第五章 秘密の森の樹海迷宮 01.人形使い
購買祭は表向き大過無く終わり、ジュリアンもかすり傷で済んだと後で聞いた。
顔写真は鮮明で、羽衣の魔女と言う禁忌の配下だった魔女だと聞いた。但し得意とする術に関しては記録が残っていなかった。
舞台裏で起きた魔女侵入の件も箝口令が敷かれたため、後日禁止薬物の成分が発見されたと発表してハッカ飴の所持を禁止する事になったが、成果は期待出来ない。
呪詛に関して言えば、三学年が最も多く、次に一学年、少ないのは二学年だった。
(四五学年との接触は劇物過ぎるって言われてたから確認しなかったけど、まあ一番浸透した層だとみて間違いなさそうね。)
今まで遭遇した者は何かしら鬱屈した感情を抱えていた。
最悪四五学年には去年から広まっており、一学年に漏れ出したのが例の一件という可能性すらあり得る。
(高学年なら学園中のダンジョンに潜っていてもおかしくは無いわ。
そして侵入不可区域の候補が絞れたからこそ、人の少ない時期を避けて下準備する余裕が出来たと考えれば、時期を指定出来た理由も納得がいく。)
魔女側に急ぐ理由があったらいつ事が起こってもおかしくない。
であれば目的は横取りか横入りか、目標の手に渡らねば問題無いのか。
(まぁこれ以上は絞れないわね。それに今回の件で本格的に警戒される恐れもある。)
冬季休暇が始まって数日。帰宅予定の者は全て帰宅しているが、二学年以降は卒業まで学園を出られない。
冬季休暇中は淑女の会も会合の類を開く事は無く、各々の修行や呪具開発に専念するという。長期休暇は教師の休みでもあり、補講も最低限しか受けられない。
単位を気にせず呪具開発が出来る長期休暇は、とても貴重な機会になる様だ。
使い魔は完全に私物になったので、一応監視用の細工が無いかを紙と鏡の師匠達に確認して貰った上でジェンドと秘密裏に面会するのに使った。
自身の型稽古の撮影用に呪具があるという話だったので、撮影した物を借りる代わりに冬季中はずっと『携帯鍛錬場』を貸し出している。
向こうは妙に遠慮して撮影呪具を譲ると言ってきたが、グラトニーとしては冬季休暇後の成果も撮影して貰った方が良いので、結局代金を払い同じ呪具を買う形で決着した。
「と、言う訳で。『宿れよ仮面、素は化身、変幻自在の現身なり』。」
日時は夜。消灯時間を過ぎた後、グラトニーは秘密の森の近くまで来ていた。
物陰で魔女の仮面から吸い出した『仮面の呪詛』を用いて、猫の姿に化けて秘密の森の警戒網を突破する。
頃合いを見て物陰で人の姿に戻り、再び秘密の森の番人、傀儡子の魔女を訪れた。
今回は邪魔される事無く洞窟の中の、魔女クリスの工房に辿り着く。
「お久しぶり。そろそろあなたにも私の側について貰いに来たわ。」
用件は分かっていたのだろう。硬い表情のクリスはこちらを見定める様に席を促す。
「必要かしら?私は中立、干渉も手助けもする気は無いわ。」
「あるわねぇ。実はこの間の購買祭で秘密の森のダンジョン地図を手に入れたんだけど、あなたが侵入者を連絡する係なのよね?」
下級生に何売りつけてんだと舌打ちするクリス。が、一年で勇み足が出来る者が少ないだけで、偽物や自分が挫折した結果処分品を売りつけるのは良くあるという。
(地図が不正確なくらいで反意する理由にはならないと思うけど……。ふむ。)
「秘密の森の管理者は教師マッスリゲル。ダンジョンの方はあなたの特権じゃあ?」
学園在住の魔女は一つの特権を有しているという。ではクリスの特権とは何か。
「……特権半分、義務半分、よ。
自分が出向かないだけで、ゴーレムや人形で撃退するのは私の責任問題。」
本人曰く、自分は強い魔女では無いので学園を出たら何れ魔女狩りに討伐されるのは目に見えているのだとか。でもそれは恐らく建前だ。
「力を求めるなら、私に貴女自身の生殺与奪を握らせて貰えれば今の倍程度の強化は可能だけど?」
「いや、意味ね~だろ。地雷が増えてんじゃないそれ。」
何かぷんぷん可愛らしく怒り出した。指一本立てて、めっと叱る様な感じで。
「でも劇的に強くなるならそれくらいのリスクは必要よ?」
「だからダンジョンに入りたいって?発動具も碌に作れないひよっ子が何言ってんの。
発動具は全ての魔術師の切り札に成り得る呪具。素材や本を見たくらいで作れるようにはならないのよ。
た、か、ら、の!持ち腐れっていってるの。」
「あら。人形の発動具なら今直ぐにでも作れる当てがあるんだけど。
高度な素材抜きに扱える、武器になる発動具『人形』。その製法。
この『呪具人形の魔導書』の著者、あなたよね? 」
腕輪から羽衣の魔女から貰った魔導書を取り出すと、クリスの表情が目に見えて変わり苦虫を噛み潰した様な表情で口籠る。
勿論素材が出せるかどうかは全て試している。この『人形』発動具最大の特徴は、魔力結晶を基幹素材に据える事で低出力の発動具を成立させた点だ。
つまり、極めて扱い易く製作が容易なのだ。
「これを突き詰めたのが今のあなたの現状よね?
中を読む限り魔女化の原因は分からないけど、あなたが手を貸してくれれば事故は防げるわよ?無駄なリスクを負う事無く。」
「~~~ッ!!」
やっぱりか。グラトニーを止める言葉を必死で探すクリスを見て確信する。
(危険だから中立だなんて真っ赤な嘘。そりゃ死にたくは無いのだろうけど、その程度で魔女化の原因となった研究を続けるなんて、ねぇ。)
衝動でデメリットを増やす馬鹿じゃない。
そのデメリットを負う理由こそが彼女の本当の願いで、それは彼女自身ではない。
「人形が支配に使えるのが不老化の理由?
嘘よねそれは。あなたの渇望に力尽くで他人を従わせるなんて動機は無い。
死者蘇生。あなた、人形技術を死者に試したんじゃない?」
「ッ!!!!」
はっきりと指摘されて息を呑み、しかし何故か心配そうな、気遣わし気な顔が過る。
(……?そこで私の心配?秘密を暴かれる事には関心が無いの?)
しばらく悩んで深く溜息を吐き、観念したのか肩の力を抜く。
「人形化と死者蘇生は別物よ。と言うより、厳密には死者を作り変える事が禁忌。」
禁忌の研究は禁止されているから、多分気付いている人自体が少ないのだろうと前置きをして、クリスは語り始めた。
当時の事をクリスは今でも鮮明に覚えている。
当時禁忌の魔女は、様々な姿で世界中を徘徊し、僕となる魔女を集めていた。
その方法は様々で、クリスはその人形技術を量産出来る戦う盾として称賛され、力尽くで屈服させようと直接襲われた。
クリスとの戦いは蹂躙ですらなく、子供が虫の手足を千切る様で。
人形を一つ潰す度に釘を体に刺され続けて。
砕かれた人形全てを起爆剤にした結果が煙幕代わりの逃走劇だ。逃げ切れた自信は無いままに親友と再会し、無事を喜んだところで意識を失い。
彼女の元に逃げ込んだ事こそが自分の最大の罪だと思っている。
『残念ね。わたしをどれだけ痛めつけた所であの子が駆け付ける事は無いわ。
あの子は今怪我の治療のために魔法で眠り続けているんだから。』
『ふむ。勘違いしているな。俺が欲しいのは人形遣いの魔法使い等では無い。
人形の魔女だよ。』
『魔女?何を言っているの?あの子は只の……。』
『手足を切り落とせば人形で代用するんじゃないかと思ってな。
だがそれで魔女に至る前に死んでも意味が無い。むしろ折角だ。人形が起きた時お前が発狂していれば人形も狂うかもしれん。試す価値はありそうだろう?』
クリスが次に目覚めた時、男の姿で現れた禁忌は既にいなかった。
ただ意外な程五体満足に全身を穴だらけにされた息絶え絶えの親友を見つけて、必死で治療を施そうとしたが、もう無理だと制止された。
『心配しないで。わたしは正気。禁忌は途中で飽きて居なくなったわ。』
『でも次にあいつが来た時あなたを助けられないのは嫌ね。』
『そうね、どうせならあなたの人形の素材としてわたしの死体を使って。
それなら例え心が無くても、あなたを守る事は出来そうだもの。でも躊躇わないで。
あなたがわたしを使い捨ての盾に出来ないなら、素直にわたしを葬って。』
目が見えない程に死期が近付いた人間の、只の思い付きで戯言。
本人は単に軽口程度の動機だろう。ただ最後までクリスに出来る事をしたい。
それを無下に出来る程、クリスは割り切れた人間では無かった。
「死者蘇生なんて禁忌を冒させる気なんてあの子には無かったわ。
と言うより、呪具作りに使う素材は生き物の死体中心だもの。単に私が人形遣いだったから最も参考になる自分の体を差し出した。その程度の提案だったと思う。」
以後、何年かは禁忌に襲われる事無く過ごし、その間に人形化は完成した。
「気付いた時には既に手遅れだった。正直、いつ魔女になったのか確信は持てないわ。
けれど『彼女』を実際に動かした時、自分が魔女である事を確信した。
今までの自分とは違う力が宿っている。何より、自分の魔力が驚くほどに跳ね上がって強くなっているってね。」
扱える様になった人形の数も距離も桁違いだったという。変化は人形にだけ発揮され、他の魔法では少し強くなった程度の差異しかない。
「多分遺体は人に、魔法使いに近過ぎるのよ。遺体は元々呪詛の道具としても使われる。
特に殺された遺体は呪詛が溜まり易いしね、人形遣いはその遺体と感覚共有出来る。」
だから話したと言う。人の人形化は術者の魔女化に繋がるから。
「確認するけど、死者蘇生をする心算は無いのね?」
「当り前よ。そんなのは只の冒涜。そもそも人形化に内蔵は邪魔よ。
序でに言うと、呪具加工するには人間の内臓は魔力と強度どちらも弱過ぎるわ。」
冷静さを取り戻して否定するクリスに。
「ならその人形を破壊させない器をあなたに用意するわ。
それなら対価に足りるでしょう?」
呼吸が止まる。
「――、何言っているの?そんな手段無い。」
「あなたの魂に人形の本体を封じるわ。脆かったんでしょう?戦いに使えないくらい。
でも何度破壊されても再生し、再利用出来るなら盾としての使い道もある。」
叶えられなかったのだ。親友の遺言を。役に立たなかったとは言わない。
血管や神経の応用で人形全体の質は上がったが、それだけ。別に何を元に研究しても、どこかで辿り着いた程度の結論。結果。
「本物じゃなければ、素材の強度以上の従者も作れるわよ?」
断われるなら、そもそもこんな体になってなんかいない。
「こっちよ。この隠し扉の奥にある。」
姉の様に接する傀儡子の魔女、クリス・クロノイド陥落話です。
補足するとこの時禁忌の魔女は男の姿でクリス達を襲撃しています。
序でに言うと、親友は操られてませんし、事実禁忌は飽きて立ち去ってます。
次の機会は訪れる事無く、意図せず学園長に先手を打たれた形です。




