第五章 魔女達の策略 01.学舎防衛戦
先駆者寮で火柱が上り、辛うじて体を起こしたガトレスが舌打ちする。
つくづく自分の非才が嫌になる。所詮三強扱いされていようが教師に匹敵すると持て囃されようが、自分と真の天才の間には隔絶した壁がある。
無論、大多数の雑種など歯牙にもかけないし大型の《封印石》作成とてどうとでもなる自分が非才を嘆くなどと、周りから見れば噴飯ものだろう。
だがどれだけ煽てられようが、自分は一度とて同い年のカーリーに勝てると思った事は無い。
同じ立場のメフィレスは、総魔力量だけならカーリーすら凌駕する。
メフィレスが預言者寮を包む結界の保持担当なのは、彼女であれば一人で寮の守りが可能だからだ。そこがガトレスとは全く違う。
家柄と総合力で辛うじて次席に噛り付いているが、魔法で二人に勝る点など何もない。
(だからこそ、二つの発動具を併用するスタイルを選んだのだがな。)
あれから多少回復し、カーリーが危うい時だけ参戦する形で時々割って入っている。役に立っているとは思うが自分一人では、不意打ちで倒せないこの魔女相手に一切の勝算は無い。
痛む体を叱咤し、呼吸を整えながら戦場を睨み。再び好機か、窮地を待つ。
ガトレスは、盾になる事でこの場での存在意義を見出す。
それが今の自分に出来る、唯一の貢献だ。
寮裏手の森で、触れる植物の命を奪う黒茨が拡がる檻の中。
その黒茨を引き裂き叩き潰さんと、巨大な蔦や根が襲い掛かる。
鞭というには太過ぎるが、さりとて大木という程に育つ隙は与えていない。
散弾として放たれる種も、地中を侵食する根も。等しく先手を打ち網目の様に拡がった黒茨の根が、ごく浅い深度で枯らし尽くしている。
(入念な準備をしたとは言っても、それは学園教師達の巡回を避けての事。)
森深く根を張れば逆に目立ち、余り増やし過ぎれば迷彩が覚束無い。
(株分けする余裕が無い程度には学園教師達も優秀だったようだけど!
それならいい加減駆け付けて欲しいわね!)
カーリー・ドラクロワは内心の焦りを押し隠して、あくまで優雅に微笑みを崩さない。
カーリーは純血で最も尊き家柄に生まれ、生まれながらにして人の上に立つ旨を宿命付けられていた。
それは既に呼吸に等しい。将として、君としてあるが故に、決して品位を失わない。
無用な不安は見せない。迷いを見せない。弱さを見せない。
それらを見せる時は、あくまで人らしさを装うためだ。完全無欠な主など人々は信頼しない。弱さを乗り越えてこそ人は讃える。
自信を見せてこそ人は信ずる。ケダモノに従うのは所詮ケダモノだけだ。
「ええい、小娘の分際で随分と粘る!」
当たれば一度で腕を飛ばし、頭を潰す一撃を振り撒いて埋伏の魔女を苛立ちが苛む。
「あらあら、折角のダンスなのだから、もう少し踊れる言葉を選んで下さる?
エスコートのお相手としては、面白みが足りませんわよ?」
「抜かせ!いつまで自分が優位に立っている積もりだ!
お前にあたしを殺す手段など無いのは分かっているぞ!」
地面を抉る蔦を、掘り進める根を一面に溢れる蔦で縛り、地の中に沈める。
攻撃を避けるという事は地面から離れるという事だ。植物を枯らす力はあくまで黒茨を介してのみ。斬り飛ばされていい茨は、地面と繋がらない茨だけ。
そも魔女ならぬ身に、植物を枯らすなどという非常識が罷り通る時点で無理がある。
(そもそも!魔女だからって植物使いが武闘派自慢している方が非常識なのよ!)
踊る様に魅せて茨のみで回避する不自然を誤魔化し、余裕を錯覚させる。
如何に純血が魔導の才に恵まれようと、元々魔法使いに持久戦は向かない。
小柄なカーリーは人一倍腕力勝負に向かない。持久戦もだ。
皆を魅了する白い柔肌も、繊細な細腕も、何一つ戦いにおいては優位に働かない。
筋力強化は元筋力の掛け算で、強力な発動具には強大な存在を素材にする戦力が必要だ。
故にカーリーは武力を切り捨てた。
ドライアドの本懐は幻覚作用を応用しての睡眠魔法。応用で茨の足止め止まり。
周囲の協力もあってエントの攻略には成功したが、基本は木の葉による姿隠しで、一応大技として根を操る攻撃法が漸く入手出来た。が。
そんな凡庸溢れる純血の頂点などお呼びでは無いのだ。
(【茨姫】は私の体にエントの核を埋め込みドライアドの結晶体で作った腕輪との連結を成立させた、半ば私自身が発動具と言ってもいい代物。
これ以上の発動具は、余程運が向かない限りもう馴染まない。)
精霊の核と肉体との半融合など限りなく禁忌スレスレだ。幸い賭けには勝って、植物の枯渇と魔法耐性を有する黒茨の支配という切り札を得た。
「奥の手が無いと断ずるのは構いませんが、千日手で困るのはそちらでは?」
実際問題、カーリーに選べる手段は千日手か詰将棋に限られていた。
黒いドレスは黒茨を効果的に隠すためだ。装飾に見せた呪具で茨を強化するためだ。
(奥の手はあっても倒すのは無理。けど、魔女とて無尽蔵の魔力なんてない!)
勝ち誇って見せるカーリーは汗を殆どかかない。血も直ぐに止まる。
その人間を逸脱した負荷を許容する精神力が、埋伏の魔女の動揺を誘う。
「舐めるな!あたしは埋伏の魔女だ!!」
叫ぶと同時に、全身が五つに裂けて全てが花開く。
実際に顔があるのはあくまで一つだが、問題は他の全ての花が、口の様に見える事だ。
「それは!」
咄嗟に後方に下がりながら黒茨を割り込ませると、飛び掛かる様に花冠を開いた妖花がまるで蛇が獲物を呑み込むように黒茨を包み、弛んだ茎の中に押し込んでいく。
しかもそれぞれに黒茨や周囲の地面を呑み込んだ妖花は、呑み込んだ物を体内に押し込む様に茎を膨らませると、更に枝分かれして芽や花を咲かせる。
「食虫植物って知っているかしら?
準備時間はかかったけど、これでこっちもあんたの茨を消化して養分に出来る。
今度はこっちが物量で圧し潰す番よ!」
咄嗟に一つの妖花を捕らえたカーリーが、動揺で小さく歯軋りした直後。
「……は。生憎とどうやら、時間切れのようですわ。」
カーリーが安堵の溜め息を漏らすと同時。
火柱が横を通り過ぎて一輪の食人植物を両断し、一瞬遅れて発火する。
「…………は?」
理不尽なまでの火力に呆然と振り向く魔女テトラドから目を逸らさず、森の奥から進み出て来た、黒鎚を担いだ銀髪オールバックの青年に愚痴を溢す。
「寮の守りを教師の方々に任せて来たにしては、随分な遅刻では?」
「お前達と違って、事前に寮全体を包み込むような結界など持ち合わせがないんだ。
結局花粉を一掃するために、寮の表面全体を炎で焼く羽目になったぞ。」
「相変わらず馬鹿げた火力ねぇ、学園最強。」
勿論結界術や教師との協力の賜物だろうが、並の魔術師なら魔力が枯渇しても無理だ。
現先駆者寮長、三年主席アルガスト。
雑種でありながらその魔力量はカーリーを凌ぐ鬼才。現段階で学外に広く名を語られ、既に教師相当と呼ばれる魔女狩り志望の武闘派。
大抵の相手には対策を用意しているカーリーも、彼相手には一切勝機が見えない。
「い、一体何故!ここは寮からは索敵魔法の範囲外の筈だ!」
「教師の方々を足止めする策はおありの様でしたので。
同系統かそれに類する魔女、であれば炎は御嫌いでしょう?これでも学生の身の上ですので、人数不明の相手に足止め以上が出来る程自惚れた覚えは御座いませんので。
ところで、教師の方々は?」
「一部の学生達が暴れ出したんで再度暴走した時の備えと、寮の守りに対応中。
特に初動の速かった教師ドロテアなんぞ、教頭とも連絡が取れなくて他の教師が駆け付ける頃には泣き入っていたよ。
何かしら使い魔の様な幻獣も暴れていたが、純血のお姫様が態々先駆者に伝言を届ける程の事態だ。オレだけ先行させて貰ったよ。」
全部予定通りと言わんばかりの台詞に、苦笑しながら状況を説明するアルガスト。
実際の所は敵の存在に気付き、結構な遠距離から狙撃して強引に距離を詰めた所為で、補助魔法が粗方切れていた。ので仕切り直しの会話は有難い。
対して手数を増やしてから挑む予定だった埋伏の魔女テトラドにから見れば、初動から完封続きの上に大分消耗した状態での増援と言われ、既に敗色の気配をヒシヒシと感じ取る。
「『溶岩蜥蜴よ、素は巨人の息吹、汝巨人の鎧なり』!
さて魔女殿。消耗しているところ悪いがこちらも後始末がある。
こちらも純血の姫君達を纏めて相手取れるそちらに敬意を表し、このまま全力で叩き潰させて頂くが構うまいな?」
「ちッ!!」
次手に迷うテトラドの隙を付き、アルガストが全身に炎をまとう。
防御魔法と見たテトラドが根の槍衾を繰り出すが、アルガストは黒鎚で弾きながら攻撃を躱すと、炎の翼を広げて宙に飛翔する。
「『溶岩蜥蜴よ、双腕に振るえ、息吹の長槍を』!」
幾筋もの蔦がアルガストを拘束しようと迫るが、突き出した黒鎚から火柱が伸びて諸共地上を焼き、そのまま渦を描きながら蔦ごと森を焼き払う。
「オレはこれでも正統派の魔法使いでね!森の中を逃げ回られるのは流石に困る!
純血のお姫様方は手出しせず、退路の妨害に専念してくれ!」
続々と炭化する倒木によって円形の戦場が出来上がる傍ら、即座に駆け付けたガトレスと共に脇へと退くカーリー達。
テトラドも火に強い植物を増やすため、敢えて包囲網の中で準備せざるを得ない。
本来であれば炎使い相手でも、地中に潜って一方的に戦える筈なのだが。
(くそが!枯渇に対抗したら炎に抵抗出来ねぇ!)
結界に足止めされて以降一度としてまともに根を張れず、最早取り繕う余裕もない。
唯一の隙は殆ど一薙ぎで折れる程の大火力で森を焼き払っているところか。
悩んでいる内に炎が周りの木々に届き、次の瞬間次々と切断された丸太が炎に包まれたままテトラドの方角に弾け飛んでくる。
「な!」
「『燃え盛る走り鳥、岩陰を焦がせ』!」
慌てて増やした妖花の一部を犠牲にして木々を弾き飛ばすと、死角から迫った回転する手斧に妖花の一つが両断されて発火する。
(しまった!周りの木々はあの火の帯だけで倒されていた訳じゃないのか!)
返す刀ならぬ手斧でもう一つの妖花が両断される。如何に火に強かろうと物理的に切断されてしまえば耐性も関係無い。
炎の帯と共に手元へ戻された点からも、あの炎が手斧の回転を加速していると見て間違い無い。
「おのれぇッ!!」
残っている妖花の種を散弾としてばら撒くが、翼の様に広がる炎が的を絞らせない。
(くそ!くそ!くそ!おのれおのれオノレェッ!!!)
派手に見える攻撃も少ない火力で威力を増す工夫、簡略化する手段が随所に組み込まれており。短期決戦狙いという予想は明らかに間違いだと認めざるを得ない。
何より細かな散弾では守りを突破出来ず、一方的に分体を焼かれているに等しい。
が。
不意にもう一つの目的、賽の目が動いたと通達が届く。
(ぇえい!!このまま何も果たせずに終われるかよッ!!!)
最後の数本の妖花を盾として本体に巻き付け、直撃に対し花をボロボロにしながら強引に耐えて。妖花の茎が内側から膨らんで爆発し、中身が空に撃ち出される。
「何っ!」
咄嗟に回避したアルガストと擦れ違い様に蔓の槍が拡がるが、黒鎚を回転させて全ての蔓を焼き払い凌ぎ切る。
「不味い!」
地上のカーリーが黒茨を伸ばすが間に合わない。
魔力の波を弱め、根の浸食を阻んだ結界も、大質量の妖花を阻む強度は無い。
寮とは別方向の森に落下すると、そのまま強引に森を突っ切る。
「追撃を!今誰かの指示を受けた恐れがあるわ!」
「分かってる!」
残された発射台やその周辺を全て枯渇させながら叫ぶカーリーより先に、火の帯を伸ばしながら随所が焼け焦げた大妖花を追跡するアルガスト。
「……純然な囮だったのか、それしか出来なかったのかは微妙な線ね。」
どちらにせよこれ以上出来る事は無い。
教師達をフリーにするため、カーリーはガトレスに寮に戻る旨を告げた。
学舎防衛戦、決着です。最後までガンメタ張られ続けたテトラドさんw
実は三対一ならワンチャンあるくらいテトラドさんはガチです。普通に勝算あった所為で順当に完封しようとして最悪の状況に誘導されました。
魔力的には、メフィレス>アルガスト>カーリー>ガトレス。
戦力的には、アルガスト>カーリー>(モブ教師級)>ガトレス>メフィレス(準教師級)。
純血トップには最低でもモブ純血を一蹴出来る戦力が求められるので、【茨姫】に手を出す前のカーリー様は政治特化の三強最下位でした。
一位のドラクロワ家じゃ無かったら別に問題は無かったけど、結果三強は互いにコンプレックスを持ちつつ補い合っている関係です。
でもアルガスト先輩は三人揃わないと勝つんだ……w




