第三章 運命の鼓動 01.新学期の始まり
三学期には確実に事が起こる。
ひたすら下準備に励んだグラトニーは、ギリギリのところで発動具を二つ完成させた。
一つ目は【巨人の左籠手】。盾に使えるよう加工した長老ギガースの籠手。
ギガースを用いた呪文は全筋力を高める一つしか存在せず、比較的入手し易い加工素材だという。
事実、秘密の森のギガースは放し飼いであり、養殖の分類になっている。
二つ目は【緑目の腕輪】。結晶化したグリーンアイを宝石の様に設置した腕輪。
こちらの呪文は判明している呪文は二つ。発動具としては成功しているが、グラトニーは未だ使いこなせていないため、実質『生命探知』の呪文ただ一つだ。
とはいえ、これらは保険程度。当てにするには習熟が足らな過ぎる。
こうして見ると魔法使いの制服がローブというのは実に都合が良い。腕輪は二の腕に複数付けても、基本隠れていて幾つあるかは分からない。
『身代わり人形』は収納呪具の中では効果が無いので、防具として胴丸を着た上で隙間を作り、背中部分に隠しスペースを追加した。
空間型呪具は適性が物を言うので一部の者しか製作出来ないが、鏡の魔女ラビリスが得意分野らしいので後々『身代わり人形』と入れ替えてもいい。
上から羽織ったローブにも隠しポケットを追加している。
指輪の様な上物では無く巾着程度の小物入れだが、暗器や《人形》を収納するには十分だ。
クリスとオルガノンとの修行時間の後は、ひたすら人形作成と魔力結晶の量産に時間を費やしていたし、一桁程度の大型《封印石》も用意した。
《封印石》だけは出回らないだけで誰が作っても同じなので、怪しまれない様に小型の物をある程度ラビリスに量産しておいて貰った。
尚、順調なのは此処までで、人形呪具に関しては順調とは言い難い。
単純に駆け足で発動具作りまで進めたので、三種類の呪具を幾つか完成させただけで、数を揃えるまでは時間が足らな過ぎたのだ。
羽衣の魔女からの後払い報酬として《鉄塊結晶の手袋》が届いたお陰で、原材料の問題は概ね解決している。
後は、新学期の合間に少しずつ増やすしかないだろう。
(先日戻って来たジュリアンは大分成長した様子だったわね。)
まさか目に見えて気配に変化が出るとは思わなかったが、まだ当分は脅威に成り得ないと見ている。出来れば味方に取り込むなりしたい相手ではあるが。
その場合学園長といつ全面衝突してもおかしくはない。
「まぁ、取り敢えずは運命の子のお手並みを見せて貰おうかしら。」
三学期にもなると、概ね学年の集大成として、進級資格を睨んだ授業になる。
但しグラトニーは必須教科は概ね首席確定の成績を修めているので、然程苦労する事も無い。幾つかの授業では出席さえしていれば他の事をやる許可すら得た程だ。
尤も特例という程の事では無く、特に淑女の会所属者などは同様の許可が下りる者が多いという。
そして数日後。
放課後ジュリアンに教室外で呼び止められた。長くはならないが他人の耳が多い場所で話したくない内容だというので、適当に校舎外に出た。
「それでなんだけど、ちょっとこれを見て欲しいんだ。」
手渡された紙を開くと予想通り秘密の森の地図だった。が、グラトニーの持つ地図とは筆跡こそ同じだったが若干内容が違う。
具体的には道中の一部が省かれ、最深部の結界の解き方が記されていた。
「多分これ、七不思議の秘密の部屋がある場所だと思うんだ。
今度の休日に行きたいんだけど、一緒に来てくれないか。」
「この部屋を開けるのに必要な呪具はあるのかしら?」
内心を隠して尋ねると、ジュリアンははっきりと頷いて細長い箱を取り出す。
「地図の入ってた箱に一緒に入ってた。多分行ける筈だ。
サンドライトともう一人は来てくれるんだけど……。」
(ふむ。『強欲<嫉妬の緑目>』。)
微妙に様子がおかしいので、物は試しとばかりに心を読んでみる。
≪パトリシアの参加、もう先に押し切られたんだよな~。≫
≪でも多分、秘密の森を俺達だけで行くのはかなり危ないだろうし。≫
≪七不思議と父さんは多分無関係じゃない。それにグラトニーも七不思議を探ってる。≫
≪これは俺達がどれだけ強くなったかを試すチャンスでもある。けど死んだら駄目だ。≫
≪でも学園長が俺を監視しているとしたら、いつまで地図を隠し通せるか分からない。≫
≪というかパトリシアとグラトニー、大丈夫か?衝突するんじゃ?≫
パトリシア。確か前、購買祭でジュリアンに抱き着いていた同期だったか。
(文章化されていても思った以上にまとまりが無いのね。迷っているからかしら。)
「ねえ。これを見て七不思議を連想するのは流石に無理があるわよ。
だって道中が長過ぎるもの。あなたはこの迷宮が何か知っているわよね?」
「!そ、それは……。」
ふむ。七不思議の謎に、学園長に、旧校舎、ね。正規ルートでは試練があるのか。
雑な文章では全貌は伺えないが、学園長に七不思議を調べるよう言われたのは間違いなさそうだ。
多分、目的は力か父親、あるいは両方。
「それで?最深部にあった物は私が貰っていいのかしら?
多分わける様な物とは思えないけど。」
ここで良いと言われると正直困るが。だから事前に譲歩する条件が必要だ。
だが、まぁ……。迷い過ぎじゃないだろうか?
「駄目ねぇ。先に欲しい物があるって言うくらいじゃないと。
だから聞く前から行くって決めてたんでしょ?」
あっ!と声を上げて顔に手を当てる。指摘されて初めて気付いたようだ。
「最深部は兎も角、私も多少は調べているわよ?
秘密の森はそもそも、希少な呪具素材を入手するための放牧場。
発動具に付いて、どの程度予習しているかしら?」
多分だけど、と注釈をつけて優れた発動具ほど適性がある事。素材によって発動具の効果が影響を受ける事などを答える。
「成程、肝心なところは未だね。
発動具には魔法の杖に代表される汎用発動具の他に、幻獣や魔獣などの肉体を術者の魔力で加工、結晶化した自分専用の発動具があるの。
専用発動具は術者にしか使えない分、魔獣や幻獣など癖の強い素材を使えるわ。
そして二学年の授業で魔獣や幻獣を倒し、専用発動具を作って自分用の魔術を習得する事になる。あなたの見つけた地図もその為のものでしょうね。」
「え?じゃ、じゃあもしかしてコレ、もう最深部には……!」
「多分大丈夫よ。最深部には結界があるって記されている。誰が張ったの?」
「あ!教師か、学園長になる訳か。」
公共施設の結界の解き方が記されている以上、一般生徒の物とは考え難い。
「昔は色々流出して無くなった物もあったらしいわねぇ。
で。話は戻るけど、素材は発動具に加工出来る状態で運ぶために《封印石》を使うわ。
これは鉱石や金属を『魔力結晶』化した物で、注いだ魔力と大きさによって封印出来る素材の規模が変わるのよね。これを幾つ作ったかで探索の成果が決まる事になる。」
大型、中型、小型と自作した《封印石》を並べて見せる。
「も、もしかして、コレを作っていたから今まで森に行かなかった……?」
「頃合いではあるわね。道中一度も戦わずに切り抜けられると思って無いから私を誘ったんでしょう?
《封印石》の利点は希少素材の確保と、死体の後始末。
全部私が回収しても良いけど、かなりの金額になるわよ?」
封印石を条件付きで譲るとしても、ジュリアン達に譲歩出来る物が最深部の成果しか思い浮かばない筈。だがそれが出来ない時どうする気か。
「……うん。正直俺個人としては最深部の物さえあればそっちは構わない。
けど、出来れば自分達の腕試しもしたいんだ。
最深部に一回で行けるかは分からないけど、ひょっとしたら君一人なら行けるんじゃないかと思っている。けど、それじゃ強くなれない。」
「ふむ。それで……?」
「この際、グラトニーは皆が危ない時以外傍観していてくれないか?
最深部まで魔物との交戦は可能な限り避けたくもある。
グラトニーが倒した素材は君の、俺達が倒した素材は俺達の権利として、その素材費用から封印石の代金を支払うってのはどうだろう。」
ふむ。妥当なところではあるが、このままでは譲歩し過ぎでもある。
「あなた達が倒した素材で私が欲しい物を一つ。それが護衛料。」
「ああ、それで構わないと思う。一応結論は皆に聞いてからで構わないか?」
「アヴァロンは声をかけるのかしら?」
指摘されて全員に声かけ終わって無かったと思い出し、俺から頼むとジュリアンが答えた。
「それじゃ、結論が出たら早めにね。」
(それにしても、<嫉妬の緑目>を至近距離で使っていても全く気付く様子は無かった。
正確さは微妙だったけど、思ったより使えそうね。)
談話室。
相談用の空き個室を借りたジュリアン達は、グラトニーの指摘に頭を悩ませていた。
因みにパトリシア、サンドライトの他、探求者寮のポートガスや預言者寮のアヴァロンも既に揃っている。
「つまり秘密の森は、《封印石》が必要になる大型の魔獣が放し飼いにされているって意味だよね。
それも複数。」
「というかそこまで危険なら、最深部に辿り着くのは相当難しくないか?」
「何も一回で辿り着けなくてもいいさ。全滅覚悟で行く場所じゃない。」
地図が正しいかを確認するだけでも意味がある。ただ最深部の許可は無理だろう。
「というか、わたし先輩に聞いて来たんですけど、封印石って基本買えないんですって。
大型の封印石が手に入れば卒業の目途が立たない四、五学年にも目が出るから、迂闊な場所で口にすると闇討ちされるって注意されたわ。」
買える情報だけで既に危ないと言われ、一同は思わず息を飲む。
「そだねぇ~。発動具に使うって話は兎も角、素材売買にも封印石は使うから、あたしも相場は知ってるねぇ。
小型は小遣い止まりだけど、中型は割と店で売ってるよ?学生でも四半月働けば買える程度で。
大型も学園価格じゃなければ、高いとドームハウス並じゃあないかなぁ。」
「「「…………。」」」
素材はそれ以上で売買出来るって意味でもあるけどねぇ、とカラカラ笑うアヴァロン。
が。他の四人は背筋に脂汗、額に冷汗が止まらない。
「あ~。グラトニーさんが欲しい素材、二つか三つで。」
「「「賛成。」」」




