終章 引き金
目的地の分からぬ行きは兎も角、帰りは箒一つで充分だ。
途中何故かガトレスが現れ、簡単な事情確認だけで終わらせて帰って行った。
『ダンジョン内での教師の殺害は、一対一組、上限三人までは見逃される。
教師に授業中の事故責任が問われない代償の様なものでな。ダンジョンでは学生の死も珍しくないからなんだろうが、結果的に自分の首を絞めた訳だ。』
教師側にも贔屓したり後継者と見込む学生がいる時もあるので、余り理不尽な難易度の授業をしないための対策でもあるのだという。
教師側に懲罰の権利があるなら、生徒側にも闇討ちの権利有りという訳だ。
尤もそれは、不死術式持ちの教師が圧倒的に有利という意味でもあるが。
「全く以って、碌でもない学園よねぇ。」
校舎に戻ったグラトニーは即刻ギャザリスの部屋に向かい、学園の教材を除いた私物の物色を始める。
特に魔導書や呪具の類を優先していると、不意に気配が現れる。
「おや、学園で盗難は戴けないなぁ。」
「盗難じゃなくて戦利品の回収よ。
大体にして白々しいわ。状況を把握したからこの部屋へ忍び込んだ癖に。」
現れた学園長のヘラヘラ笑いに向き直り、取り敢えず回収を後回しにする。
この男は口実さえあれば全て没収して懐に収めようとするだろう。グラトニーはこの男の倫理が他の誰かと同じだと思った事は無い。
「だが学園で出た死者だ。僕らには遺品を家族に戻す義務も、不正が無いかを確認する義務もある。
君こそ正当性は無いんじゃないかい?」
「そういう事は義務を守ってから言うものね。
勝者が獲物の皮を剥ぐ。戦利品って言うのはそういうもので、学園も認めているルールの筈よ。
ダンジョンで襲って来たのに教師だからって例外扱いするのは不当よね。」
ぶっと思わず吹き出したダーククロウは、素の顔で腹を抱えて爆笑する。
「き、君にはもしかして学園全てがダンジョンと同じに見えるのかい?」
「同じでしょう?ダンジョンだって場所ごとに済む魔物は違うわ。
この学園は貴種と呼ばれる人間が襲ってくるだけ。今迄だって殺して手に入る物より、もっと価値のある方を選んだだけよ。
元々価値が無くなったら学園にも興味は無いわ。」
「あははははは!成程、だから邪魔になったらあっさり殺す訳だ!
とすると君が殺さないのは取引の結果かな!」
「あら命は大切でしょ?あなたと違って意味無く殺しはしないわ。」
ぴくりと一瞬、眉が動いたのをグラトニーは見逃していない。
ダーククロウも表面上はずっと笑いっぱなしだ。
「いやいや僕だって無駄に死なせやしないさ!だってこの学園には僕の役に立つものしか入れないもの。
これでも僕は博愛主義者だから、駄目でも無暗に捨てたりしないさ。」
笑った笑ったと白々しさの侭に適当な椅子に座る。
「でもまあ、学園のルールを否定出来る言葉じゃないかな。
それはあくまで君のルールだ。学園にいる以上学園の決まりを優先して貰う。」
「学園のルールがあなたのルールより上位ならね?
あなたが守らないルールを私にだけ守らせようなんて片腹痛いわ。」
ダーククロウの動きに目を配りながら、戦利品の回収を再開する。事によっては先に何か目的の物だけ回収する気かも知れない。
もしあるのなら是非ともこちらが先に回収したい。彼の手の内を探る素晴らしい手掛かりになるだろう。
「ふむ。まあ無意味には破らないよ。少なくとも教師ギャザリスの私物に関しては学園のルールを優先するさ。
だがこの部屋には学園から彼が借り出した物がある。」
「私が回収した後で不足があったら言いに来なさい。
それが納得の行くものであれば素直に渡すわよ。」
「ふむ。一度君が調べ上げた後であれば、後は自由だと?」
探るような素振りで確認を取る。が、グラトニーもルールを『ギャザリスの私物限定』等と言い換えたのを、見逃した心算は無い。
「どの道要らない物は全部捨て置く心算だったわ。
少なくとも、学園の物以外を教師ギャザリスへの罰扱いして懐に収めようとしている男とは一緒にして欲しく無いわね。」
「やれやれ、君の中で僕はどれだけ外道になっているんだろうね。」
溜息を吐いて首を振るダーククロウだが。
「そこで否定しないレベルの屑で外道よ?」
「……私腹を肥やすのは学園長の特権さ!」
「あなたがこの部屋の諸々よりも価値のある物をくれるって言うなら、私も譲歩が出来るんだけどねぇ。」
呆れ果てるグラトニーに対し、流石のダーククロウも冷汗を垂らす。
「……いや、それ私腹肥やせないし。僕損してるじゃん!」
「なら遅れた方が悪いわ。大体私より先に来たら全部持ち出す気だったでしょ。
今更自分の権利を主張するならせめて順番位は守りなさい。」
学園長が死角から伸ばしたエーテルの糸を、同じく死角から取り出した《妖刀》で断ち切り干渉を防ぐ。同時に《飛杭》でグラトニーの背後に現れた手も貫く。
「あいたッ!……ちぇ。仕方が無い、今回は順番を守るとしよう。」
ローブの中から出した手に『止血湿布』を張りながら、煙を出して消えるダーククロウ。間違いなく立ち去ったかを『傲慢』の呪詛を放って確認する。
呪文だけなら多分見破る事は出来ないだろう。実に厄介極まりない。
改めて物色を再開するが、金目の物以外は目ぼしい物は碌にない。
書物と宝石類は全て回収したが、精々が魔法議会との繋がりを示す文章位だ。
(これは全部カーリー辺りに売るとして……。あら?)
どうやらギャザリスは学園を内偵していたらしく、彼の《収納呪具》の封印錠を読み解いて中身を軽く確認すると、入学パンフレットには無かった学園の、大雑把な地図が記載されていた。
「ふむ。……そう言えばこの学園、湖に島が浮かんでいる感じだったけど……。
これ、学園があるのは島の半分程度って事かしら?」
どうもこの湖が学園の外周。詰まり学園は、学園世界、という魔法世界の一つという枠組みになるらしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆
学期末の試験は、決闘祭の追い上げによりジュリアンと一点差で首席を保った。
別に首席を譲ったところで痛くも無いが、口で勝とうとする血統主義者達を煽る根拠があるのは気分が良い。
教師ギャザリスの凶行と顛末は学園長の口から雑に公表され、新教師は二学期の編入と発表された以外は波乱も無く一学期を終える運びとなった。
『皆いつかヤルとると思ってただけだから!』
『毎回ギリギリグレーなだけで大体アウトだから!』
一方で私物の資産価値は、思った程大した物が無い。
蛇と毒物の研究など資料以上の価値が見当たらないので、私物の売却は血の従者達に任せて彼の《ドーム工房》は血の従者達の共有財産として使わせる事にした。
「新しい血の従者候補の選考は終わったし、夏季休暇の間に従者達を増やしておきたいのだけど。秘密裏にダンジョン巡りも進めたいのよねぇ……。」
全てのダンジョンが使用される例は稀だ。ある程度ダンジョンを把握したら突入報告を一々する気は無い。こちらは水面下で戦力を増やしたいのだ。
「……っ!」
ベットから跳ね起きたグラトニーは、手に持っていた魔導書を放り投げて体を起こし、何が起きたのかを改めて確認する。
日課の鍛錬中は何かしらドーム系呪具に籠っている方が多いグラトニーだが、魔導書や資料を読む時は割と寮のベッドで楽に過ごしている。
なので下のベッドで寝ていたアヴァロンも、突然の態度に驚いた顔でグラトニーを見上げた。
「どしたの~?何か変な魔力じゃない流れがあったけど。」
「……そうね。ちょっと初めての事態だったから驚いたわ。
けど、色々確かめたいから暫く籠るわ。」
異変を把握したグラトニーは魔導書を片付けて《スノードーム》を取り出し、机に例の如く使い魔と並べて、手早く中に入る。
「いってら~。」
ドーム内に消えたグラトニーに手を振り、再びアヴァロンは体を横たえる。
「……さて。騒動ではなさそうだから、予兆の方かな?」
今度はどう転んでくれるだろうかと、楽しみに胸を膨らませながら床に就いた。
ドームハウス内を通せば鏡の部屋を経由して寮外へ出られる。
出る時はラビリスの協力を得て、周囲に誰もいない事を確認した放送室で、塔タイプのドームハウスを設置して中の会議室に移動する。
これは血の従者達との会合用に緊急事態に集合し易い場所が欲しくて購入した物で、血の従者達への連絡事項はなるべくこの塔で行うようにしている。
血の従者達に『赤クランに所在連絡を』と告げて、九枚の使い魔呪符を飛ばす。
赤クランは血の従者を示す外向けの呼び方だ。程無くして会議室のグラトニーに通信用の水晶球『通信球』へと語り掛ける従者達の姿が、壁に並んだ魔鏡に映る。
この仕様は会議室に誰が顔を出したかをお互いに分かり易くするためで、直接対面せずに全員と話せるため非常に便利だったが。
同時に全員を呼び出したのは今回が初めてだ。
「さて。全員が来たようだから始めるわ。」
「お、お待ち下さい!トマスは今、こちらからも連絡を取っており……!」
九人しか揃わぬうちに話し始めるグラトニーに、トマスと同じクランの従者が機嫌を損ねたかと頭を下げながら口を挟む。
「トマスなら来ないわ。もうここに居る。」
「「「……?」」」
他に誰もいない部屋での一言に、従者達が首を傾げる。
「先ずあなた達の中で、一番最後にトマスと会った者は誰かしら?」
「は、はい。恐らく俺かと。今日はダンジョンから持ち帰った素材を換金しに、学園街の方へ向かっていた筈です。」
「あ。多分その後であたしが会ってます。確か……。」
事態が呑み込めぬ中、最初に口を挟んだ従者が徐々に顔を青褪めさせていく。
「ふむ。詰まり学園街から帰ったトマスとは、誰も会っていないのね?」
概ね情報は出揃ったと判断したグラトニーが最終確認を取り、従者全員が頷く。
「なら確定ね。トマスは何者かに殺されたわ。
少し前、私の元にトマスの魂が戻って来たわ。それも私以外の誰かが、魂に干渉しようとした気配が残っていた。」
「なっ!で、ではそれは……!」
「魂に干渉する魔術に誰か心当たりは?」
再度の確認に皆が血の気が引いた顔で首を振る。
「だったら一択よ。学園に魔女が侵入したわ。
トマスは何らかの呪いか呪詛で服従を強いられ、それは失敗した。
学園内でトマスを見つけたら他人の振りをしなさい。どうせそれは死体を何らかの魔法で操っているだけの別人だから。」
「し、しかし!それでは仇がッ!」
鏡越しに睨まれ、口籠る従者の一人。
「勘違いしないで。
あなた達は魔女に勝てる力を望んではいないし、未だ未だ付け焼刃。
力に溺れる前に知恵を尽くしなさい。罠を張りなさい。」
「は、はい。失礼しました。」
別に呪詛で威嚇した訳では無いが、冷静さは取り戻したらしい。
他の従者が言葉を選びながら挙手をする。
「では、主は直ぐに魔女退治に乗り出さないという方針ですか?」
「ええ。まだ敵の目的も人数も、戦力も把握していないもの。
相手が此方に気付いていないのなら僥倖よ。あなた達は気付かれない様に敵の数と目的を遠巻きに探りなさい。そして今の内に戦力を確保するわ。
敵討ちは否定しないけど、先ず私の従者である事を忘れないで。」
「「「ははっ!」」」
顔を上げた一同の表情に、徐々に血色が戻り始める。
理解したらしいなとグラトニーは、満足しながら話を続ける。
「休暇が始まったら候補達から新しい従者を加えるわ。
でも、そうね。そろそろ馴染んだようだし、あなた達も安定した者から順に一回り強化して行くわ。あなた達も部隊長には相当して貰う訳だしね。
今日の話は以上よ。精進を続けなさい。」
通信球の魔力を切り、グラトニーはドームから出ると鏡の部屋に戻る。
「聞いていたわよね。他の三人にも伝えて情報共有と調査をお願い。」
ラビリスは勿論、と応えて表情を崩す。
「体調に異常はありませんか?
契約で取り込んだ魂は初めてと聞いていますが。」
「ええ。むしろ今まで力尽くで取り込んだ魂よりもずっと馴染んでいるの。
ただ今日力を使うと全部使い潰してしまいそうだから、今日は早めに寝て広がった器が安定するのを待つ事にするわ。」
やっぱり契約で取り込むのが一番私の糧になるわねと、独り言を漏らして自室に向かう傍ら、ふと墓守のサンドラは自分を望んでいたのだなと実感する。
(志半ばで倒れても契約は完遂か。彼らの回収は安易にすべきでは無いわね。)
通信を終えた後の従者達は、周囲に気付かれぬよう特に理由が無い限りは解散を命じられている。
だが、今日に限っては誰とも言わず、最初の契約の場――〔残骸区画〕の工房跡地へと足が向かい、打ち合わせ一つ無く全員が集まった。
言葉というものは、聞く者次第で別の意味を持つ。
例え相手が何の気無しに呟いた一言が致命的な恨みを買う様に。
当人の記憶に残らぬ一言が、相手の一生涯を決める事がある。
「……なあ。俺達はここで、忠誠を誓ったんだったな。」
「ええ、そうね。」
皆、顔を合わせず。自然とバラバラに、天井を仰ぎ見ている。
「私の従者である事を忘れるな、……か。」
血の従者となる事を望んだ者達は、結局の所、現実に折れ、妥協を強要された者達の集まりだ。
努力は叶わない。才能が無い。他人が決めた事を拒めない。
「トマスの仇を討つ力は無い。……へへ、全くその通りだよな。」
何を一人で粋がっていたんだか、と自嘲する。全く以ってその通りだ。思い上がりも甚だしい。
「……だが、敵討ちは否定しない、だ。所詮オレ達だけで出来る訳がねぇ。」
「魔女に勝つ力を望まなかった癖に、何を偉そうな事を言っているのよ。」
まさにその通りだと、今更ながらに現実を思い出す。
「……力に溺れる前に、知恵を尽くさないとね。」
敵討ち以前の問題だ。自分達はまだ、付け焼刃。
「ああ。おれ達は所詮半端者だ、魔女の視界に何ざ入りやしねぇ。」
「油断するなよ?オレらの役目は情報収集。
遠巻きに敵の数と戦力、目的を探る事だ。」
当たり前だと力の籠った眼差しで語る。
本人が気にも止めない些細な言葉が、聞いた者達には別の意味を持つ事が在る。
「気付いていないのなら僥倖だ。俺達は何も出来ずに終わる筈だった。」
主の目的は仲間の敵討ちなどでは無い。だが自分達だって同じだった。
今の自分達は無力じゃない。出来る事がある。手段がある。
その気の無い主の言葉を、従者達は天啓の様に反芻する。
自分達は拾われた者。等しく望みを抱いた血の従者。
「「「「「例え我等が届かずとも、我らが主は必ず届く。」」」」」
本日2話投稿。後半です。
次回から間章が三本続きますが、物語を掘り進める形での色々実験的な中編になっております。
一応飛ばして五部を見ても問題無い構成になっている筈です。
そして狂信者爆誕w
従者達もグラトニーが特別な好意を抱いていない事も理解しています。
一方で五学年は授業完了済みなので、補講しか受けられませんが大抵断られます。理由は三学年以下優先で、且つ五学年は多過ぎて際限が無いので。
補講の度に袖の下が必要で、教師マタハリ、マルガル、ドロテアは授業に使える品を用意すれば約束を反故にしないので五学年人気は絶大。教師視点だと受けるだけで温情。
契約を守らせるために力と呪具を与え、無駄死にせずに役に立てと言うグラトニーは、彼らの立場だと本気で恵まれた上司になるという罠。
グラトニーの方が此処まで忠誠心爆上げの理由が理解出来ませんw




