第四章 埋伏の宴 01.開幕
使い捨ての使い魔が燃え尽きて。
学園の庭先、森影の、倒木で出来た空き地で芽が伸びる。
月明かりを頼りに茎が伸び葉が育ち、まるで土の中から立ち上がったかのような速さで蕾を付ける。
微かな掠れる程の音しか立てず、しかし地面がひび割れる程の急成長を遂げて。まるで茎を補強する様に幾重もの蔦が巻き付き、横に膨らみ切らぬ柱を束ねる様に支える。
馬の顔よりも伸びて膨らむ蕾からは、アザミにも似た棘の様な赤紫の花弁が突き出し、人の両腕が届かぬほどの大きさに花開く。
平屋よりも高く、屋根を目指す様に成長し続ける大花はしかし。
まるで首を傾げる様に花冠を傾け、花芯部が人の顔を形作って学園の方角を睨み付けると、森の影から白い素肌が浮かび上がり、黒尽くしのドレスは小柄な手足を宙に浮かぶ如く錯覚させていた。
茨と薔薇で出来た黒い冠は淑女の微笑を鮮明に際立たせる。
「御機嫌よう。月夜はお好きですか魔女様?
名乗りを上げる自信がお有りなら拝聴いたしますが。」
靴音を鳴らしながら膝丈のスカートの端を摘まみ、少女は優雅に一礼をする。
数歩下がって脇に控えるのは、武道着に似た術装をまとう長身の令嬢。
「貴様らか……。」
夜空天壌に広がる不可視の結界。
凡そ学生のものとは思えぬ森一体を丸々包み込む広大な防壁の檻。
瘴気によって目覚める筈の学生達への干渉が、大部分が力を失い遮断されている。
これでは折角染め上げた学生達の、何分の一に届いただろうか。
「お初にお目にかかりますわ。私めは純血第一位、ドラクロワ家が一子カーリー。
二学年主席、カーリー・ドラクロワと御申します。」
蠱惑的ながら冷徹な笑みを浮かべる傍ら、数歩前に進み出て構えるのは赤髪金色の瞳を輝かせる長身の美女。しかしその顔は今、銀の仮面で隠されている。
「純血第三位、ナーガ家。二年次席、ガトレス・ナーガ。」
「二つ名無しであればご無礼を。
些か手狭で興醒めとは思いますが、今宵のパーティは我ら淑女の会主催で、あなたの接待役を引き受けさせて頂きますわ。」
宣言と同時に魔女から瘴気の怒気が膨らみ、結界を吹き抜ける。
敢えて万全には防がないが、大半の魔力を内に封じ込め。
何より術者の禁ずる者の脱出を阻む、十五年以上前は見慣れた決闘用術式。
「温室のお姫様如きが随分と調子に乗る……。
学園教師共ならいざ知らず、大戦知らずの小娘が手向かうか。」
油断はしていない。純血の姫君とあらば、魔力量だけでも脅威に成り得る。
だがそれ以上に、学園全てを相手取りに来た自分を気取っておきながら、たった二人の足止めで勝ち誇るとは何事か。
「我が名は埋伏。埋伏の魔女テトラドぞ!
学生風情など塵に等しいと知れ!」
地面を抉り瓦礫を飛ばしながら、巨木を思わせる根の槍衾が繰り出される。
事前に察し、待ち伏せた者達を除き。
最初に瘴気の干渉を察し、跳ね起きたのは学園の教師達だ。
但し同刻。条件反射で理性を飛ばした学生達が、訳も分からず暴れ出すのもほぼ同時。
同室で狂わぬ者は不幸だったろう。互いに狂えば自らとの区別は無い。
同室で正気だった者達は、眠気が覚める前に血溜りの元となった。
事が起きたのは全ての寮に同じ。しかし対応は全く別物として異なる。
不幸中の幸いと言えば、何者かの防壁によって。
一度で目覚めた獣達の数が少ない事か。
「教師マタハリ!そちらは無事か!」
教員達の部屋は寮では無く校舎にある。全てが研究室付きの個室で在り、普段は学生の補講の為に出入りもあるのだが。
深夜であれば誰が不覚を取っても不思議ではない。
「勿論です!私はこれから保健室に向かうので、教師ドロテアは学生を!」
「分かった、御武運を!」
学園の施設は軍事施設として設計されているため、外観は城だ。
外壁の内側が三区画に分かれ、一つが森で覆われ、もう一つが山地渓谷や湖が広がる。
最後の一つが学園区画で在り、学園街を脇に、学園塔があり。
囲むように三方位、六角柱の寮がある。
寮の間には防壁があるが、通路は無い。屋上のみ狭間の脇に道があるが、普段は薬草学や食料を育てる屋上庭園がある。
全くもってふざけた構造だとマタハリは舌打ちする。
どの方角から襲撃があったかは辛うじて分かったが、同時に届いた瘴気は学園全体へと広がった。再度瘴気が薄く風の様に壁を透過して吹き抜ける。
敵がいるのは恐らく預言者寮と先駆者寮の合間、それも森の反対側。そちらに向かえば探求者寮への救援を諦める事になる。
(くそ!やっぱりグラトニーは寮にいないか!)
学舎や寮に居れば使い魔が連絡を届ける。しかし使い魔が反応しないという事は、結界か建物の底か、何かで遮られた場所にいるという意味だ。
全ての教師の所在など確認している暇も無く、教師全てが武闘派ではない。
窓を開け中庭に飛び降りたドロテアは、先ず一番近い預言者寮へと駆け込んだ。
(障壁?!一体誰がって、まさか純血のお姫様達か!)
人を遮らない結界の中に踏み込み、外部からの干渉に特化した防壁は、正に事前に敵の攻撃手段の大よその検討を付けていなければ不可能だ。
何より学生達の大部分は、交流会にも使われたという大ホールへと集合を始めている。
中には暴れ出した者もいた様だが、事態を把握出来ないなりに取り押さえている。
(だが待て待て。何で集める?人が集まれば暴れ出す連中もそこに来る。)
まさか別の誰かかと思い、ホール出入り口に駆け込む。
「おい!今ここで指示を出しているのは誰だ!」
「私です。いえ、正確に言えば、カーリー様の指示で、私が寮の者達を集めています。」
メフィレス・マローダ。第二学年三席、純血四位マローダ家の娘。
水色のドレスに毛皮襟のコートをまとった臨戦態勢で、ホールの上座から声をかける。
目を閉じていると錯覚するほど細い瞳からは一切の表情が伺えない。
「一体どういう心算だ。いつから事態を把握していた。」
「存じ上げません。我々はただ、しばし前カーリー様の命により、皆を起こしここに集めるよう指示を受けたのみ。
私の役目は此処に寮生を集め、死守する事のみです。」
小揺るぎもしない断言に、頼もしさ反面頭を抱える。詰まり現状は相変わらず不明だ。
そこへ再び瘴気の波が押し寄せ、ホール内の学生に理性を失う者が現れる。
「おい!全員一まとめにすれば混乱が出るのは分かっているだろう!」
飛び込んで止めるには人が多過ぎる。幸い生徒達自身が取り押さえたが、いつ混乱が拡大するとも限らない。
「そちらこそ勘違いをなさらずに。全ての寮生が集えばいくら正気を失った者が現れようが、鎮圧程度は容易いのです。我が寮の守りは教師一人いらっしゃれば結構。」
「あん?そいつは誰の事だい?」
「私の事だろうな。違うか、生徒メフィレス。」
首を傾げたドロテアの後ろから、老婆の様な美女。教師マルガルが姿を見せる。
「ええお察しの通りです。
カーリー様の伝言は、『預言者寮生に限れば、全てを一ヶ所に集め互いに身を寄せ多少の被害に目を瞑れば、教師マルガルに結界の守護をお願いするだけで事足ります。』
『他の教師の皆様には、どうぞ他寮生との救援とそれ以外に振り分けて頂きたい。我らが学園長殿は、例によって万年手が届かれないでしょうから。』と。」
「~~~~っ!!」
分かっているじゃないかとカラカラ皮肉気に哂うマルガルを傍目に。
学園長に『眠いから教頭に全対応を委任済み。』等と人を馬鹿にした伝言を受け取っていたドロテアは内心で頭を掻き毟る。
「事前に察していたなら結界を預言者寮にだけ準備したのは何故だ?
他に結界を張る余地は無いのか?」
「逆に聞きますが、何故我々が他所の寮迄面倒を見る必要が?
我々は寮長と連携し、私財を投じて己の務めを果たしておりますが。」
うん無理。ぐうの音も出ない。実際先手を打って動けている姫君達がおかしいのだ。
事実教頭ムーンパレスや教師ナイトメア含め、他の教師達とは連絡すら付かない。
出来れば元凶へ向かうために生徒同士の連携を期待したかったが、元々各寮の関係性は冷戦状態だと言って良い。高望みが過ぎたと思うしかない。
「それどうした。教師マッスリゲルなら良くて探求者寮、悪くても動かんだけだ。
探求者寮は教頭殿に伝言を頼むとしても、先駆者寮くらいは安全確認を行うべきだと思うがな。
何せ先駆者は頼れる者が、寮長殿一人しかおらんだろう。」
「ええぃ!言った以上は頼みますよ教師マルガル!
私の様な若輩者では何往復もするほど余裕はありませんので!」
「適当にやるしか無いのだよ、この学園ではな。」
自嘲とも嘲笑とも付かぬ言葉を背に、ドロテアは先駆者寮へ向けて走り出す。
埋伏の魔女と見せかけたカーリー様のターンw
裏事情的には金任せとは言え、結界術は三学年の分野。二学年で寮一つ覆い尽くしている時点で淑女の会は歴代でも上位の天才共です。三人がかりなら教師にも勝てるレベル。
ドロテアの発言は自覚ある只の無茶振り、本気では言えないチラ見芸です。
分かっちゃいるけど一人で寮二つの安全確保とか、幾ら元魔女狩りの教師でもド畜生にしか許されない無茶振りだから、泣き言言うのもしょうがないよねという現状。




