02.介入
事が起きたのは、呪文学の授業中だった。
同期の一人が魔法でグラトニーに石を飛ばし、跳ね返った。
だが石を飛ばした本人は手首に穴を空けた。それが不可能な呪文で、だ。
「貴様!よくもやったな!」
「やったのはあなた方でしょう?何か変な事でもあったの?」
第三者から見ても言い掛かりは明らかで、杖を向けられたグラトニーは身を守る素振りすらなく。それが三人の同期達のプライドを刺激した。
「もう許さん!『礫よ、貫け!』」
地面から弾け、鋭く顔面に迫った石弾が、グラトニーと同じ笑みを浮かべたと周りの者達が錯覚した直後。
隣で杖を構えていた生徒が石に顔を打ち砕かれた。
頭から倒れ込んだかに見えた生徒の顔は、出血が変化した黒い泡に包まれて何も分からない。だが痙攣する四肢が力尽きれば、彼が無事とは思えない。
「え?」
だが石を飛ばした生徒もグラトニーに首を絞められ、それどころでは無かった。
「ま、待て貴様!何をしている!それ以上の狼藉はこのダニエル様がっ……!」
金髪の同期が肩を掴もうと手を伸ばすが、敵意を喜ぶ狂気の笑みを直視し、怖気で全身が凍り付く。
「あら。何がしたかったのかしら?」
興味を失ったように同期を投げ捨て、むせ返るのも気にせず立ち去ろうとする。
「ま、待て!貴様このままでは済まさんぞ!」
叫ぶダニエルの周囲は既に事態に気付いて騒がしく、教師ユエルが傍観する姿に口出しも憚られて視線を彷徨わせるばかりだ。
「おいおい、お前ら何やってんだ。冷静になれよ。」
慌てたジュリアンが二人の間に割って入ろうとするが、周りの生徒達が止める。
「止せって、あっちを見ろよ。やべぇぞアイツ。」
突然の魔法による暴力に驚いて反応が遅れただけで、全てを見ていたジュリアンは他の生徒達がグラトニーだけを非難する理由が理解出来ない。
ある意味当然だ。ジュリアンに呪詛は反応していない。気付いてもいない。
(へぇ。あれだけ呪詛が渦巻いていれば、例え魔力不感症だってまともに近付けやしないのに。)
近付けないでいる周囲と違い、感じ方の違う敵対者と、何も感じない味方。
(成程。こうしてみると分かり易いねぇ。)
呪詛は間接的に覗き込む学園長にすら届く。無論、些細な代物だが。
(となると彼女の経験では、味方はいなかったのかな?)
「いや、単純に味方に気付いていない可能性もあるか。」
「待て待て!授業中だぞ!喧嘩してたら止めるだろ普通!」
「だ、黙れ!これは喧嘩では無い、決闘の申し入れだ!
私が勝ったら貴様は私に絶対服従するという契約を結んで貰う!」
「はぁ!?一体何言っているんだ!」
「あら、負けたらあなたが私に絶対服従するのね?」
「そんな訳無いだぎぃやあああ!!!」
何をするでも無く杖を振り翳した手首が外れ、痛みにダニエルが倒れ込む。
「じゃあ話は終わりね。」
傍らに転がる同期の腰からグラトニーがナイフを拾うと、青褪めたダニエルが慌てて叫ぶ。
「ままま待て!分かった、その条件で引き受ける!
だが使っていいのはあくまで魔法だけだ!」
「なら構わないわ。」
慌てて駆け寄った同級生に手首を治療され、ジュリアンも意識を失った同級生を優先し口出しを諦める。何より先程から教師ユエルが黙って見ているのだ。
最悪だけは避けられるだろうと思い、疑心を呑み込んで万一にだけ備える。
「決闘のルールは二つ!武器を使わず、魔法だけで戦う事!
我々二人だけで戦う事!協力された方の負けだ!
負けた方は、相手に絶対服従する事!どうだ、受けるか!」
ダミエルが視線でジュリアンを牽制し、やれやれと首を竦める。グラトニーから見れば拍子抜けするくらい真っ当な条件なので、異論は全くない。
「始め!」
合図を任された同級生の号令に、ダミエルは授業で習っていない呪文を選ぶ。
「へぇ。面白いじゃない。」
火花が地面に弾け、地面から石礫が飛ぶ。グラトニーは悉くを杖すら構えず、平然と観察しながら飛び退き続ける。
「ねぇもっと面白いの無いの?『火花よ、殴れ!』」
初めて聞く筈の呪文を、しかし空を切り残念そうに首を傾げる。
「ふぅん。そうか、呪文に飛ばす仕組みがあるだけで、狙うのは自分なのね。」
在り得ない。魔術をまるで理解せずに真似したと言わんばかりの反応に形容し難い恐怖を覚えながらダミエルは家伝の魔法を使う覚悟を決める。
「舐めるな!『亡霊よ、影を映せ!形に力を宿せ!』
『お前に騎士の剣を与えよう!』」
呪文によって生まれた白い影が人型になって膨らんで、人型が白い棒に見える剣を構えてダミエルの前に進み出る。
「どうだ!これが我が一族の秘術『亡霊騎士』の魔術だ!」
勝ち誇るダミエルの表情が、直ぐに引きつる。
「『亡霊よ、影を映せ、形に力を宿せ』。『お前に騎士の剣を与えよう!』」
それは白い甲冑を来た騎士だった。細部が鮮明とは言い難い。だがダミエルの人型とは精度も緻密さも目に見えて違う。
何よりも、棒にしか見えないダミエルの剣と違い、グラトニーの産み出した騎士はより明確に切れ味の鋭さが伺える、白銀の直剣だった。
「成程、成程。魔法って思ってた以上にイメージが大事なのね。
細か過ぎると面倒だけど、イメージが正確な方が強度が高め易いわ。」
「ぼ、『亡霊よ、お前に盾を与えよう』!」
「『亡霊よ、お前に盾を、与えよう』。」
呪文こそ早いが、ダミエルの板よりもグラトニーの大盾の方が先に現れる。
試しにと動かしたグラトニーの白甲冑の騎士が、いとも簡単に感触を確かめる様に手足に剣を断ち切り、思い出したように盾を叩きつけられ粉々に粉砕される。
呆然と立ち尽くし混乱したダミエルの首に、残念と溜息吐いて剣を突き付ける。
「これで決闘は私の勝ちよ。」
嫌なら切るけど、と突き付けた剣から血が流れ出すと、ダミエルは慌てて負けを叫ぶ。
「それじゃあなたは今後私に絶対服従ね。」
「待て!それは認められない!決闘は無効だ!」
生徒達を押し退けて、慌てた教師ユエルが割って入る。
「あなた契約した時も見ていたでしょ。
私が負けたら契約を守らせる気だった癖に?」
「知った事か!無能人が貴種に命令するなど有ってはならん!
教師の命令を無視した貴様が絶対服従するが良い!」
「それは通らないなぁ。服従するとしたら教師ユエル、君だけだよ。」
激昂して杖を振り翳した教師ユエルを遮る様に声が届き、グラトニー達とユエルの脇に黒い穴が現れると、中から学園長ダーククロウが進み出る。
「な!馬鹿な、何故私が!!」
「そりゃ君の授業中に、君の責任で結ばれた決闘契約だからだよ。」
「ッ!!」
平然と言い放たれたユエルは絶句し、学園長はグラトニーに向き直る。
「済まないがグラトニー君、本来絶対服従の決闘契約は魔法界では禁じられているんだ。
今回は制止すべき教師が許可したので、罰則を受ける者は彼になる。」
「あら。私は骨折り損だと?」
「いや。だから教師ユエルには選んで貰う。
卒業までに限定されるが、君に絶対服従の呪いを受けて貰うか、犯罪者として退校するかの二択をね。」
「わ、私がいつ許可をしたと!」
「白々しいね。僕が此処に来たんだから全部把握しているに決まっているだろう。
まあ君が何と言い訳しようが刑は執行するんだが。」
「ふざけるな!貴様の専横になど誰が従うか!
こうなれば魔法議会に代わり、貴様の横暴を裁いてくれぇぃぎぃぃやぁぁぁああああ!!!」
杖を突き出したユエルの腕が暴風と共に折れ曲がり続け、最後まで喋り終える事も出来ずに悲鳴を上げる。
「君如きが僕に敵うなら、とっくに魔法議会が殺しているに決まっているだろう。
それじゃ僕に牙を剥いた事だし、君には屈辱の死を与えよう。」
更に手足が蛇に変化して自身を締め上げるユエルに、学園長が死刑宣告をする。
「待って。私には勝者の権利があるわ。
そいつが私に絶対服従なら、そいつの全財産を差し出させた上で殺す事も私の権利に含まれる。今あなたがそいつを殺しても、私には何の益も無いわ。」
グラトニーの待ったに、学園長はふむと首を捻る。
「確かに。だが君も絶対服従の契約を結ぶという違反をしている。
責任を彼に取らせるから君は無罪なだけで、権利を主張するなら有罪なんだ。
騙されたのは君の責任じゃないかね?」
「そこのダミエルの負債があるわ。
そこの教師が払える負債は契約内容を踏まえれば一人分が限度じゃなくて?」
「成程、そして彼は敗者。
勝者と同じにしたら実質君だけ罰則を受けたに等しい、か。」
中々上手く考えたものだと感心する。
「ふむ、それじゃこうしよう。
どの道彼の財産は余罪確認のために没収するからね。違法性がある物と他の財産は学園で買い取らせて貰うが、魔導書で問題が無い物は全て君に渡そう。
後は授業で使う教材があれば、それも全て君の物だ。」
決定権は無いが、欲しい物は大体手に入る。悪い話では無い、か。
「なら彼の魔力を今、奪えるだけ奪わせて。」
「商談成立だ。あ、勿論死ぬまで吸い取って良いよ。」
笑って快諾する学園長をユエルは口汚く罵倒するが、学園長は何一つ聞く耳持たずに場所を譲った。
「な、何を言っている!こんな非道が許されていいものか!
そうだ、ジュリアン!君は悪に立ち向かう正義感を御父上から引き継いでいる!
君はこんな一方的な裁きを見て見ぬ振りをするのか!」
「いや。先生勝った彼女に絶対服従を強要してたじゃないですか。」
流石に先生に加担するとか無いです、と呆れ顔で頭を掻くジュリアン。
「止めろ!近付くな!貴様如きが私に触れるな!」
必死で動かした蛇と化した手足がグラトニーに当たる。
掠り傷だが、直ぐに手を伸ばさなかったのは正にこれを待っていたからだ。
「さようなら教師ユエル。あなたは私の糧となって貰うわ。」
肩を掴んだユエルの絶叫が辺りに響き渡り、全身がミイラの様に干乾びる。
命を失うまでは奪い切れなかったが、元の半分くらいまでは魔力量を増やせた。
正直学園長の介入が無けば勝てたかは危いので、一先ず満足しておいた。
因みに学園長はケタケタ嗤いながら、蛇に変えたユエルを持って消えた。
後日。呪文学の授業は後任が来るまで教頭ムーンパレスが担当する事になった。
有名な話だが、学園長の仕事は全部教頭がチェックしているのでかなり激務で有名である。
「さて授業開始前に言っておく。
オレの禿は精神性のもので、胃痛を治す手段は幾らでもあるが、魔法界に禿を直す魔法も薬も存在しない。
今魔法世界にある毛生え薬は保って一月以下の代物か、魔術で解除出来る変身薬の一種だ。
そしてオレは、自分の禿を直してくれるなら無能人だろうが土下座出来る。
グラトニー、お前にオレの禿が治せるか?」
「いいえ。そもそも治すのは専門外よ。」
「そうか。他の奴も同じだ。
オレの髪を痛めて良い奴はオレの髪を生やせる奴だけだ。
胃は極論交換出来るが、髪は交換出来ない。その意味をよぅく頭に叩き込め。
唯一の例外は、他人の髪を呪いで奪った時だけだ。」
呪文学の授業は、一人残らず教頭に優しく接した。
絶対服従の契約は知る人ぞ知る強制魔法で、完全に犯罪です。
無能人なら許される?じゃあ無能人を誘拐してくれば犯罪し放題ですね。
という理由で契約をさせた方が黒。騙された場合、結ばされた相手は灰色。
学園生徒の反応は、契約の魔法だけは一般的だったからです。そんな強制力あるのか誰も分からなかったので、まあ無能人が排除出来るならという消極的な同意。
2021/3/21 ミス訂正。石槍が飛ぶ呪文は無いです。石礫の間違い。
2021/10/7 改行スペース他微修正。
2023/5/ 9 誤字他微修正。




