寝たら全てが解決される説を採用します
「あ〜、カタバミ ハナね、ハナちゃんでいい?ここはね、魔族が統治してる魔族領なのね、そんでおれは一応魔王ね。でこっちはあんまり使えないんだけど、参謀のオピスね」
気だるそうに自分とオピスを交互に指さす。アラサーにもなってちゃん付けなのが気になるが、そこに突っ込んでいる場合ではない。
「で、こいつが古の魔導書見っけた〜つって、召喚の儀式をやったんだけども…」
「いや〜魔族の危機に遣わされる神子様というのに興味がありまして!しかし危機でもないのに召喚したから、このような…使え…あの、一般の異世界人がいらっしゃったのでしょうか!」
こいつ今使えないって言ったか?あ?
ははは!と朗らかに笑うオピスに殺意が芽生えた。
「そんでね、召喚の仕方は書いてあったんだけど、還し方は載ってないんだよね」
「還し方など考えたこともありませんでしたねぇ〜」
「だからおれ止めとけって言ったじゃん…」
「えっ待ってください。ここってマジで日本じゃないの?」
「日本って国は、おれも長く生きてるけど聞いたことないねぇ」
「みなさんはハロウィンを楽しむパリピなのでは…?」
いや小首を傾げないでください!
てことは何?私は本当の本当に異世界とやらに来て、しかもそこは魔族が治めてて、この目の前のボヤっとした角男は魔王で…帰れないってこと?
「こっちの都合でハナちゃんには悪いんだけど、まぁおいおい還り方は調べるからさ、とりあえずしばらくここに居てよ」
「いやだこんな汚い部屋!」
「神子様、こちらは魔王様の自室ですよ。この城で1番いい部屋です」
「マジかよ!!」
ぐるりと部屋を見渡せば、天井の隅にはもれなく蜘蛛の巣が張っているし、煤けたような黒いシミもある。座っているソファはじっとり湿っぽいし、何より寒い!
「しばらく使ってないけど、そこのベッドで寝てていいよ〜」
「なにあれベッドの化石?」
「ハナちゃんひどい〜」
魔王は苦笑しながら自分のマントを剥いだ。ゴテゴテしていそうだったマントの下は、装飾のない麻のシャツに、ぶかっとした革のパンツ。頭の角さえなければ魔王どころか村人Aだ。日本にいたら間違いなく定職に付かず昼間からビール飲んでる感じのユルさである。
「これ使いな。魔力つきだからキレイだよ」
「おぶっ」
マントを投げなさんな。顔面で受け止めちゃったじゃん。魔力つき、というのはどういう意味なんだろう。すんすんと匂いを嗅いでみたら、ベッドに比べて遥かに綺麗そうな感じがした。まぁベッドは嗅ぐ気にもならないけど。めちゃくちゃ有害そうだし。
とりあえずマントを体に巻き付け、そっとベッドに体を委ねた。死にかけのスプリングがぎしぎしと音を立てている。
「よしよし。じゃ、おれは少し仕事してるから、なんかあったら言いなよ」
「うん…んー、魔王って名前なんて言うの?」
鼻までマントを手繰り寄せながら、色々と聞きたいことがあったのに、横になった瞬間、眠気で頭が回らなくなって、とりあえずそれだけ聞く。
「魔王は魔王だよ〜。ね、オピス」
「そうですね。魔王様としか呼んだことがないです」
「魔王はアレじゃん、役職みたいなもんでしょ?」
そう聞くと、魔王はポリポリと頭を掻きながら答えた。
「もう1000年くらい前だよ、名前なんか呼ばれたの。自分でも忘れちゃった」
1000年前ってなにその魔王ジョーク。
跳ねる黒髪の隙間に見える、黒い巻角を眺めながら、本格的な眠気が襲ってきた。
「……アイアース……」
眠りに落ちる瞬間、唇から零れた声は、自分のものじゃないみたいだった。
魔王の赤い瞳が見開かれたのを最後に、私の意識は途切れたのだった。
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