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ガラクタの学園  作者: 夕霧湖畔
間章一 海竜湖キャンプ
92/211

07.蝦蟇御殿

 〔蝦蟇(がま)御殿〕に戻るのは、行きよりもずっと楽だった。

 召喚し直された大蝦蟇大将の体は長老達よりも更に一回り大きく、背中のちゃんちゃんこに乗れば全員を載せたまま泳げたからだ。


 一応帰りの浮袋と別の潮流(ちょうりゅう)は教えて貰っていたが、浮袋は早い代わりにいつ着くか分からない緊張感がある。その点彼の背にはマナで作った気泡に包まれており、全員が集まっても不自由なく呼吸が出来る上、泳ぎも安定している。


『あの潮流は朝と夜で逆流するが、大体湖底の縁周りから少し離れた辺りを一周しておるんじゃ。

 だから迷った時はどこかの縁に行けばよい。』


 悪紋字は事も無げに語るが、それを言えるのは海竜に出会っても襲われない生き物だけだ。あと地味にピオーネはグロッキーになっている。

 流石に今までの消耗は大きかった模様だ。


「しかし、けったいな魔法生物が大分増えたようじゃのぉ。」

 昔はここまで敵意を向けて来る生物は居なかったと言うが、何十年間あの中で術を維持していたかは把握していないらしい。


「あのでっかいの以外は何世代か交代していたから百年ぐらい経っているのは分かるが、洞窟で日の出を数えるこたぁ出来んかったからの。」

 流石に潮流を流される程の短時間では辿り着かなかったが、それでも日が暮れ出す頃に例の岩場前に辿り着き、悪紋字が手を当てて笛の様な呪文を唱える。


「よよいのよいっ、と。ホレ、着いたぞ。」

 景色が紙芝居の様に入れ替わり、目の前に長老蝦蟇が隠れていた正面の、鳥居出口へと辿り着く。


 軽い地響きに眼下の蛙達が天井を見上げ、わっと歓声を上げた。

 いやぁ~懐かしいのぅと辺りを見回し手を振る悪紋字から全員が降りると、改めて長老蝦蟇へと座り込みながら顔を合わせる。



「よくぞお戻り下さいました、大爺様。

 長きに渡るお勤め、子々孫々を代表して厚く、感謝致しますぞ。」


「……おぅ。随分と、待たせた。お前達ももう、楽に致せ。」


 互いに軽く頷き合い、長老蝦蟇が眼下に歓迎の(うたげ)の号令をかける。

 相談の結果、帰るのは明日に決めた。元々場合によっては一晩がかりの予定だったし、何よりグラトニー以外全員が疲労困憊(ひろうこんぱい)になっていたのも大きい。


 質素な食事は持ち前の食事を若干追加し、薬酒からアルコールを抜いた物を振る舞われ全員が適当に雑魚寝(ざこね)していった。

 頃合いかなと見計らい、グラトニーは席を立った。


「グラトニー?どうしたの。」

「報酬を受け取りに行くわ。」

 レイリースが気付くが、足を止めずに階段を上る。


「ちょ、ちょっと待って!……ねぇ、それ私も付いて行っていい?」

 慌てて止めようとしたのだろう。が、グラトニーも止める気は無い。

 そもそも彼女が警戒したような事態にはならないだろう。



「おや、来たかい。話を聞きたいんだったか。

 で?何を聞きたいのかね。」


 長老蝦蟇が大きく平たい(さかずき)に薬酒を注ぎ、徳利(とっくり)を振って座るよう促す。

 グラトニーは今回も座らないが、人形を出す積りも無い。

「始祖に付いて、()()()()()知っている事全てよ。」

 レイリースが息を飲み、長老は盃を余さず飲みながらこちらを見定める。



「はて。儂らは大爺様より若いのじゃがなぁ?」



「聞いてるわ。それで、何百年前の三百歳より若いのかしら?」

 ピクリと長老の眉が動き、盃から口を放す。


「ちょ、ちょっと待って!それって!」

「相手は死霊よ?太陽の見えない場所で眠り続けてたわ。

 数十年が数百年だって何も不思議はない。」



「それだけかね?」



 試す様な視線を向け、挑戦する様に盃で指差す。


「オクトパスタには一匹だけ長寿の巨大蛸が居たわ。

 けど同族は全て普通サイズ、何故あなた達だけ長生きなのかしら。


 そう考えると、此処も変よね。あなた達長老蝦蟇と、大蝦蟇大将・悪紋字の二匹だけが特別。

 あら、一匹はそもそも死霊よね?けどもしかしてあの巨大蛸も触媒(しょくばい)か核として、封印術陣の一部に組み込まれていたのかしら。


 となると巨大化の条件って『()()()』、になるのかしら。」


「?!」

 グラトニーの言葉にぎょっとしたレイリースが長老蝦蟇を振り向くと、合格だ、と言って長老蝦蟇は脇に盃を置く。



「とは言え、始祖殿と儂らに直接の面識は無いし、大爺様もそれは同じの筈だて。

 であれば、この世界の成り立ちかのう。最近の若い者が知らんとすれば。」


 続きを待つ間、下で貰っておいた酒精抜きの薬酒をコップで一口、(のど)(うるお)す。


「そうだのぅ。最初期の魔法世界は、三つに分かれておった。

 一つはこの、今の学園。もう一つは魔法議会のある場所。最後の一つは、まあ農作地が中心だが名所は無かったか。

 全ての魔法世界は、その三つの複製じゃ。〔基盤世界〕とも呼ばれていた。」


「始祖一人で作った訳じゃない、と?」


「いや、〔基盤世界〕のどれか一つだけは始祖一人で作った筈じゃ。

 そこを必要な生活空間を作れるまでの拠点にした。残りの二つが当時の魔法使い達との合作になるのぅ。」


「つまり始祖というのは万能の魔法使いでは無く、移住を説得した指導者なのね?

 無能人という言葉、知っているかしら?」

 脇のレイリースが必死で自分を自制している間に要点を先に聞いてしまう。


「確か、若い者達で流行っていた様じゃが、魔法の苦手な者達の事じゃったか?

 どちらにせよ学園はその辺り、魔法使い達の魔術やら諸々の失伝を恐れて作られたんじゃあ無かったかのう?」


 嘆かわしい事だと呟く辺り、その辺の事情が当時と変わってしまったのは把握しているのか。


「学園創設はいつ頃の話かしら、それ。」

「ようけもう、分からなんだなぁ……。

 今の学園長なら、その辺把握しとらんのかね?」


「ちょ、ちょっと待っ「現学園長が誰かまでは、知らないのね?」……!」

「うむ。最初の学園長なら、大爺様が挨拶(あいさつ)された筈よ。

 それ以外ならそっちの方が詳しかろう。」


 遮られたレイリースは既に半分錯乱(さくらん)気味だ。だが今は後で良い。

「異世界からの移住は、いつから始まったのかしら?」


「異世界?ああ、確かにこっちで産まれりゃ異世界になるかのぅ。

 だがそれを言うなら此処の住民、全て異世界人の異端者じゃけぇ。


 元よりこの地は向こうで住めなくなった者達の受け入れ先、言わば難民世界よ。いつもも何も、最初から、最後まで。

 昔の理念を忘れぬ限り、この地は永遠に異形の者達を受け入れ続ける。」


(異形の者達、純血程多い、ねぇ。

 さて、どう聞いても少数派だったように聞こえるのだけど。)


「なら純血って言葉に聞き覚えは?」

「さて。()()の事を指すのかね?

 というより、その辺は儂らより人生まれの方が詳しかろう。

 例えようにも、色々使われてて、儂らには難し過ぎる位しか分からん。」

 明確な定義が把握出来ない時代があった。それは恐らく学園創設期頃。


(成程。成程。純血が出来た頃と、同じくらいと見るべきかしら?)

 脇に控えるレイリースは、最早蒼白どころでは無い。


「……今は大分、事情が違っている様じゃのぅ。」


「ええ。当たり前が当たり前じゃなくなっていて、本当が何か分からないのよ。

 他に始祖について、分かる事は無いのね?」


「うむ。儂らが生まれる大分昔の話じゃからのぅ。」


「そう。邪魔したわね、何代目かの大蝦蟇大将達。」

 立ち上がって肩にレイリースを抱え、階段を下りていく。


「おっと。本当に話だけで終わるのも流石に申し訳ない。

 これを持っていくと良い。」


 放物線を描いて届いた小箱を、空中で掴み取る。

 視線で確認してから中を見ると、丸い(びん)に木の握りを付けた、小さな置時計にも似た置物だった。見様によっては白色電球にも見えるだろう。

 けれど、瓶の中には糸にぶら下がった方位磁針に見える針がある。


「これは?」

「《座標時計》と言っての。昔は当たり前に使われていた魔法の時計じゃ。

 蓋の開く部分に自分の血を入れ、一度起動させると、壊れるか血を拭き取らない限り何処に仕舞って忘れていようと、方位と時間が脳裏に思い浮かぶ。」


 一応それの作り主は始祖だと言われているから、序でに持っていくと良いと手を振る長老蝦蟇。

「そう。有り難く貰っていくわ。」


「……ああ。壮健にな、物騒で痛々しいお嬢さんや。」


 雑魚寝場に向かう前に、階段半ばの踊り場で手すりに腰かけ、肩のレイリースを下ろして壁に預ける。


「さて。分かっていない様だけど、ここで聞いた事は他所に漏らす事を禁ずるわ。

 私にも人前で聞いては駄目よ?話して良いのは私が許可した内容だけ。」

 当然淑女の会も厳禁だ。彼女達はあくまで味方よりの中立、交渉相手だ。


「何でよ!あなただって分かっているでしょう?!

 此処は……ッ!この場所は……ッ!!」


「魔法議会成立と学園成立が約五百年前って、前に授業で習っていたわね。

 その頃は現学園長も着任前だから、その百年前後かしら?つまり彼らは、文字通り()()()()()()貴重な()()()になる訳よね?」


 そう。彼らは知っているのではない。彼らだけが知らない。昔の生き証人。

 だから食い違う。今の正解を知らないから。昔の常識の侭に暮らしているから。


「でも!純血は!異世界人は!!」

 レイリースがグラトニーの襟を掴んで引き寄せ、感情の侭に壁に押し付ける。

 だがこれは敵意では無い。只の衝動。只の自制。


「禁忌戦役が魔法世界にとって一番の変遷(へんせん)かと思ってたけど。

 案外、一番の変遷は学園成立前だったのかもね。」

「でも……!こんなの、どうしろって言うのよ……。」


「レイリース?未だよ。未だ何も、よ?

 何が起きたか、あなたはもう知っているの?」

「え?それは……。」


「さっきの話は過渡期(かとき)。真実じゃない。真実の表側。何かが始まり始めた頃。

 何かは何?あなたは答えを知っているの?」


「い、いえ。未だ……、何も……。

 そうか、未だ私は何も知っては居ないのね?」

 レイリースは震える手を離し、肩の力を落として床に手を付く。


「そうよ。私も含めて、未だ何も。

 あなたは私と何故契約したのか、もう忘れてしまったのかしら?」

「え?で、でもこれは契約とは……。」


「あなたが望んだのは強い理性、平常心。でも感情を殺す手段じゃ無いわよね?

 真実が残酷で酷いものだって言うのは、もう分かってる筈。

 今のあなたに足りないものは自制心じゃなくて自制する動機。」

 言われて気付く。『家庭教師な淑女(ガヴァネスレディ)』が何も反応しなかった理由に。


「的がどれか分からないまま怒ったって無駄よ。今は只聞き手に回りなさい。

 私の腹心になるなら、入った情報に逐一取り乱しているようじゃ困るわ。」

「……ええ。そうね。その通りだったわ。」


 貧血やふらつきはあくまで気持ちの問題だ。

 平常心さえ取り戻せはふらつき自体が精神的な錯覚なのだから、足取りも直ぐに確かになる。


 自分の足で先に立ち、グラトニーを置いて降りてゆく。

 グラトニーも小さく溜息を吐いて、後に続いた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌朝。薬学三狂生は各々明暗が分かれていた。


 ポートガスとララバイはそれぞれ魔法薬の原料、新しい薬草として海藻類を手に入れて、更に育成の知識などを巻物に記して譲られていた。


 ジョーズだけは毒が無いので欲しい報酬も無い。無い(そで)は振れないのだ。


 ピオーネにとっては悪紋字との契約が一番の報酬だろう。

 因みにオクトパスタは召喚駒に使える物は全員が欲しい数を選び、《封印石》代は後払いで先に適当に分けた。


 グラトニーにとっては今金銭で支払われるより、後日『封印石』そのものか物々交換で払って貰った方が都合が良いくらいだ。

 一応上の面々にも土産として一人一つ分は《封印石》に入っているので、欲しい者に買い取りという形で渡す心算だ。


「でも良いの?結構余ってるけど。」

 断片や要らない分は、全部グラトニーが貰う事になったからだ。


「いや。今ある分だけでも結構加工に手間だし……。」

 ピオーネ以外は一応三つ受け取っただけで、全部加工するかは分からないとの答えだった。召喚獣としては優秀な筈なので、正直意外な反応だった。


「あたしだって全部一斉に使う機会はあって欲しくないなぁ……。」

「私達だって、昨日力不足を実感しなかったら作ろうとも思わなかったわよ。」

「残りでたこ焼き期待したいから。保存用、普段用、交渉用で三つ?」


 一人だけ感想が違うが、まあ実際グラトニーも不要分はそうする心算だったが。どうも数が多過ぎるので手に余る様だ。


「帰る前に台本を確認するわよ?

 私達は水中探索中に海流を発見して、呑み込まれただけ。

 〔オクトパスタの洞窟〕に迷い込んだせいで帰還が遅れたけど、ピオーネが大蝦蟇大将との契約に成功したから帰ってこれた。


 今いる此処、便座上〔蝦蟇御殿〕と呼ぶけど、ここには来た事も無いし知らない。

 それで良いわね?」


 レイリースの言葉に全員が頷く。先程仕分け中に話し合い、ここの住民達に迷惑をかけないためと、この場所の存在を沈黙する事にしたのだ。


「ま、帰りの水圧は気にする必要無いで?

 何せ儂の背中に乗るんじゃからのぅ!」


 因みに彼、悪紋字の召喚駒、『顕在』状態での力は『水遁・大鉄砲水』と『火遁・蝦蟇油』の二つ。


 蝦蟇固有の能力が無いから召喚駒や発動具に加工出来ないのだと教わった。

 逆に言えば、種族固有の能力に一定以上の魔力があるかという点が判断基準となるらしく、大蝦蟇大将は実質別種族になっているのだろう。


 昔話については脳筋なので当てにせん様にと返事を返された。

 踏み込むかどうかは気付くかも含め、ピオーネの問題だろう。


「帰ったら先ずは蛸料理を作って、それから研究かしらね。」

「「「帰って直ぐはヤメテ。」」」

 何故だろう?

 本日3話投稿、後編です。

 読まなくても本編は分かると言ったが、裏事情が出て来ないとは言ってないの巻w

 今回の話を踏まえて読み返して頂くと、グラトニーが長老蝦蟇に対して妙な言い回しをしている点が見つかると思います。

 時系列的には悪紋字の移住後に学園創設、悪紋字が初代学園長と対談、長老蝦蟇誕生の順になります。オクトパスタ登場はその後です。

 長老蝦蟇達は純血も無能人も噂程度にしか知りません。今で言う無能世界は、彼らの感覚では故郷になる訳です。

 この話を本編に組み込むと脱線しそうなので、短編として独立させたらちょっと長くなったというのがこの間章誕生の経緯ですw

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