02.最下層の衝突
最深部の扉が突き破られ、巨大な植物の怪物が姿を現した。
土煙が上がる中、蔦に縛られていた何体かの魔物達が放り投げられて一同を囲む。
「な、何だこいつら!」
「先にあなた達だけで円陣を組みなさい。」
グラトニーが脇に歩み出ながら、植物の怪物の様子を伺う。
半ば随所が焦げ落ちて炭の匂いを漂わせる異形の妖花は。雌しべ雄しべが並ぶ花央部に裂ける様な口を、まるで人の様に歯軋りさせながら。
両腕かと錯覚しそうな一対の芽を手の様に床に叩き付け踏ん張りながら。
足を失った人が腹を引き摺る様に、扉から茎の根、根っこを引きずり出す。
第三勢力の可能性もあるが、纏っている呪詛の質がハッカ飴と良く似ている。
まさに手負いの獣と思しき仕草で花冠をもたげて、小花の奥に隠れた瞳の輝きが確かにジュリアンを睨み付けたのをグラトニーははっきりと視認した。
「ジュリアン。その剣と地図、使えないならしまっておきなさい。」
「おおっと。地図はこっちに渡して貰わないと困るな。」
「……え?」
聞き覚えのある声がジュリアンの横から響き、喉元に切っ先が突き付けられている。
(馬鹿な!気配の数は増えていないはz……。)
慌てて剣、いや太刀の持ち主を見て、そういう事かと納得する。
「せ、先生?一体何を!」
「成程ね。そう言えば忘れていたわ、仮面の魔女の事。
仮面の魔女は侵入者では無い。そうよね、教師ナイトメア。」
飄々とした表情で刀を突き付けているのは、魔物から変化した赤毛の防御学教師。ナイトメアその人だった。
「正解だ。この俺こそが仮面の魔法使いノーティスの正体。
そして禁忌の主を復活させようとしている信奉者達の一員だよ。」
グラトニーから目を離さず、ジュリアンの手からさっさと地図を奪い取るナイトメア。
「……何故貴様が此処に来た。貴様の役目はあたしの補佐だけの筈だ。」
妖花から聞こえる歯軋りに対し、ナイトメアは鼻で笑って一蹴する。
「だったら何で門を押し入った勢いで襲い掛からなかった?
息も絶え絶えのその有様で、こいつら全員を相手に勝てると思ったのか?」
そこで改めてグラトニーに向き直り、地図を腕輪に仕舞いながら深々と溜め息を吐く。
「全く。動揺一つ無く地図を仕舞わせようとしやがって。
本当なら正体隠した魔物の姿のまま横取りしてやろうと思っていたのに、隙が無さ過ぎて先生は嬉しいぜ全く。」
歴戦かよ、と呆れつつもジュリアンの首から剣を離さない。
(これは分かってやっているわね。他の誰かだったら私が見捨てるって。)
グラトニーにとって人質の価値がある相手は、見捨てた際に学園長と全面対決し兼ねないジュリアンだけだ。
これがパトリシアやサンドライト、ポートガスだったら諸共にでも攻撃した。
「せ、先生!先生が何でこんな真似を!お願いします!嘘だと言って下さい!」
ジュリアンに突き付けられた剣に青褪めたパトリシアがナイトメアに訴え、サンドライトは理解出来ないと言った顔で視線が全員の顔を右往左往している。
「悪いが、これが事実だ。俺は学園長に恨みがあり、禁忌の主に忠誠を誓っている。」
そして次の瞬間、ジュリアンの首に添えていた剣を振り抜き、背後で倒れていた植物型の魔女を両断してその胴体に刃を突き立てる。
「き、貴様ぁ!!まさか血迷ったのか!」
絶叫を上げた植物の魔女が、咄嗟に剣の鍔を掴む中。
まるで生き物の様に太刀の刀身が、自身に触れる植物の体を吸収し始める。
刀身が落とし穴か何かの様に踏ん張り損ねた下半身、根先の方が瞬く間に刃の中に消え恐怖の表情が花の顔に浮かび上がる。
「生憎と、非常事態に対する盲目殿の指示通りだよ埋伏さん。
あそこにいるグラトニーは魔力を奪う。お前の呪詛を食い尽くされてパワーアップさせる訳には行かないんだよ……!」
腕ならぬ芽を増やして殴りかかる、埋伏と呼ばれた植物の魔女。
咄嗟に好機と一歩踏み出すが、ナイトメアは刺さったままの刃を軸に躱し。空いた手を振り抜き『火の呪符』が一帯を焼き払う。
「ちぃ!『不可視の水よ、水衣よ、祖は我が身なり』!」
射程外から飛び退きながら『無手』の呪文を唱えて守りを固めるが、殆ど同時にジュリアンが図ったかの様に膝を付く。
「麻痺毒か……!『姿形を示せ、二の腕拳は、剛力なり』!」
埋伏の魔女がいよいよ制御の余裕を失った事で周りの魔物達が動き出し、グラトニーは不可視の剛腕を作って一同の周りを殴り払う。
「全員自分の身は自分で守りなさい!
『亡霊よ、影を映せ、形に力を宿せ』!『お前に、騎士の剣を、与えよう』!」
「あ、ああ!『盾よ』!「『生えろ石壁』!「『盾よ』!」」」
「か、『輝け』!す、済まない。もう大丈夫だ。」
皆が慌てて攻撃を防御魔術で防ぎ始め、ジュリアンも盾の力で麻痺を浄化する。
更にグラトニーが二体の『亡霊騎士』を作成し、小手調べとばかりに一体をナイトメアに足止めを兼ねて突撃させる。
「甘いな!『宿れよ仮面、素は幻想、呼び出すは火鳥なり』!」
剣を捻りながら埋伏に刃を押し込み続けるナイトメアが、距離を詰める前に十羽の火鳥を飛ばす。
五羽が亡霊騎士、二羽がグラトニー。そして残る三羽がナイトメアごと包み込もうとした花弁を突き破りながら退路を塞ぐ。
(流石に片手間で亡霊騎士の操作は辛いわね……。)
一体の亡霊騎士は魔物に突っ込ませ、周囲の魔物達はジュリアン達の手で次々と討ち取られている。向こうは直ぐに手が空くだろう、が。
「残念。時間切れだ。」
「おのれ無能人風情が……ッ!」
恨み言を吐く埋伏の魔女の顔面を薙ぎ払い、よく見れば握りや柄が骨で出来た太刀が、植物を余すところ無く吸収し尽くした。
「『火花よ、集まれ、砕け散れ』!!」
ポートガスが最後の一体の止めを刺さず、ナイトメアに向けて火花を爆発させる。
しかしナイトメアは防御すらせず、直撃した後も平然とした顔で懐から壊れた人型の人形を放り捨て、自分の手の指輪を見せる。
「魔法使いは一般に不死と言われるが、それは不死術式を肉体に宿すためだ。
これは精神を保護し、魔力で肉体情報を保存する術式だ。
例えば物理。弓やナイフで殺された際、記録された情報を元に肉体を再生する。
これは魔力が尽きて肉体を失っても、時間があれば全て再生出来る。故に不死術式。
この程度は授業で習わずとも、家族とかから聞いているよな。」
ナイトメアの言葉に、全ての魔物を倒した一同が戸惑いの表情を浮かべる。
「『亡霊よ、影を映せ、形に力を宿せ』、『お前に、騎士の剣を、与えよう』。」
「焦んなって。なら魔法の場合はどうだ?魔法は精神をも破壊する。どうやって防ぐ?」
計二体の亡霊騎士を並べたグラトニーに、お前は詳細を知らないだろうとまるで授業の延長のような態度で語り続ける。
「答えの一つがこの魔法抵抗力を高める、二学年で作る『破魔の指輪』。
そして授業でも教えた『身代わり人形』。
コレを全て破壊し切らない限り、魔法使いは殺し切れない訳だ。」
ローブの中から何体かの身代わり人形を見せるナイトメア。
生徒達は歯噛みするが、あの程度ならグラトニーもマシな物を幾つか用意している。
指輪抜きなら人形一体に付きさっきの爆発一発が限度だ。
「魔法使いがローブを好むのは、一体どれだけ呪具を隠しているか分からないからだ。
分かるか?援軍を期待するところ悪いが、さっきの埋伏の魔女殿は学園教師全てを足止めしてお前達の退路を断った上で来る予定だった。
思った以上に苦戦したようだが、教師達の援軍は間に合わんよ。
それに俺の目的はもう果たした。お前達がこのまま何もしないなら俺も怪我させる気は無いさ。大人しく学園に戻ると良い。」
「が、学園長は!」
「俺を此処に赴任させたのは学園長だぜ?正体なら最初から知っているさ。
今回俺は生徒を守りに来て、封印を破った生徒に罰を与えただけだ。
今回の件で、学園長は俺に手出しをしない。そういう契約だ。」
お前達がどれだけ死のうとな、と苦々しい顔で告げるナイトメアに、他の一同が戸惑いながら納得し始めるが。
「詰まり、学園長はあなたの邪魔をしない条件で教師に赴任させた訳ね?
契約条件は『教師として問題行動をとらない限り、何をしても邪魔をしない』。
そんなところかしら?」
「「「ッ!!!」」」
途端に全員の態度に緊張感が走り、先程仕舞われた地図に意識が向かう。
「ま、そういう事だ。学園長にとってこれもゲームなのさ。
だから危険な真似は教師達に任せとけ。お前達が命を懸けるには早過ぎる。
『宿れよ仮面、素は化身、変幻自在の現身なり』!」
「ッ切れ!」
皆が顔を見回した瞬間に呪文を唱え切り、鳥に化けたナイトメアが門に消える。
咄嗟に亡霊騎士に追撃させたが、上の階に消える影しか捉えられない。
これはどうにもならないなと、グラトニーは溜息を吐いて騎士達を消した。
時間軸が此処で全部揃いました。今回転げ落ちる様に駆け付けたテトラドさんですが、本来の予定では誰にも気付かれる事なく突然学園を阿鼻叫喚に陥れ、混乱の最中にジュリアン達の脱出路を塞ぎながら襲撃する予定でした。
誰かさんが余計な事しなかったら雑に潜伏位置をメタられる事も無く、淑女の会も寮を守るだけで手一杯でした。
本来は颯爽と学園長がジュリアンの窮地を救いに現れる予定だったんだよw!




