02.仮面の真価
「『宿れよ仮面、素は幻想、呼び出すは土蛇なり』!」
粘土で出来た巨大な五頭の大蛇が『幻の剣』を防いで二頭が突破、ナイトメアが土煙に隠れる。
「『生えろ石壁「『生えろ石壁』!「『手から落ちろ』!」」』!」
「『輝け』!」
サンドライトとパトリシアが『石壁』を唱えるが、『粘土蛇』が衝突した直後に杖が『落ちろ』の呪文の餌食となり『盾』が消える。
危ういところでジュリアンが盾から『障壁』を拡げ、まとめて粘土蛇を受け止めて砕く。
「な~にをやっているのよ。授業で習ったじゃない。
『落ちろ除け』のお守り、今直ぐ使っておきなさい。」
自前の腕輪から四人分二セットでお守りを投げ渡し、一同から距離を取る。
こっちも遠距離砲台としての役目を果たそう。呪詛の所為で維持出来なかった感知呪文もかけ直さねばならない。
「『嫉妬の緑目よ、祖は我が眼、息吹御魂一つ見逃すな』。
『渦巻く風よ、一薙ぎ一吹き、吹き散らせ』!」
「『宿れよ仮面、素は幻想、呼び出すは火鳥なり』!ちぃ!」
グラトニーが放った爆風と殆ど同時に十数羽の火鳥が飛び立ち、急遽三羽が方角を変更して残りの火鳥達が次々アヴァロン達が唱えた防御呪文に衝突する。
「『金剛の獅子よ、灼炎の鬣に、浄化の光を宿せ』!」
防戦一方を危惧したか、距離が遠いままに炎の剣戟で薙ぎ払うジュリアン。
「出ろ《浮き盾》!《妖刀》!《飛杭》!」
飛び出した三つの空飛ぶ盾が火鳥を殴り砕き、同じく三本の曲刀、更に三本の刺突短剣が順次ナイトメアに向かって飛んでいく。
「『甲羅の盾よ、総身に宿れ、檻となり小屋となれ』!
ッ!!ホント容赦ねぇなあ!『我が分け身よ、素は悪夢、奇形異形の怪物なり』!」
巨大な半透明な亀の甲羅が全ての攻撃を防ぎ、続く呪文で一瞬浮いた隙間からミノタウルス二頭が這い出し、グラトニーと後衛組に突進する。
(今更ミノタウルス?いや、こっちの手を削る時間稼ぎか。)
グラトニーは兎も角、他の連中は片手間で勝てる相手ではあるまい。
ミノタウルスに効果の薄そうな《飛杭》だけミノタウルスを迂回させ、《浮き盾》一つを体当たり同然に足止めしたところを《妖刀》三本で切り刻む。
魔力の伴わない武器は魔法生物に手傷を与えられない例が多い。
これは魔法生物が怪我の要因を弾くという魔法を使っているに等しい体質を有しているからで、武器に魔力を込めて魔法を破れる加工をした物を、剣に限らず魔剣化という。
《妖刀》と《飛杭》は、《浮遊》と《硬化》が封じてあり、『加速』で遠隔操作する。
《浮き盾》は《浮遊》と《硬化》を封じ『加速』で操作までは同じだが、『衝撃相殺』を遠隔操作のまま発動出来る様に加工している。
練習程に上手く切れはしなかったが、ミノタウルスを倒し切る頃にはジュリアンが切りかかれる距離までの足止めが出来た。
(流石に乱戦で隙を伺う以上は無理、か。)
「その程度の腕で近付けば勝てると思ったのか!『捕らえろ』!」
危ういところで転がって剣を避けたジュリアンだが、その一挙動で懐から三本の縄を投げるには十分な隙となる。
即座に追撃の《飛杭》を避けながら、ナイトメアがグラトニーに向かって魔石を放る。
落下を待つ義理も無いと《妖刀》で魔石を叩き切ると、爆風と共に巨大な鉄の塊に見えた何かが落下して地響きを立てる。
「いえ。鎧?モンスター用かしら?」
「所詮は鎧の中を石で埋めて味方以外に襲い掛かるだけの、安いゴーレムさ。
だが鎧の全身に鋲が付いているだけで、結構厄介になるんだぜ。」
突進する鎧ゴーレムはギガースよりは小さいが小屋程度の大きさはある。
だが《妖刀》どころか《飛杭》を叩き付けても鎧が窪んだ程度で、足元に《浮き盾》を叩き付けて漸く一時的な足止めをして距離を稼げた。
「ホント、基礎に忠実で参考になる戦いぶりね!」
念の為『幻の剣』と『火花』を十発ずつ叩き付けるが、明らかに《妖刀》や《飛杭》の人形武器の方が鎧に入れる傷は深い。
時間を懸ければ破壊は容易いが、ジュリアン達への援護は封じられたに等しい。
(流石に学園長側に付き兼ねないあの子達の前で奥の手を見せるのはね!)
厳密に言えば大罪の呪詛を使うか『巨人の左籠手』で筋力強化すれば粉砕は可能だが、現段階で人形以外の発動具を披露するのは憚られる。
悩んでいる間にナイトメアが動き、次の呪具を使われる。
「煙玉?」
自分の足元で球を叩き割ったナイトメアが土煙に隠される。グラトニーには無意味な細工だが、ジュリアン達には効果覿面だ。
「『我が分け身よ、現身よ!素は亡霊、無二無双の戦士なり』!」
ジュリアンも必死で距離を取りながら縄を一つずつ切り落とす。
斬れば只の縄に戻る程度の使い捨てだが、土煙から出て来たのはグラトニーを除いての全員、全く同じ顔、姿背格好をした六人だった。
六人がそれぞれ自分と同じ顔に向かって走り出すと、土煙が後ろからナイトメアが化けたと思われる六人を通り過ぎて一同へと包む。
レイリースだけは『無手』の呪文で土煙からは逃げられたが、それぞれが『幻の剣』を飛ばしたりと、一斉に同じ顔同士で対峙し、戦い始める。
(成程。あれは『亡霊煙玉』ね。煙幕は互いが自分以外を見失うまでの時間稼ぎ。
一旦見失ってしまえば自分同士と戦うしかない訳か。)
煙幕を逃れたのが一人なら関係無い。しかもあの中の一人はナイトメアが化けている。
(本当に一見して見分けが付かないわね!)
流石の変化術と言ってられない。自分の目をある程度誤魔化せる変化使いだ。
彼には聞きたい事が出来た。
「『開け正方拘束陣』!」
幸か不幸か、ナイトメアが化けた相手は直ぐに分かった。
「ぬヴぁ!」
距離が近付いたところで錠の付いた均等な十字版、正方十字錠をアヴァロンに投げ付けたからだ。
紫電が弾けて動きを縛った直後、即座に四本の杭剣を四隅に投げ付ける。
杭剣は縄で繋がれており、十字錠に拘束されたアヴァロンを中心に均等な距離で地面に突き刺さる。
「『火精霊に対し水精霊、地精霊に対し風精霊、四方を楔で神域に奉じよ』!」
杭剣の石突の宝石が砕けて四種の精霊が召喚され、剣の鍔にある宝玉を輝かせる。
「『あーーー!!ちょっと魔力もコレ遮断しているんだけど!』」
「実体のない大精霊や魔女を拘束する封印呪具だ。
悪いがこのまま大人しくしていて貰おうか。」
不可視の壁を叩く度に、内側に紫電が弾けて痛がるアヴァロン。声が響いているが内容自体は普通に聞こえる。
死ぬ事は無いだろうが、ある意味で一方的な展開だった。
「そらどうしたお前ら。その分身達はお前達の血を使っているが、それでも本人の八割も再現出来ていれば良い方だ。手も足も出ない相手じゃないぜ。」
尤も分身達は問答無用で殺しにかかって来るがとの言葉通り、ポートガスは逃げ回り、パトリシアは既に意識を失ってサンドライトに庇われており。
レイリースも『無手』を複製されて劣勢に陥っていた。
唯一自分の分身に勝利したジュリアンは、他に加勢させないためにナイトメアから目が離せない。
「お前が勝つのは予想通りだぞ。俺の変身は装備も複製するが、あくまで上辺だけ。
ナイトバロンの遺産は全部宝具か至宝級だ。見せかけの分身で再現出来る筈も無い。」
歯軋りしつつ、他に援護したい自分を自制するジュリアンに、しょうがないかと内心で舌打ちし、《飛杭》を飛ばしてパトリシアの分身を撃ち抜く。
「おいおい、その状況で援護の余裕があるのかよ。」
ジュリアンの気が逸れた瞬間に投げた魔石から巨大な斧が現れ、そこそこ手傷を与えた武装ゴーレムに、一撃必殺の攻撃力が加わる。
(くっ!動き自体は読み易いのに止められない事が此処まで厄介だなんて!)
「さて。これでおんぶに抱っこの戦いは終わりだぜ、ジュリアン。」
改めて剣を正眼に構えた教師ナイトメアが告げる。
「最初から頼り切った心算はありませんよ、先生。」
「は。だったらもう先生呼びは止めろ。
今俺達は殺し合いをしている自覚が足りてない。数が多い相手の分断は基礎だ。」
今も説得を優先していると、それが甘えだと指摘される。
「話しながら戦えるのはその道の一流だけだ。剣も魔法も、お前は半人前だ。
無駄話出来るのはお前が隙を伺わず、周りの誰かを当てにしているからだ。」
「……!」
反論出来ない。事実、グラトニーとアヴァロンが動けない今、自分達だけで教師ナイトメアを止めるのは不可能じゃないかと思ってしまう。
何より今のグラトニーの援護が無かったら、サンドライトとパトリシアは止めを刺されていてもおかしく無かった。
(練習も無い。ぶっつけ本番じゃなくても試させた意味が、とても良く分かるな。)
言われなきゃ試しもしなかった自分は、まだグラトニーと肩を並べる資格は無い。
(けど!せめて今出来る限りの事はする!)
「『金剛の獅子よ、金色の毛皮を、勇気で満たせ』!」
「うぉおお!ぶっつけ本番で使えるのかよ!」
意表こそ付けたが、超人的な膂力を前に当然の様に弾いて凌ぐナイトメア。
本人にとってみれば辛うじてでも、暴れ牛を乗りこなす様な有り様のジュリアンからは余裕だらけの態度にしか見えない。
後ろに下がりながら徐々に離されると。
「『我が現身よ、素は亡霊、無二無双の戦士なり』!」
一瞬の爆風と共に空気が揺らぎ、現れたのは同じ剣と盾、知らない鎧に身を包んだ大男の姿。それは絵で見たナイトバロンと、とても良く似ていた。




