04.湖沿いダンジョン
二日目は半分がグラトニーと共にダンジョンへ向かい、残りが思い思いに過ごすというスケジュールになっている。
五泊六日で、交代で二度ずつの予定だ。どの程度潜れるか、怪我の度合いにもよるので割と予定には隙間がある。
今日向かうのは淑女の会から地図を買った〔湖沿いダンジョン〕だ。
「つまり、水着の上からコートが魔法使いの正装だったのね。」
「いや、別にそういう話じゃないから。」
レイリースが手を振ってグラトニーの結論を否定する。
水中なら兎も角、魔物達のいる場所での露出が気になっただけらしい。水着姿で採取に向かうのは本当に有りの様だ。
今回の参加者は七人。グラトニー組とジョーズ組とレイリースだ。
陸を歩くよりは舟を使う方が一般的との事で、安い舟を買い叩いて薬学三人組に漕がせている。罪状は昨日の覗き未遂。
余り物のララバイは今、両手を縛られて船底を転がっている。
「あの辺の岩場から上陸しましょう。近付き過ぎると海流に呑まれるわ。」
ドラゴンが生息しているのは湖の底で、稀にしか湖上に現れないという。
よって湖周りのダンジョンは割と盛況だが、怪我人も結構多い。
周囲に【盾兵】と【卍兵】を旋回させながら移動しているが、時々文字通り魚が飛んでくる。
盾に弾かれなかった槍魚が轟音を立てて、割と人が死ぬ勢いで岩に刺さる。
「この辺りには満ち潮の時にこの辺りにいるととても危険だと記されているわ。
だけど定番のキャンプ地があって、そこの洞窟で一晩過ごしてから探索するのが一般的らしいわね。何故かしら?」
「そりゃ~、グラトニーみたいに盾人形が無いと、『盾』の呪文で疲弊するし。
『石壁』で出入口塞いで立て籠もらないと、碌に先に進めないんじゃ?」
そういうものかと舟を仕舞って入り口前に来ると、水が引いた岩場に亀裂で出来た洞窟があった。
近くには地上側に登っていく洞窟もある。あっちが出口か。
「……ねぇ。わたし満ち潮で危険って意味、分かった気がする。」
ヒント、水没?
「とにかく入ろうぜ。潮が満ちる前に中に入らないと。」
因みにこの湖に満ち引きがあるのは魔法で海に近い環境が部分的に再現されているからだ。但し塩分濃度まで再現されているのはダンジョン内に限る。
学園はダンジョンや魔法生物の為に、人工的に環境を再現しているのだ。
というより、環境を再現出来るダンジョンを作ったというべきか。
洞窟を歩く際には授業で作った《滑らない靴》が便利だ。土の魔石から移した弱い魔力が地面に吸い付くが、壁を歩ける程強い吸着力は無い。
というかそんな事したら外れない。
魔道具学では日用品を作る授業が多いと思ったが、意外とダンジョン探索で使える品がある様だ。
籠に手足が付いた《昇降駕籠》など何に使うのかと思ったが、壁に何があるのかを調べたり、箒で飛ぶには狭い場所を上るには。
体重を支える岩が必要な《蛇魂縄》よりも、余程便利に使えている。
入り組んだ洞窟と巨大な地底湖の集まりを進み、しかし魚類はそこそこの数を確保したというのに、発動具素材になりそうな魔物は中々出てこない。
「だから『魔物集めの香』を撒けば一発だって。」
「密閉空間でそれやったら私が死なすわよ。」
TSバニーことララバイは魔法薬中毒との事だったが、言動を聞いている限りは効果の有無より使うか否かの方が大事の様だ。
「意外ね。てっきり中毒って言うから魔法薬が手放せないのかと思ったわ。」
「失敬な。俺は飲みたいんじゃなくて使いたいんだよ。」
分かるかな?分かんないんだろうなぁとしたり顔で語るが。
「邪魔にならないならどうでも良いわ。邪魔になるなら始末するし。」
「……あぃ。スミマセン、調子に乗ってました。」
?何に反省しているんだろう。
「やっぱり一昨日に淑女の会が訪れたからじゃね?」
「ダンジョンの魔物は基本一日置けば半数は復活するわ。数が少な過ぎる……。」
不意に視線がグラトニーに集まる。が、今回呪詛はちゃんと閉じている。
「ウォルターに聞いてみれば?」
「ウォルターは水中だと役に立てないって言われて……。」
ケット・シーのウォルターはピオーネの使役魔獣だが、かなりの博識だ。けれど流石に水中に潜る当てまでは無かったらしい。
「まあ、地図はまだ先があるし……。」
「未探索部分はもう水中分だけだぞ?目的はタートルキングなんだろ?」
ポートガスの指摘に皆が首を捻る。そもそもかの大亀は崖際の岩場を好んで生活するとあり、水上で見かける筈なのだ。
「おや!そこにいるのは鮫の同志ではないかな?!」
水中から顔を出して岩場を這い上がって来た顔色の蒼白な青年は、昨年の探求者寮長であったティーパーティだ。
獲得単位の計算をミスった所為で卒業出来ず、今は四学年だった筈。
「あらお久しぶり。あなたは何故ここに?」
本来ダンジョンでは別グループが遭遇する事態は無い。
物量による乱獲を防ぐ以外にも、衝突や奪い合いを避けるためダンジョンへの突入は申請式となっているからだ。
洞窟内には不釣り合いな白衣をまとった男二人が特に意味も無くハイタッチする中、グラトニーは周囲の混乱を無視して簡潔に自分達の事情も含めて説明する。
因みにハイタッチしたジョーズとは寮で親しくなったとか。
ティーパーティはふむふむと髭の無い顎を撫でながら、こちらが何故戸惑っているのか察したのか、安心すると良いと肩を竦めて自分側の事情を口にした。
「こちらはこの水中洞窟から暫く先に別のダンジョンに繋がっているのでな。
そこで新たな鮫の手掛かりを探っていたのだが、やはりルサルカの発動具が無いと先へ進むのは不可能だったよ。
何とかルサルカの精霊か、その発動具持ちの協力を得たいのだが。」
それと、ダンジョンの人数制限は単位時間に出来ない夏季と冬季の休暇には関係無いぞ、とこちらの疑問を補足する。
何でも休暇中は教師も助けに来ないので、別クランに使用中を呼びかける意味しかないのだとか。
場所を占拠しないなら休暇中の乱獲も黙認されているが、乱獲中には稀に明らかに不自然な魔物達の乱入が起こるので、学園長辺りがけしかけているとの噂だ。
ただコテージの置き場所は申請必須なので、そっちに間違いは無いという。
「で、タートルキングだったか。まず君達は、ちゃんと授業を受けているか?」
「ああ!」
ティーパーティの指摘にピオーネが頭を抱えてしゃがみ込み、どうやら気付いたなとにやりと笑う。
「そう。タートルキングは夜行性だ。
今は就寝中だからルサルカの発動具が無いと狩る事は出来んぞ?無いなら素直に地図の休憩所で夜を待つが良い。」
一同が道理でと納得の溜め息を吐き、なら問題無いわねとグラトニーは頷く。
「むむ!さては同志よ、もしや!」
「私の水着はそのルサルカで作った発動具よ。
そっちの情報次第では協力しても良いのだけど。如何かしら?」
「素晴らしいぞ同志よ!実はこの学園、教師が全てのダンジョンを把握している訳では無くってな。
誰も知らないダンジョンが幾つも存在しているのだ。
そしてオレはこの湖の下にある、隠しダンジョンの所在を発見した!
その先は学園の外周湖と繋がっており、そこに伝説の古代鮫メガロドンが存在した事を学園創設期の資料から突き止めたのだ!
そう!つまり伝説の巨大鮫は実在した!鮫の発動具を完成させるという、オレの夢が!今、手の届くところにあるのだぁ~~~ッ!!」
一応交渉の心算だったが、ティーパーティは躊躇いも無く情報をブッパした。
猛り狂うティーパーティに怯む一同だが、グラトニーは鮫に思うところは無いし強力な発動具ならばこちらから加わりたい。
「呪文の見当は付いているの?」
「うむ!恐らく激痛を与える呪文になるが、大きさと魔力によっては物理的な攻撃も期待出来ると見ている。
召喚駒は恐らく無理だ、大き過ぎるので尋常な魔力では制作出来まい。」
おぉ、十分手を貸す価値がありそうだ。
「じゃあ分け前は後で交渉しましょうか。」
「うむ!ではオレは先に君の友人達と挨拶しておくとしよう!サラバだ!」
高笑いしながら立ち去ったティーパーティに呆気にとられ、呆然と見送った一同を傍目に地図を再確認するグラトニー。
「さて。それじゃ水中での呼吸手段を持つのは誰かしら?」
「薬学三狂生を舐めて貰っては困るな!これを見るが良い!」
勝ち誇ったララバイが懐から瓶を取り出し、腕を交差させて顔半分を掌で隠すララバイ。他の二人もそれに習って全員で決めポーズを取りながら薬瓶を掲げた。
「これは約一日の間、水圧に適応し水呼吸が出来る人魚の薬だ!
三学年しか作れぬ秘薬を、オレは既に完成させている!」
成程確かに腕は良いのだろう。
他の二人が持っている薬瓶も全部彼?彼女が作った様だ。
「じゃあピオーネも【ルサルカの腕輪】を持っていたわね?
レイリースの分は私がかけるから自分に術を掛けておきなさい。」
「あっっれぇ?!反応それだけ?凄いね、とか欲しいわ、は?」
「失敗して性別変わった奴の薬は飲みたくないわね。」
言っている間に『水呼吸』の術を掛けてしまうと、ララバイはそんなぁと打ちひしがれながら薬を飲み、恍惚とした笑みを浮かべる。
「あ~。一応フォローすると、ララバイは既存の薬を作って失敗した事は無いぞ。
性別が変わった原因も変身薬の亜種として、一時的な性別転換薬を研究していたからだし。」
残りの二人も自分の分を飲み、ポートガスがフォローするが興味は無い。
とっとと近場の地底湖に飛び込み、問題無く呼吸が出来る事を確認すると、近場の魚達を的に、人形呪具の試運転を行う。
(《浮き盾》は水中では碌に動かせないわね。
逆に《妖刀》は狙い次第、《飛杭》と【卍兵】に【盾兵】は問題無く使えた。
呪文も問題無し、か。)
今日は化け猫装備の代わりにルサルカ水着を着ており、若干攻撃力が心許ない。
反面『水呼吸』の呪文を使っていると、泳ぐ際に水の抵抗も感覚的に調節が出来るようだ。無論、弱めた分だけ魔力消費と制御の難易度は上がった。
とは言え【巨人の左籠手】に支障は無い。今の内に水中戦闘に慣れておこう。
「ねぇねぇ。どれが食べて良い奴?」
「ん~?これと、コレ以外は好きにして良いわ。
でもこれは料理に使うから回収ね。」
おっけ~、と血の臭いに満ちた湖中から次々と魚を回収する二人。
他の面々は早速一帯に満ちた血の臭いに、思わず顔を顰めて辟易していた。
「あの二人は相変わらずよねぇ。」
「あ、魔石持ちは早めに回収しないとアヴァロンに食べられるよ?」
レイリースが同意を求めたが、既に慣れたピオーネは手早く魔石持ちの魚から石を取り出してアヴァロンに投げ渡している。
「な、なあ。そろそろ先へ進まないと。
こんだけ血を撒き散らしたんだし、結構危なくない?」
「あ、あぁ、そうだな。急ごうぜ。」
肩慣らしも済んだのでグラトニーも素直に応じて、湖中を壁面沿いに潜りながら浅岸の湖底を目指す。
タートルキングは岩場の影に隠れている筈と、波に圧されてぶつからない様に湖底へ足を付けると。岩場と砂地の間、少し進んだ先で岩場に隠れて眠る、タートルキングの夫婦らしき二頭を発見した。
「それじゃ一斉に行くぞ。3、2、1。
せーのっ!「「『幻の霧よ、剣を模れ、刃を突き立てろ』!」」」
頷き合って今回は薬学三名に任せ、残りは盾の呪文の為に待機する。
(あら。そうか『幻の剣』は別に実体剣じゃないから水の影響を受けないのね。)
盲点だった。てっきり【猫眼甲】が無いから火力不足だと思っていたが、水中だと逆に人形呪具より有用かも知れない。
「『生えろ石壁、大きく拡がれ』。」
悲鳴を上げて動き出したタートルキング達の眼前に【サメ盾】で複数体の鮫頭が岩肌から突き刺す様に飛び出し、逃亡を阻止する。
あ。喉笛に刺さって噛み千切られた形になった。
「ちょちょちょ!今の何?!」
「さっきの元寮長から購買祭で買った発動具よ。
本人に言えば売ってくれるんじゃない?」
「売り物の発動具?!」
周りがドン引きするが、文句はティーパーティに言って頂きたい。
皆が驚く程興味津々だったので、次の獲物を探す傍ら試したい人に貸し出してみると、予想を遥かに上回って高評価だった。
「ちょ!これ絶対欲しい!何コレホント面白い!!」
砂中から出せば多少凹凸があっても出ると分かった上、地味に鮫が水の抵抗を殆ど受けずに操れるという、色々突っ込みどころのある仕様が発覚。
計五体のタートルキングを《封印石》に封じた頃には、遊びに遊んだアヴァロンのテンションが今迄見た事が無い位に弾けていた。
「でもコレ、オレも欲しいなぁ……。
地面に色々制限があってもこの殺傷力は良いよ。」
「分かる……。発動具素材って結構運動神経無いと確保すんの難しいよね。」
探求寮生には割と切実な話だったようで、三人揃ってしみじみとサメ手甲に熱い視線を向ける。
その熱に浮かされた様な表情は我欲に満ちていて、とてもうっとおしい。
「やべぇ!電撃砲鰻だ!当たると死ぬぞ!」
何やってんだか。他が狙われている間に適当に処理しつつ、これは《顕在駒》、召喚駒用の素材になると言うので、手持ちの駒に封じておく。
「やったね。それじゃこの辺でもう帰ろうか?」
海藻の類はポートガスにしか扱えないし、他にもハンマーフィッシュ等といった召喚素材も確保した。
最終的にはそこそこの成果があったと言って良いだろう。
「ねぇ、アヴァロン。」
「うん。多分あの大岩、動くね。」
二人の視線の先には、エーテルで岩肌に固定された大岩が張り付いていた。
湖面からは日の光が差し、恐らくこれは湖端の真下だろうか。垂直に切り立った岩肌が左右に続いている。
どうやら巨亀達を追う内に、彼らの湖上への出入口付近を泳いでいた様だ。
「え?何、また封印?それ、危険じゃ無いの?」
「うん?どうかしら、何か文字が書かれているわ。
ええと、『汝、この先を進むなら、一切の望みを捨てよ』?」
読み終えると岩が動き出し、中に洞窟と、空気の漏れを防いでいる鳥居の入口が鎮座していた。
「「「…………。」」」
「馬鹿じゃないかしら?扉を封じているのに合言葉を扉に書いたの?」
レイリースの突っ込みに、全員が顔を背けながら内心で同意した。
本日2話投稿。後半です。
元探求者寮長ティーパーティは珍しいグラトニーに悪印象を抱いていない人物です。
元寮長だけあって言葉の裏や本音を読むのは割と得意。グラトニーが言動が過激なだけで、他者にそれほど関心を抱いていないと気付いている数少ない人物です。
尚、そんなの関係無しに我が道を行く者が大勢いるのが探求者寮生w




