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ガラクタの学園  作者: 夕霧湖畔
第一部 入学編
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02.呪詛

 空気が重い。息苦しい。恐怖が徐々に浸み込んでくる。

 新入生は特に、魔法に対する抵抗力が弱い。

 当然だ。だからこそ防御術を習うのだから。


 天性の才能や桁外れに鈍感な者達、若しくは同類達。不快感で収まっている連中やそもそも気付く事すら出来ない愚か者達。

 まさか純血たる自分達が弱者を(うらや)む羽目になるとは思わなかった。


 鈍過ぎるのは救いだと何故受け入れられようか。許せない。認められない。

 だが、それ以上に近付けば身が竦む。恐怖が(きし)む。本能が悲鳴を上げる。


 無能人の皮を被った怪物、グラトニー。

 男であれば魅了されずにはいられないだろう。女であってもあの声で愛を囁かれれば、毒の盃とて飲み干したくなる魔性の美貌(びぼう)


 そんな絶対的な容姿を持ってすら、この教室を包み込む恐怖の渦の前には無意味だった。

 居るだけで背筋が凍る。視線だけで四肢が軋む。

 息継ぎすら許さない悪夢の化身。

 あの怪物は、呼吸同然に世界への呪いを振り撒いていた。




 グラトニーは割と一人で出歩くのを好む質だ。

 アヴァロンは怠惰(たいだ)な所があり、概ね必要の無い時は寝て過ごす癖がある。

 ジュリアンは結構社交的な性格で、同級生は愚か先輩達とも親しくしている。


 なので一人でいる時を狙う事は不可能では無い。

 だが大抵の生徒達は、彼女の近くにいる事すら侭ならない。

 となるとグラトニーを排除するためには間接的に手を下すしか無いのだが。


「う、腕がっ!あ、あたしの腕がぁ!!」

「いやあぁぁぁぁ!!あたしの手が溶けているぅッ!!」


 移動先の教室から悲鳴が響き渡り、他の生徒達に励まされながら運び出される生徒達を見てグラトニーはまたかと同級生達の学習力を嘲笑(ちょうしょう)する。

「またグラトニーの教科書に手を出したのが出たの~?」

「ええその様ね。」


 教科書等の私物は基本持ち歩くものとは言え、移動教室やグランドを使った実技系授業では流石にロッカーを使わざるを得ない。

 寮内で手を出すのは危険過ぎると悟った預言者(プロフェット)寮の者達は今、グラトニーの私物をターゲットに狙いを定めていた。


 だが今回はどうも他寮の同級生も協力しての事らしい。


「な、なあグラトニー。一体何を仕掛けたんだ?」

「あら、私は何もしていないわ。」


 えぇー……。と表情に困ったような素振りで口籠るジュリアンは、当初こそグラトニーの代わりに怒ろうとしたのだが。

「しっかし、毎回アイツらも懲りないよなぁ……。」


 一応別の者達が手を変え品を変え挑戦しているのだが、余りの惨状というグラトニーには今一理解出来ない理由で口を挟むのを諦めたという。


 だが今日はいつもと少し状況が違った。

預言者(プロフェット)寮グラトニー。預言者(プロフェット)寮生徒グラトニー。

 至急、会議室迄来るように。至急、会議室迄来るように。』


 教室の鳩時計から顔を出した鴉が校内放送を呼びかけ、学園内全ての廊下教室に声が響き渡る。グラトニーは気にせず教室を出たが。


「いや、そっち会議室じゃないだろ。」

「え?何で行かなきゃいけないの?」

「いや、(やま)しい事無いなら行っとけよ。先生からの呼出しだぞ。」


 呆れたジュリアンの指摘に、興味が無いから行かないのだけどと首を捻り、まあ良いかと退屈凌ぎを期待して会議室に向かう。


 会議室では教師数名が学園長ダーククロウを取り囲み、喧々囂々(けんけんごうごう)な抗議の真っ最中だった。

 中央の机がまるで意味をなしておらず、襟首を掴もうとする勢いだ。


「ノックくらいしなさいな。で、要件は分かっているわね?」

 詰め寄っていた一人、薬草学の教師マタハリがようやく来たかとグラトニーへ矛先を変えて、肩を怒らせる。

 確か彼女は保険医も兼業していたのだったか。


「いいえさっぱり。」

「彼女はそれじゃ分からないよ。

 そもそも彼女は今扉を開けたばかりじゃないか。」


 非常識だなぁと言われ、顔に朱が差したマタハリが思わず拳を握り締める。

「落ち着け教師マタハリ、学園長の面の皮は永久凍土より分厚いのを忘れたか。

 そしてよく来たグラトニー、君には色々聞きたい事がある。」


 教頭ムーンパレスに適当な席に座るよう促されたが、敢えて座らずに口を開く。

 というより、この空気で動きが鈍くなる椅子に座る気などおきない。

「放送の要件はそれ?」


「そうだ!生徒グラトニー、君は何故ああも凶悪な()()を持ち物に仕込んだ!」

 教師ユエルが声を張り上げて杖を振り上げる。


 この世界の魔術は杖が無ければ使えないという事は無いが、呪文を仕込む事で詠唱自体を省略出来る呪具が存在するという。

 まして教師が持つ杖なのだから、只の歩行補助具というオチはあるまい。


呪詛(じゅそ)、とは?」

「ふざけるな!質問しているのは我々だ!」

 非難しつつもポージングを止めない教師マッスリゲル。流石にキモイ、というか不快。なので視界から外す。


「授業では習った覚えがありませんが。」

「真面目に答える気が無いと「『答えなさい』な?」……っッ!」

 杖を構えたユエルの手首が上を向いてグラトニーから逸れて、抵抗しようとするユエルが無理矢理吐き出される息に喉を詰まらせる。


「ま、待て!その呪詛(じゅそ)を止めろ!それ以上は命に係わる!」

「――へぇ。今のが呪詛、なのね。」

 慌てて口を挟んだ教師ナイトメアの言葉に、グラトニーは成程と頷き『命令』の拘束を解く。


「いや少し違うな。

 教師ユエル、彼女は煉獄(パーガトリ)の腕輪持ちで魔法無き世界の出身だ。授業前の内容である以上、我々には略式で講義する義務があるのでは?」


「何を……、馬鹿な……。」

 憎々し気な目を向ける教師ユエルの間に割って入り、教師ナイトメアが慎重に問いかける。


「確認させてくれ。グラトニー、君は呪詛の説明が出来るか?」

「神仏や悪霊に祈願する呪い、でしょう?魔術の世界にも神仏が居たのね。」


 グラトニーの言葉にしかし、一部の教師達が首を傾げる。

「あ~……。神は兎も角、仏っていうのは私も初めて聞くわ。」

 多分間違ってる、と気まずげに教師マタハリが訂正した。


「先ず呪詛とは、害意と魔力の二つの要素から成り立つ禁術の一つだ。

 通常の魔術とは違い魔力さえあれば必ずしも呪文は必要とせず、事前に魔術化して制御しなかった場合、対象が魔力に触れるだけで発動する。」


 無論、長く場に止める程の高い濃度の魔力が必要となる、とナイトメアの言葉を補足したのは教師ユエルだ。

 彼の表情からは未だ不信感が色濃いが、話を聞く気は出来た様だ。


「だから呪詛を用いて危害を加える気は無かったは通らない。

 害意抜きには呪詛として成立しないからだ。

 と同時に、複雑な魔術知識も不要だ。高濃度の魔力さえあればな。

 普通はそこまで高濃度の魔力を保てないから、呪詛には術式が必須となる。」


「術式以外にもあるのね?高濃度の魔力を確保する方法が。」

 でなければ妙な話になる。まさか呪文不要の呪詛と魔術の違いが魔力濃度だけではあるまい。


生贄(いけにえ)か象徴となる触媒(しょくばい)、要は怨念(おんねん)を蓄える器があればいい。

 言い換えるなら魔力の怨念化、と言えば伝わるかな。」

「学園長!」

 まるで呪詛の使い方講座みたいな発言に、教師マタハリが声を荒げた。


「何が問題なんだい?彼女は呪詛を使えるんだ。

 何処までが許されるか説明するべきだと思うけどね。」


「今回はお前の持ち物に凡そ有り得ない魔力濃度の呪詛が検出された。

 心当たりは本当に無いか?」

 学園長の言葉を無視した教頭ムーンパレスの質問に、ええと頷く。


「そう言う話ならありますね。ただ抑えろと言われると今は無理としか。」

「ふざけるな!」


「あら未だ気付いておられないので?害意なら確かにあるでしょうね。

 何せ私はこの世世界の全てに、何の例外も無く害意を抱いていますから。」


「「「ッ!!」」」

 学園長以外が揃って苦い表情を浮かべ、口籠る。

 グラトニーは終始笑顔を絶やさず話を続ける。


「皆さんは付喪神(つくもがみ)という信仰を御存じで?

 日頃から長く愛用した物には魂が宿る、という思想を。

 恐らく私の私物であれば、全て呪詛に必要な条件を満たすのでしょうね。」


「ほう!それは面白いな。では君の触れた物は全て他者に危害を加え得ると?」

 そこで初めて魔道具学教師マルガルが楽し気に口を挟む。視線で周囲の教師達が窘めようとするが、彼女は全く気にせず不発に終わる。


「いえ。恐らく私が許可したか、私物と認識しない物は対象外かと。

 今までの経験則になりますが。」

「マジかぃ……。」

 頭を抱える教師マタハリだが、他の教師達も似たり寄ったりだ。


「魔力を封じろなどと言われれば抵抗しますが、制御の仕方を教えて貰えるのであれば、此方も歓迎しますわ。

 お話は以上ですか?」


 明確な解決法も無さそうなので、これ以上は授業の一環として聞くとしよう。

「待て。呪いの対抗手段は防御学だ。

 お前さんが意図しての呪詛じゃ無いなら俺の授業後、自主練に残れ。」


「構いませんわ。今のままだと目立ち過ぎますから。」

 正直、近付いたら皆が気付く現状では隠密行動が取り辛い。

 教師ナイトメアの申し出は素直に有り難いと言って良かった。


「ああ、そうそう。

 この学園に魔女って何人くらいいるんですか?」


「はぁ!?あんた何言ってるの?!」

「学園に侵入している魔女は一人だけだよ。あ、これ秘密の話ね。」

「成程。よく分かりましたわ、それでは。」


 成程、上手い言い回しだ。学園長ダーククロウの返事につい感心しながら、グラトニーは今度こそ会議室を後にした。



『どういう心算ですか学園長!

 よりによって彼女に学園に魔女が侵入した事を教えるだなんて!』

 会議室では残った教師達が、先程とは違った理由でダーククロウに詰め寄る。


『何でも何も、彼女は普通の生徒じゃない。

 何も気付いていなかったら彼女は質問しなかった筈だろ?』


『それはそうですが、ですが彼女が動くなら対策を取らねばならない。

 それが我々教師陣としてのマッスルでは?』

 筋肉混ぜんなと教師マルガルが不快気に口を挟む。


『彼女には不要だよ。問題があるとしたら生徒より先に魔女を見つけられない君達教師の方だと思うがね。』


『議論のすり替えですな。何より我々はあなたにより肝心な情報、魔女の二つ名すら隠されている始末だ。

 せめてあなたが立ち入り禁止区画の情報だけでも明かしてくれると大分調査が捗るのですが。魔女侵入の情報はあなたと魔法議会からの通報ですしね。』


 魔法議会。魔法界の役所全般、警察の代わりでもあったか。

 教頭ムーンパレスの言葉通りなら魔女の侵入経路は未発見、後は学園長が規制している区画だけ、という話か。


『二度云うのが面倒だったんだよ。仮面の魔女ノーティス、これで満足かい?』

『お、お待ち下さい学園長!

 仮面の魔女と言えば、例の禁忌の腹心ではありませんか!』

 ざわり、と教師一同が沈黙する中、教師ユエルが今迄で一番狼狽えた声を出す。


『そうだね。多分目的は禁忌の魔女の魂、封印の解放だろう。』

『……確認します。グラトニーが仮面や他の魔女では無いのですね?』


『将来の魔女という可能性はあるけど、今じゃないね。

 何より彼女は軍門に下る質じゃない、下そうとする側だ。明確な禁忌の敵さ。』

 教師マルガルの確認を契機に皆が沈黙し、会議が終了する。

――へぇ。仮面の魔女、ねぇ。


 何故周囲がああもドン引きだったのか、ようやく発覚。

 第一部は主人公周りが徐々にしか判明しません。

 2021/9/29 改行スペース他微修正。

 2023/5/ 9 誤字修正。

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