05.襲撃者
旧校舎を出た直後、狙い澄ましだ誰かの殺気を感じて即座に校舎内に戻る。
「『不可視の水よ、水衣よ、祖は我が身なり』!
『姿形を示せ、二の腕拳は、剛力なり』!
『姿形を示せ、半身巨躯は、盾鎧なり』!」
校舎内に戻れば廊下の扉は消えるのだが、襲撃者はその事実を把握しているかのように頭を抱えて中に飛び込んで来た。
(まあ知ってたんでしょうけどね。)
このタイミングで来るなら中には入れなかったという事だ。
恐らくはグラトニーが入るのは見ていたが、呪文は聞き取れなかったのだろうと当たりを付け乍ら後方に跳び下がり距離を取る。
中に飛び込んできたのは前髪ごと黒髪を後ろに流して首元で切り落とした様な青年で、紺色のローブをマントの様に羽織り、皮鎧の如き防具を長袖に纏っていた。
「不意打ちとは随分な根性ね。用件くらい聞いておこうかしら?」
「無論、夜闇に紛れて徘徊する魔女の手先を切り捨てるため!」
中の様子に驚いていた青年は、改めて抜身の剣を構えて宣言する。
普通なら極論過ぎる行動に不信感を覚えて問い質すところだろう。
(まぁ、正常な判断力なんてもう残っていないんでしょうねぇ。)
青年の体からは以前見た同級生の少女と違い、濃厚な瘴気が漂い、呪詛が体から漏れ出す程に染み渡っていた。その目は殺気立ち、到底正気には見えない。
「あらそう?なら相手してあげるから名乗りなさいな。
『亡霊よ、影を映せ、形に力を宿せ』、『お前に、騎士の剣を、与えよう』!
『お前に、盾を、与えよう』!」
元より不完全燃焼だったのだ。殺して構わない相手が来たのなら歓迎だ。
「先駆者寮三年、ジェンド!参る!
『数多の首よ、一尾一足、裏道を跨げ』!!」
ジェンドを名乗った青年が呪文を唱えて両の足にエーテルが宿ると、一足で詰めるのは不可能な筈の距離を殆ど一跨ぎの様に縮める。
呼び出した『亡霊』の剣が辛うじて間に合うが、剣を交えたと思った瞬間にジェンドが身を翻して『亡霊』の腕を斬り飛ばす。
「な!」
咄嗟に盾で弾こうとするが、鍔を打ち付けて後ろに飛び退く隙を作られたと思いきや、一瞬の死角を突いて『亡霊』の鎧の隙間を背中まで貫き、破壊される。
「『亡霊よ、影を映せ、形に力を宿せ』!」
「遅い!」
直ぐに対応したと思った瞬間眼前に迫られ、咄嗟に最初の『無手』の腕を振り払い弾き飛ばす事に成功する。
「あはははは!何それ凄いじゃない!
『亡霊よ』『お前に、騎士の剣を、与えよう』!『お前に、盾を、与えよう』!」
先程間に合わなかった『亡霊』達に装備を与える。今回の相手は相当に敏捷なので丸盾にして視界の広さを優先した。今度は同時に二体だ。
「くそ!『幻の霧よ、剣を模れ、刃を突き立てろ』!」
壁に背を打ち付け痛みを堪えるジェンドが、三本剣を飛ばして亡霊とグラトニーの足止めを図るが、全ての剣を『亡霊』が切り砕く。
「『幻の霧よ、剣を模れ、空を舞い続けろ』!」
逆にグラトニーが十本の『幻の剣』を飛ばすが、立ち上がったジェンドは全ての剣を回避して次々と斬り砕く。
「『数多の首よ、一尾一足、裏道を跨げ』!」
呪文を唱え終わった瞬間全ての剣を砕き疾走するが、今度は『亡霊』二体の挟み撃ちに足を止められるが、それでも鎧が破損して五分とはいかない。
(あら。もう呪文の加速は切れたの?)
足に宿ったエーテルがたった数合で霧散し、逆に『亡霊』との戦いは動きが良くなる。
なら呪文を唱えて不意打ちしか出来ないのか。それは余りにお粗末な制御力だ。
「『火花よ、殴れ』!」
五発の火花が切り合いの中に飛び込み、二発切り払って残りを喰らい、無防備になった『亡霊』の攻撃を致命傷だけ避けて吹き飛ぶ。
(余裕が無い、というより魔法の才能が無い、かしらね。)
火花の誘導性能は高くない。『盾』や『石壁』の呪文一つで全て防げただろうし、それをやろうとした気配はあったが、まるで間に合っていない。
成程、そこを付け込まれた訳かと納得して、深手を負った痛みで気絶した青年の元へと近付き、呪詛を吸収する。
(あら、思ったより深くないわ。と言うより、体に根を張れるほど強い呪詛じゃない?)
実は今、茶会の呪詛を試そうとしていたのだが、どうも上手くいかなかった。
魔女の仮面から吸収した呪詛は問題無かったのだが、何となく違いが分かった。
(衝動?強い激情を伴う呪詛は再現出来なくて、増幅する、欲望の類は薄く扱い易い?)
何にせよ、記憶に障害をもたらす類でも無いので、これで完治しただろう。
放置すれば死ぬだろうが、既にグラトニーにはその気が無い。魔術師としては二流でも彼ほどの剣腕は初めて見た。
彼は是非とも部下に欲しい人材だ。
簡単な治療なら問題無いので、身体検査と最低限の治療をしてジェンドを起こす。
財布は不要だが武器の類は没収しておく。
「さて。状況は分かっているかしら?」
「……ああ。負けたのか。
どうもオレは随分焦っていたようだな。負けたからか、頭の靄が晴れた気分だ。」
君には八つ当たりの様な真似をしてしまったと、あっさり謝罪される。ふむ?
「あなたはこのハッカ飴を何処で手に入れたのかしら?」
どうも妙だなと先程ポケットから取り出したハッカ飴を見せると、怪訝な顔でいやぁ、何処だっただろうかと首を捻る。
「精神安定剤代わりに舐めていたんでしょ?コレ、呪われてるわよ?」
改めて問い詰めるが、驚いた顔で確認し、何度も食べていたのに何処で手に入れたかを思い出せないと気付き、グラトニーの言葉を信じる事にしたようだ。
「済まないが何も思い出せない。言われてみれば妙だと分かるし、買った物の筈だ。
けど相手どころか場所や値段も思い出せない。何というか、食べて暫くは落ち着くのに気がやたら大きくなる感じだった。我慢も利かなくなっていたと思う。」
前の、同期の誰かとの違いは呪詛濃度の濃さだろうか?
そう言えば彼女の呪詛は取らなかった気がするが、まあいいか。
「オレは魔女狩り志望なんだが、魔法の才能がまるで無くてな。
焦っている所に付け込まれたんだろう。君が何処かに入ったのを見て不審な行動と思った瞬間、君を倒せばどうにかなるという短絡的な発想を思いついて実行に移した。
その結果、この様だ。オレは多分助からないだろう?」
「ええ。放置すれば明日の朝までに。
ところで、あなた私が魔法の才能を与えたら私に忠誠を誓う気はあるかしら?」
「忠誠?いやそもそも魔法の才能を与えるって、不可能だろう?」
「出来るわよ。但し私に殺生与奪を握らせる事が前提になるけど。
私が呪詛を操れるっていうのは他の学年にどの程度伝わっているのかしら?」
グラトニーの質問にぎょっとして咳き込む青年ジェンド。
「あ、あのな?呪詛って魔女しか使えないって言われてるからな?
ま、まぁ?一年教室を壊滅させてれば大体は学園中に広まっているが?
一部の二年と三年以降は多分、君が魔女認定されない理由を学園卒業していないからと結論付けている程度には黒だぞ?」
どうも明言されるとは思っていなかったらしい。
「なら話は早いわ。私の呪詛は条件の範囲内で相手の願いを叶えるというものよ。
その一部に契約した相手に私の器の一部を分け与えるという力があるの。
但し器を譲渡した場合、私はあなたの意志に関係無く、常にあなたの魂を吸収し器ごと回収出来る。当然回収したらあなたは死ぬし、抵抗も出来ないわ。」
呪詛『色欲』。自身の能力や器を他者に譲渡出来る。
譲渡する能力は複製なので自身の力を失う訳では無く、自力で維持する訳では無いので器の減退も一時的だ。
一方で譲渡された側は、回収されない限り永続。拡張されたままとなる。
「黙って譲渡しなかったのは、説明と同意が必要だからか?」
「ええ。嘘を付いても問題無いけど、契約に嘘や解釈違いがあると成立しないわ。」
詰まり善人と誤解させても条件に矛盾しないが、殺生与奪をしない、等の守る気の無い項目を追加したら成立しない。契約した直後にグラトニーを殺す気でも同様だ。
その反面、契約内容で多少融通が利く。
「だが何故だ。オレみたいな一年にも負ける劣等生、役に立たないだろう?
君の話では呪いをかけられても気付かない程度の未熟者だ。」
探るような眼で見られるが、別段隠す気も無い。
「わたしが欲しいのはあなたの剣腕よ。私の『亡霊』との特訓に付き合いなさい。
後は私が殺したい相手を探す協力ね。顔も正体も不明だけど、話を聞く限り魔女が有力だから、魔女狩りを目指すなら丁度良いでしょう?」
「あ、ああ成程。だが、他の機密情報を漏らせと言われても無理だぞ。
というか君、洗脳とか出来ないのか?
契約に何をしてはならないとか、罰則を設けるとか。」
「判断力が鈍った相手とは契約出来ないわよ?回収は任意だから、罰則も無理。
あなたが逆らっても私が構わないと思っていれば無関係。」
「えぇ……。じゃあ死んでもいいから逆らおうとか、出来るじゃね?」
無論可能だ。というか、契約以降に反意して暗殺すれば丸儲け出来る。
とは言え致命傷を回収した器で塞ぐ事は出来るし、契約と無関係に怪我を塞ぎたいから回収とかもグラトニーは自由に行える。
「後、私の魂を分け与えるに等しいから、心は読めずとも殺意の類は伝わるわ。
これも誰かに殺人を依頼すれば関係無いわね。」
「そ、そこまで言っちゃうんだ……。」
厳密には命令を強要する呪詛はあるが、契約とは全くの無関係。後抵抗出来る。
「あ。そうか、あなた呪詛や精神魔法に耐性無いのよね。
なら今の器を五割分拡張して、三割を耐性に当てましょうか。それなら気付かれないで洗脳されたり即死する事も無い筈よ。
これが私から提示するあなたの価値ね。」
「あ、うん。とても配慮された契約じゃないかな?
と言うか本当に今洗脳とか魅了とかしてないのか?今更ながら君の発言に抵抗を感じない自分に疑問を感じて来たんだが。」
そんな事言われても。
「ん~?契約出来なくなってる様子は無いし、多分気分じゃない?
さっき呪詛は抜いたけど、死にたくなければ契約しろって言っても同じよ?」
(はは~ん。これ殺される方が納得な状況過ぎてデメリット機能していない奴だな?)
殺しにかかって呪い取り払われて、恨み言一つ無く普通に評価されて。喉から手が出るほど欲しい対価提示されているのも地味に罪悪感を抉る。むしろ脂汗出る。
(お、落ち着くんだオレ!情報の横流しとか殺したい相手がいるとか言ってるぞ!
でも関係無い奴は無関心みたいだし、殺しを手伝えとも言われてないぃぃぃ!)
「そもそも才能とか言っているけど、制御を碌に鍛えてないのは何で?
呪文の集中が随分簡単に切れてたけど、伸び悩むほど鍛えてないわよね?」
(?????)
「こほん!えと。なんか、良い鍛え方あるのか?」
ま、まさか教えて貰えたりとか、そんな?
「もしかして、このエーテル球って実は貴重だったりするの?」
「その話くわしく。」
うん!やっぱ生まれで差別とかイケナイな!
ジェンド「卒業見込み無くて才能の無さに悲観して下級生殺しに行ったけど、
本人に才能を惜まれて欲しいモノ全部契約条件に出された也(白目)」
ラスボスが配下に力を与えるって定番だよねw!




