舞って…埃だこれ。ていうか…
「夢じゃなかったーー!!!」
「わっ」
自分でも驚く動きで、ばね仕掛けのように飛び起きる。昨日と同じギシギシという音と共に、さらに埃が舞った。机に向かっていたらしい魔王が、肩を跳ねさせてこちらを振り向いた。
ワンチャンね、夢の中の夢みたいな感じで、寝れば現実に戻れるかな〜とか思ってたんだよね。ダメでした。
「ハナちゃんおはよ。よく眠ってたね」
「おはよう、魔王。私もこんなとこでよく寝れたなって、自分でびっくりしてる…」
朝、おはようの挨拶を魔王にする一般人なんかいるのだろうか…不本意ながらここにいます。
この人(?)、もしかして寝てないのかしら。私がベッド使っちゃったから?でもベッドはしばらく使ってないって言ってたし…。
ていうかそもそも、知らない場所で知らない人で、しかも魔王とかどう考えても悪っぽい人の前で眠りこけるなんて、もしかしなくても物凄い危険だったのではないだろうか。昨日の時点では、積極的にどうこうしてやろうとか、そういう意識は感じられなかったけど。むしろどうしようコイツ…みたいな雰囲気だったけど。
私なんか体力も普通以下だし、魔力とやらも0らしいし、本気出したら、いや戯れ程度でもプチッとやられてしまうのでは…!?
「ハナちゃんさぁ」
ゆらりと魔王が席を立つ。昨日より幾分明るい部屋の中で、真っ赤な瞳が剣呑な色を孕んでいる。
「君って何者?」
近づいてくる大柄な体躯に身がすくむ。体に掛けたままのマントを思わず握りしめた。顔を近づけて、値踏みするように私をじっと見る。近くで見た魔王の瞳は、よく見ると炎のように虹彩が揺らめいていて、肌が粟立つ。
「何者…って、そんなのそっちが勝手に…っ」
あ、やばい。泣く。泣きそう。
恐怖もあるけど、私だって好きで呼ばれたんじゃない。有るのか無いのか分からんような理由で一方的に呼ばれて、向こうの世界には生活があって、仕事もあって、友人もいた。それを突然ぶち壊して、不審者扱いって、そりゃ酷すぎる話じゃありませんかい。
泣いて許されるのは子供か可愛い女の子だけだ!という偏見のもと、ぐっと目を見開いて耐える。が、恐怖と怒りで表面張力の限界を簡単に超え、ぼろりと涙が落ちた。
「わっ」
途端に魔王は後ずさり、オロオロと両手を上下に動かした。逡巡した挙句、その手のひらは私の頭に着地したらしい。こちとら視界がぼやけてよく見えないので、感触で判断するのみだ。
「あー、あー…ごめんね。脅かすつもりはなかったんだ、ごめん」
何度も謝りながら、魔王の手は私の頭を何度も掻き回した。不名誉な泣き顔を見られたくなくて、思わず俯く。膝にかかっているマントに、ボタボタと雫が落ちた。
「君が昨日、寝る前に呟いたこと覚えてる?」
「…お、おぼえでまぜん…」
ぴた、と撫でる手が止まる。
「あれ、おれの名前だったんだよ。魔王になってからは魔王としか呼ばれてなくて、本当におれも忘れてた。それを何で君が知ってるんだろうと思って」
「あ……」
アイアース。そうだ、確かに私が言った言葉だ。魔王に言われないと自分でも忘れてしまっているくらい、無意識に。
「あれは…わかんない、自分でも…」
思わずぐしゃぐしゃの顔面を上げて、必死で言葉を発しようとする。引っかかって声が出ない。
魔王は、安心させるようにふっと笑って、自分の袖で私の顔を拭ってくれた。子供にするみたいに。
「ごめんね、わかんないよね」
「ごめんなさい…」
わけも分からず謝る。
「いやいやこっちこそ。よく考えたらおれの名前知ってたって、ハナちゃんみたいな小娘…失礼、女の子に何が出来るわけでもないのになぁ」
ちょっと待て小娘ってこちとらアラサーやぞ。小娘扱いはいただけない。立派なレディです。立派なレディは顔面ゴシゴシされたりしないかもだけど。
「小娘じゃないもん…」
「それは人間界での話でしょ?27歳なんて、こっちじゃ産まれたてのスライムみたいなもんなの」
引っ込んだらしい涙を確認され、魔王の手も私の顔を離れていった。少しヒリヒリする。
「産まれたてスライムをほっぽり出すようなことしないよ。ハナちゃんがこっちに来たのも、あのアホの責任なんだし、それはおれの責任でもある」
あのアホとは、たぶんオピスのことだろう。そして私はスライムと同等なのか、しかも産まれたての…ていうかスライムって本当にいるんだ。
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