第三章 決闘 01.教鞭
呪文学は全ての生徒が受講するため、同じ授業が最も多い講座だ。
友人同士であっても敢えて示し合わせない限りタイミングがズレる事は良くある話で、何よりグラトニーは全ての教科を受講している。
なのでグラトニーが出席する時は生徒の半数近くが早々に早退して後日受け直す光景が日常的になり、生徒の出席率が密かな自慢だった教師ユエルは常々苦々しく思っていた。
「さて、今日からは実践だ。魔術には適性があるから複数の魔術を授業ごとに練習して貰うが、最低三つの呪文を体得すれば今学期の単位を獲得出来る。
無論、試験当日に成功させる必要があるが。」
中庭に揃った参加生徒達から、どよめきと歓声が広がる。
単位への近道が提示され事実上の早抜けが可能と言われれば、同じ授業を受ける者達の殆どが喝采を上げた。
教室に残っている生徒が比較的鈍感か呪詛に強いとはいえ、彼らの殆どが無能人との授業を耐え難いものと感じていたからだ。
「静粛に!先ずは箒の飛び方からだ!
呪文が刻まれた箒は魔法使いの一般的な移動手段だ。
しかも最も難易度の低い魔術だぞ。」
何でも上手い下手はあっても、飛べない魔法使いが誕生した例は無いのだとか。
「『浮かべ箒よ!』」
「『来たれ箒よ!』」
「『空を舞え!』」
箒を浮かす。箒を呼ぶ。乗った箒を動かす。必要な呪文はこれで全てだ。
「随分簡単な呪文だけで操れるのね。」
最初こそ上手くいかなかったが、他の生徒を観察しながらエーテルの流れを再現すれば最低限の飛行は出来る様になった。
「ほう、見事な操縦技術だ。」
「あたしは実家でも箒を使っていましたから!」
上手い生徒は既に飛行しながら箒の上に立ち、緩急やカーブも自在に熟すが、一見したエーテルの流れはグラトニーと大差があるとは思えない。さてはて。
「やはりお前は魔道具学の才能があるな。こうも適切な調節は新人には出来ん。」
くっくと背中を曲げ首をひそめて笑う様は、人一倍の美女でなければ老婆にしか思えなかっただろう。
しかし隈が出来たような半眼の教師マルガルは、普段から小柄な体を隠すような巨大なローブに身を包むため、注意してみないとその容姿に気付けない。
「お前だけ今日は次の課題に進もう。先ずは灯りの魔石だ。」
だが見本さえ見せれば大体失敗しないグラトニーは彼女にとって大のお気に入りの生徒だと言えた。彼女にとっては無能人という肩書は些細なものらしい。
防御学の授業は基本体内のエーテル操作を学ぶ事から始め、魔力を実感するために高濃度の魔力を封じた水晶の呪具に触れて自身の魔力との違いを肌で感じ取る。
水晶に手を近付けると、成程確かに体内へと圧し込む様な、極めて薄い水に手を入れた様な感覚が水晶に近付く程強くなる。
触れれば感触は更に顕著で、体内の圧を対抗する様に動かせれば第一段階。
第二段階は杖に持ち替え、水晶抜きで魔力の感触を理解し、杖に魔力を通す。
実の所、ここまでは呪文学でも学ぶ内容だが、防御学はより実戦的に防御の仕方を習うのが本筋だ。具体的には、魔力圧の塊である水晶を投げ合う。
これを手で掴み取れれば成功だが、魔力を手元に集中させ損なうと、反発で手から滑り落ちてしまうのだ。もし相手が掴み損ねると、投げた本人の手に必ず戻って来る。
勢い良く投げれば手が砕ける事もあると、最初にグラトニーと組んだ生徒が実演して以来、皆が真剣に受け止め易い速さで投げる様になった。
とは言え、グラトニーは二人目と数回投げ合っただけで次に進んだが。
概ね最初の数回はより魔力操作を鍛える様な授業が続いた。
「さて。今日の授業から呪文を使っていくが、最初に覚える魔術は『盾よ!』
っと、これだけだ。勘の良い奴は、今のだけで今迄の訓練の意味が分かるだろう?」
呪文と同時に小さな少しだけ空気が揺らぐ、透明の盾が広がった。
盾は直ぐに消え教師ナイトメアは生徒達を見回すが、数人が周囲を見ただけで誰も返事を返さない。
「おいおい、そこで間違いを恥じるようじゃ話にならないぞ。
ならグラトニー、分かるか?」
「盾の大きさと維持限界は、魔力の注いだ量と維持した時間で決まるのかしら。」
「その通りだ。無能人を馬鹿にしているお前達は、今グラトニーより劣っていると証明したに等しい。何故なら、答えられるまで何もしなかったからだ。
何故か分かるか。」
「先生が無能人を贔屓しているからだ!」
生徒の一人が勢い良く叫ぶ。だが教師ナイトメアは予想通りと水晶を投げる。
投げられた生徒は咄嗟に反応出来ず、顔に当たる直前ナイトメアの手元に戻る。
「不正解。この授業が防御学だからだ。
この授業では、どれだけ知識を詰め込もうが咄嗟に反応出来なきゃ意味が無い。
今回は誰も口を開かなかったから、一番お前達が悔しがるだろう相手に答えさせたんだ。
出来るなら証明しろ。出来なかったとしなかったの結果はどっちも同じ防御失敗だという事を忘れるな。」
それが防御学だと締め括り、水晶に反応出来なかった縮れた金髪の生徒から視線を外した。
(ふむ。流石に魔法に慣れた連中は使い慣れている様ね。)
『盾』と『石壁』と『落ちろ』の呪文を全て習得したグラトニーだが、全体で見れば習得率は三分の二、習得速度は真ん中程度だろうか。
中には元々習得していた生徒も純血程多かったが、速さと大きさは圧倒的にナイトメア以下で。どれだけ自慢気な生徒にも全身を防げる大きさを要求した。
今後の授業では鍛錬場で行い、随時様々な呪具を防がせるという。どの呪文を使うか、どれだけ早く対応するか。それが防御学だという。
「まあ、実はこの授業、純血に近いほど単位落とす奴が多くて大抵預言者の連中も必須の二年を過ぎたら来なくなるんだわ。」
放課後の補講もグラトニー以外訪れないと、諸々都合が良いと語るナイトメア。
「呪詛を抑えるのと、魔力の制御は本質的に同じだと?」
「唐突だな。お前コミュ障って言われないか?」
「学校には一度も通ってないし、特に覚えも無いわね。」
思わず空を仰ぐ教師ナイトメアは、暫く悩んだ後考えるのを止めた。
「まあ魔法世界の大半、特に純血程態度悪いからなぁ……。
取り敢えず礼儀作法の本を貸しといてやるから、一通りの正解不正解だけは叩き込んでおけ。」
それ以上は何も要求しないと、呪詛の方に話を戻す。
「呪詛は呪いの一種で禁呪指定されているのはもう知っているな。
まあ同じ理由で禁呪たる呪詛に詳しいのは学園長と教頭位だ。だが基礎と防御法も実は普通の魔法と全く変わらない。
なんで体外に出る魔力を遮断出来れば解決するのは同じだ。」
純血にもファッション差別主義とガチ差別主義がいます。
違いは距離を取るか、殴りに行くかの違いです。
でも雑種に無能人の血が流れている場合が結構あるので、ガチ差別する方が生き辛い社会だったりする。純血と雑種の人数比は雑種の方が多数派な以上は決まってません。
が。意見が通るのは基本純血です。
2021/10/2 改行スペース他微修正。
2023/5/ 9 誤字修正。




