03.決意表明
十日近く授業を休む結果になったが、預言者寮であるグラトニーは防御術、魔道具学、呪文学の必須科目において既に主席が確定している。
何よりジュリアン達と一緒に魔女を倒した以上、元々軍事学校の側面もある呪法学園としては相応の評価が加算されるため、多少の欠席など問題にならなかった。
独断による森への侵入も七不思議の一件自体が預言に含まれており、事情聴取の結果まで踏まえると学園長が焚きつけたに等しいと判断されたのでお咎め無しだ。
但し二学年までは授業でも立ち入る理由無しと、以後厳重に止められたが。
防御学教師だったナイトメアが欠けたが、代理の教師は気軽に用意出来ないので、また例によって例の如く教頭ムーンパレスが酷使された他は、驚くほど平穏な日常が続いた。
覚悟を決めた表情でジュリアンが現れたのは、そんな一日だ。
「で?何か聞きたい事があったのよね?」
場所はスノードームハウスの中。公言出来ない話とあれば、用件も限られる。
「ああ。君の知っている墓守の魔女に付いて教えて欲しいんだ。
教師ナイトメアの言ってた事は、どこまで本当なのか、とかさ。」
ふむと少し考え込む。ジュリアンがナイトメアの言葉を疑っているとは思わなかったが少し思い返して、ああと納得した。
「学園長との取引は分からないけど、多分全部本当よ?
それと、お察しの通りサンドラは、私が最初に『暴食』で吸収した魔女になるわ。」
直球なグラトニーの言葉にジュリアンは息を止め、軽く深呼吸してそうかと頷く。
「どういう状態だったのか、詳しく聞いても?」
「率直に言うと瘴気と呪詛の塊ね。あなた達と入った時は最初の方から呪詛の濃さが変わらなかったけど、彼女がいた頃は下に潜るほど濃くなっていたわ。
まあ呪詛を払う手段無しに無理に踏み込んだら、底に着く前に全員死んでいたんじゃないかしら。」
表向き教えなかった理由もコレだ。本当は七不思議の魔女達との接触を秘密にするためだが、此処に限って言えば本当にグラトニー以外無事で済む保証は無い。
「そっちはそっちで動いていた様だけど、学園長の言葉を鵜呑みにするのは危険よ。
こっちも分かった事があったら教えるから、今後七不思議に挑む時は声かけなさい。」
先に調べてから教えるとは言わないムーブ。七不思議の魔女がジュリアン側に着いた場合、敵となる可能性は低くない。先に全員味方に引き込んでしまいたいものだ。
(実際学園長も順番は関係無いと言っていたけど、そもそも順番通りにしか解けない謎があるかも知れない。彼女より強くなるためだなんて、見栄を張ってる場合じゃないな。)
〔魔女の饗宴〕とやらが学園に潜入を試みている以上、学園内だからと言って安全とは限らないと、ジュリアンも腹を括った。
「わかった、そうしよう……。」
「?」
妙なタイミングで口籠ったジュリアンに首を捻る。
「な、なあグラトニー!今度俺とデートしないか?!」
「デート?知らない言葉ね。」
何故か膝から崩れ落ちた。
「魔法世界では有名な言葉なの?」
「あ、ああ。本当に知らなかったのか……。
そうだな、ええと……。一組の男女が、今より仲良くなるために遊び歩く事、かな?
買い物したり、食べ歩きしたり。兎に角、二人きりで楽しむんだよ。」
「?意味が分からないわね。それは二人でないと行けないの?」
「二人じゃなくても良いけどデートにはならないな。」
そもそも意味が良く分からない。何故そんな事が?いやもしかして。
「ポートガスと行ったのはデートになるのかしら。」
「ちょっとそこ詳しく。」
急に慌て出した意図が分からず初めて学園街に行った時の事を説明すると、何故か段々沈痛な表情に変わり、ゆっくりと首を振る。
「その仲の縮まり方は色々間違ってる。うまく言えないけど方向性が凄く違う。」
「さっぱり分からないわね。」
「ま、まあ何だ。物は試しで行ってみないか?
そもそも君、自分の好きな食べ物とかちゃんと知ってるか?」
「好きな物は供物で嫌いな物は残飯よ。」
「それ好みじゃなくて肩書きぃ!」
数日後。学園街にデートへ向かったジュリアンは、自身の失敗を呪った。
「女子の買い物に付き合うには、俺のセンス足らない……!」
学園街では買い物と食事以外する事が無い。カップルなら盛り上がるスポットでも服に防御力を求め、仕込み武器を探すグラトニーには店のジャンルが違う。
あと下手な料理屋は購買祭の悪夢再来である。
(じ、次回は先ずファッションの意義を教えるところから始めないと……。)
取り敢えず、相談相手としてサンドライトとパトリシアに学園長から聞いた過去話を教えて良いという許可は得た。
(デートの前に、何とか女の子側の常識とかを理解させないと!
でないとプレゼントを捧げ物扱いされてしまう!)
コレなんて羞恥プレイだろうか。
淑女の会専用個室、茨の園には珍しく二人しかいなかった。
一人はこの部屋の管理者でもある、カーリー・ドラクロワ。
もう一人が事前に人払いを頼んだもう一人、レイリース・ケイロン本人だ。
レイリースはともすればこの場で殺されかねない覚悟でこの場に臨む。
それは彼女自身の決意によるもので、彼女にはそれが許されるだけの実績と権力があると良く理解していたからだ。
そして自分の発言が、それほどに危険な代物だという事も。
「つまり貴方は、名門ケイロン家としての血統に背を向け、無能人たるグラトニーの配下に加わる決意を固めた。
いえ、そのための誓約を既に結んだという解釈で良いのね?」
「ええ。私はもう、彼女を目下に扱う事が出来ません。」
許可はある。というより敵対すれば返り討ちにするというだけで、普段は自由に反発を態度に出して構わないとはっきり言われている。
グラトニーは、ここぞと言う時に自分に付くなら細かい事を気にしない。
だがカーリー相手に隠し通せると思う程、レイリースは嘘が得意じゃない。
というよりグラトニーに敵意を向けるという方が既に、レイリースには無理だった。
「あの子にとってはあなたに配下として振る舞わせるより、影の支援者という形で裏から援護した方が有益だと思うのだけど?」
「あなたなら既に分かっている筈です。
私は彼女が怖い。彼女に上辺だけでも敵意を見せる事が。
あの子は臣従を誓っていようと、牙を向ける振りでも首を刎ねる子ですから。」
グラトニーは裏切りを悪だとは認識していない。むしろ容認していると断言出来る。
レイリースはグラトニーにとって善悪は、敵か否かだけしか無いと確信してしまった。
味方でも敵対をすれば殺すし、敵でも牙を剥かなければ興味も無い。
「たったそれだけかしら?だったら息を潜めて近付かなければ良い。
貴女は既に気付いている筈よね?」
怖い。カーリーは一人ではないとは言え、魔女を退けた。
話を聞く限り魔女の正体や能力にある程度辺りを付け、教師達が当てに出来ないと事前に確信し、魔女を排除する手段を揃えて見せた。
レイリースにとっては、カーリーもグラトニーと種類の違う化け物だ。
「私はあの子に憧れてしまいましたから。
彼女は魔法世界全てを敵に回しても揺らがない。私には無い心の強さがある。
どれだけ歪でも、私には生涯届きません。」
不意に空気が凍り付く。いや、これは恐怖だ。死の警告だ。
「そんな事は聞いていないわ。
貴女は何を差し出し、何を対価に純血を裏切ったのか。
私が聞いているのはそれだけよ?」
「差し出したものなんて言えませんし、その意味があるとも思いませんね。
そもそも受け取ったものなんて、本気で聞いていないでしょう?」
契約の対価は驚くほどに万能だった。いや制限は勿論あるが、魔法で再現出来るものなら何でも可能なのではと思う程の代物だった。
その恩恵は今も、冷静な対応という結果に表れている。
「ふむ。そこまで切り返せるならまあ良いでしょう。
貴女の件はケイロン家の問題として傍観させて頂きます。ああ、別に淑女の会の脱退は必要ありませんよ。原因が会に所属している訳ですから。」
あっさりと圧迫感が霧散し、息苦しさが消える。
「本気ですか?」
「ええ。むしろケイロン家には口を挟まないと一報を入れ、恩を売らせて貰います。
私の特例措置にも言外に非難されていたようですし。」
これだ。本当に質が悪い。
(これだけ感情豊かに振る舞っているのに、一度も笑顔が崩れやしない。)
一礼をして立ち去ったレイリースに、カーリーは独り言ちる。
「嫌われたようね。全く、素直過ぎる子の面倒は大変だわ。」
自室に戻る途中に誰もいないのを確認し、レイリースは安堵の溜め息を吐いた。
(ねぇガヴァネスレディ、あの人本当に何もしてこないと思う?)
レイリースの心の声に、感情を感じない声が応える。
(『問題ありません。主が無能人保護を打ち出すより余程穏当です。
あちらはケイロン家には恩を売ると明言し、利益を確定させています。当分の間は傍観して、事態が動き他の誰かが巻き込まれる時までは放置するのが正解でしょう。』)
霊魂がレイリースの脇に浮かび上がり、余人には認識出来ない姿で問いに答える。
レイリースが契約に臨んだのは強い理性、平常心や自制心。
グラトニーはそれを『無手』の術に疑似人格を与えるという手段で解決した。
今や『無手』はもう一人の自分。『女家庭教師な淑女』の名で主人格であるレイリースの補佐をする、戦える亡霊へと進化していた。
本日2話投稿。前半です。
グラトニーは今回でデートと言う概念を学習しました。但し興味は無いw
ガヴァネスレディは女家庭教師でガヴァネスとなりますが、名詞であり個体名なので敢えてレディを付け加えて固有魔法(能力w)名にしました。
作中明言されていなかったかも知れないので補足すると、一学年は高一相当ですw




