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ガラクタの学園  作者: 夕霧湖畔
第四部 教頭失脚編
80/211

02.二日目

 逃げ腰の連中はどうやら初日で淘汰(とうた)されたらしい。

 血の従者二人に遭遇したが、噂は聞いていると早々に例の指輪を対価に不戦勝で離脱する。


 それ以外は全員武器を構えて襲い掛かって来たので、グラトニーの機嫌は前日とは対称的にとても良かった。

(((何であんなに嬉々としているんだろう……。)))


 一名淑女の会の提案に乗った証の薔薇(ばら)ブローチを付けていたので、市販の《楽器の杖》という楽器を譜面(ふめん)通りに鳴らす魔法の杖を対価に見逃した。

 他、廃人(はいじん)三名追加。身包み没収、発動具目の前で破壊。


(((発動具って普通、破壊出来ない筈なんだけどなぁ……。)))

 無能人を差別するためのルールと思っていたのに、むしろこれ以上評判は下がらないとばかりに無能人が有効活用している有り様だ。

 最早差別派は、未来の自分達を見せつけられている気分になって来た。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「消耗よりも補充が勝っているのは良いけど、そろそろ手応えが欲しいわねぇ。」

 五学年で燻っ(くすぶ)ている連中の魔力上限は分かって来た。

 残念ながら、グラトニーにとっては油断さえしなければどうにでもなる相手でしかない様だ。呪具も発動具も知れている。


 逆に四学年は運悪く単位が取れなかった者、特化型が紛れている様で、多少の警戒対象にはなるかも知れない。

 だからまあ、魔力だけ見ればグラトニーの脅威(きょうい)が紛れているのはあくまで三学年達なのだろう。



 初日と違い、今日は岩石砂漠、時々洞窟のダンジョンで、天上は例の如くだ。

 ダンジョンは複数あるのだろう。


 ダンジョンを徘徊(はいかい)していた牛魔を討ち取ったグラトニーは、中型の封印石に閉じ込めて鮮血に顔を濡らしたまま先を進む。

 服に浴びた血は化け猫の養分になるし、何より多少は鉄錆(てつさび)の臭いが鼻をくすぐる方が、気持ちが落ち着くというものだ。


「けどがっかりね。あなた今年の先駆者(パイオニア)寮長なんでしょう?

 淑女の会には劣るとは聞いていたけど、先駆者(パイオニア)のトップがその程度なんてね。」

「お、おのれ邪悪な無能人め……!」


 先駆者(パイオニア)寮長ストラードは血で固まった額を拭い、刈り上げた金髪は土と汗にまみれている。

 歯軋りしながら【五頭蛇の槍】を杖代わりに体を支えているが、既に息は荒く立ち上がるだけでもやっとの有り様だ。


 実際、今迄で一番手応えがあったのは確かだ。一対一なら例の新人魔女狩り達にも勝てるかも知れないが、はっきり言ってそれだけだ。


 【卍兵】四体の攻撃を辛うじて潜り抜けても『盾』のキーワードで大盾型の防壁を発動する【盾兵】二体の防御を超える事は出来ない。

 時々隙を付くか、距離を詰めようとした時に『猫爪』を使えば概ね積みだ。


「これ以上は足掻(あが)いても無駄よ。

 あなた最初は全力を出すまでも無いとか言っていたけど、その投網の呪装。本当は使いたくても使えない理由があるわよね?分からないとでも思ったの?」


 片腕に巻き付けて籠手の様に使っている呪装を見て、何度か使おうとして歯軋りする様をグラトニーは見逃していない。

 指を指して断言すると、ストラードは(ひざ)から崩れ落ちて両拳を地面に打ち付けて絞り出す様な声で悔しがった。


「くそ!ああそうだよ!この呪装は見た目こそ前と同じだが、賭けた時間も魔力量も半端な只の偽物だ!紛い物だ!

 本物は去年に付き合っていた先輩が、卒業と同時に俺の前から失踪(しっそう)した時に持ち逃げされたよ!」

「そ、そう。」


(あっれ~~~~~~~????)

 想像以上に下らない理由過ぎて、何と答えて良いか分からない。


「オレは本気だったんだ!結婚の約束までしてたんだ!

 なのに漸く突き止めた探偵は『アンタなんて知らないしこれは私の』だって弁護士越しに伝言を伝えて来るし!純血なんて信じられなくなっても当然だろ!」


「いや私純血関係無いし。というか何で同じ物作ったのよ。」

「オレの最高傑作(けっさく)だぞ!彼女と一緒に作った、彼女の誉めてくれた!

 オレはコレを完成させたから主席を取れたんだ!」


(凄いどうでも良いわ。というか単に使いたくなかっただけなの?)

「ならその呪装を私に寄越してとっととリタイアなさい。時間の無駄よ。」

「お、お前人の話聞いてたのかよぉ!」


 聞いてたからと言って理解出来るとは限らない。共感はもっと無理だ。

「何言ってるの。二学年の作品が最高傑作なら三学年は合格出来ないでしょ?

 あなたを捨てて正解じゃない。私は単に、あなたの持つ一番価値のある物を要求しただけよ。」


(((うわぁ……。コイツ本気で物にしか興味ねぇ……。)))

 画面外の学生達がドン引く一方、ストラードは目から鱗が落ちた様な表情を浮かべる。


「いや。でも、呪装だぞ。大事にするのは当然だろ……?」

「合作なんでしょ?その女の見る目あったの?無いの?どっちよ。

 あったならそれを欲しがるのは正しいでしょ?

 無いなら何故それに固執(こしつ)するの?」


「それは……。」

(オレには、この呪装以上の価値が、ある……?)


(どうせ研究用なんだから、機能が正確なら出力不足でも十分だし。)

 励まされたと感じるストラードとは裏腹に、グラトニーの興味はあくまで自分に役立つかどうかだ。去年より弱体化している相手に興味を抱けと言う方が無理だ。


「好きな方を選びなさい。その呪装に(こだわ)って一生をふいにするか。

 素直に渡してこの先の学園生活に賭けるか。」


(一生を、ふいに、する?オレはまだ、やれるのか?

 ……いや!違う!やるんだオレは!

 これを捨てられないオレは、オレじゃない!)


「……そうだな。オレの限界は、この呪装じゃない!

 有難う!この呪装は君が好きに使ってくれ!

 オレは、彼女の居ない新たな道を選ぶ!」


 投網の呪装をグラトニーに渡し、晴れやかな顔でリタイアを宣言するストラードの姿にグラトニーは首を傾げるしかない。

 はて。自分は今、呪装と引き換えに命乞いを迫っていた筈では……?


「そうか、頭を打ったのね。」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 九人目。

「おや。意外に遭遇するのが遅くて、もう誰かに倒されたかと思ってましたわ。

 魔女対策に切り札の使用は禁じられているとはいえ、あなたが相手でも負けてあげる気はありませんよ?」


 メフィレス・マローダ。三学年三強の一角で淑女の会の一人。

 ロールのかかった長い金髪に馴染む水色のドレスは、一見して毛皮襟のコートも含めて昨年と大きな違いは無い。目立つ違いはと言えば、捻じれ木の杖くらいか。


 だが腕輪に髪飾りなど、大袈裟にならない範囲で随所(ずいしょ)に散りばめられた装飾品の数々は今なら全てが相応に魔力を溜め込んだ、呪装や呪具の類だと分かる。

 細く糸の様に薄く開けた目は、微笑を(たた)えつつも本音を窺い知る事は出来ない。

 だが然程(さほど)手傷も消耗も見当たらない辺り、大した消耗が無いのは同じ様だ。


「あら良かったわ。結構遅いタイミングでの遭遇だったから、消耗して碌に戦えなかったらがっかりだもの。

 これが模擬戦で、殺し合い禁止なのが残念だわ。」


 淑女の会の二人はカーリーに心酔している。

 それこそ捨て駒だって引き受けるだろうし彼女の言葉に反するなら死ぬ方を選ぶだろうとは今迄の態度で理解していた。


(とは言え。魔女と教師以外では間違いなく一番の強敵。)

 前衛型のガトレスに対し、メフィレスは後衛型のトップクラス。


 参考にさせて貰おう。

 多くの魔法使いが苦手とする距離を詰められたらどう対応する気か。

 距離を保てるのなら、どのように戦うのか。

 発動具では無い木製の杖に光る(まば)らな魔石が、如何なる意味を持つ物か。


 この勝負によーいスタートの掛け声など無い。

「『嫉妬よ』。」

 画面越しには只の揺らぎ。岩場に囲まれた広場全てを覆い尽くす、孤軍でも同士討ちを誘う、破滅の呪詛。


「っ!成程これが……!これは悠長な真似は出来ませんね。

 二年では届かぬ魔術の秘奥をお見せ致しましょう。

 『水網を紡げ、素は砦なり』!」


 呪詛に紛れ<嫉妬の緑目>を放つ間に、軽く後ろに下がったメフィレスが杖を上に掲げる。

 弾ける様に地中の根の様な杖の先から、青か水色の光が飛び散ると岩場の外に飛び出していく。あれは杖に付いていた魔石だろうか。


「『牙剥け化け猫、鳴いて(むれ)成せ、嘘偽りで包み込め』!」

 呪具を突破出来ず心根は読めず、しかし集中する間は十分に稼げた。

 グラトニーの周囲を魔力の渦が包み隠して形を取り、膨らみ続けて平屋並に拡がり巨大化する。


 ふぃぎぃぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!


 と鼓膜(こまく)を震わせる雄叫びはグラトニーのものでは無く。

 人間を容易く丸呑みに出来る猫の顔、巨人にも迫る六尾を揺らめかせる、丸みを帯びた巨大な化け猫の叫びだった。



 画面外の観客が幾人か気絶させる中、化け猫と化したグラトニーは先の雄叫びを盾に、地を蹴るだけで振り上げた前脚を届かせるが。


「『大海の海月(くらげ)よ、食指を弾け』!

 『大海の海月よ、食指を弾け、群れて押し流せ』!!」

 巨大な水鉄砲が猫爪を弾く。続く呪文が鉄砲水を濁流(だくりゅう)へと変えて着地する大化け猫をも押し流し始める。


「『渦よ』!『大海の海月よ、喉を(うるお)せ、水泡に包め』!」

 後ろ脚が地に刺さり踏みしめ、二足立ちしても腰まで届くが、尚も濁流は止まらない。


 止むを得ず岩場の上に跳び上がっても、岩場全てを水没させるかの如く徐々に水面は競り上がり続け、一方のメフィレスは盾の様に『水泡』の中に包まれている。

 フゥッッッ!と四尾を槍の様に、弧を描いて串刺しに伸ばせば。水泡の壁は渦を巻く様に同じ方向へを弾き、押し流す。


 尻尾を(から)めてみても容易く表面を流されるのに、『水泡』を強引に締め上げても潰れる事も無く水面の上を漂い続ける。

 尻尾程度では無駄だと悟ったグラトニーが、近くの岩を尻尾で砕いて派手に投げ飛ばすが、当然の様に表面を滑り水没する。


「あなたが並外れた魔法力を有しているのは知っていますが、私も魔法力には自信があるのですよ?何せ魔法力だけなら私は三強随一ですから。

 さて。そろそろこちらからも反撃いたしましょう。『槍よ』!」


 たった一言の詠唱でグラトニー周りの水が形を変え、数本の槍となって包囲する。

 次々と射出される水の槍を尻尾で弾き散らすが、きりが無いと別の高い岩場の上に飛び移ると、間合いから振り切ったのか水槍の射出が止まる。


「『刻め描爪』!」

「『殻よ』!『鞭よ』!」


 捨て台詞の様に振るわれた猫爪の斬撃を圧縮された水の殻が防ぎ、お返しとばかりに水の鞭が迫るが、グラトニーはふっ!と猫の毛を逆立て呪詛を強める。

 途端に水の鞭の狙いは乱され、全てがメフィレスの水泡で弾かれる。


 更なる追撃はしかし、メフィレスが放った大量の鉄砲水により遮られた。

「『大海の海月よ、食指を弾け、群れて押し流せ』ッ!!」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 片や。教室で観戦している学生達は、大型魔鏡に映される現実離れした光景に戦々恐々とする傍ら、互いに何処までが常識的なのか現実的なのか。

 頻りに議論が交わされ、互いに首を横に振るい合っていた。


 化け猫発動具は珍しいが、別に学園内に皆無という程の希少さでも無い。

 グラトニーが見つけた程の大物が群れを率いている例は流石に類を見ないが、化け猫はあくまで悪霊の類だ。化ける過程で群れが一個体になる事も在る。

 個体を維持した化け猫の方が少数派なので、大抵は小規模の群れを封じるのだ。


 だが元々化け猫は癖が強過ぎて使い辛い。猫爪だけは比較的マシだが、狙いや大きさの調節は結構シビアで、術者の技量に大きく依存する。


 何より『化け猫化』は先ず寝具に入った状態で呪文を唱えるものだ。

 言わば睡眠中、トランス状態に陥って生身の方の意識を飛ばした状態の時、初めて化け猫と意識が一体となって化け猫の体を動かせるようになる。

 本来は()()()使()()()というのが一般的な認識なのだ。


 加えて大きさは()()()()程度か、普通の猫サイズに小さくなるか。

 あんな家を体当たりで砕けそうな大きさに化けたら、あっという間に魔力が枯渇(こかつ)してしまうだろう。しかも『化け猫化』は他の呪文が使えないと言われている。


「ね、ねぇ。『化け猫』ってあんなにヤバい魔法だったの……?」

「んな訳あるか。封印石だって中級止まりだぞ。」


 周囲一面を水没させる大魔法に対し、巨人とも渡り合えそうな巨大化け猫。

 瘴気で揺らぐ輪郭(りんかく)。手足が伸縮し、攻撃魔法を容易く叩き落し貫く尻尾の威力。

 二学年は一目で分かる、攻撃を逸らす同士討ちの呪詛。

 数人掛かりでも蹂躙(じゅうりん)されそうな恐怖が、画面狭しと暴れ回っている。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 化け猫の巨体を以てしても二足立ちが難しい水量が満ちれば、膨大な水そのものが攻撃を遮る壁となる。

 攻撃を退けた隙に水中に沈んだメフィレスを狙うのは、至難の業となった。


(有り余る水を残す事で、あれだけ簡単な呪文で高出力の魔法が使える。

 成程、確かに参考になるわね……。)


 魔法使いの実力が呪具の数に左右されるという理由が良く分かる。

 まともに付き合う必要は無いと、水を維持する結界の破壊を試みたが、決闘場を余す処無く埋め尽くしている様で、しかも維持に用いる魔石は四つ角分などではないらしい。


 一度に全て破壊されねば補充迄の間も維持は可能で、恐らくメフィレスは決闘場全てを水で埋め尽くす心算だ。

(このまま突破出来なければ、呼吸が続かないこちらの負け。分かり易いわ。)


 複数の発動具を強化するより、一つを補助する呪具を増やした方が良い。

 何故魔法使いが複数の発動具を所有したがらないか。怠慢では無く、その方が脅威だという具体例が此処にある。


(けど!これで打つ手がない等と思われたなら心外ね!)

 化け猫の体躯は注いだ魔力次第、後出しだと制御が不安定になるだけで更なる巨大化が不可能な訳じゃない。


 風船の様に胴体を膨らませて天井まで飛び上がり、顔面を()()()天井と同化しながら、息を止めて呪詛を練り上げる。

 長々張り付ける類の変形では無いが、一息相手の攻撃が届かぬなら十分。


「くっ!『渦よ』『槍よ』!」

「『刻め描爪、群成せ積もれ、諸共に引き裂け』!」


 呪詛を練り上げる隙を与えまいと、足りない高さを競り上げた濁流で補い水槍が飛ぶ。、異形の猫は天井から雪崩れ落ちる様に顔面をうねらせて渦を(かわ)し、水面に両前脚を突き立てて水中を抉り飛ばす。


 水中に飛び込み距離を取ろうとする水球を前脚で捕まえ、滑り逃げられない様に伸ばした爪で囲い退路を断つと、後ろ脚を近付けながら大口を開く。


「う、『「『暴食』よ!」渦よ!』!」

 膨れ上がる鉄砲水ごと口の中に呑み込み、後ろ脚を付けた水底に抑え込みながら周囲の水を吸収し続ける。


「『(のこぎり)よ』!」

 徐々に顔を近付けるグラトニーの化け猫を、水中に紛れた(やすり)の様な何かが繰り返し引き裂き始め、乱れた呪詛に化け猫の魂が痛みを訴える。


 グラトニーが痛覚を無視出来ても化け猫の本能は身を捩り、水を呑む勢いもまるで足らないと内心で舌を噛む。何より脚を切り裂かれれば長くはもたない。

 後ろ脚で強引に抑え込み前脚を振り回そうにも、呪文抜きでは効果が薄い。


(ここで離せば後が無い!考えろ!どうすれば『暴食』を維持出来る!)

「『大岩よ』!『槍よ』!」

 濁流を飲み干し続ける化け猫の背を凝固した水の塊が打ち付け、全身に次々水槍が刺さり始める。乱れる術に苛立ち、怒りが背筋を掻き乱す。


(おのれ、オノレ、オノレッ!!)

 血を流し逆立つ背中模様が(うごめ)き揺らぎ、次第に憤怒を浮かべた猫の顔に変わる。


「『刻め描爪、群成せ積もれ、諸共に引き裂け』!」

 背中周りに無数の猫爪が具現化し、辺り一面の水を跳ね散らす。

 それは一時の水圧の減退でしか無いが、化け猫が水球に噛り付くには十分だ。


「ッ!『大海の海月よ、食指を弾け』!

 『大海の海月よ、食指を弾け、群れて押し流せ』ッ!!」


 水球が食われ尽くした紙一重で鉄砲水が弾け、更なる呪文が過半を吸い尽くされようとも化け猫の頭を押し流す。


 水球が砕けたのは不幸中の幸いだった。抑え込む水球が失われたお陰で守りと引き換えに拘束も無くなった。

 引き水に晒されてメフィレス自身も身動きが取れず、しかし稼いだ時間で次の術を唱える。


「『大海の海月よ』、『(のど)を潤せ』、『水泡に、包め』!『大岩よ』!」

 メフィレスは水球を蘇らせ、濁流を間に割り込ませて集めた水塊を化け猫に叩き付けるが。


「『刻め描爪、群成せ積もれ、諸共に引き裂け』!」

 鞭の様に伸びて広がる両前脚は、辺り一面一帯を振り撒かれる猫爪の嵐と共に薙ぎ払う。


「?!」

 『暴食』は尚も水を飲み干し続ける。メフィレスが攻撃の意味を悟ったのは結界を保つ水結晶が、まとめて半数以上破壊されて制御が揺らいだ時だ。


「す、『水網(すいもう)よ、「『刻め描爪、群成せ積もれ、諸共に引き裂け』!」』」

 慌てて《洪水の杖》に集中し補充の水結晶を放つ前に、グラトニーの更なる呪文が放たれて残る水結晶を粉砕する。


 一つ二つ残った水結晶も、揺らいだ濁流の制御に振り回される間に摘み取られ『暴食』中の咥内(こうない)に消えていった。


「……ふぅ、これはもう無理ですね。

 では降伏するとしましょうか。」

 魔力が尽きたとは言わないし、余力で言えば五分五分だろうが奥の手を出し切れとは言われていない。メフィレスは息を吐いて杖を収納した。


「あら。降参を認めるかどうかは私の自由よ?」

 グラトニーも術を解く。結界が解けた今、周囲にあれ程満たされていた水は徐々に拡散して水滴も含めて消えていく。


 勿論認める気ではいる。だが無償で認める気もグラトニーには無い。

 メフィレスもその辺分かっていると思ったのだが、彼女は首を捻った。


「ふむ。別に私に勝ったのですから報いるくらい構いませんが……。

 難しいですね。例えばこの《洪水の杖》は結界を学ぶ三学年にしか無意味ですし、技術的にもその頃なら見当が付くでしょう。


 【水結晶の魔導書】……はむしろ呪詛の影響下でも変化が出るのかを考えると、研究に協力してくれるなら一つくらい無償で譲れますし。」


 一応聞いてみたが《破魔》は逆に安過ぎるので嫌だと言われる。淑女の会の一員としてはした金の身代金で降伏する気は無いと説明される。


「《水枠の腕輪》は……水系の発動具が無いと無意味ですけど、研究だけならギリギリで価値がありそうでしょうか?

 魔導書は、今《魔法料理》本しかないですね。

 もう少し不要物も持ち込むべきで「今なんて。」……はい?」


 メフィレスは不要な私物を持ち歩かない主義らしいが、そんなのはどうでも良い。

「料理の魔導書、あるの?」

「え?ええ。魔導書では無く魔法用の料理本ですが、これでも店で働ける程度には料理上手ですよ?」


「じゃあそれで。それが最優先で。」

 というかそれ以外は後回しで良い。


「あ、あら?でも二学年なら教師マタハリから授業で習っている頃では?」

「栄養剤は料理じゃ無いわ。その本を含めないなら降伏は認めない。

 他は後で決めれば良いわよね?何なら向こうの料理も教えるわ。」


「ぇえ……。ま、まあそういう事なら?

 釈然(しゃくぜん)としないものはありますが、何となく魔法世界の料理がゲテモノ扱いされている気がしますが。いえ、まあ、折角ですしちゃんと教えますから。


 だから顔を近付けて圧を放たないで下さい。

 そんな理由で脅迫されなくてもちゃんと差し上げますから。」


 掴んでいた襟首を放し、《魔法料理》本と《水枠の腕輪》を受け取り中を確認すると、今迄店で見ても調理の仕方が分からなかった食材が幾つもある事に改めて大満足する。


 これは読み応えがありそうだと大事に仕舞い、序でに勧められた専用調理器具の購入も条件に加えた。

 別れ際のメフィレスが何とも言えない表情のまま退場していったが、グラトニーは全く気付きもしなかった。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 十人目。

 勝ち誇っていた相手に覚えは無いが、【巨人の左籠手】を碌に使っていない事に気付き折角だから化け猫状態で『筋力強化』の呪文が使えるかを試してみた。


(……駄目ね。全く無意味とは言わないけど、『化け猫化』は魔力で作った塊。

 素の筋力を上げる呪文の影響はほぼ受けないのね。)

 《猫又の呪装束》が爪が生える仕様なので産廃にはならないが、多少弄るか追加の呪具が無いと使い勝手は悪いようだ。


「……もうちょっと試したいんだけど何か無いの?」

「無理ですマジ勘弁して下さいホント死ぬ寸前なので。」

「でも降伏を認める様な何かを持ってる訳じゃないしねぇ。

 ホラ、粋がってる無能人はどうとでもなるんでしょ?」


 流石に彼の差し出すポーションを使うほど不用心ではない。自分で使ってサンドバックになって貰い、気絶するまで検証実験を続けた。

 一応他の連中と違って妙な降伏勧告しなかったので、ボロ雑巾にはなったが廃人にはしていない。


(((いやいやいや、本当に降伏を認めないとかヤバすぎるでしょ。)))

 無能人のリンチを期待していた観客達は、最終日前に大多数が途中で鑑賞をリタイアしていた。

 本日2話投稿、前編です。

 メフィレスさん本領発揮回。一応二学年時より強くなっているので単純比較は出来ませんが、三強は割と三竦みです。


 で、オチの補足。魔法世界の料理はね?味と保存は魔法でどうにでもなるから、見た目とインパクト重視なの。美味しさ方向で発達してない上にね?

 グラトニーの見本となった教師マタハリは研究者であって、最も味を重視しない人種ですw

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