02.魔女狩り襲撃
教頭ボルテッカは着任以来供回りの魔女狩りを引き連れ、抜き打ちで夜間見回りをしていた。
昼間は一人、夜間は二人。一人を休ませて交代制で常に自分の傍に。
護衛なのだから当然と言えば当然だが、教師が見落とした魔女の痕跡を見つけ出せれば手柄になるし、何より無能人は夜に徘徊しているという。
うまく行けば何か弱みや失態を見つけられるかも知れない。
そう思えばこの悪い思い出だらけの学園の見回りも、決して悪いものでは無いと思えた。
教師ギャザリスの授業は順調で、一部反感を持つ者が抗議活動をしているらしいが肝心の無能人は授業自体を受けていないという。
必修では無いので止むを得ないが、早々都合良くは行かないらしい。
(――うん?なんだこの悪寒は。)
――素晴らしい。この距離でも気付かれないとは。
一瞬呪詛を漏らしてしまったが、彼女がどういう人物かは理解した。
中庭を進む教師ボルテッカ達三人の後ろを、同じ様に数歩離れて歩きながら。
グラトニーは後ろを振り向かれて尚も気付かれない。
<嫉妬の緑目>は相手の文章化された内心を読む。
彼女ボルテッカが魔力に恵まれず、落ち零れとして五学年の五十位でギリギリ卒業した劣等生だった事。
純血主義者に取り入り続けて魔法議会の議長補佐にまで出世した事。
彼女自身が純血至上主義を掲げながらその実純血の傲慢さを嫌う、いつ名門落ちしても可笑しくない最下層の純血だという事。
真の任務は学園長の失脚。その布石で在り、足がかりを増やす事。同志として連れて来た筈の教師ギャザリスを、内心殊の外嫌っている事。
それら全ての内心が愚痴としてグラトニーは知る事が出来た。
(へぇ。淑女の会は非干渉、水面下での後ろ盾、ねぇ。)
敵にも味方にも信用も期待もされていないとは、全く以って辛い立場だ。
(さて。次は護衛達の心を読ませて――。)
「何奴だ!」
闇雲に振るわれた剣は、大まかにでもグラトニーを狙ったものだと察し、即座に距離を取って方針を切り替えた。
「『亡霊よ、影を映せ、形に力を宿せ』、『お前に、騎士の剣を、与えよう』。
『お前に、盾を、与えよう』。」
両脇に三体の『亡霊騎士』を作り出し、即座に反撃の構えを取らせる。
「御機嫌よう、教頭と護衛の魔女狩りさん達。私、新しい発動具を作ったのよ?」
グラトニーが挑発するが、『忍び足』を止めたその体からは『傲慢』の呪詛が放たれている。
唐突に至近距離から瘴気の塊が笑いかければ、恐慌を起こすのは至極当然だ。
「う?ぅわぁあああああ?!お、お前誰だ!いや、まさか無能人?!」
「ば、馬鹿な!我々が此処まで近付かれるまで気付けなかっただと!?」
腰を抜かして尻餅を突く教頭に、武器を取り落とす魔女狩り達。
……ふふふ。ちょっと脅かし過ぎたので少し待とう。
具体的には差し障りの無い会話で時間稼ぎだ。
「あらあら。そんなに驚く事かしら。
そもそもあなた達は魔女を警戒していたのに、たかが不意打ちされただけでもう闘えないの?」
「な、何を?」
「いや、落ち着け!奴の服を見ろ!あれは呪装ではない、化け猫の発動具だ!」
「な、何!そうか、では今のは『忍び足』の魔法か!」
おや知っていたのか。なら好都合、一方的な展開にはなるまい。
「そ、そうか!貴様、私に学園を退学させられる前に闇討ちしに来たのか!」
視界の端で立ち上がった教頭が叫ぶ。
「…………???
いえ、あなたには用は無いわよ?」
間。
ふむ。何か想定外の誤解をしている様だ。
「私の目的はあなたじゃなくて、両脇の魔女狩り達よ?
さっき言ったでしょ?私、新しい発動具を作ったって。」
そこで物凄く隙だらけになったまま、顔を見合わせた魔女狩りの男達がお互いに初対面だと確認してから向き直り、武器を構える。
「人違いでは無いか?我々はお前に会った事など無い筈だが。」
「人違いも何も、間違いなく初対面よ。
ねぇ、私知っているの。あなた達二人を殺しても罪には問われないのよね?
模擬戦に殺しても構わない相手が居るって、とっても素敵じゃない?」
先程ボルテッカの内心が語っていた。
彼らは学園長に死を覚悟する誓約書を書かされているのだ。
説明は終わったのでもう良いかなと『亡霊騎士』を前に出すと、魔女狩り達は舌打ちしながらようやく鉄鞭と剣を構えて腹を括った様だ。
「は。そう言いながら手下並べて数で勝負か?」
「?……ああ、あなた達は知らないのね。
学園では割と有名になったけど、これ家伝魔法だったものね。」
言いながらもう一体の『亡霊騎士』を増やして魔法である証明をする。
「そうね、折角だからあなた達二人の腕を見せて貰いましょうか。
この四体に負ける程度なら、試し切りの価値すら無いものね。」
死霊の如き四体の鎧騎士をいとも簡単に操るその姿は、何も知らない教頭達から見れば有り得ない所業の連続だ。
「おのれ化け物め!目にもの見せてくれる!」
卒業したジェンドの剣技を再現した『亡霊騎士』だが、実際その腕を生かす前に圧倒的な暴力で叩き潰される事が多かった。
さてどの程度かと、操作に専念して挑ませたが。
(……あれ?思った以上に向こうの連携悪い?)
というか、結構フェイントに引っかかってるしガードも割と甘い?
「ば、馬鹿な!只の魔法人形がこれ程の卓越した剣技を振るうだと!」
強化魔法は使っている。というか一人は【ギガースの剣】だ。
もう一人は多分【ヒュッケバインの盾】かな?鉄鞭は呪具であって発動具じゃあないっぽいし、どうも複数の発動具らしきものは見当たらない。
ヒュッケバインは分裂する大鴉の魔獣だ。実物はお目にかかっていないが、授業によると夜闇が具現化した大鴉が襲い掛かる呪文だという。
一見して実体ある鴉だと思うと痛い目を見る訳だが、魔力塊である『亡霊騎士』ならば普通に断ち切る事が出来る。
これ、私が加わってたら普通に蹂躙だったな。
<馬、馬鹿な!幾ら既に教師ドロテアがいるからと歴戦の魔女狩りを連れ出せなかったからと言って、たかが学生が操る人形騎士の方が優勢だと?!>
<い、いや!違う、きっとこいつらが新米騎士だからだ!そうに違いない!>
改めて<嫉妬の緑目>でボルテッカの心を読み、成程魔女狩りの方でも下っ端なのかと納得する。同時に教師ドロテアの評価が思いの外高かったのにも驚く。
(あらら、もしかして教師ナイトメアや埋伏やらと戦っても勝てるのかしら?)
一方で漸く彼らは一体を倒したが、出来た隙への集中攻撃で一人が脱落しかける。
(あら?もしかして強化後のジェンドなら彼らより強いの?)
いや、流石に五分かも知れない。結局一人脱落したが、それでも何とか四体全部倒した。あれ?というか一人?残りが一人?
強化前なら勝てなかったろうが、強化された今ならどちらが相手でもジェンドは渡り合えそうだ。本当に彼に足りないものは魔力だけだったご様子。
「よくもやってくれたな小娘!だがもう同じクラスの魔法は使えまい!
泣いて謝っても許して貰えると思うな!」
(いや何言っているのかしら?ちょっと正気?)
上限は四体だが別にリトライぐらい全然軽い。<嫉妬の緑目>で本音を探る。
「む!怪しげな術を使いおって!許さん!」
お。成程、さっきは呪詛の干渉で気付かれたのかと感心する傍ら、魔女狩りの男は鉄鞭を振り上げながら呪文を唱える。
「『悪意の凶鳥、嘴で穿て』!」
「『刻め描爪』!」
走り寄って攻撃の瞬間膝を折り、足払いに切り替えた魔女狩りの背から漆黒の影が飛び上がる。
対するグラトニーは鉄鞭を猫爪で挟み込み、肩口に移動した猫の目で狙いを定めて実体化した『猫爪』を振るい、漆黒の『凶鳥鴉』を容易く引き裂く。
体重を掛けているから抑え込めるものの、力任せに付き合う気も無いので腹を蹴り飛ばして後ろに下がらせる。
「生きた呪装だと……?何という邪悪な呪具に手を出したのだ貴様ぁ!」
うん?何か彼の言い分だと自作物じゃないみたいに聞こえたけど。
兎にも角にもテスト続行だ。グラトニーは向こうが躊躇う隙に次を選ぶ。
「『姿無き猫又、幽玄に溶け込み、深遠を忍べ』。」
「な!め、目の前でも姿を隠せると云うのか……!」
慌てる魔女狩りだが、実際既に視界の端に移動しているのに気付いていないのを見ると本当に見えなくなる様だ。
素早く動くと術は解けてしまうが、思った以上に使い勝手が良い。
「馬鹿め!魔女狩りを舐めるなよ!」
男は後ろに後退しながら懐に手を入れ、取り出したゴーグルを被る。
もしやと敢えて攻撃せず見守ると、今度ははっきりこちらを視認して迫り来る。さて、ではどの程度見えているのか。
(『刻め描爪』。)
小さく呟き不可視の侭に振るわれた猫爪の斬撃を、魔女狩りは猫の腕を持ち上げた段階で反応して回避する。
(雑に塊状のエーテルが見えている、という事かしら。)
グラトニー程明確に輪郭が見えている訳ではなさそうだ。であれば呪文を唱えた段階で変化に気付いて接近を止めただろう。
なら次に試すのは大きさや数か。
感覚を確かめる為に一振りしか出さなかっただけで、爪の数は前脚片方と限った呪文ではない。何せこちらは、猫の群体なのだ。
「「ひっ!」」
全身の服から無数の猫が目を見開く様に魔女狩りは愚か、教師ボルテッカ諸共に悲鳴を漏らし。しかし魔女狩りは踏み止まる。
「さぁ、次で終わりにしましょうか。そろそろそっちも限界のようだしね。」
グラトニーの宣言に応じて魔力ならぬ呪詛が膨らみ、【化け猫の胴甲】に《呪装束》が同調して猫の鳴き声が微かに響く。
成程、魔法使いが何故複数の発動具を使い分けようとしないのか、実際に使ってみると良く分かる。
魔力を注ぎ使えば使う程に、発動具は生き物の様に馴染むのだ。
「吠え面をかくなよ小娘!
『悪意の凶鳥、嘴で穿て、凶兆を振り撒け』!!」
「『刻め描爪、群成せ積もれ、諸共に引き裂け』!!」
空から暗がりから、幾羽もの黒鴉が飛び出し、囲む様に襲い掛かる。
同じくして中空に無数の猫爪が出現し、群がる全ての黒鴉を引き裂きながら、二人の間合いよりも長い前足が空に伸び、魔女狩りに猫爪が振り下ろされる。
「ぐぁあああっ!!」
砕けた鉄鞭によって直撃こそ避けたものの、魔女狩りの胴鎧が外套の下から露出し深々と抉られる。致命傷では無いが、止まるような出血ではない。
「お、おい!大丈夫か!?まだ戦えるよな?」
ふふふ、イメージさえ出来れば爪の数は自在か。これは磨けば光る発動具ですなと内心の満足感に酔いしれ、残る素材の方向性も決まる。
「無茶を言わずに、手当をしてあげなさい。
私は満足したからもう行くわ。」
迷いに迷っていた大型素材ジャバウォックも、体にまとうタイプにしようと心に誓い、立ち去ろうとした背にボルテッカが慌てて声をかける。
「おい!待て、まさか本気でこれだけが目的とか言うんじゃないだろうな?!」
「?最初に言ったじゃない、模擬戦だって。」
言ってから思い出す。そう言えば他にも二人連れて来てた筈だ。
「あ。近々他の二人が護衛している時にまた来るわ。
次は不意打ちするかも知れないから宜しくね。」
忠告してする奇襲なんておかしな話だが、彼らの練度は想像以上に低そうなのでまあ仕方無いと諦めよう。
何せこれは模擬戦であって、殺害目的では無いのだから。
「え?ちょ、マジで?本気で?
というか模擬戦ならポーションくらい置いてけ!」
む。それも道理か。
「はい。二人分。これ以上の物は持ってないからそっちで何とかしてね。」
「「「…………。」」」
普通に戻って来て瓶を置いていったグラトニーに、呆然と見送った後で我に返り慌てて傷口に振りかける魔女狩り達。
安全確認すれば良かったと使った後で気付いたが、性能は市販物と同程度かそれより良かった。どうやら自作物を置いてったようだ。
「え?あいつもしかして、本気でまた襲ってくる気なの?」
後日。来た。
本日3話投稿、後編です。
中編と一緒に投稿したかったので、ちょっと自分を追い込みました。
グラトニー視点だとコントですが、ギャザリス視点だと蝶を玩具にする虎です。
もう!化け猫に呪詛与えたら駄目でしょ!ほら懐いちゃったじゃないw
普通なら生きた呪装とか某ス〇イヤーズ状態になります。




