目覚め
生きてた
目を開けると凄まじい量の光が入り込んできた。
「うっ」
思わず顔をしかめ再度目を閉じる。
ここが俗に言う天国というやつだろうか。
天国や地獄は無いというのが俺の持論であるが、それは間違っていたのだろうか。
ともかく俺は死んだのだろう。
いきなり出てきて俺の日常を破壊しつくしたアイツ。
どうせ死ぬなら一発殴るか、鉛球をぶち込む努力をすればよかったなと今になって後悔を募らせる。
そろそろ目を開けても問題ないだろう。
いざ天国。いや地獄の可能性もあるが。
「...んん?」
そこには予想とはまったく違う光景が広がっていた。
てっきり雲の上のような、いわゆる天界的な感じなのかと思ったが、目の前に広がるのは無機質な白い壁に囲まれた通路らしきところで、周りには人が倒れていた。
これは、死んでないと考えていいのだろうか。
自分の状況を確認する。
頭はついてる。腕もあるし足もしっかり胴にくっついている。
特に痛みもなく普通に動かすことができた。
どうやら生きているらしい。
アイツに襲われる直前の記憶から考えて確実に殺されると思ったが何故か生きた状態でさらわれたようだった。
拳銃は没収されたみたいだが。
とりあえず周りの人も生きていることを願って小声で呼びかけながら体をゆする。
誰も起きる気配はない。
しかし脈があったことは確認できた。
どうしようか迷っていると足音が聞こえてきた。
「やばっ」
とっさに気絶したふりをする。
薄目で見てみると来たのは一人、アイツと違い肌は緑色だった。上背はあるが地上で見たあいつよりはひょろっとした体型だった。
そこでふと気づく。手に何か持っている。
さすがにはっきりとは確認できないがリングのようだった。
宇宙人が何か喋っている。
言語が違い何を言っているのか全く理解できなかったが何故か悪態をついていることはわかった。
このヤセガタは何を言ってるんだ…?
これからどうなるのかという不安と目の前の存在に対する恐怖で体が動かない。
宇宙人が動く。
手に持っていたリングを倒れている男性の頭に取り付けた。
カシュッという音が聞こえたかと思うと、その男性がすっと立ち上がった。
そのまま直立不動の状態で一切の生気を感じさせないようだ。
その後もソイツは同様に”作業”を続けた。
「うっ…」
残り数人となった時、自分の目の前に倒れていた1人の帽子をかぶった少年が軽くうめいた。
まずい今起きたら気付かれる…!
心臓が早鐘を打つ。
どうすればいい。どうすればここを切り抜けられる。
ろくに使ってこなかった頭を必死に回す。
「ぇ…ここは…」
少年の意識が覚醒したようだ。
上体を起こして間の抜けた声を出す。
ヤセガタがこっちを向く。
気付かれた。
こちらへゆっくりと歩いてくる。
「え…」
その少年はその足音の発生源を見ると、再度、零したように声を発する。
衝撃か恐怖か、動けないようだ。
ヤセガタが男へ手を伸ばす。
「ぁ…」
あ、体が動く。
そう気付いた瞬間、体を思い切り起こす。
その勢いのままヤセガタの頭部らしき場所を思い切り蹴飛ばす。
ヤセガタはその巨体を壁に強くうちつける。
「来て!今のうちに…!」
来て、とは言ったものの少年は惚けている。
急いで手を取り通路を走る。
残った人達が気になるが今はそれどころでは無いと切り捨てる。
ヤセガタが追ってくる気配はない。
あの一撃が上手いことはいって気絶でもしてくれればいいのだが、不意打ちだとしてもあの巨体に対し比較的小柄な俺の蹴りなど、どう考えても効果が薄い。
だからなるべく距離をとりたい。
そんな事を考えて走っているうちにふと気付く。
この通路、部屋というか区切りが全くない。
ただただ真っ直ぐ続いているだけだ。
これでは隠れることすら出来ない。
「何か、何かないのか」
可能な限り急ぎながら隠れられそうな場所を探す。
「あの…あれ…」
その時、急に少年が口を開いた。
「えっと、何かあったの?」
驚きを表に出さないよう早口で聞く。
「あれ…」
一度足を止め、少年の指さす方へ目を向ける。
ただの白い壁にしか見えないが、近づいてみると少しだけ色が違った。
何となく押してみる。
するとちょうどその部分がカチッという音とともに一瞬だけ凹み、壁にパネルのようなものが表示された。
そこにはよく分からない記号のような物が羅列している。
「これは…パスワード?」
仮にパスワードだとすると、自分らの生活から考えてこれは部屋へ入るためのものだろう。
しかし数字でもないし何文字のパスワードかもわからないため、組み合わせは無限にあると言っていい。
とりあえず適当にポチポチ押してみる。
するとなんと言うことだ。
ただの壁だと思っていた所が音もなく開き、空間が現れた。
通路の明るさとは反対に真っ暗闇だったが迷わず中へはいる。
二人が中へ入った瞬間また壁が元通り修復した。
どういう原理なのかは気になるが一先ず状況は変わった。
とりあえず一息つきたいというのもあるが少年の事も気がかりだったため、軽く周囲を見てから大丈夫そうなら少し休むことにした。
目が暗闇に慣れてきた所で辺りを散策する。
暗くてよく分からないが何かが積み上げられているようだった。
「…何だこれ?」
気になって手を伸ばすと隣にいた少年に止められる。
「触らない方がいいと思うけれど…」
言われて気づく、こんなよく分からない場所にあるよく分からない物に迂闊に触れるべきではないと。
「確かに触らない方がいいね。ありがとう」
素直に礼を言う。
今のところ、この場に味方と言えるのはこの子しかいない。
仲を深める、というのは違うかもしれないがなるべく良い関係でいたい。
数分歩いた後、とりあえずは大丈夫だろうということでひと休みすることにした。
「ちょっと休もうか」
「そうだね。結構疲れた」
落ち着いたのか、思っていたより少年が喋ったことに少し驚く。
「えっと、自己紹介とかした方がいいのかな。俺は倉崎六花、17歳の高校二年生。君は?」
「私は近衛七菜、20歳の大学二年生だよ。さっきは本当にありがとう。身体が動かなかったからあなたがいなければダメだったと思う」
「え?」
「どうしたの?」
「え、いや何でも、ないです」
「急にどうしたの?もしかしてどこかケガしてて、傷んだりするの?」
「いえ!身体は何ともないです!」
「いやでも…急に敬語だしなんか変だよ」
「それは…すみません」
「別に謝らなくてもいいけれど…」
俺が少年だと思っていたこの人は、女性で、しかも年上だった。
おやすみなさい