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ガラクタの学園  作者: 夕霧湖畔
第二部 平和な学園編
39/211

02.秘密の森の迷宮

※今回ちょっと長めです。

 クリス曰く、報告しなくても最深部に至ればどの道バレるという。

 そして正しくは自分は最深部の番人であり、それ以外の素材を研究材料として活用する権利が与えられているという。


 何の事は無い。あの後禁忌に(とら)われなかったのは、先に学園長に(とら)われたからだ。

「学園長には報告するわ。けどあなたの邪魔はしないで、判断を奴にぶん投げる。

 お気に入りだって噂くらい聞いているからこっち巻き込むなってね。」

「構わないわ。人形発動具の指導、よろしくね。」


 早速向かった迷宮は最初、迷路化した樹海を抜ける必要がある。

「困ったわ。素材にならない連中を始末し過ぎると鞄が埋まってしまうじゃない。」

 大猿の首を『亡霊騎士』が切り落とし、血抜きを終えた死体を収納する。

 中には血が残っていた方が素材として上等な場合もあるが、樹海での魔物に上等な連中は居ない。貴重な魔物は森の中の保護区に隔離されているからだ。


 素材向きで上等な魔物を狩りたいなら、早々に樹海を抜ける必要があるのだが。

「ぶっちゃけ使い魔向けの素材止まりよねぇ……。」


 鬱蒼(うっそう)と茂る道は、生徒用に道を作っているが直通直線では無い。

 キノコの壁や低木の防壁があったり、ここには貴重な薬草素材も多数存在する。

 空気の流れを調節するためにも、利便性だけを追求してはおれないのだ。


 使い魔素材用にした鞄が埋まった頃、漸く(ようや)巨大過ぎる枯木、空洞化した巨大樹が視界に出現した。周囲が苔生しているため、遠目では空木に見えない。

「ここね。」


 洞と化した大樹の中が再利用されており、ここでは食人の魔物も自由に人を襲う権利が与えられている。

 但し、一度に徒党を組める大型獣は十体まで。それ以上は学園の結界に弾かれるので、言葉が通じる魔物は当然把握済みだ。知恵無き獣も長年の習慣と本能で理解している。


 本来常人であれば一人で挑むような場所ではない。

 最深部までどころか一刻だろうと、一つの魔術を保ち続けるのは不可能だ。

 数人掛かりで周囲を警戒して、最初に気付いた誰かが盾を張り。

 襲撃が我が身を襲う前に魔術を放てるか否か。常識的に言えば、樹海の段階で素材を持ち帰り、一つ以上の発動具を用意するものだ。


 二度三度と徐々に潜れる領域と呪具を増やし、三学年までに最深部に至るのは稀で。

 四年目を迎える者の多くはこの大樹の中に入れない者達だ。


(『傲慢』を使えば素材が手に入らず、『嫉妬』を使えば殺し過ぎる。面倒ねぇ。)

 少量の呪詛を垂れ流しにするのなら消耗すらしないのだが。


「お。開いたわね。」

 クリス曰く、封印を開けるまでは放置でも問題無いと言っていた。

 ここから無駄は禁物だ。いつ物言いが入ってもおかしく無い。学園長が割って入らないとしても教師が連れ戻しに来る恐れはあるのだ。


「そう言えば、魔物相手に『暴食』を使った事は無かったわね。」

 扉の先の空洞の枝周りは時々亀裂から空が見える。

 割れ目を目指して襲ってくる怪鳥からは、殆ど吸収に使った魔力分しか回収出来ない。


 枝の道を抜けた巨大な空洞は塔が丸々中に納まりそうなほど広く、木の中に木々が茂り眼下を隠している。月明かりは更に上から伸びて、下に上るよりも高くそびえ立つ。

 ここは小さな崖際、地割れで出来た窪地に傾いて斜めに支えられた老木の痕跡だ。

 巨大な根の跡、涸れ尽くして出来た洞窟こそが真の迷宮で、そこからが正しく人工物。


 グラトニーは取り出した箒で緩やかに降下し、ちらつく獣影に呪文を唱える。

「『幻の霧よ、剣を模れ、空を舞い続けろ』!」

 双頭の黒犬が悲鳴を上げて倒れ伏し、人食い獅子が首を落とす。


 折角だ。全て持ち帰れぬなら色々と試そう。地下への道を見つける前にダブった魔物を『暴食』で捕食する。

 やはり大型の獣ほど命が豊富な反面、呪詛や魔法の様に明確な形は無い。

 何より命を奪うまでに時間がかかるので、弱らせる前からの吸収は厳しく効率が良いとは到底言えない。


 階段周りは植物が周囲を塞ぐ事が無いよう小さな結界で包まれており、意外に探すのに手間取った。邪魔な茨を取り除こうとしてふと『石壁』を使えばよいと思い至り。


「『盾よ』!」

 咄嗟に張った半透明の盾が、飛来する倒木を一時受け止めて破砕して地面を抉る。

 危ういところで躱しながら、成程『石壁』の呪文が地面から生えるのはこういう事かと改めて感心しながら巨木の飛んできた割れ目を振り向く。


 割れ目は家一軒くらい軽く入る程に広く、しかし隙間から除く人影にとってはそれでも尚足らなかった。

 腰をかがめ下げていた頭を持ち上げて残る全身を引き込んで立ち上がり、近くの樹木を杖代わりにして立ち上がる。


 あれは駄目だ。遠過ぎる。これ程離れていては届きもしない。

 『亡霊騎士』には荷が重い。『無手』で多少の手傷を防いだところで、あの一撃は止められない。制御に気を取られる分反応の遅れが致命的だ。


 ギガース。知恵無き巨人。理性を失った巨大な人。言われは様々だが、確かなのはあの巨体は三階建てにも匹敵するほど大きく、人を極上の餌としか見ない。

「凄いわね。魔獣学で習った巨人は半分も無かったんじゃないかしら。」


 これは出し惜しみする余裕はない。走り出した巨人が辿り着く前に、先ずは箒を取り出して上に乗る。が、上昇するのは未だだ。


 引っこ抜いた巨木を振り上げた瞬間、溢れ出す呪詛がギガースを呑み込む。

「『嫉妬』よ!」

 身の危険を感じるより先に巨木は降り降ろされ、両腕で抱え込むようにギガースの後頭部に叩き付けられる。まるで自らの腕が自分を裏切ったように。


「『浮かべ箒よ、空を舞え』!

 『幻の霧よ、剣を模れ、刃を突き立てろ』!」


 宙に浮かび上がったグラトニーに巨人の本能が足を竦ませ、宙に現れた十本の刀に巨体が次々貫かれ刻まれる。

 だが気付いてしまった。自分は今幸運だったと。危うく今、自分は手足を切り落とされるところだったのだと。


 月明かりに照らされる黒い小さな影は既にギガースにとって獲物では無い。

 自分を喰らう悪魔の姿だ。


「あらあらなぁにその醜態(しゅうたい)は。詰まらないわね、興醒めよ。」


 腰を抜かしたギガースの胸元に着地し、無言で『憤怒』をその心臓周りに突き立て生き胆を抉り出す。

 傍目にも巨人の目にも、彼女が降り立った瞬間、心臓が飛び出した様にしか見えなかっただろう。『憤怒』の呪詛はグラトニーの足から突き刺さり、流血に紛れたから。


「ゥォオオオオオオオオ!!!!!」

 訳も分からぬまま刳り貫かれた心臓を懐から取り出した魔石に取り込まれる様を見て、自分が手遅れだと自覚したギガースは絶望の嘆きを轟かせる。


「発動具に加工出来るのは心臓だけの筈だけど。

 折角だから残った部分でどれだけ吸収出来るか試しましょうか。『暴食』よ!」

 それが百年を超すギガースの長老が聞いた最後の声だった。


 頭を闇に呑まれた巨人が、全身が枯れ木の様になるまで魔力の根の底までも奪われる。

(ふむ。流石に心臓を奪った後では大した魔力を確保できないわね。)

 採算で言えば消耗した魔力の方が大きかったか。ギガースの心臓を収納した魔石《封印石》は石の大きさと内包魔力で封印容量が決まり、感覚的に上限も分かる。


 持ち帰る価値の無い死骸は放置して、グラトニーは早々に地下へ降り立った。




 地下一階は適当に根の跡を補強しただけで、天然の迷宮そのものになっていた。

 地図が無ければ地下二階に辿り着くだけでも半日がかりだ。本来ダンジョンとは一日で攻略するものではない。大抵はテントを用意して数日掛かりで奥へ辿り着く。


 実は植物型の魔物は地上以上に多い。夜行性の獣が増える日のあたらない時間帯は動きが鈍く、植物型の魔物にとって危険な時分だ。

 よって動ける妖花の類は地中の根の中に避難しているものも多い。

 逆に言えば、地に根を張れない分、弱い魔物に属するのだが。端的に物量が厄介な咲き誇る化け物の群れなのだ。



 地下二階からは完全に地下宮殿だ。


 知る人ぞ知る話だが、実は地上部分とは洞窟一つで繋がっていた隠し宮殿だ。

 遥か昔の地震の結果、土砂崩れによって洞窟ごと山の一部が消失して巨木が育ち、枯れる程の歳月が経過して現在に至る。けれどそれは五百年と経たぬ頃の話。

 地下宮殿は完全に当時の建築技術の高さを見せつけている。


 この辺は建物内と言う点もあり、植物系の魔物は少ない。何せ周囲が石造りのため火の魔術が使えるから、只の妖花程度なら『火花』の呪文でも勝てる。

 よってこの辺の魔物は昔放置されたり廃棄された結果野生化した、魔法生物の類が増えて来る。中にはゴーレムすら野生化する始末なのだが。


「サメ盾、やっべぇ……。」

 只の盾の失敗作かと思いきや、閉所だとドン引きするほど有益だった。


 先ず下から突き出す際に刺さる、割る。更に下から突き出すのでタイミング次第で天井や壁に跳ね飛ばされる。

 石壁でも跳ね上げる程度は出来るが、このサメ盾、少しだけど動くのだ。地面が平らな場所限定だが、床が石畳なので廊下程度の幅なら突き飛ばせる。


 後、口が常に開いているので、体当たりすると歯が刺さる。脱出を阻む程度には。

 更に時間が経てば消える点も使い易い。頭が三角なので射線も遮らない。

 まさにサメに襲われる魔物達を自由に演出出来る、サメマニアの為の発動具だ。


 この辺なら『無手』も『亡霊騎士』も有効だし、騎士が仕留め損なったところをサメで討ち取るのが黄金パターンと化している。

 不意打ち対策に防御力重視の術構成で進んでいるため、若干消耗が蓄積してきたが二階どころか三階を突破しても敵は無い。



 四階へと下る階段は石の螺旋階段となっており、三階までの階段と比較しても更にもう一階間に在りそうなほど深かった。


 『無手』の手で門を開くと、そこは神殿の様な柱の並んだ広場に見上げる程に高い天井が広がっており。柱は全てドーム状に弧を描いて頭上を支えていた。

 広間の先には台座があり、全貌が柱で隠れた巨大な首なしの石像が座っている。


 石像に近付くと左右から足音が聞こえて来る。どうやら両端にあるのは壁では無く、更なる通路が何本も並んでいた様だ。

 柱が邪魔で広場を進む限りそれと気付かない構造になっていたのかと、感心しながら敵の出現を待つ。


 ここまで来る間に弱い魔物への興味を失っていたグラトニーは『傲慢』の制御を緩め、周囲に恐怖を振り撒いていた。

 詰まりこちらに向かってくるのは、恐怖を物ともしない大物か恐怖を理解出来ない知性無き魔法生物かのどちらかだ。


 現れたのは巨大な武装した牛頭人、ミノタウルス達だった。

(成程。これが異形と魔獣の違いなのね。)

 同期にも牛頭の者はいる。だがちゃんと見ればエーテル以外にも明確な違いがある。

 知性を持ち合わせないもの、手足等の数が多いもの。このどちらかの特徴を持つ魔術師は存在しないのだと言っていた。


(幻獣魔獣のルーツは二つ、環境や生物が変質した存在と無機物が生物化した存在。)

 魔法生物とは野生化しているだけで、あくまで複製なのだ。野生化と言う過程によって完全な形での複製では無い。だから眼球が石で出来ている。指が繋がっている。

 それらは障害では無く、複製の失敗と言う形で表れていた。


 更に言えば、彼らの武器、防具。あれは魔法だ。魔力の塊だ。彼らの一部だ。

 繁殖を想定していた魔法生物とはまた違う、元が作り物起源だった証拠がある。

 今目の前に現れたのは、迷宮に牛頭人が棲むという、実体を得た現象なのだ。


 防具は布を巻き付けた程度のお粗末な物で、彼らの巨体に合わせたとしか思えない戦斧や金棒を振り回して襲って来る。その行動に感情は一切感じない。

 柱を盾に脇から襲い掛かった『亡霊騎士』の攻撃を難なく弾く様は、熟練の戦士という特徴を持った、怪談に近い魔法現象だ。


「『幻の霧よ、剣を模れ、刃を突き立てろ』!」

 振り撒かれた十数本の霧の剣は、大多数を砕かれ一頭だけ仕留めて終わる。

 正確な数は不明だが、どうやら向こうも見慣れた攻撃の様だ。


(成程、上級生達もここへ来てるって事かしら!)

 仮面の呪詛を使えばもっと楽に仕留められるだろうが、監視されているかもしれない状況で手の内を明かす心算は無い。


 程々に近付いたところで距離を詰めて『嫉妬』の有効範囲に収める。

「『火花よ、集まれ、砕け散れ』!」

 ミノタウルス達の周りで圧縮された無数の火花が弾ける。威力こそ弱いが『霧の剣』と違い、爆発の類であるため武器で相殺するのはほぼ無理だ。

 忽ち混乱が生じて同士討ちが始まり、更には死角からの『亡霊騎士』の攻撃で次々ミノタウルスが仕留められていく。


 二体ほど《封印石》に回収し残りを『暴食』で喰らうが、現象である彼らは思った以上にエーテル濃度が薄い。武器型だけは辛うじて習得出来たが他は形すら保てない。

 後何体残っているかと確認しようとした瞬間、エーテルの狙いが定まり『無手』で柱を掴んで回避すると先程の立ち位置に放電が突き刺さる。


 他の柱に無手の二の腕を伸ばし移動しながら発射地点を見上げれば、頭上で囲むように宙を漂う、巨大な緑の眼球が漂っていた。

(グリーンアイ。睨んだ相手のトラウマを想起し、動きを封じた相手を瞳の奥の口から捕食する。だったかしら。)

 確か放電や鎌鼬など魔法効果を再現してくるため、初見殺しとしても有名な希少種だ。


 即座に箒を取り出し宙を舞う。ミノタウロスは後回しにして、柱の影を利用しながら浮上して、目標を視界に捉えると、そこには三体のグリーンアイが居た。

(へぇ。素材用に一体封じても『暴食』分は残るわね。)


 渦巻く突風が平たく集うと、こちらを睨みつけたグリーンアイによって正面から二つ、背後から回り込むように一つ、殆ど不可視にしか見えない突風が迫る。


 成程。常人であれば軌道どころか背後から迫る刃にも気付かないのかも知れない。

 グラトニーが柱の影に回り込めば追尾してきた鎌鼬を三枚まとめて『暴食』で喰らうが魔力構造が単純過ぎて今一再現が難しい。


 柱を回り眼球達の背後から姿を現すが、まるで視認していたかの如く視線が集う。

 直後一体が下に視線を向けるが、グラトニーに引き上げられた『亡霊騎士』は柱を蹴り視界を振り切った瞬間、刃を眼球の裏側に突き立てる。


 一方グラトニーを睨んだ二体は未知のエーテル波を放つが、『傲慢』の呪詛を超えれる程の強さでは無かったらしい。が、それは一方だけのようで。

 まるで包むような魔力波長はグラトニーの動きを柱に隠れる前に縛った。


(あら『金縛り』を誘う力もあったのかしら。)

 動きを封じるとはあったが、トラウマによるものだと誤解していた。あるいは遭遇例が少な過ぎて二通りあるとは思われていないのか。


「けど、近過ぎるのは戴けないわね!『暴食よ』!」

 グラトニーを拘束した方のグリーンアイを呪詛が喰らいつき、拘束から脱している内に刃を突き立てた『亡霊騎士』が最初に仕留めた眼球をグラトニーに投げ飛ばす。


 最後の一体が咄嗟に柱の影に下がる間に封印石に一体目を封じ込める。


 二体目は既に原形も残らず奪い尽くしたが、三体目を見過ごす通りも無い。『亡霊』の制御を解き即座に箒を飛ばして距離を詰めると、眼球が振り向く前に『暴食』で包む。


 吸収しながら降下し、まだギリギリ射程内にいたミノタウルス達を発見して『暴食』の餌食にすると、概ね近くからエーテルの気配がしなくなる。


 その後も階層全てを回ってみても魔獣こそ徘徊していたが、階段は影も形も無い。

 改めて地図を見ると石像の位置に数字が記されている。

 箒で一周しても扉と思しき場所は無いのだが、ふと無くなっている首の上まで浮上すると、グラトニーは成程と頷いた。


 首から続く胴体の中は空洞になっていたのだ。

 概ね足元の所まで降下すると扉があり、数字通りにダイヤルを回して扉を開ける。




 地下五階、最下層は闘技場の様に広い一室と上の階と比べてとても低い、一階層分止まりの天井に閉ざされた、印象差で圧迫感すら感じる大広間に出た。


 大広間には驚くほど何も無く、闘技場モドキの石畳の下に、驚くほど頑丈で強固な障壁と魔法陣が配置されている。成程あれこそが例の羽衣の魔女が知りたかった封印か。

 周囲の壁に張り巡らされた強固な障壁の、いっそ見事というしかない膨大なエーテルの結界に感心しながら再び闘技場モドキ、その上に目を向ける。


 いや。多分本当に闘技場なのだろう。

 あそこは番人のための闘技場。侵入者に立ち向かうための、全力を振るうための、彼奴の為の闘技場、桧舞台だ。全身から煙を噴き出す、竜の如き異様な怪物の。


「ジャバウォック。こちらで言う正体不明の怪物を指す名前だったかしら?

 竜と蜥蜴の成り損ない、竜にも蜥蜴にも似た巨躯で空を飛ぶ翼を有し、鋼にも粘土にも似た鱗に覆われた全身を持つ怪物。

 確かに言われてみればその通りね。授業で習ったままよ。」


 異形の怪物が歪な牙の如き顎からはみ出した歯の隙間から、瘴気交じりの息を漏らす。

 成程正体不明なのも道理だ。あれは森に埋もれた戦場跡、その瘴気だ。多過ぎて大地に還り切れなかった怨霊が触媒を得て蜥蜴の様な形で肉体を得たのだろう。


「こんなものまで持ち込むだなんて悪趣味の極みね。

 でも良いわ。私向けの相手だしね。」


 向こうが瘴気ならこちらは呪詛だ。浅い階段状の道を下りながら、四階で効果切れした『無手』の呪文を透明の鎧付きで唱え直す。

 この魔法は内側から漏れる魔力を遮らない。

 『傲慢』と『嫉妬』の呪詛を撒き散らすグラトニーに、伸ばした頭だけが宙に縫い付けられた様に動かず睨み続け、全身を正面に向き直る。


 威嚇する様に開かれた口は、それだけでグラトニーよりも大きい。

 大きさだけなら例のギガースとさして変わらない程の巨躯。

 息を止めた瞬間、伸びた首に客席に似た石段が抉り食われる。


 『嫉妬』の呪詛で狙いが歪んだお陰だ。しかし衝撃が呪詛に干渉し、グラトニーは段上で足を踏みしめ振り撒かれる瘴気の圧力に耐える。

「『幻の霧よ、剣を模れ、刃を突き立てろ』!」

 呪詛の圧力で押し負けかけるというまさかの事態に、『傲慢』は無意味と余波を制御し集中が乱されながらも数本の『幻の剣』がジャバウォックの鱗に突き刺さる。


「ゥオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 怒りの咆哮が空気を揺らし、前足にしては長過ぎる鉤爪が呪詛の影響外から強引に握り潰すが、流石に初撃以上に待ち構える意味が無い。

 飛び退き様にと再び十数本の『幻の剣』を放つが、先程も感じた通り余り深く刺さった様子が見当たらない。精々が痛み止まりか、痛手ではあるまい。


「そろそろ、一々呪文を唱えるのも面倒になって来たわね。」

 原理は概ね分かって来た。単に武器の形を再現するだけでは意味が無い。

 苛立ち紛れに幾度も叩き付けられ、振り回される前足の威力は殆ど有効打にならないこちらと違って一撃で勝負を決めかねない破壊力だ。


 体重を加えられる姿勢で振り下ろすのも、偶然と言うよりは学習の成果か。

 だが跳躍力が『無手』頼みというのも今一消耗が激しい。何より『無手』は箒を使おうが集中さえ見出されなければ問題無く維持出来る。後はタイミングか。


「『浮かべ箒よ、空を舞え』!」

 加速する箒を片手で握り穂に足を載せ斜めに傾けてバランスを取り、ジャバウォックの周囲を旋回して攻撃を躱し続け、『暴食』した諸々のエーテル形状を再構築する。


 呪詛『強欲』。呪詛『暴食』で吸収した魔力や奪った能力を修得、複製する力だ。

 それは暴食で取り込んだ力を自身の器に増築する形で習得する、尋常ならざる魔力や器の解析力や拡張能力そのものを指す異能で。


 只の術式なら『亡霊騎士』や『無手』の様に、エーテルの動きと呪文だけで再現出来。

 術式と魔力の変質が必要ならその変質要因を吸収すれば習得可能で。

 魂や体質に依存した特異な魔法なら、魂や肉体ごと奪い尽くして自らの一部と化す。


 今回であれば魔獣怪物達が振るっていた武器などは容易に再現出来るエーテル塊だった筈なのだが。

(足りない?形じゃない。強度を定める何かが欠けている?)

 魔獣諸共吸収した筈なのに何かが不足している。欠損など見当たらないのだが。


 ジャバウォックが当たらない前足に業を煮やしたのか、長い尾で周囲を薙ぎ払う。

 回避により思考負荷が増し、『無手』と『箒』の維持に手間取り苛立つグラトニー。

 不意に脳裏に名前も忘れた教師が過り。


「そう言えば、もう一本あったわね。『暴食』よ。」

 腕輪からもう一本の箒を取り出して吸収する傍ら『無手』の集中を解く。

「私も頭が固くなっていたわね。安全に慣れて慢心したのかしら。

 『浮かべ箒よ、空を舞え』。」


 元々の箒の集中を解いて、箒抜きに浮遊効果の再現に成功したグラトニーは、箒を収納したまま飛行を開始する。

 不足していたピースが嵌る感覚と共に、迫る前足を回避しながら呪文を構築する。

「『剣』よ!」

 形を得た直剣がすれ違い様の前足を切り裂き、痛みと怒りの咆哮が響く。

 大音量により風圧が生じるが難なく姿勢と加速を維持し、一通り呪文を構築する。

 今なら何が不足していたかが分かる。武器と魔物はセットだったのだ。魔物達が肉体の一部として構築している部分を発動具で代用する。


 参照対象を魔物に拘る意味は無い。いっそ『暴食』に限る必要すら無いのだと気付いた時、今迄形にならなかった呪詛が次々と新しい形を得る。


(【強欲<戦火の武具庫>】起動。)

 先程の剣は咆哮の直前に霧散してしまった。再構築された呪詛を一つに束ねて、形状を指定するだけの魔法として再構築する。


「『槍』よ!『斧』よ!」

 風圧が途切れた瞬間を狙って駆け出し、すれ違い様に槍を首筋狙いで投げ付ける。

 刺さったかと思った瞬間に霧散したので、痛みに身を捩る間に形成した斧を叩き付けたまま、手を離さずに反撃に振るわれた爪の下を滑空する。

 片手で握るには少し重くバランスに不自由したが、今度は一撃当てても消えない。


 上昇の際に尻尾が迫ったので斧を叩き付ける反動でバク転の様に上昇回避し、手放した斧は予想通り斧が霧散した。

「『投槍』よ!」

 今度はエーテル糸を繋げた状態で突き立てると、霧散こそしなかったが形状維持に必要なエーテル量は結構多い。大体把握出来た。


 元の呪詛と違いグラトニーは現象では無いため、別にエーテル維持の加工が必要だ。

 ならば最初から投擲用とそれ以外で構築した方が使い易い。

「!『盾よ』!」

 咄嗟に跳び上がったジャバウォックの尻尾を障壁で防ぐが、巨体の重量差に押し込まれ屋根に衝突する前に辛うじて降下に成功するが。


 地面に下りるより前に天井に着地したジャバウォックと目が合った。


「!ッ『巨人槍』!『三重の大盾』!!」

 咄嗟に自分では振るえぬ電柱並に太く鋭い槍を投擲用に形成して飛ばす。

 エーテル糸を繋げたまま更に全身よりも巨大で長方形の大盾を三重に生成すると、舌打ちが聞こえてきそうな態度で天井を掴んだジャバウォックが瘴気の塊を吐き落とす。


 巨人槍の勢いを押し戻す程に吹き続け、大盾の四つ角の鋲が地面に刺さっても腐食の瘴気は勢いを弱めない。三枚の盾に槍が衝突し、四つ角が更に深く減り込む。

 飛行分を解除して全力で補強され続ける盾が、腐敗の速さと衝撃に削られて次第に一枚一枚と砕け。


 最後の一枚にヒビが入る直前で息が途絶え、亀裂だらけの巨人槍を真上に射出すると、天井を飛び跳ねたジャバウォックの足に刺さり、悲鳴と共に盾を圧し潰す。


「『蔦よ宿木よ、手を絡めろ、包んで縛れ』!!

 『浮かべ箒よ、空を舞え』!」

 一瞬稼いだ時間で盾の下を飛び出したグラトニーが即座にその足を拘束して飛翔する。


 羽ばたき一つで過半を引き千切り、最後に力強く重厚な後ろ脚を引き上げれば拘束は完膚なきまでに破られる。必要だったのはその少しの時間。


「『大太刀』よ!『槍』よ!『飛刀』よ!」

 グラトニーはジャバウォックの背中に回り込むが早いか、両手に身長並の長刀を振るい同時に両翼を切り払う。

 更に勢いのまま首筋に槍を突き立て、振り向き様に断ち切れなかった両翼目掛け、投擲用の曲刀を投げ飛ばして付け根を折る。


 痛みに反撃の出鼻をくじかれた異形蜥蜴は重心が狂った勢いで前のめりに倒れ石畳へと横顔を打ち付けた。


 が。グラトニーが回収を試みた翼はまるで解けるようにジャバウォックの体に引き寄せられていく。回復されても厄介なので回収を諦めて『暴食』で結合前に食い尽くす。


(成程。一部であって一部では無い、か。確かにこれは正体不明ね。)

 吸収したジャバウォックの肉体に芯が無い。この魔物は物理的な影響力を持つだけで、あくまでも質量ある瘴気や怨念の塊でしか無かった。

 翼も手足も違いなど無い。ただ実体並に高濃度なだけだ。


 故に核たる触媒と一緒に回収しない翼など、只の破綻した魔力塊でしかない。

 翼を引き戻せないジャバウォックは奮い立たせるように体躯を起こすが、先程とは違い既にグラトニーは万全の状態で狙いを定め終えている。


「『幻の霧よ、剣を模れ、刃を突き立てろ』!!」

「グォオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!!」

 背中から十数本の刃が突き立てられ、悲鳴のように地面に叩き付けられる巨獣。


「『幻の霧よ、剣を模れ、刃を突き立てろ』!」

 手足の指を切り飛ばし肩や背骨を狙い、関節を砕くように肌を抉るように。


「『幻の霧よ、剣を模れ、刃を突き立てろ』!」

 姿勢を崩し、呪詛を散らし全身を切り分ける様に刃を突き立て続ける。


 眼下でのたうつ怪物を睥睨し、人が扱うには大き過ぎる凶器を形成する。

 手に握れないなら持たねば良い。動かせないなら落下させれば良い。

「『巨人斧』!!」

 怪物の半身を埋め尽くす巨大な斧が降下し、ジャバウォックを縦に両断した。




 心臓に封印石を当てれば既に致命傷の怪物は、余すところ無く封じられた。

 『暴食』で食い尽くす事も考えたが、特筆すべき特徴が無ければ只の魔力塊だ。

 『暴食』が取り込むのはあくまで知識では無く術式や体質なので、外れのリスクも踏まえて発動具用素材としての加工を優先しておこう。


 何より、発動具は『暴食』で取り込めると証明出来た。

「後で魔法の杖も一つ買っておかなきゃね。」

 箒は殆ど一種類の術式だったが、魔法の杖は汎用型。全ての術式を再現出来るとは限らないから、実験するなら予備が欲しい。


「さて。後はこの魔法陣を解除するだけかしら?」

 恐らくここが最下層。そしてこれこそがこのダンジョンの秘密。


 あれだけ暴れたのに傷一つ付いていないどころか、徐々に修復し始めている周囲の瓦礫に半ば呆れながら、魔法陣の中央に現れた学園長――ダーククロウに問いかける。

 紅蓮のローブを身にまとった胡乱気な優男は、いつもの笑みの代わりに深々と溜め息を吐いて白々しく額に手を当てて困った事をしてくれたと眉だけを顰める。


「全く派手にやってくれたものだ。ちょっとくらいのオイタなら気にしないけどね、流石に最深部の守護者まで倒されては放置出来ないな。」


「あら。二年三年か私かの違いじゃない。

 それとも最深部には立ち入り禁止なんてルールがあったのかしら?」


 グラトニーの問いにダーククロウは今更かい?と首を振る。

「秘密の森への立ち入り許可は全て申請制だよ?

 一学年には解放されていないし夜の刻限も破っている。」

 僕は君に甘い顔をし過ぎたのかな?と首を捻って見せるが。


「あら?あなたこそいつから私が僕になった気分でいたのかしら。

 私は最初からそちらの申し出が私の役に立つから同意しただけ。

 あなただって私がこっちに来る以上の対価を要求してなかった筈だけど。」

 ひょっとして騙した心算だったのかしらと、クスクス嗤う。


「ふむ。君はひょっとして、僕に勝てると思っているのかな?」

「その質問、意味があるの?」


 しばし沈黙、胡散臭い疑問顔と笑顔で睨み合い。

「……ふむ?もしかして君、僕に関心が無い?」

「?興味を惹くほど、何かされた事無かったと思うけど?」


(あれ?これもしかして本気で勝算とかどうでも良いと思ってる?)

 場合によっては力で屈服させる必要があるかと身構えていたダーククロウだが、もしや根本的なところで測り違えている可能性が脳裏を過る。


「僕としては君に最深部の財宝を荒らされるのは困るね。」

「そう。でも入学の際に私の目的を果たす手掛かりがあるかもと言ったのはそちらよ。

 私が此処に来れないと思っていたのはそちらの都合でしかないわね。」


 あくまで平然と。予想の範囲内と言った程度の返事に、ダーククロウは自身の勘違いを確信する。

(……しまったね。彼女の打算には生死が含まれていないのか。)


 グラトニーにとって大事なのは目的もだが過程も無視出来ないのだ。他人に従うという選択肢は無く、あくまで譲歩する、認めるという過程が避けられない。

 彼女にとって膝をつくという選択は死ぬより有り得ないと気付き、これはいよいよ本気で処分するしかないのかと思った時、妙に傍観しニヤニヤ笑うグラトニーに疑問を抱く。


(いっそ、賭けてみるか?)

「こちらとしては、ここに辿り着くのはジュリアンが最初であって欲しいのだがね。」

「構わないわよ?私にとってここは絶対に必要な場所では無いもの。

 なんならジュリアンが此処に来る際の護衛、条件次第で引き受けても良いけど?」


「…………うん?君は何故ここに来たんだい?」

「半分は採集よ?」


(多分、私が外部の魔女か誰かに唆されてここに来たと思ってたんでしょうね。

 それだけ此処には重大な何かがある。ええ、私をジュリアンに討ち取らせる予定もあるあなたとしては、彼の利益は私の不利益とイコールなのよね?)


 知りたい事の大部分は今ので確信した。学園長ダーククロウは最初から敵。

 後は後々の布石だけで良い。


「ふむ。では僕が此処にある物をジュリアンに譲りたいと言っても君はそれを奪う真似はしないと約束出来るのかな?」

「あら。何もなしに要求だけ?

 私はまだ此処の封印を解く事を諦める理由なんて無いけど。」


「……ふむ。それも困るね。こちらとしても君に罰則を下さない理由が必要だ。」

「あら、あなた以外誰が私の侵入を知っているのかしら?

 てっきりご自分で止めにくる為に諸々を隠してここへ来たのかと。」

 隠していない筈は無い。通報したのは教師では無く、人形の魔女なのだ。


「夜間出歩く権利と、ここを含めた学園内のダンジョン立ち入り権。」

「ダンジョンのありかを君に教える気は無いよ。

 それに別に君に立ち入って欲しくない場所は幾つかある。」


「見つけたダンジョンだけで良いわ。

 禁止場所に付いてはその都度、直接出向いて対価を提示しなさいな?

 どうせ事前に教える気なんて無いでしょう?」


 周りが敵だらけの場所に連れてきておいて、他と以下同文の成果で納得しろと言われてもねぇと、改めて利益だけでは無い点を強調しておく。

(最終的には退学をチラつかせれば良いだなんて、甘い考えは通さないわよ?)


「……まあ良いさ。夜間外出に対しては許可を出しておこう。

 けれどダンジョンは他の学生の目があるし、本来一日で攻略するもんじゃない。

 今日持ち出す分は不問にするが、それ以外は二学年まで待ちたまえ。」


 素材にだって、鮮度があるんだぜと指摘する。加工には時間がかかる、か。

「なら、代わりに一声。」

「ま、いいだろ。君がジュリアン君の手助けをしてくれるなら門限内の学園街への自由外出を許可しておこう。

 金の方は自分で何とかしたまえ。」


 流石にこれ以上の譲歩は無しだぜ、と釘を刺しに来るが。

「ええ、交渉成立ね。呼ばれた時の護衛くらいは引き受けるわ。」

 今日はこれで終わりだとばかりに、グラトニーが箒を取り出す。


 無論ダーククロウが既に箒無しで飛べる事くらい把握しているとは察している。

 そのためにダンジョンに入ってから『仮面』や『菓子』の呪詛を隠して攻略に挑んだのだから、見せ札だと思わせない程度の小細工はすべきだ。


「ああお休み。夜更かしの責任まで持たないから早めに帰るといいさ。」

 お互いに胡散臭い笑顔で応じながら、地下五階を飛び出す。

 茶番はこれで御終いだ。後は最後の一稼ぎが待っている。


 本日終章迄投稿してます。次回から三部です。

※発動具は『暴食』で取り込めるとありますが、実際は一部の発動具に限られます。

 その条件を把握するにはグラトニーの、発動具に対する理解力の方が不足しています。

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