03.外周湖の番人
取り敢えず相談の結果、ジュリアン達は警戒心が足りてないので奇襲される直前までグラトニーは手を出さないという結論になった。
序でに何故か後日、これを機にと女子一同で改めて一般常識への勉強会を開く事になった。
どうやらグラトニーには純血や貴種を問わない常識に、重要な見落としがあると言うのだ。殺し殺されにも関係無いが恨み辛みの原因にはなる、とても奇怪な感情に纏わる話らしい。
ただ、祭壇のトラップは面倒なのでグラトニーが解いた。
『仕掛けがあるのは番人のいる段の下であって、祭壇じゃ無いわ。
そっちは湖の底と同じく只の罠。』
湖の塔は浅い位置でエーテルで遮られていた。つまり見えているだけで実物は別の場所にある。恐らくは最低限しか水の流れが無い場所に。
祭壇の仕掛けも隠し通路には一切繋がっていないので、罠の心配も無いだろう。
「成程、同志はマナやエーテルが見える体質だったか。道理で……。」
ティパーティならいずれ気付くと思ったので先に明かしたが、事実呪装か血筋かで悩む程度には見当を付けられていた。
現在の隊列はジュリアンが先頭、サンドライトとパトリシアが最後尾だ。
階段を下り続けた一行は広々と左右に開けた渓谷、と言うより亀裂に出た。
反対側の壁の縁には様々な彫刻が刻まれて立体的な絵が飛び出していて、まるで神殿の門の様だ。
頭上はかなり高く、一見して天井が分からない。下は恐らくそれ以上で、小石を拾って落とすと一呼吸程の時間で池に落ちた音がする。
「下には川があるのか?」
「いえ、池ね。そもそもここ、湖の底と同じかもっと低いくらいよ?」
流れている水に落ちた音ではない。だがそれ以上にここは音が響き過ぎる。
岩場が音を反射し易いのは分かるが、小さな小石の水音が響くには些か以上に広過ぎると感じた。
「どうしたの?対岸の洞窟まで箒で飛ぶんじゃ不味いの?」
パトリシアが何をぐずぐずしているのかと箒を取り出すが、ジュリアンが箒を掴んで止めて、口を噤んでいるグラトニーを指差す。
「一応確認させてくれ。君は今、箒で飛べない理由があると思っているんだよな。
この場合、君の人形に偵察して貰うのは今回無しか?」
「無しでは無いけど嫌よ。理由は今見せるわ。」
新しい小石を拾い、対岸の洞窟へ向けて石を投げる。
すると洞窟のある筈の穴、しかし遥か手前に石が衝突し、真下に跳ね返る。
「分かったかしら?コレ、騙し絵よ。」
遠くにある様に見えて、結構近い位置に洞窟の書かれた壁があるのだ。
と言うか《妖刀》を持てば普通に突けるくらい壁の絵は近かった。
「思ったよりも大分近かったわ。」
「……ゴメン。確かに私不用心だったわ。」
冷汗を垂らすパトリシアを傍目に、ジュリアンは少し悩んでやっぱり人形に偵察して貰いたいとグラトニーに頼んで来た。
「多分俺、今回の出題者の意図が分かった。
確認して貰いたいのは、俺達の足元の下なんだ。」
「ああ、成程。」
実際に【卍兵】で確認すると確かに一同の真下、人一人分の高さを降りた位置に正面の絵と同じ様な門と洞窟が続いていた。
こちらは先程と違い壁に書かれた絵と言うオチも無く、奥へ道が続いている。
今回は全員が箒で下の洞窟に降りると、先へ進みながらジュリアンに先程の続きを聞く。
「ジュリアン。さっきの出題者の意図って?」
ああ、とジュリアンは先頭を進みながら答える。
「このダンジョン、さっきの蛇以降に魔物が全く出て来ないだろう?
多分これ、知恵比べがしたいんじゃないかな。」
「この謎が解けない奴は先に進ませないぜって?」
そうそうと頷いたジュリアンの答えを肯定する様に、洞窟を抜けた通路の床一面には無数のタイル状になっており、全てに一字ずつ文字が刻まれていた。
「これは……、やっぱり謎を解けって意味ですよね?」
「『このはし渡るべからず』と書かれているな。つまり頓智か。」
この場合のはしとは橋と端、どちらだろうなとティーパーティが呟く。
因みに魔法世界に言語の壁は一切無い。文字は理論上高周波すら書ける謎言語を使っているし、言い回しは無能世界全ての諺を網羅している。
というよりこっちの住民に慣用句と諺の区別は無い。
全ての種族に発声、又は発光出来ない言語領域があるから、何となく言語で会話するのは魔法種族にとっては常識。
最先端の流行語だろうがニュアンスだけは必ず伝わる謎会話なのだ。
ぶっちゃけ何語の文書だろうが、魔法世界言語なら直訳出来る。
(正直此処まで意思疎通に情熱を燃やしておいて、何故魔法種族達は他の知性体を差別するのか理解出来ないのだけどね。)
「渡る順番じゃないかしら?」
ここで問答無用で渡ったら駄目だというのは学習した。
「……多分それで合ってますね。
二度目の繰り返しで端と真ん中の二通りの道がありますよ。何も考えずに続けて渡ったら近くにある端の道を通る羽目になるのでしょう。」
実際に一人ずつ渡って行くと、タイル一つ踏むごとに少しだけ床が沈み込む。
どうやら押さずに進むと罠が作動するのだろう。
真ん中側のタイルは実際に飛び跳ねて進むと少し遠くにあり、ぱっと見では直前の道の角度の関係で端の方が目に入る。
とは言え、足をちょっと大きく伸ばせば普通に届く距離なので、気を付けて渡る分には問題無い。
全員が渡り終えたのを見てジュリアンが扉に手を掛けると、正解以外の道が一斉に崩落した。
土煙が漂う中、崩落した床を覗くと眼下に無数の剣山が並んでいる。
「……仲間を置いていくな、かしら?」
「「「た、多分?」」」
割と謎が解けない者には容赦の無いトラップの様だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
扉の向こうは迷路になっていたが、入口の隣に隠し扉があったので恐らく出口は無いのだろう。
階段を下って最後の間と書かれた部屋の中は、術式で補強された石壁で覆われた大部屋。まるで決闘場の様な円形の広場の中央に、中で暮らせるほど巨大な茶釜が鎮座していた。
補強自体は祭壇のあった部屋以降の全てに共通していたが、この部屋のエーテルの流れだけは全く違う。
グラトニーの目には決闘場自体が何らかの封印で在り、結界だと分かる。
『……なんじゃい。随分と久しぶりの客人の様じゃのう……。』
全員が部屋に入ったところで、茶釜から柱の様に手足が生えて、まるで茶釜自身が胴体であったかのように体を起こして蓋から顔を覗かせる。
蓋から出てきた顔は自然界の同族達とは比較にならない大きさだったが、紛れも無い狸そのものだ。
『よぅく来たと歓迎したいところじゃが、ここへ鍵を持たずに来たという事はだ。
わっしは侵入者としておんし等を排除せねば……。』
面倒臭げに一同を睨み付けた巨大茶釜狸は、しかしピオーネの方を見て驚きで目を丸くする。
「んん?おお!お主は茶釜入道!茶釜入道では無いか!
お主、こんなところで何をやっておるんじゃ?」
ピオーネの肩から飛び降りた服を着た蛙の召喚獣、大蝦蟇大将の悪紋字が勝手に本来の大きさに戻る。
契約の経緯を知らないジュリアン達は、使い魔と思っていた蛙が茶釜並みに巨大化する姿に瞠目し、必死で大声を上げない様に互いの口を抑え合った。
『ぬぁ!貴様やっぱり大蝦蟇大将の悪紋字!悪紋字では無いか!
貴様こそ何故このような所を訪れた!貴様ここが何処だか分かっているのか!』
「いや全く知らん。そもそもここは何処で、何のための施設なのだ?」
「知り合い?悪紋字。」
ピオーネの問いに、生前からの顔馴染みじゃと応えて首を捻る。
「こっちに一族の者と移住してきて以来、有っとらんかったが、お前さんこんな所で何をしておる?ちょっとお互い情報交換と行かんか?」
『ふむ。話せるところまでに限るが、良いじゃろう。』
斯く斯く云々。
「えっと。纏めさせて下さい。つまり悪紋字さんは学園が誕生する前に魔法世界に迷い込んだ悪霊で、暫く同族を守護して生活していた。
が、住処を別の魔法生物に襲われ、一族を逃がしてピオーネに解放されるまで、数百年間敵を閉じ込めていた。で合ってますか?」
ジュリアンが確認のためにと悪紋字の話を要約して肯定され、頭を抱えた。
決闘場で茶会を開き軽食を並べながら、一同は思い思いの姿勢で話に聞き入る。
ピオーネは事前に悪紋字と諸々を話し合い、悪紋字は概ね自分がかなり特殊で、ともすればピオーネ共々命の危険がある程特異な境遇である事を把握していた。
契約の現場に立ち会っていないジュリアン達には、外での沈黙を条件にまとめて事情を説明したのだ。
『そっちはそっちでけったいな人生?末期を送りおって……。』
茶釜入道においては元々向こうで暮らしていたが、魔法世界から来た魔法使いと出会い、意気投合して移住を決意した妖怪だった。
悪霊と妖怪の区分は、そもそも興味無かったと言うので詳細は不明だ。
「で。茶釜入道さんは学園とは無関係な方だった、と。」
『おう。儂が此処の番人になった時、学園の敷地は海竜湖まで届いておらなんだ。
ここは海竜湖を維持するため、外周湖と独立させるための施設よ。』
外周湖は言わば外の世界で言う大海の一部であり、海竜湖はこの学園世界の淡水を維持するための施設だというのだ。
つまり塩分濃度を調節し、生き物に適した水を調節する場。
『それがこの〔淡水神殿〕の意義でな。だが正直、当時は人手が足らんかった。』
茶釜入道の移住後暫くして当時の管理者が急死。
その近隣で起きた小競り合いの影響で人手を割かれ引継ぎが出来なかった。
茶釜入道は一時的な代理を引き受けたが、人付き合いは面倒がっていたので特に伝手も無く。
結局正式な管理者が現れなかったから失伝したのかもとは思いつつも外へ出る事は無く、ついぞ訪ねて来る者も現れなかった。
『だが離れる訳にも行かんしなぁ。此処は食っちゃ寝するには快適じゃけぇ。』
呪具の修理は出来ないが、維持だけは続けて現在に至ったのだと締め括る。
外壁結界については、上の方で何かやっていたのは知っている程度だが〔神殿〕に影響が出ていないのだから、知らずにやった所業ではないと断言した。
「外壁結界は確か二百五十年くらい前だったか?
ダーククロウ学園長が着任したのは三百年前、当然外周湖との関係も知っていたであろうな!」
ティーパーティの言葉に一同も無言で頷くが。
『な、何ぃ!今学園はダーククロウの爺が管理しておるのか?!』
「え?何か不味いの?」
『不味いも何も、学園は表向きは兎も角、本来はダーククロウの爺に一人勝ちさせない人材を育てる為の施設じゃろがい!
そりゃ農業科と医学科が中心とはいえ、戦闘魔法科があるのはあの爺に力で脅された時に抵抗出来る様にするためじゃぞ?!議会は何考えとるんじゃ!』
慌てて怒鳴り散らす茶釜入道だが、ジュリアン達はつい最近の騒動を思い出してむしろ納得する。
が。グラトニーは違う印象を抱いた。
(禁忌戦役前に学園は外壁で閉ざされた。つまり外壁は禁忌対策では無かった。)
(禁忌は単純に攻略難易度で先に魔法議会を陥落させただけかも知れないけれど、禁忌戦役の際に議会の影響力は学園から完全に排除されたと見て良い。)
(禁忌対策と議会対策は、この段階でイコールになったのね。)
おやまぁ。学園長にとって自分に都合の悪いモノは全て、学園外に排除されているでは無いか。これではまるで禁忌の魔女が幸運の女神の様だ。
(現状で断片的に伝わってくる禁忌側の性格は、学園長など眼中に無かった。
と言うより、手頃な障害だった、かしら?)
メインディッシュは最後の最後に。間接的にとは言え、積極的に加担する事はあり得る気がする。
そも、本気で学園長を滅ぼそうとしたにしては、当時の攻撃は手緩い。
(ええ。やっぱり禁忌側で計算が狂っていると思えるのはナイトバロンだけね。
と言うよりナイトバロンが現れたから、学園長はどうでも良くなった?)
最終的に笑いが止まらないのは学園長か。だが、禁忌の残党は目の上のたんこぶとして今も残り続けている。では議会はもうどうでも良い?
(ああ。ジュリアンを旗印に、議会の不正を正す訳か。)
学園長は魔法世界の支配者になれる。別に自分で統治せずとも従順な学園出身者がトップであれば良い。
(まあ学園長が魔法世界の支配に興味があればの話だけどね。)
「えっと。多分議会はもう敗北しているんだと思いますよ?
禁忌戦役っていう戦いでとある大魔女が暴れ回って、魔法議会を一度陥落させているんですよ。
今の魔法世界は世界を救った英雄の一人相手に強く出れません。」
『大惨事では無いかそれは……。』
パトリシアの説明に、茶釜入道は頭を抱える。とは言えダーククロウが暴走していないなら、最悪ではないと思っているのか。
茶釜入道は禁忌の魔女について、色々ジュリアン達に質問している。
(でも。学園長側に付かれる可能性があるのは困るわ。)
「ねぇ茶釜入道、メガロドンって知っているかしら?」
『ん?ん~。確か外海で知る人ぞ知る巨大鮫だったと思うが、儂は見た事無いぞ。
何せ淡水側担当故な。まあある意味向こうもまとめて管理はしておるが。』
「む、むむぅ!つまりメガロドンが居るとしたら海水で出来ている外周湖!
でかしたぞマイ同志よ!」
自分の本来の目的を思い出したティパーティが、唐突に我に返りシャウトする。
そこも詳しく聞くと、外周も管理者は居ないが建物内なら移動出来るので、確認だけなら今も出来るとか。機材の寿命が管理の限界になるのが現状か。
「管理手段はあるのよね?それって今も失伝したまま?修復手段無し?」
『いや。流石に長年時間はあったでの、マニュアルくらいは既に出来ておる。
定期的な修繕も兼ねて、出来れば正規の管理人を派遣して欲しい所じゃな。』
(ビンゴ。カードは揃っているわね。)
「ならあなたが此処の管理者になる気は無いかしら?
どうも今直ぐ此処を議会に報告して終わりって話じゃないみたいだし。」
グラトニーが最初に水を向けたのはティーパーティだ。
この一件、事情を聞いた彼が最低でも沈黙以上を約束させる必要がある。
「むむ?しかし、ここで生計は立てられんので無いか?」
「逆よ。此処なら生計を立てながら外と出入りが出来るわ。
何なら学園街の業者に就職しても良い。ここの管理者は知識を学びつつ別の手段で生計を立てる必要があるもの。
魔法議会に任せても調査が先でしょうから、引継ぎ前に出入りを禁止されてそれから学園と交渉。
最悪学園長の管理下に落ちて議会は口出し禁止、まあ仮の管理人なら茶釜入道も排除して終わりじゃ無いかしら。学園長に与するなら兎も角、施設の維持に口出し出来る存在って邪魔だろうし。」
『ちょ!流石にそれは認められんぞ!』
管理者は歓迎したい茶釜入道も、学園長との協力だけは無い。ヒット。
「むう。あり得る話だが、しかし。
オレは研究を蔑ろにして管理者になる気は無いぞ?」
ここだ。
「その研究、鮫と無関係なのかしら?」
「は!そうか!此処の管理者となれば海竜湖の野生鮫と、実在が確認出来ればメガロドンの研究を両方出来るのか!!
し、しかしオレに入道殿は守れんぞ?魔獣学の適性は低かったしな。」
「ならピオーネ?あなたが彼を召喚獣にしなさい。封印駒でも良いけど、多分大蝦蟇大将と同じになると思うわ。学生の召喚獣なら学園長も気軽に手を出せない。
あなたも今の情勢を知りたいでしょう?」
最後のはピオーネでは無く茶釜入道への言葉だ。茶釜入道も真剣に思案する。
『ふむ……。確かにここ以外で儂が出歩くのは難しい。
嬢ちゃんが時々ここを訪れてくれるのであれば、管理に必要な諸々を教えるのは問題無いわな。』
「う、うん。あたしもちょっと色々気になる事が出て来たし、良いよ?」
「なら俺もあなた方に色々話を聞かせて貰って構わないか?」
話の流れを傍観していたジュリアンが、ピオーネと二頭の召喚獣に承諾を取る。
(良い流れね。これでジュリアン達の誰かが引き受けるとか言い出されると困ったけれど。)
預言の詳細は不明だが、運命の子である以上は学園長側に付く恐れは消えない。
これで学園長に情報を伏せつつ、一同に今の学園への不信感を強められそうだ。
(外周への通行手段も欲しかったのよね。
外には〔旧居住区〕なる廃墟があるって情報もあったし。)
この際鏡の魔女ラビリスの《魔鏡》が結界を超えられるか否か、是非とも試しておきたい。
会話の主導権を任せている内に、向こうでは早速ピオーネが契約を済ませて運動場で、実際の勝手を確認するという話になった。
折角だからと、悪紋字が模擬戦相手になると手を上げた。
(?……まあ自由意志持ち同士だから、そういう事も出来るのね。)
仲間同士で戦えるのかと思ったが、特に制約は無い様だ。
「…………。」
『水遁・大鉄砲水ぅっっッ!!!』
『風遁・腹太鼓ぉぉっッ!!!』
大蝦蟇の口から家一軒が消し飛びそうな水の塊が飛び出し、茶釜大狸の口から腹太鼓で圧縮された爆風塊が迎え撃つ。
『『オラオラオラァッッッ!!!!!』』
爆発の渦に突っ込んだ巨体が両前脚で武器を叩き付け合い、乱打戦に持ち込む。
大蝦蟇が振るうは鋲付き金棒、茶釜狸が振るうは両断包丁。全身の力で巧みに叩き付け合い、衝突音の嵐が空気を震わす。
徐々に間隔は短く、どちらも本気の気配は無い。
『はッはぁッ!その程度か入道よォ!』
『抜かせ悪文字ィ!踏み込みが足らんぞォッ!』
何この怪獣決戦。お前らその武器何処から出した?
疑問に答える様にお互いを蹴り飛ばし距離を取ったかと思えば、片手を離して大将蛙は盃、入道狸はフライパンを渦巻く煙の中に出し。
投げると同時に腹を膨らませる。
「耳を塞げ!」
『火遁・蝦蟇油ぁぁあああッ!!!!!』
『雷遁・銅鑼鼓ぃぃいいいッ!!!!!』
大蝦蟇から先程を上回る油が燃え盛りながら飛び出し、狸の両肩が銅鑼鼓に変わり拳を打ち付けた音を咥内に溜め込んで、雷鳴撒き散らす落雷を放つ。
『はぁっ!はぁッッッ!!温まって来た温まって来た!
漸く調子出て来たぜぇッ!』
「呪詛『傲慢』。頭冷えたかあんたら……。」
一瞬で運動場を瘴気で埋め尽くし、そろそろ手加減を忘れそうな大怪獣共に冷水を浴びせる。
「これ以上は余波で被害が出るわ。肩慣らしだって忘れたの?」
『『し、失礼しましたァ。』』
爆煙を撒き散らし、揃って雀か鳩程度の大きさに縮んでピオーネの両肩に乗る。
これ以上は観客側に被害が出かねない。通路に空き窓はあってもガラスの類は無いのだ。
「いやぁ~~~、済まんの。ひっさびさに喧嘩が出来たもんで。」
「そおそお、やっぱ男は拳で語らなぁ。」
呵々と笑うこいつらは、想像以上に同類だ。
「ねぇ。彼ら向けサイズの訓練場、今度作ってくれない?
費用は全部出すから。」
「ん?君が出すのかね?多少色付けてくれるなら構わんが……。」
グラトニーの提案を聞いたピオーネは嫌な予感を覚えて冷汗を垂らす。一応実家は良家のお嬢様とはいえ、この二人が暴れるサイズの訓練場は安くない。
「費用だけ立て替えてこの子の働きで支払わせるわ。
後、必要な材料はこっちにも見せて。現物あるかも知れないし。」
「お、鬼ぃぃぃいいい~~~~~~!」
訳。今回含めて暫く無報酬。内心言っていいのか迷ってる顔でピオーネが小さく抗議する。だが暴れ場所の必要性は彼女自身も感じたようだ。
とは言え、少し早まったかも知れないと思わなくも無い。やはり自分で直接抱え込みたいと思う程の戦闘力だった。
ピオーネの引き込みは思った以上に重要性を増して来た。
(まあ流石に私だったら此処までトントン拍子に話進まなかっただろうけど。)
ピオーネを慰めるジュリアン達を傍目に見ながら、グラトニーは内心で自分の正しさを確信する。
実際グラトニーが手を上げなかったからこそ皆が提案を無警戒に聞き入れているのだ。自分が欲しいと口にしたら、裏を疑われる程度に警戒されてる自覚はある。
「それじゃ、そろそろ外周湖の方へ行こうぜ。」
宥め終えたジュリアンが一同に呼びかけ、茶釜入道の先導で塔の中を上る。
改めて色々教わると、ここは湖中の中に隠れた排水栓の様な形の建物だった。
そう、例の祭壇前の湖に移っていたあの形だ。
あれは事情だけ聞いて訪れた侵入者を罠に嵌めるための場所で、あの中を進めば建物どころか全く別の湖底に追い出される事になる。
逆に祭壇の方は管理者用の新人試験を兼ねた正規の通行路だったらしい。
「あの通路で一体何を試していると言うんだ……。」
「根気と茶目っ気。欲に急いていると強行突破したくなる道中じゃったろ?」
案外祭壇周りにも安全な道があったのかも知れない。その辺りを察した面々は、一瞬グラトニーを見た後に口を噤んだ。
「で。一応儂はその辺の見極めを任されていた。
別に明確なルールがあった訳じゃ無いし、儂一人で決める筈じゃあなかったんだがのぅ。」
ぼやきたくなる気も分かるが、今全権を持っているのは茶釜入道ただ一人だ。
案内図越しに見る外観は本来、湖底を偽装した蓋の下にあって窺い知る事は出来ない。例外は先程の正規ルートか、塔内にある整備用の出口から出るしかない。
平たく言うなら二重底だ。上の蓋は湖底に偽装するための物で、塔は上蓋に隠された真の湖底に設置された、外からの海水流入を防ぐ本当の意味での蓋になる。
「ここは重しも兼ねていての。見た目以上に重く頑丈に出来ておる。
こっちの扉が外周湖側の栓に繋がっておるな。」
扉を開けるとトンネルの様な通路があり、エーテルの見えるグラトニーには通路が途中で歪んで別の場所と繋がっているのが分かる。
「へ~、見た目は向こうと殆ど変わらないんですね~。」
全員が扉を抜けて。
此処が外周湖と聞いて辺りを見渡すサンドライトの言う通り、一見して鏡の様に左右対称な部屋に出た以外は、一目で違いが分からない。
部屋の外も全く同じ作りなので、恐らく建物全体がそっくり同じなのだろう。
「真っ直ぐ外に出る訳にも行かん。
こっちは海水だからの、例え水呼吸の魔法を使っても塩分濃度だけはどうにもならんので、術の感触の違いが実感出来るまでは普通の手段で上がった方がええ。」
茶釜狸の案内に従い、石造りの建物を進む。やがて辿り着いたのは小型の船が並んだ、小さめの船着き場だった。それも只の船ではない。
「魔法で作った水中船、まあ潜水艦と名付けたそうだ。」
(……何かしら。昔の魔法使いの作品にしては、妙に名称が……。)
別に不自然という程では無いが、何となくワザと揃えられたかのような違和感を感じるのは何故かと首を捻り、陶器製のオカリナを巨大化した様な船に口の部分から最後に乗り込む。
中は沢山の椅子が並んでおり、ジャンケンに勝ってしまったグラトニーが正面の席に座る。
「船の操縦はどうするのかしら?」
『ワタクシめにご命じ下さい、マスター。』
「あ、それマスターキー。」
座りながらの質問に正面モニ、水晶版に顔が現れ、茶釜入道が手すりを指差す。
尚、後ろのティーパーティが座る船長席っぽい所には操舵輪がある。
『操舵主と船長は別なのがセオリーです。遅れましたが私の名は説明用ゴーレム、ナビです。』
絶対に確信犯な奴だコレ……。
そう言えばあったな、天文学に未来視が。確か都市伝説級の固有魔法だったか、使い手が実在したのは確からしいが、失われた魔法だとも言われている筈だ。
まさかこんな形で実在を証明されるとは思わなかった。
「……もう何だって良いわ。出航よ。」
手すり型の杖を取り外し、進行方向を指示すると、正面に水中トンネルが現れて加速し薄緑色の水中へと飛び出す。
「「「おおおおっ!!!」」」
今までの湖底とは濃度、水の厚みやら湖底の雰囲気が明確に違う。
「取り敢えず、外壁沿いへ向かって。」
『らっじゃ。』
妙にノリの軽い潜水艦ゴーレムを操り、後ろの皆が歓声を上げて外を見ている。
目に見えて淡水と海水の違いが分かったせいで、一同の熱気は一気に上がる。
船尾からは大量の泡が噴き出し、まるで泡の道を進んでいる様だ。
喝采を上げて騒ぐ一同を見ながら、グラトニーは何となく笑顔を浮かべて。
「『夜遊び童よ、喉を潤せ』。」
搭乗者全員に『水呼吸』の呪文を掛けた。
「あの、グラトニーさん?」
「いえ。別に意味は無い筈なのよ?ただ、こう、ね?」
微妙に自分でも何が気になっているか分からないのだが。
「それより、折角だから外は見なく。」
後ろモニターに映っていたのは、今まさに大口を開けた鮫の姿だった。
本日2話投稿、前編です。折角のクリスマスなので、イブと当日に投稿予定。
悲報、グラトニーが常識枠w次回は鮫が本気を出しますw




