第四章 狂気の声 01.禁書庫
例の決闘以降、グラトニーに手を出す生徒は激減した。
決闘の件が広まったのもあるが、それ以上に教頭ムーンパレスが質問に答えて、学園長が呪詛を知ったから入学させたと言っていた事を明かしたからだ。
学園長曰く、呪詛を凌駕して排除しても由、更なる危険人物に突然変異しても由。どう転んでも美味しい愉快な学園生活の起爆剤だとの事。
今や学園一の危険人物はグラトニーでは無く、学園長というのが学園内に広まる共通認識だ。
「もう。どうして皆、あたしの居ないところで面白い事するかな~。」
(((お前に食われたくないからだよ!)))
アヴァロンのぼやきに内心で周囲が答える中、グラトニー達はジュリアンの質問に答えながら昼食を取っていた。
「じゃあグラトニーはその呪詛って奴をどうにかする気はある訳だ。」
「ええ。だって今は魔力が漏れているようなものなんでしょ?」
コントロール出来るなら私物だけに張り付けておけば十分だし、と語る。
グラトニーが意図して呪詛を振り撒いていないのは、薄々周囲の同級生達も察し始めていたらしい。
ジュリアンも実感が無いなりに違和感に気付き、代表して確認しに来たという。
「そういやあのダミエルって奴は結局どうなったんだ?」
「知らないで契約術を結んだなら厳重注意付きの無罪だったけど、知っていた以上は只の犯罪者ね。
家伝の発動具を没収されて退学処分になったわ。」
ダニエル少年はあの後の取り調べで、グラトニーなら騙せると思って結んだ契約だと自白させられた。
元々彼は純血に連なる家系だったが色々あって破産し、今や只の貴種と同列に扱われる事に憤りを抱いていたらしい。
そんな中同期の純血達が返り討ちに遭うグラトニーを屈服させれば嘗ての栄光を取り戻せるのではないか、というのが彼ダミエルの動機だった。
因みに自白させたのは教頭ムーンパレスなので、冤罪の線は無いだろう。
「で。安全が確認されたから賠償金扱いでこの発動具を譲られたわ。」
見せたのは黒い指輪、例の『亡霊騎士』の発動具である。
「ん?あの魔術って普通の発動具でも使えるのか?」
だったらオレも教えて欲しいんだけど、とジュリアン。
「あたしもあたしも~。」
アヴァロンも興味津々に便乗する。
「構わないけど、杖で発動させるのは多分無理よ。
コレを先生に複製して貰わないと。」
発動具無しだと大分ロスが増えるわ、と色々試した結果を思い出す。
「え?じゃあやっぱりガチの家伝魔法?呪文だけじゃ習得出来ない筈の?」
食事が終わった一同は、そのままノリに任せて席を立ち。その足で魔導具学の教師マルガルの研究室を訪れた。
「んん?おやジュリアンもか。何だ遂に君の体を調べさせてくれる気になったか?」
「いやいや、違いますよ教師マルガル。あくまでオレは付き添いですって。」
何だと残念がるマルガル。
話によると既に新種の魔法薬の実験体を引き受けた事があるという。バイト代と引き換えに一生を台無しにする覚悟が必要だったと彼は語る。
「要件はこれと同じ発動具を幾つか複製して欲しいって話ね。」
素材は結構金銭的な余裕はあるし、何より家伝の発動具は普通の手段では入手出来ないと聞いている。
案の定マルガルは好奇心に目を輝かせて一も二も無く頷いた。
「いやぁ良いぞお前達。最近の餓鬼共は偉ぶるだけで役に立つ物は何も寄こさん。
呪文は分かっているか?私の分も複製するが構わんな。」
「ええ勿論。対価はそれの複製権でお願いするわ。」
呪文をメモした紙を手渡し、数日中に解析を終えると約束をする教師マルガル。
他の生徒からは身贔屓が過ぎて勝手だと評判が悪いが、グラトニーとの相性はすこぶる良いものだった。
「折角だ。今日も魔法薬作成の練習していくんだろ?」
「ええ。呪詛を完全に取り除ければ、小遣い稼ぎ以上の価値があるわ。」
グラトニーにとっては呪詛攻略の一環でもある。
「魔法薬かー。体の一部垂らして変化させれば近い物は出来るんだけどなー。」
「補講なんだから手を抜かず練習しろよ。」
違う意味で微調整が苦手なアヴァロンも、皆がいるならと練習に参加した。
グラトニーの手元には家が数件買える程の賠償金と、授業分も含めた数十冊の魔導書が届いていた。勿論幾つかの呪具もある。
個人的に最も有り難かったのは、腕輪に収納出来る旅行鞄か。
お陰で全ての私物に魔導書が常に持ち歩けるようになった。
無論全財産である腕輪は、普段は一見見えないところに隠し持っている。
そんなこんなで授業の先取りが可能になったグラトニーは、魔導書を読破すべく校舎にあるという図書室を訪れた。
「随分多いわね。こっちはもっと本が少ないのかと思っていたわ。」
図書室という名には似付かわしくない程の広さと大きさは、ちょっとした体育館よりも大きいだろう。入り口付近は吹き抜けになっているが、それはあくまで閲覧所だからか。
机は本を開きながら書き物をするのに都合が良い斜めになった物と普通の物。
使い魔がページを開くのに都合が良い台座付きの机まで揃っている。
本棚は倒れる事が無いように多数の壁で仕切られて固定されており、随所にある階段梯子は呪文で動かすものらしい。
ふむと書棚のジャンルが気になり、近くの梯子に杖を付けて呪文を唱える。
「『動け本の元へ』、『静かに進め』。」
台車状の梯子が緩やかに動き出す。方向は指定していないが、どうやら一定方向にしか進めない様子だ。取り敢えず台車に乗って目的地の傍に付く。
「『此処にあるぞ』、『梯子を伸ばせ』『此処で止まれ』。」
止まった梯子が緩やかに伸び、木になった本の前で止める。最初に杖を付ければ逐一杖を使わないのは結構便利だ。
(あらやっぱり。コレ魔法と関係無い本が山程あるわね。)
薬草のみで作った料理入門。現代魔法経済学。魔法使い昔話。
一般雑学の棚は特に脈絡が無い。真面目な研究や特定の著者の本は一揃えに並んでいる様子だが、兎に角本のジャンルが滅茶苦茶と言って良い。
本のジャンルの索引がある図書館なんて、初めて見た。
「この踏み台も呪具なのね。『本棚はどれ』『~の…』『此処がゴールだ』。」
……うん。分かり辛い。踏み台は現れた謎通路を走って誰にも遭遇する事無く本棚の前に移動したが、目的地の本棚に付くまで何度か繰り返してしまった。
索引項目が呪文に組み込まれる理由が体感で分かってしまう。この踏み台は目的地が目に見えている時には向かない代物だ。
正直、転移魔法を使われた方が見た目納得が行く代物だ。他の生徒も結構いるのに誰の邪魔も受けずに進めるのだけは利点だが。
グラトニーは目的の本棚、本の部分を軽くノックする。
(やっぱりコレ扉ね。それも魔法で隠されているタイプの。)
エーテルで包まれた部分に触ろうとすると本棚の感触しかしない。だが鍵穴はパズルの様な形で、扉全体、術式の形を組み換えれば鍵が無くても錠前が開く。
まあ平たく言って鍵を使わずに鍵穴の中を動かしているのだが。
かちりと組み合った瞬間、本棚は歪み扉が姿を現すとグラトニーは躊躇いも無く怪しい扉を開いて中に入る。
「こんにちは。あなたも魔女かしら?」
「貴女は何者?今この学園を徘徊しているっていう魔女狩りかしら。」
宙に浮かぶ椅子に座り、無数の包丁の形に折られた折り紙が漂う中。
白髪を外側に広げたボブカットに似た髪型の、碧眼の美少女が本を開いた姿勢でグラトニーを睨み付けていた。口元は表情とは対極に感情がまるで伺えない。
「魔女狩りなんて知らないわね。あなたは仮面の魔女?
どっちかというと紙の魔女って感じだけど。」
「名乗れないって意味かしら?」
「殺気が無いもの。質問に答えたらこっちが聞きたい事に答えてくれるの?」
歯軋りする隙間に小さく尖った犬歯が覗き、軽く溜息を付いて内容次第と小声で応える。
「グラトニーよ。あなたの名前も聞かせて。あ、クリスの知り合い?」
噛み付かんばかりだった美少女の表情があんぐりと口を開けて硬直し、我に返った途端に両手で頭を抱えて全身を仰け反らせた。
「あああ~~~!!貴女が今年最大の問題児か!
常識最悪、あの学園長のお気に入りの、狂気の無能人グラトニー!!」
「私アレのお気に入りだったの?ちょっとそっち先に聞きたくなったわね。」
お人好しっぽかった魔女クリスのものとは思えない人物評だったが、曰くこの図書館で起きた事は全て把握出来る、情報収集に長けた魔女らしい。
クリスが久々に言葉を濁し、容姿以外には会えば分かるとしか言わなかった希少種がグラトニーだという。
「でもあなた達魔女というには随分人が良いわね。
禁呪に手を出した犯罪者なんでしょう?私よりの人種だと思ってたけど。」
漂う包丁が紙となって手元の本に戻り、懐に仕舞うと隣の台に置かれた栞の付いた本を開いて肩の力を抜く。
取り敢えず椅子だけは用意してくれたので、座りながら話し始める。
「魔女の中には禁呪を使っただけじゃなくて、使われた者も含まれるの。
私の吸血鬼化の呪いは何千年経っても解けやしない、魔法使い初期の禁呪ね。」
彼女の名はオルガノン。吸血鬼にされた紙の魔女として登録されているという。
特にこの学園にいる魔女は穏健派が中心で、クリスは支配に使える事を発見しただけで研究対象はゴーレムの延長、使い魔に勝る人形作りだったらしい。
クリスも結構な美女だったが、オルガノンは更に上をいく。氷の様な相貌と言うべきか殆ど動かない表情が、彫刻の様な浮世離れした静謐な空気を漂わせる。
「その言い分だと、ここに居るのは不本意みたいね。」
「ええ。私達は学園長に囚われた魔女だもの。それも非公式に、ね。」
禁忌の魔女。その素性全てが改竄されていた正体不明、ただ絶世の美女だったと伝わる最強にして最大、最悪の存在。
その悪行はかつて複数あった筈の魔法世界が全て分断した元凶であり、一つの魔法世界を何らかの魔術儀式のために、全てを生贄にして滅ぼした事まであった。
彼女を討伐するため全ての魔法世界が一致団結して魔女を狩り、狂気の如く奔走した頃に彼女達は囚われたのだという。
「理由は私達を死後、剥製にするためだって言ってたわ。
アレ曰く、私達はコレクションなんですって。」
変態かな?あの学園長。まぁ只の皮肉や嫌がらせという線も捨て切れないが。
「何故逃げないのよ。」
「此処は檻よ。負けて出られないだけ。
ただまあ、そもそも此処は学園長が私物化しているだけで公共施設だし。私達が隠れ住むのにこれほど適した場所は無いのよね。」
周囲に視線を移すと整然と並ぶ無数の本棚は、一見して扉を抜ける前の図書室と同じ配列で並んでおり、明確な誤差として足元に透明ガラスがあるかのように図書室が見えた。
眼下の図書室では学生が普通に今も本を探し、読み耽っている。実際禁書庫の外で見た時も天井には何ら異常は無かった。
更に言えば、禁書庫の本棚は図書室と同じ配列の本棚の上に、別の本棚が並んでいる。
よく見れば頭上より高い本棚の影にはテーブルや食器棚が浮かんでおり、ひょっとすると生活空間は更に上に漂っているのかも知れない。
「足元の景色は映像よ。禁書庫周りに近付いた学生や騒動を起こしている連中は一目で分かるわ。勉強熱心な子もね。」
気になるなら消すわよ、と指を弾いて足元が大理石の床に代わる。
「案外自由に暮らしているのかしら?」
正直食事とかはどうしているのか。
「私達は魔女よ?しかも一流どころが揃っている。
クリスなら小さな家庭農園を作っているし、私は使い魔を外に出して買い物をさせたり一部の食材を複製したり。まぁ色々ね。
地味に邪魔が入らないで好きな研究が出来て、最新の本が入ってくる此処はとても私に都合が良いのよ。」
尚、眼下の本は全て原本をオルガノンが管理しているという。
つまり禁忌の魔女が暴れていた頃は出ない方が安全で、今も出られない以外の不自由は一切無いのがこの学園なのか。
昔は此処も研究だけが全ての穏当な学園だったが、禁忌の魔女が猛威を振るい半ば兵士養成学校、戦える魔法こそが至上という弱肉強食の学び舎となったという。
「その際、禁忌に次いで最も力のあった魔術師が学園長ダーククロウ。
この呪法学園カーズを要塞化する事で、禁忌にすら対抗し一大反抗拠点を築き上げた、英雄魔法使いナイトバロンに次ぐ魔法界の救世主。
序でに言うと、今や魔女以外では最古の純血でもある。」
学園に籠っている限り学園長を排除する手段は無く、外に出たとしても現役最強である事に変わりはない。
「後、私達はそれぞれアレに一つ禁制品を管理する権利を与えられている。」
「それは何故?」
「大人しくする交換条件よ。私はこの禁書庫。
加えて、私達は互いの居住区を行き来出来る。ぶっちゃけ此処の危険物を学園長の手に残すのはかなり不安だわ。」
全員伊達に魔女狩りや禁忌の手から逃れた訳では無く、自分の居住空間に学園長の手が入れば流石に気付ける自負はあるという。
禁書の類は念入りに封印をしており学園長とて破らせないと断言する。
「かけている歳月が違うのよ。事ある毎に進化しているわ。」
一応表向きは学園長が責任者とは言え、政治を無視は出来ない。
如何に現最強とはいえ、禁忌の魔女やナイトバロン程の圧倒的な力では無い。
魔法議会も危険物を管理してくれるなら、積極的に討伐したい程の危険人物では無いというのが本音。世間的には後進育成に専念する大賢者だという。
「ちょくちょく聞くけど、その禁忌の魔女なら人間を操ったり造り替えたり出来るんじゃないかしら?人形を精巧な人に見せたり。」
ひょっとしたら支配を使えるクリスも、と思ったがこれは明確に否定される。
クリスの研究は便利に使える人形であって、彼女の支配はエーテルの紐で物理的に動かす術式の事だ。彼女が魔女化した術式は全くの別物らしい。
そこは本人に聞けと言われた。
「正直禁忌の魔女に限れば全部否定出来ないわ。
けど貴女はジュリアンを知っているわね。
ナイトバロンが相打ちになったのは彼が赤ん坊の時、あなたと会う機会は無い。
配下の魔女は一部の有力者しか判明して無いから分からないけど。」
「この学園の魔女は。」
「全員把握している。私より偽装が得意な魔女はいないわ。」
わぁ。オルガノンの表情は最初こそ驚きに満ち溢れていたが、以後表情筋は殆ど動いていない。無感情では無いが無表情。とても偽装が得意には見えない。
溜息を一つ吐いて折り紙を取り出すと、表面に様々な模様が現れた。
「折り紙の模様は変化させられるわ。
私も紙を人に化けさせる事は出来る。呪具でエーテルを確認しなければ一目で見抜けない程度なら十分可能よ。クリスは偽装に興味無いし。」
「成程ね。」
視線が本に固定されるようになったのは話に飽きて来たからか。
話し相手が少ない分愚痴が噴き出しただけで、元々は必要が無ければ何時間でも喋らないタイプの人間らしい。そろそろ話は切上げ時か。
「その程度なら一目で分かるわね。
じゃあ魔女を殺せる何かは無い?」
「代償以上の強い魔力で殺せば。禁呪を当てにしているなら触らせないわ。
ただまあ、黙って帰らなそうだし一つプレゼントをあげる。」
強い禁呪はそもそも学生に扱える難易度では無いので、三学年で習う呪文を最低三つは習得しないと論外だと言う。
「これは?」
「警報ベルの指輪版。
警報ベルは二学年で習う、周囲の危険を察知して鳴る呪具よ。
私の特製だから警告してくれる危険も多いし、偽の発熱で警告する仕組みだから装着者にしか警報が分からないのが一番の利点。
学生で此処までのはまず無理ね。」
小箱に入っていた指輪にはユニコーンの首が彫刻され、表面を透明な水晶で包まれた、指輪としても見栄えのする品だというのが一目で分かる。
オルガノンが試しにと『火花よ』と呪文を漂わせると、暖かい程度の熱が指輪を通して指に伝わって来る。
火花が残っていても警報が消えたのは、狙いを外したからか。
「満足した?」
「今はね。困った事があったらまた相談に来るわ。」
「…………せめて人目は忍びなさい。じゃないと全力で拒否するわよ。」
まあ最初の折り紙の包丁は再現出来そうだ。これ以上は仕方ないと禁書庫を後にする。
「えっと『迎えに来て』だったかしら。」
唱え終えると同時に今度は天井に魔力が吸われ、踏み台が現れる。
どうやらこれは図書館全体と連動した呪具の様だ。
踏み台に両足を乗せると、再び現れた謎回廊によって、受け付け傍の出入り口に運ばれる。
紙の魔女の外見年齢は十代後半ですが、学園では学園長に次ぐ高年齢。
知識だけでも魔力だけでも魔女にはなれないので、普通魔女は若くても二十代以降の外見年齢になります。
肉体や精神が脆過ぎるとそもそも魔女化まで届かないので。
2021/10/13 改行スペース他微修正。




