食品メーカーの勝利です
「これくらいの時間なら、厨房も落ち着いてるかな?」
お弁当箱…もといタッパーに詰めた卵サンドとホットドッグ、可愛くラッピングしたパウンドケーキを見て呟く。
あれから肩に止まりっぱなしのカイムは、ずっと静かにしている。
わざわざマオに、今から出るね、と連絡するのも変だし、このまま連れて出発しよう。
何かあれば連絡が来るだろうし、逆もまた然りだ。
「一人で大丈夫!って言ったはいいものの…」
マオの部屋のドアを開けて、人気のない廊下に頭だけ出して見回す。
人通りのあるところを歩けば大丈夫って言ってたけど、さすがに魔王の部屋の前はひっそりしてるんだよね…。
それでも明るく賑やかな方に向かって歩く。
とりあえずはキリに会いに行く必要があるので、厨房へ。
そこまでは一度通った道だし、迷子になることはないだろう。
「問題はそこからマリーさんの部屋までだよなぁ」
マオと一緒ではないからか、意外と周りの視線は気にならない。
というか周りは皆忙しげだ。
前が見えないほどの荷物を抱えている人。
書類を片手に小走りで駆けていく人。
難しい顔で話し込んでいる人たち。
やはり大多数が一目見て人ではないと分かる姿で、少しだけ尻込みする。
なんだかんだ言ってマオは角だけだし、オピスも両目をふさいでいることを除けば、見た目は普通の人に近い。
キリは…会う機会はなかったけど、きっと私の世界にもあのくらいのガタイの人もいるんだろう、ボディビルダーとか。
できるだけ邪魔にならないよう気を付けて、厨房の扉を叩く…無反応。
分厚い扉の奥に気づいてもらえるようノックするには、こんな力では足りないかもしれない。
中も静かってわけじゃないだろうしね。
「…お邪魔しまーす」
体全体を押し付けるようにして、木製の重い扉をこじ開けた。
なんでこの城ってどこもかしこも重たい扉なのよ…!
「おー、ハナ!」
燃え盛る炎に腕を突っ込みながら、キリがこちらを振り向いた。
その炎と腕もどうなってるのか…どうせ魔力がどうとか、耐性がどうとか、どちらにせよ私には理解できる話ではないので、突っ込まず放っておく。
「まだ忙しい?」
私の部屋の時計は14時だった。
お昼のピークは過ぎていると思ったが、まだ慌ただしそうだ。
「や、もう今いるやつらで最後だろ。朝からお前にもらったソース使ったら、昼に来るやつが増えてきやがった」
口調は乱暴だけど、表情は嬉しそうだ。
そうだよね~やっぱり作ったからには、美味しく食べてもらいたいもんね!
「今日はなんのお肉焼いてるの?」
「ロック鳥の肉が無くなっちまったから、ブラッドブルの肉だな」
ロック鳥というのは私に譲ってくれた鶏肉のことだろう。
不穏な名前だけど、ブル、というからには牛肉っぽいものだろうか?
燃え盛る手元をのぞき込むと、赤身のステーキ肉のようなものがこんがり焼かれている。
「お前この肉まだ食ったことねーだろ?やるよ」
「ありがとう!でもこのあとマリーさんとこに行くんだ。後で取りにくるよ」
城内は暑くも寒くもないけど、このまま持ち歩くと痛んでしまいそうで不安だ。
「そんな何時間も居ねぇだろ?保存魔法かかってんだから、1日やそこら大丈夫だ」
「はー!ここでも魔法なのね…しかもそんな便利そうな…!」
「つっても1週間はもたねぇけどな。そろそろ肉がねーから、狩りに行かねぇとな~」
手早く経木に包んだ肉を手渡してくれる。
ちらっと見えたお肉に保存魔法とやらがかかっているのは、見た目では分からない。
赤身でぎゅっとした、美味しそうなお肉に見える。
「あ、そういえばお米と小麦粉ありがとう!これ、もらった小麦粉でパン焼いてみたから、おすそ分け」
そういえばお米は炊いたままきてしまった…!
炊飯器がしっかり保温してくれてるはずだし、大丈夫でしょう、たぶん。
タッパーを開け、具材を挟んだコッペパンをキリに差し出す。
「ひと段落したら食べ…」
「うおっなんだコレ!柔らけぇ!!」
あっもう食べるのね。
食いしん坊だもんね…。
「キリが焼いてくれたパンもハード系で美味しかったけど、こういうのが好きな人もいるんじゃないかと思って」
「いやコレめちゃくちゃうめーわ!おれの作ったやつと何が違うんだ?」
口の周りに卵フィリングをべったり付けたまま、キリが目を瞠って言う。
「私の世界では、イーストっていう粉を生地に混ぜて膨らますんだけど、たぶんその方が安定して膨らむんだと思う」
「便利なモンがあんだなァ」
指についたフィリングをペロリと舐め取る。
「おれが下手くそなのかと思ってた」
「そんなことないよ!私だって料理人じゃないけど、私の世界にはこーゆーお手軽にできる物が沢山あるから、それで…!」
「まぁこれから教えてもらうからな!頼むぜ!」
落ち込んだのかと思って慌てて励ますが、どうやらそんなことは無かったらしい。
私はキリみたいに沢山の人に出す料理は作れないし、いくら来る人が少ないとはいえ、1人で回すのは大変なことなんだろう。
私の持ってきたアレコレで、少しでも楽になるといいんだけど。
「こっちの肉もうめーな!ごっそさん!」
「相変わらず超早食い…」
あっという間にパンを食べ終えて、キリがお肉を持たせてくれる。
「これからマリーんとこ行くんだろ?厨房出て右の突き当たりまで行って、階段登った先にある。まぁ外まで行きゃ分かんだろうよ」
「うん、いってみる!ありがとう」
昨日言っていた通り、キリは付いてくる気は無いのか、ひらひらと手を振った。
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