最強のセキュリティを手に入れました
キリは満足そうにステーキ醤油を手にして帰っていき、オピスは少し仕事をしてから今日はもう休むと出て行った。
「魔族は寝なくていい?それは魔王様だけでしょう。わたくしも3日ほど寝ていませんが、さすがに疲れましたので、本日はお暇させていただきます」
やっぱり寝なくていいのは規格外のマオだけなんじゃないか!
そうなるとますますマオの部屋をきれいにする必要があるわね…。
寝なくてもいいとは言え、なかなか忙しそうだし、少しでもゆっくり体を休めてほしいと思うのは、押しつけがましいだろうか。
「ハナちゃん」
「あ、え、なに?」
ぼーっと考えながらキッチンで作業していたせいか、ソファで寛いだままのマオの存在を忘れかけていた。
仮にも魔王のくせに、この姿だと存在感が無さすぎる…さりとて私を召喚したときの姿で居座られても困るけれど。
「さっきも言ったけど、ほんとに無理してない?キリくんのお守まで押し付けちゃったみたいだけど」
「お守だなんて思ってないよ!それに本当無理してないし、なんか家族がいっぱいいるみたいでちょっと楽しいし」
私がそう言うと、マオは頬杖をついたまま、ふっと笑っていった。
「おれも、おかえりなんて言われたの何百年ぶりかな」
「そういえば私も、すっごく久しぶりに言ったかも」
私にまだ家族がいたころ、すごく前のような気もするし、ずっとそうだったかのような気もする。
「さてと、おれは仕事に戻ろうかな」
ソファから立ち上がったマオが大きく伸びをする。
こうしてみると本当に人間と変わらない。
黒い癖っ毛から伸びる角と、燃えるような赤い瞳が無ければ、だけど。
「ハナちゃんはもう寝る?疲れたでしょ」
「もうちょっとしたら寝ようかな。明日、マリーさんのところに行って、マオの部屋ちょっときれいにしてもいい?片づけは私でもできるけど、古くなった物までは元に戻せないし…」
「うん、いいよ」
「えっいいの?」
快諾したマオに逆に驚く。
正直、断られる可能性が高いと思った。
だってマリーさんはおいといて、私みたいなほぼ知らない人に、勝手に部屋掃除されるのって嫌じゃない?
しかも魔王の部屋って、なんかこう、機密書類とか重要文書とかあるんじゃないの?
「掃除したいんでしょ?机も使いたいって言ってたもんね」
「そうだけど、こんなあっさり了承してもらえると思わなかったから」
そう言うとマオは苦笑ぎみに続ける。
「あー、気にしないで。あれほとんどおれのじゃないんだ。オピスが勝手に置いていったり、おれがどっかから持ってきてそのままだったり」
「それ返さなくていいの…?」
「もう時効でしょ~」
そう言って笑う。
「まぁおれとしては、ハナちゃんが少しでも快適に過ごせるならそれでいいよ。一緒に行動できる人も多い方がいいしね。おれも毎日くっついていられるわけじゃないから」
「マオって過保護だよね、意外と」
「いやいや、こっちが勝手に呼んだんだから、過保護にもなるでしょうよ」
仮にも魔王に直接庇護さているというのは、なんとなく居心地が悪いというか、くすぐったい感じがする。
うまれたてスライムレベルなだけじゃなく、罪悪感もあるみたいだ。
しかし当の本人であるオピスが、1ミリも悪いと思っていなさそうなのが気になるところだけど。
「衣食住の面倒は見てもらってるし、しばらくはこっちの生活を楽しむことにするよ」
「それはなにより」
そういって部屋を出ていくマオに、ふと思い出して呼び止める。
「あっ、そうだ。マオのことって、キリたちがいる前ではなんて呼べばいい?二人の時は魔王って呼んだ方がいい?それとも、本名で?」
「どっちでもいいよ、偽名でも魔王でも。そんなの大した問題じゃない。でも…」
どっちでもいいって、あなたが魔王の身分隠してるっていうから、こっちは気を使っているというのに!
抗議の声を上げようとして、マオがいつになく真剣な顔をしていることに気づく。
「本名は、アイアースはやめてもらおうかな」
今朝、なぜこの名前を知っているのかと問い詰められたときと同じ、暗い目。
思い出して思わず身を固くした。
それを打ち消すように、マオの手のひらが私の頭を軽く叩く。
「いや、なんか気恥ずかしくて。昔のあだ名で呼ばれてるみたい」
きっと恥ずかしいというのは誤魔化しで、呼ばれたくないのには、なにか他の理由があるのかもしれない。
でもそこに踏み込めるほど、私たちは親しくなくて、当たり前のことなんだけど、少しだけさみしかった。
「じゃ、ハナちゃんも早く休みなね。今日はありがとう。…ところでお風呂場の鍵壊れてるけど、どうかした?」
「あっ!そうだった!マオ、この紙でいいから、こっちの文字で立ち入り禁止って書いて!」
「…あー、もしかしてキリかオピスがなんかした?」
「思い出したくないのでとりあえず書いて…!」
そう懇願すると、マオは少し考えるようにして、お風呂場の扉と、それからお手洗いの扉をちょんと指でつついた。
一瞬、扉が紫色の光に淡く光る。
「これでここ2つの扉、ハナちゃんに渡した紫の石あるでしょ?それと同機してるから、もうハナちゃんしか入れない」
「魔法って便利だねぇ…」
こんな簡単にできるのは、魔王だからこそなのかもしれないけど、転移しても全く使えない身としては羨ましい。
「ハナちゃんの部屋の方がよっぽどすごいよ」
こうしてとりあえず私は、魔王印の最強のセキュリティをゲットしたようだった。
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次回はマオ視点でのお話になります