03.旧校舎へ
回線復旧しました。
今週末に溜まった分を纏めて投下します。
魔女に会うなら常に夜間だ。
なので出発も休日の前日、食後に即寝て夜起き出す。
こういう時同室生に理解が無いと、諸共の注意を恐れて密告されるらしい。
その点アヴァロンは時間になったら基本起きない上に、寝ている時を起こそうとしたら教師でも牙を剥くので心配は無い。
「ま。気付いても普通に見て見ぬ振りしてくれるしね。」
さて。旧校舎内である。
魔法学園の旧校舎なのだから、煉瓦造りの宮殿かと思いきや。内観は木造の教室が並び片側に窓が広く取られた、所謂戦後の薪ストーブが似合う木目の廊下だ。
壁の漆喰は古代の発明だというから不思議は無いかも知れないが、学舎としては安っぽいという気がしてならない。
繋がっている場所は廊下だが、近くには受付と靴箱がある。
様子を見に伺うと、突然全ての靴箱が一斉に扉を開いて閉じ、大雨の様な騒音を乱雑に掻き鳴らし始める。何処かから嘲笑が木霊する。
早速の歓迎かと靴箱に紛れた伏兵を探しに向かうと、後方の扉が勢い良く閉じる。
「ふむ。『不可視の水よ、水衣よ、祖は我が身なり』。
『姿形を示せ、半身巨躯は、盾鎧なり』。」
すると一斉に黒い革靴が飛び降り、足踏みを初めて次々とグラトニーに襲い掛かる。
数が多い時は『亡霊騎士』より『無手』で包んだ方が範囲も広い。
ぶつかって来る靴の威力は弱いので、こちらの方が楽だ。
「あらあら。」
敵意はビンビンに感じるのだが、妙に単調で捻りも無い。視界一面を埋め尽くしてはいるのだが、どうも『嫉妬』で跳ね返しても術者に届く感じがしない。
無駄な事をするより、先ずはと『暴食』で前方一帯の靴を靴箱の一部ごと喰らう。
(あらまぁ。コレ生き物に反応するだけの呪詛ね。
呪詛にこんな単純な代物があるだなんて。)
グラトニーにとっての呪詛は今まで害意や殺意の象徴だったので、こんな薄い濁り水程度の悪意に宿った呪詛というのはとても新鮮だった。
(丁度良いわ。習得分は吸収したけど、補給序でに食べていきましょう。)
吸収出来る量はロスを含めると消耗分の二割回復出来るかという程度。
それでも器を埋める程の呪詛を保持していないグラトニーには都合が良かったが、全ての靴を食べ切る前に靴が靴箱に戻ってしまう。
残念ではあったが、呪詛を失った革靴も何かに使おうかと纏めて回収する。
玄関の外への扉は開かず、どうも鍵がかかっているというより先が無い感じだ。
多分ここもスノードームハウスと同じ異空間で、その境界なのだろう。
受付から出て来たゾンビの様な傀儡を捻り潰し、廊下とまとめて確認するが、興味を惹く様な何かは見当たらない。
このゾンビも手応えから見るに、靴と同じだ。
適当に廊下を進みながら近くの教室に入ってみると、やはり即扉が閉まり、一斉に座席が机の上を飛び越えて襲い掛かって来る。
ここの教室は例によって例の如く、後ろに行くほど天井に近く教壇が一番下にある今の教室と同じ形だ。机と椅子が固定式なので、飛んでくるのも厳密には座布団に似た台か。
質量こそ大きく若干時間差があり、一見巧妙だがグラトニーは退屈を覚える。
(何コレ。傀儡、ゴーレム使い?にしてはクリスが怒り狂いそうなくらい雑な操作ね。)
適当に席を喰らった瞬間、教壇から赤い腕が伸びてグラトニーの首へ迫る。
「あら。良いわねこれ。」
手首を握り潰しながら『暴食』で教壇を喰らい、残った両腕が血を飛び散らして魚の様にのたうつ。腕も放り投げて吸収するが。
(んん~~~?コレ、風船?)
無手に似た形式だが、外側は膜のように薄くて中に呪詛が流れ込んで方向や勢いを操作している感じか。呪詛に指向性を持たせる役には立つが、妙に半端だ。
「殺意というよりは、驚かそうとしているのかしら?」
一々教室を確認するのも面倒になったので、普通に開く扉から廊下に戻り、軽く壁まで変わった教室が無いかだけ確認して他は無視する。
と。給食室なる大きな厨房があった。
嬉々として厨房に入ると、予想通り厨房の調理器具が襲ってくる。
即座に吸収しようかと思ったが、飛来速度は慣れると案外遅い。確認用に吸収するのは一部にして『無手』で受け止め、呪詛だけを吸収出来るかを試す。
(うぅん、ちょっと手間がかかるわね。)
今回みたいに簡単に止められる相手じゃないと難しそうだ。とは言え、上等とは言えないが調理器具は欲しいのでなるべく回収しよう。
大型の鍋や調理器具も新品では無いが、意外と売ってないので確保しておく。
一方。その様子を使い魔越しに監視していた茶会の魔女は、驚くどころか楽し気に振る舞うグラトニーの様子に戸惑いながら地団太を踏んでいた。
「き~~~~!一体何なのよコイツ!さっきからここを宝箱か何かだと思ってない?!」
流石に本気で襲ったらこの程度ではない。だが軽いジャブでも普通は致死級の投擲物や刃物に襲われて楽し気にされるのは納得いかない。
此処は彼女のテリトリーだ。不自然が無い程度の偽装とは言え、恐怖を煽るために様々な手を尽くして来た。
本腰を入れる前に、先ずは恐怖というものを味合わせてやらねばなるまい。
階段を上ると俗にいう人魂らしき灯りを吸収するが、見た目通りのエーテルの灯でしか無かった。ケタケタ笑う幽霊っぽい呪詛の塊も、風船並みに薄く弱い。
(えぇ……?もしかして、見た目や音を出すので手一杯なのかしら?)
でもそれにしては構造がシンプルだ。いや待て。
「『亡霊よ、影を映せ、形に力を宿せ』。」
「我は、亡霊騎士なり!」
目を光らせて構える鎧騎士は一見して中に人が着ているに見えなくも無いが、エーテルの見えるグラトニーから見れば、人形遊び以外の何物でもない。
使い道が分からない技術に、取り敢えず後日クリスに聞いてみようと溜息を吐きながら喋らせただけの『亡霊』を消す。
職員室には当然の如く誰も居ないので、単に椅子や机が襲ってくるだけならスルーだ。
正直呪詛の吸収だけなら効率も良くないので面倒になってきた。
変わった部屋が無いのなら二階は全部無視しようと思ったが、人体模型が扉を開き姿を現すと、明らかにグラトニーを意識して立ち塞がった。
「あら。漸くその気になったのかしら?」
剥き出しになった人体模型の臓器は全て実際に動いており、人間を魔法で生かしていると言われても納得するぐらいにリアルだったが、顔半分の髪が明らかにゴム製だ。
これが真っ当な神経を持ってる相手なら明らかな人工物に脈打つ臓器が冒涜的な恐怖を煽っただろうが、グラトニーにはリアリティ不足としか映らない。
「…………だっさ。何でそこで手を抜くの……?」
リアル志向ならカツラぐらい使って欲しいものだが、髪の形に盛り上がったゴムを黒く塗っただけではリアリティよりも安っぽさが際立つ。
「キィエエエエエッ!!!」
人体模型が激怒の余り、直前までカクカクと揺らしていた作り物っぽさをかなぐり捨て後頭部狙いの鋭い飛び蹴りを見舞う。が、軽い。
「キェ!キェ!キケケケケ!!」
激怒した魔女の怒りを反映し、多段蹴りに後ろ回し蹴り、拳打の嵐という明確な武術を感じさせる動きに面食らったが、自分を油断させるためだったのかと思いつく。
「でもいくら何でも軽過ぎるわね!」
鎧の如く覆う『無手』の一部を操り鞭の様に振るい抜くが、後ろ手に飛び退いてバク転しながら両手を立てて構える人体模型。
最早演技力をかなぐり捨てて全身に害意の呪詛を漲らせる。
「『亡霊よ、影を映せ、形に力を宿せ』!『お前に、騎士の剣を、与えよう』!
『お前に、長円の盾を、与えよう』!」
らしくなって来たと、殺意を滾らせて完全武装の『亡霊騎士』を出して一刀両断に剣を唐竹に切り落とすが、人体模型は苦も無く回避の挙動で前に出る。
反撃を狙う人体模型は盾の無い剣の外側から拳を振り抜くが、『亡霊』は兜を拳に叩き付けて破壊し、動揺した瞬間の人体模型を切り上げる。
壊れた拳ごと腕を飛ばされた人体模型はそれでも踏み止まるが、それが最悪の選択だと気付くのは構えた腕ごと全身を盾に圧し潰されたからだ。
壁と盾。退路を失った状態で壁に叩き付けられれば、強度に脆い人体模型。
多少の強化はモノともせずに砕け散り、転がる頭を踏み砕かれる。
「……ふむ。人形遣いとしての腕はクリスにまるで及ばないわね。」
激怒した。激怒した。激怒した。
怒り任せの地団太は淑女に有るまじき姿と自覚しながら、茶会の魔女は憤怒の衝動に愛用のテーブルを引っくり返して後悔に蹲った。
戻せるのだ。元に戻せるのだが、お気に入りを壊してしまったダメージが心に刺さる。
おのれ身の程知らずめ。もう構うものか。
茶会の魔女が優雅さの欠片も無い人体模型や学校の備品を操っていたのは、偏に侵入者への偽装と恐怖を煽るためだ。
怪談にありがちな空気を演出し、如何にも人知の及ばぬ環境を演出する。
そんな手間をあの小娘は嘲笑ったのだ。許せるか。許してなるものか。
向こうが理解して無さそうだという冷静な視点は今ので完全に失われた。
相手は学園の魔女七人の中で最悪だった墓守を滅ぼし、相性差を除けば最強である紙とその天敵である鏡に弟子入りしている。敵に回すのは躊躇う存在だ。
だが別に上下関係などは無く、どちらかと言えば魔女の癖に真面目で被害者顔した紙に従うなど真っ平御免だ。だから今回も自分で手を貸すかは判断すると答えたのだが。
「ああそうさ!あたしも人形でクリスに勝てるとは思ってねぇよ!
そんなに言うならあたしだって魔女の本領であんたを屈服させてやるさ!
あんたのそのお綺麗な顔を、力尽くで歪めてやるよぉ!!」
茶会の魔女ローレルが最も嫌な事は、容姿に自信のあった自分のプライドを粉々に打ち砕いた二人の美少女魔女、オルガノンとクリスを比較に出される事だった。
何が気に食わないって、揃って年上の癖に自分より若く見えるのが一番許せない。
階段から見上げるだけで、其処が茶会の魔女のテリトリーだと分かった。
三階には呪詛が満ちている。三階は恐らく校舎の形を取ってすらいないだろう。
川の様に流れている呪詛を見れば直ぐに分かる。耐性が無いものは近付くだけで夢現に惑わされるかも知れない。魔法使いであれば気が安らぐ程度か。
決して強くは無いが、成程茶会に誘うには十分。甘い香りが空気を満たす。
階段の上は回廊だった。屋上などは何もない。
いや。それは誤解だ、正しくは無いだろう。
中庭こそが屋上で、この祝宴の本体だ。
中庭を囲む壁は全て窓で緑の庭園が覗き見えて、中央に植樹の壁が中の様子を遮る。
全ての四つ角近くには中庭に続く扉が一つずつ。開放的な夜闇月明かりに照らされた、物語の様な星々が煌めく庭園の入り口。
だがこの廊下こそが境界だ。砦だ。城壁だ。
壁面全てが焼き菓子で出来ている。天井は全て板チョコだろう。ランプの灯りは果物で灯火は飴細工の輝きだ。
『無手』を踏み台にした床板は生クリームの塗られたケーキ生地だ。
ケーキには砂糖菓子の人形達が定番の憑き物だ。
「そぅ。漸く本気を見せてくれるのね?」
笑み。恐怖を象った様な、歓迎の笑み。
ジャムを塗った三等身の兵隊達が飛び掛かる前に距離が詰まり、闇に抉れる。
「『暴食よ!』」
グラトニーが伸ばした手元の兵隊達は、今迄とは比較にならない濃厚な呪詛の塊だ。
一瞬動きを止めた後続の兵隊達は、慌てて突撃する前列と飛来する星チョコや金平糖の一団は、廊下一面を埋め尽くす。
「まだまだぁ!
『亡霊よ、影を映せ、形に力を宿せ』!『お前に、戦斧を、与えよう』!!」
反対の手を開き抉るように振るい、喰らえるだけ抉って背後から『亡霊騎士』が両手に上半身を隠せるほどの巨大な斧を叩き付ける。
回り込んで背後から迫っていた、醜悪に口から砂糖汁を撒き散らして牙を剥く多彩で多様なケーキの数々を、顎の様に広がった掌の形をした呪詛が振り向き様に潰される。
外壁のクッキーは次々と開いて砂糖騎士達が槍を突き出して走り出す。
曲がり角の先からは生菓子の怪物達が牙を剥いてお出迎えだ。
「アハハハハハハハハハハ!!!!!
そうよ!折角遊びに来たんだから派手に歓迎して頂戴!!」
全身から呪詛を撒き散らし、廊下全てを抉り、喰らい尽くさんと走り回る。
壁も天井も全てが獲物だ。それは狂気の円舞、近付く全てが奪われる恐怖。
物量だけの菓子の群れでは、余りにも重みが軽過ぎた。
止めとばかりに両腕から伸ばされた黒い呪詛の塊が、掘削機の様に窓を噛み砕く。
扉ごと四隅迄失えば、そこは星空の様な空間の中に、小さな緑の庭園がある。
平屋の小部屋。小屋というのは流石に言い過ぎだが、一人分の家庭菜園には手狭か。
満を持して潜り抜けた植物の門の内側は。
一面黒い茨で埋め尽くされた、明らかに中庭より広大な茨の迷宮が拡がっていた。
茶会の魔女「死なない程度に怖がらせてあげましょう。」
ぐらとにー「何で殺さないの?」
うん。まぁ。あらゆる意味で相性が悪いです。
あと紙が最強というのはあくまで茶会さん視点。理由は本編の続きで。




