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ガラクタの学園  作者: 夕霧湖畔
第九部 禁忌の魔女編
200/211

02.暴君の呪詛

 砂嵐の舞う砂丘の奥に、燃え盛る頭髪を持つ巨大過ぎる人影が立ち(ふさ)がる。

 漆黒の巨躯(きょく)は巨大な(しょ)を握り、それ自体が巨大な塔の様に天地を(わか)つ。


 グラトニーにとって見た目は意味をなさないが、用いられた呪詛量を見れば軽く流して良い代物じゃ無いのは明白だ。

 ジュリアンとは爆発の余波で距離が開いたが、あの巨人と正面対決する(えき)は無いと確信出来る。幸いにも腕に巻き付いた『チャクラ』は健在だ。


『さぁて、ぬん!』


 片手で引き上げられた巨大な塔の如き『巨大杵』が無造作に頭上へ掲げた直後、踏み込みながらの薙ぎ払いが一息で、視界の半分を埋め尽くす。

 避けた瞬間から吹き抜ける逆巻きの突風が『杵』の通り過ぎた空間に集う。只の素振りが真空を生じ、二人の動きを束縛(そくばく)する。


『……ジュリアン、そのまま聞きなさい。あの黒い巨人は奴の本体じゃない。

 強いて言うならこの異界〔デミウルゴス〕こそが奴ローレライの肉体よ。』


(それは、また!じゃあこの結界から脱出、しないと奴は倒せないって事?)

 突風を突き破って脱出したジュリアンが空中で体勢を立て直しながら再度引き戻された一撃を(かわ)す。まるで人間大の影が武器を振るっている様な軽快さだ。


『あなたが外で〔校舎〕を粉砕する心算で戦えるのならね。

 何より奴の急所はこの世界の世界核である【呪界核】そのもの。この世界は奴にとって全方位から優位を取れる空間である反面、弱点をも(さら)しているわ。』


 続く攻撃を回避しながらグラトニーは敵の『杵』に匹敵する巨躯まで『猫体』を膨らませる。反撃を試みる為にはある程度の大きさが必要だ。

 だが『杵』が振り抜かれる度に吹き抜ける突風が砂嵐となって立ち昇り、まるで神殿の様に天地を(つな)ぐ、砂嵐の柱が増え続ける。


(なるほど、という事はこの世界の何処かにある【呪界核】を探さないと。)

 だがお互い、会話に支障(ししょう)が出ない程度には慣れて来た。


『……いえ、探すのは案外難しくなさそうよ。

 あの巨人の中に核があったら諸共(もろとも)に巻き込まれる恐れがある。けれど私の『霧』に気付かれず隠せる場所と言えば、砂丘の中だけ。

 あなたなら何処に隠したいかしら?』


(……直ぐに(かば)える足元近く、かな。)

 向こうもこの『赤い霧』が物理的な代物では無い事くらい気付いている筈だ。

 『霧』に感知能力のある可能性くらい当然視野に入ってるだろう。


『その【剣】なら出力負けしないでしょう?

 範囲重視、地面に叩き付ける形であの巨人を消し飛ばすのは出来るかしら?』


 ジュリアンに慣れたグラトニーにとって巨人の反応速度は鈍いに尽きるが、実体は人型の砂丘というのが近い。あの巨体ならむしろ身軽過ぎるくらいだ。

 何よりこのままでは、退路が全て砂嵐で埋め尽くされてしまう。


(溜める時間があれば。)

『決まりね。簡単に一撃見舞って一発反撃を受けなさい。

 後は私が適当に稼ぐわ。』

「いやちょッッッッ~~~~~~ッ~~~~~ッッ~~~~ッ!!!」


 誰も無防備に喰らえとは言って無い。動じて隙を作ったジュリアンは物凄い勢いで砂丘を幾つか(つらぬ)いて何処かにめり込む。


『ち、『刻め描爪、諸共に引き裂け』ッ!』

 『チャクラ』越しにガードが成功した事は分かったので、『猫爪』の数々を砂の胴体に叩き付ける。漸く多少たじろぐ程度の規模にはなった様だ。


 呪詛の質を保てる上限、高位竜サイズまで巨大化した<七眼朧猫>で漸く巨人の頭程度だが、この大きさでやっと有効打が放てる。


 『憤怒』の体毛で固めた前脚で殴れば、さしもの巨体の質量も揺らぐ。見せかけの『杵』を持つ拳を呪文を省いた『猫爪』で柄ごと砕けば、小細工がバレてる事を確信したローレライの黒い顔が(ゆが)む。


 と同時に。

『雷ァァァァイ!!!!雷々雷ァイ!!!』


 巨人が拳を天に突き上げ、拳に弾けた川の様な雷が叩き込まれる。グラトニーを中心に大木にも似た(まばゆ)い雷光が視界を焼く。

 雲を(つか)む様な姿勢で繰り返されるは四度、但し最後の一撃は。


『軽イッッッ!!』

 巨大な黒い『猫手』が巨人の胴を突き刺し、避雷針の様に漏電(ろうでん)する。


『チィッ!!』

 互いに痛手に至らないと確信しつつ、しかしグラトニーは躊躇わない。

 頭を跳ね上げる様に伸ばした『爪』で胸元ごと抉り、迫る拳は(むち)の様に(ひるがえ)る四尾が切り結んで手首から腕まで輪切りにする。


 砂丘の影でジュリアンの回りを膨大なマナの渦が渦巻き、体を低く沈めて構え。

「『暴虐なる怪童、無双の鉄槌、一刀を以て叩き切れ』!」


 振り抜かれた剣戟から真空の刃が広がり巨大な閃光となって地面を(えぐ)り、余波を火柱の様に天まで立ち昇らせながら。

 凡そ一瞬で巨人化したローレライを両断し、突き抜ける。


『な……ッ!!…………なん、だと?』

 驚愕する漆黒の巨体が縦に別たれ、ローレライが我に返るよりも先に膨大なマナの爆風が、今度は両脇に別たれた巨人全てを焼き尽くす衝撃波と化す。


 地中に大穴を拡げる衝撃波を。

 地面から貫く様に立ち昇った呪詛の奔流(ほんりゅう)がド派手に弾き飛ばす。

 突き抜けて現れたのは、憤怒(ふんぬ)の形相にも見える異形の大男の影。


『ォオッノレェェェエエエエッッッッッッ!!!!!!』

『ッ?!』


 迎え撃とうと振り下ろした『猫手』を異形の腕で受け止めた大男は、全身が無数の刀剣で出来ており、頭部は蛇のように長くも全てが刃物の組み合わせで在り。

 体そのものである『刀剣』は矢の如く放たれて黒い爪を受け止めると同時。


 <七眼朧猫>の巨躯に背後と至近距離から、雨霰(あめあられ)と降り注ぐ。


「グラトニーッ?!」


 【核】の場所を探っていたジュリアンは、上空で起きた光景に思わず我を忘れて身を乗り出す。


 <七眼朧猫>に突き刺さった『刀剣』の数々が、()()()()散らして貫いた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 突如背後にマナの乱れを感知したジュリアンは、前のめりに跳躍(ちょうやく)しながら物陰を飛び出して視線を背後に巡らせる。

 背後から飛び出した数本の『刀剣』は、ジュリアンの背後に開いた呪詛の穴から飛び出していた。


(グラトニーの背後から貫いたのはコレか!)

 再び横目で空を見上げれば、今度は異形の化け猫姿のグラトニーの周りに、回避ルートを断つ様な位置に幾つもの呪詛の穴が開いているのが(うかが)い知れた。

 その巨体から急速に呪詛が(ゆる)むのを知覚し、焦りを覚え。その傍ら。


 ジュリアンの周囲には幾つもの呪詛が渦巻き始めた。一度気付いてしまえばジュリアンは、視界の外にあってもそれらを察知出来る。


 先程グラトニーに一撃喰らえと言われて弾き飛ばされた後。




 ジュリアンが最初に行ったのは一度に扱えるマナ量を増やすため、一度<心眼>を切って切り札の使用に踏み切る為だった。


 グラトニーには雑に説明したが、【勝利の剣】にはジュリアンが持つ四つの発動具を全て収納してある。

 これは【剣】のマナで呪文を発動させる一体化に必要な手順で在り、一旦登録してしまえば取り出した後でも有効だ。


 と同時に。【勝利の剣】を持っていれば勝手に他の発動具に魔力を通してくれるという意味で在り、剣の発動具を二つ持つジュリアンにとっては非常に有難い機能だと言えた。


 何よりジュリアンは、二刀流で切り札に集中出来る程鍛えられてはいない。

 これは生命力(アルマ)の制御を体得して初めて可能な、アルマを用いた秘伝魔術。


「『獣卸(けものおろし)の術<グリフォン>』!!」


 幻獣グリフォンから譲り受けた《グリフォンの御魂》。

 その内側に宿る彼の幻獣の現身とも言うべきマナの塊と自らのアルマを同調させる事で幻獣の力を自身に宿す〔影の王国〕に伝わる秘術『神憑(かみがか)りの術』。


 自然力マナと生命力アルマの融合(ゆうごう)という秘伝の極意。自らの器を超える力を得る代わりに、制御を誤れば己が幻獣化する恐れもある秘術だ。


 淡い燐光(りんこう)の様なマナが全身を満たせばジュリアンはいつも以上に冴え渡った五感で再び<武威『心眼』>を発動させる。

 息を吸い、深呼吸すると。既にマナとの一体化を果たした分開眼も早かった。




(今なら分かる!あの大男の中に【呪界核】がある!)


 <武威『(さけ)跳びの法』>を用いて空を跳ね、グラトニーの元へ駆け出したジュリアンの視界で弱まっていた呪詛が膨れ上がる。化け猫の体毛が逆立ち、剣山の様に全身が硬質化して突き刺さった『刀剣』と諸々を砕き割る。

 その眼差しは爛々(らんらん)と輝き、はち切れんばかりの怒りに満ち溢れている。


 グラトニーの無事を確認し意識をローレライに集中したジュリアンは、はっきりとその膨大な気配を捉える事に成功した。恐らくは。


(下手に隠すより最初から全力で庇った方がマシだと判断したか!)

 不意に至近距離を掠めた『刀剣』とは別の、呪詛に似たジュリアンを包む気配を感じてそれが『刀剣』と結び付いた気配に気付く。


 と同時に。通り過ぎた『刀剣』が再びジュリアン目掛けて飛来し、『鮭跳び』で合間を縫う様に全て避ける。

 だが(ひも)付けられた『刀剣』は、その跳躍後のジュリアン目掛けて(あと)を追う。

「これは!?」


 呪詛に似ているが微妙に違う。狂気による執着(しゅうちゃく)では無く偏執的(へんしつてき)固執(こしつ)

 例えるなら濃密な粘体(ねんたい)による拘束(こうそく)と二重三重に重ねた荒縄の様な束縛(そくばく)か。

 魔術では不可能な現象を無理矢理に捻じ曲げた様な歪んだ魔力の気配が、ジュリアンを付け回す『刀剣』群から伸びている。


 それは『必中』の呪い。一度狙いを定めれば、必ず獲物に牙を剥く禁呪。執拗(しつよう)に狙い続け、目的を果たすまで止まらない。


「成る程、これが呪い。

 差し詰め禁じ手によって捻じ曲げられた魔力ってところか……!」


 空を跳ね回り、切り弾きながら増え続ける『刀剣』への対処を思案する。

 これに比べれば呪詛はむしろ素直だ。無尽蔵に圧し潰さんと迫る呪詛とは違い、呪いはパズルの様に組み換え逃げ回り、複雑に後を付け回す。


(いや、()()()!逃げるな!後手に時間を稼いでも改善なんてしない!

 仕掛けるならこっちだ!自分から打って出て対処させろ!)


 己を叱咤激励(しったげきれい)しながら魔力を集中する。定量以下なら魔力切れが無いのが【勝利の剣】の良いところだと、意識から感情を削ぎ落す。

 纏わりつく様に襲い掛かる『刀剣』の群れを、一旦全力でローレライを目指して『鮭跳び』し、ジュリアンに反応した刃物で出来た蛇頭の片腕から新たな『刀剣』が飛来する。


「『暴虐なる怪童、無双の鉄槌、一刀を以て叩き切れ』!

 『秘剣・鷹舞踊(たかぶよう)』ッ!!!」


 赤カブトの『飛び斬撃』が絶え間無く翻り煌き(きらめ )、次々と迫り来る『刀剣』を破壊する。如何な『必中』の呪いとて、呪いの源が無ければ成立しない。


 翻りながらも鋭角に。間延びする円弧と渦を使い分け、一筆書きを描き続け飛び続け。獲物を追い込む様に切り払う。

 疾走と跳躍で緩急(かんきゅう)を生み出し、斬撃を分けながらも止まらせない。


 前進が無理なら弾きながら斜めに進み、囲まれるなら跳躍分の隙間に捻じ込み。

 着実に距離を詰め乍らローレライを間合いに収め、『刀剣』諸共切り払う。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 全身を貫かれた感触によって動きが鈍り、予想外の負荷に内心で舌打ちする。


 グラトニーの<七眼朧猫>は所謂(いわゆる)呪詛の鎧だ。肉体そのものが変形している訳では無いが、五感はそのままにある。だが問題はそこに無い。


 痛覚を触覚の一部としか認識していないグラトニーにとって、ダメージと呼べるのは再生の()()()()だ。<朧猫>は猫の肉体を、より正確に再現している。

 それは呪詛をより多く凝縮(ぎょうしゅく)するためであり、質量化する程の呪詛を即座に別の形に転換出来るよう蓄えておくための体躯で在り。


 潤滑油(じゅんかつゆ)のように流れる血液が、殺生石と同じで濃密な力の貯蔵庫となるからだ。

 だがそれ以上に、これ程の傷を負わされた事が苛立(いらだ)たしい。



 フィギャァアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!



 怒り任せに全身の体毛を硬質化し、降り注ぐ『刀剣』を貫いて砕き。

 飛び散った血も肉片も、『赤い霧』に溶け込んだものは全て『傲慢』と『嫉妬』の密度を高める。無機物だろうと害意がまとわりつくなら全て屈服させる。


 グラトニーに近付く『刀剣』の一部が互いを砕き合う様になり、一方で眼前の蛇頭の刀剣生物(ローレライ)は、即座に伸びた『猫手』を躱して飛び退く。


(速い!?爪の伸縮まで読み切ったの?!)

 拳を躱された直後に手首を曲げ、伸ばした爪すら降下して避ける。

 包囲する様に八尾を硬質化して伸ばすも、まるで図った様なタイミングで転移しグラトニーの背後に回り込む。


 『憤怒』の体毛は槍の様に伸びるが、流石に体毛全てに鋼以上の強度を与え続けるのは無理がある。降り注ぐ『刀剣』によって互いの目論見は失敗する。


「未だ未だァッ!!!」

 突き上げられたのは砂嵐の『槍』。特に頭上から降り注ぐ『刀剣』の圧は変わらず退路を塞ぎ続け。


 <竜息吹『炎』>が『刀剣』を突破してローレライに直撃する。


「ちぃ!『我は黄金、玉石混交、財宝は此処にあり』!」

『舐めるなぁッ!』


 『槍』をしなる『猫手』で貫きしかし『刀剣』は全て弾けず一部が刺さり。片やローレライは『黄金』の呪詛を拡げて二人の間に巨大な『銛』を作る。


 そこへジュリアンが駆け付けて、『飛び斬撃』を奇妙に分裂させながら『刀剣』諸共に切り払う。が、いない。

(<虚空>よ!)


(<我は至れり>!)

 『刀剣』を放り込み続けた穴から少し離れた所に跳躍し、即座に転移して脇から『猫手』を叩き付ける。が、『黄金』を盾にして弾き飛ばされた方角も想定外。


「『天に満ちよ、我が『槍』我が『剣』』ッ!」

 空に無数の剣と槍が何重にも円を描き、両手を広げたローレライの合図を引き金にして、輪の一列ごとに降り注ぐ。


「その程度っ!」

 ジュリアンは『飛び斬撃』を飛ばし剣で弾きながら切り込んでいったが、流石にグラトニーに同じ真似は無理だ。鋭角に蛇行しながら接近を試みる。


 何より合間を縫う様に周囲の『虚空』から『刀剣』が、今も二人に向けて放たれ続けている。流石に無傷では居られないので、被弾面積を下げるため若干縮む。


(流石に手数が多過ぎるわね。【()()()()()()()】のストックも無限じゃない。)


 【ウィッカーマン】は今〔黒林冥府城〕の中を徘徊(はいかい)している、巨人型のゴーレム兼呪具人形の事だ。何も知らなければ単に徘徊する巨大な甲冑ゴーレム。

 しかし実態は中に自身と繋がる大量の、『身代わり人形』が詰め込んである。


 如何に肉体を強化しようが、禁忌との戦いで無傷勝利が出来るとは最初から思っていなかった。だが『身代わり人形』は基本持ち歩く必要がある。

 故にグラトニーは、自身と人形を繋げる事で持ち歩かずにダメージを押し付ける呪具を用意したのだ。


 先の戦いで〔炎帝〕アルガストが見破ったのもまさにコレだった。


 無論【ウィッカーマン】自身は実質箱なので戦闘力は当然低い。


 傍には常に【甲冑巨人】という二階建ての家程のゴーレム化した呪具巨人兵を配置して護衛させている。

 『ギガースの結晶』を中核に組み込み、巨人用の全身甲冑を大量の『竜の血』に浸して強化し、全長に等しい大曲刀を武器にする。言わば巨大な【騎士人形】だ。


 実のところ〔黒林冥府城〕は、ローレライの目から【ウィッカーマン】を隠す意味もあった。何せ魔女狩りが多く集まる場所を、禁忌が戦場に選ぶとは思えない。


 恐らくは【甲冑巨人】を突破出来ず、城の攻略に関係無い両巨人なら、魔女狩りとて無理に挑まないだろうという目算もある。

 事実〔城〕に突入した魔女狩り達が、外部から【ウィッカーマン】内の『身代わり人形』にダメージを与えた事は今迄無い。


(く、<我は至れり>だけで距離を詰めるのは無理か!)


 幾度かジュリアンと連係し周囲を飛び回るも、逃げながら『刀剣』や『武装』を飛ばすローレライには中々接近出来ない。

 お互いに無傷では無いが、さりとてダメージレースは向こうの方が優位だ。


(なら戦場をこっちの手勢で埋め尽くす!

 <幻夜・百鬼夜行>ッ!!)


 みぃぃぃいいぎゃぁぁああああああああああ~~~~………!!!!!!


「何ぃ?!」

 地上に降り立つと同時にド派手な鳴き声が響き渡り、グラトニーの影から次々と『角大師』や『(ぬえ)』等の様々な眷属(けんぞく)達が湧き出し増え続ける。


 その数は容易く百鬼を超えて溢れ、続々と散開し走り出す。それは一見して的を増やすだけの愚かな行動に見えただろう。


 事実ローレライも最初はそう思い、手元に城の様な『火球』を造り。

 ジュリアンの接近を許した直後に『暴食』で一気に喰らい尽くされる。

(ちぃっ!大技を溜める隙は流石に無いか!)


 となると空で増やし続ける『武装』を用いずには地上を削れない。

 何より<百鬼夜行>の中には飛行型の『化け首』や『(くちばし)』がいる。放置する程に地面の砂丘が歪んだ『怪奇草原』で覆い隠され、グラトニーの手数は増え続ける。

 ローレライが周囲に放っていた『砂嵐』も、気が付けば数が減っていく。


「だからどうしたと言うのだッ!!」

 ローレライが()え、同時に再び視界が揺らぎ。


 地面に現れたのは広々とした草原と森、荒野と廃墟(はいきょ)。朽ちた城郭が覗き、焦げた大地に荒れ果てた岩山。暗雲が立ち込める()()()()()へと姿を変えた。

 空は暗く黄昏時(たそがれどき)の赤みこそあれど夜の方が深く近い。星々は見当たらない。


 無論『赤い霧』で繋がるグラトニーの<幻夜・百鬼夜行>が引き連れる眷属『百鬼』達が、先の世界に取り残されるという事は無い。


 だが異界が移り変われば戦況も対策も変わる。

 廃墟や荒野からは『死霊』達が(うごめ)き立ち上がり、拡大していた『怪奇草原』も三割近くは減退させられた。


「来い!『スパルトイ』ッ!!」

 中央の開けた荒野の端に、幾つかの縦長の門が現れて中から一斉に重武装の亡霊戦士『スパルトイ』達が列を成して出陣する。


 其処彼処で乱戦が始まり、しかし初動の速さから物量で圧し切り、とにかく広域への展開を優先する。地上ではこちらが優勢だが、空では単騎で『スパルトイ』に対抗出来る『百鬼』はいない。やがて逆転される恐れもある。


(けれど敵だろうと味方だろうと大差は無い!

 使える空間を削り、リソースを削る!全ての戦場で対応し切れるかしらね!)


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 禁忌の魔女ローレライは、後手に回っている事実を認めざるを得なかった。


 ローレライは決して頭の固い存在でも、まして負けや劣勢を認められない愚者(ぐしゃ)等では無い。少なくとも周りに思わせている程万能でない事は自覚している。

 そも近接戦に限って言えば、間違いなくローレライは苦手としている。その分野ではナイトバロンに対抗出来ないと、かつて完全に割り切ったくらいだ。



 【呪界核〔デミウルゴス〕】は、六つの異世界で出来ていた。

 各世界の名は『灼熱地獄』『凍結地獄』『海流地獄』『枯渇砂漠』『幻牢冥府』『無限獄卒』。概ね名前で想像出来る通りの世界だ。


 これらは異界として(おり)の様に閉じ込める事も可能だが、領域型の術式として用いる事が可能だ。これにより複数の階層を一つの世界に展開するという荒業も可能となるのだが、全ての階層を一つの世界に展開する様な真似は出来ない。


 理由は単純にマナならぬ呪詛出力の不足。

 〔デミウルゴス〕はそれ自体が呪詛発生装置となっており、未使用階がそのまま術者が引き出せる呪詛出力になる。よって複合異界は三階層分が限度だ。


 とは言え展開した異界の地形は全て、事実上無消費で操れるのだから十分に破格だろう。中には効果が矛盾する組み合わせもある。

 ローレライにとって〔デミウルゴス〕は、己に無限の魔力を保証する最高の武器であり鎧でもあった。



 最初の世界は『幻牢冥府』。本来は足場の無い空間で幻術等を多用し、五感を封じるための異界だ。こちらは元々期待していない。


 本気を出したのは先程の『枯渇砂漠』からだ。あの沙漠は単に砂嵐を武器とするだけの空間では無い。中にいる限り魔力を奪い枯渇(こかつ)させる呪詛の檻。

 予想以上に成長しているグラトニーに対し、消耗戦を仕掛ける為だ。


 巨大な<七眼朧猫>等という化け猫といい、自分相手に出力勝負を挑むなら消耗戦に持ち込めば回復力の差で圧倒出来ると思っていたのだが。




(おかしい。あの眷属共からすら碌に魔力を奪えていない。)


 相手の抵抗力と魔力総量が低い程、魔力吸収は効果を発揮する。あれだけの数の眷属を揃えた以上、個々の魔力総量は間違いなく低い。

 だがまるで石壁に砂嵐をぶつける様に、碌な吸収の手応えが無い。

 その理由は『無限獄卒』に切り替えたお陰ではっきりと分かった。


(奴の『草原』からは『亡霊』達が全く産み出せん!

 まさか奴の結界は我が結界を上書きしているのか?!)

 いやそれは結界術として有り得ない。矛盾した法則は術式の崩壊(ほうかい)を招く。


(いや!待て、だが奴の結界は呪詛によるものだ!

 まさか『暴食』か?!あの結界は他の結界を侵食(しんしょく)する力を秘めているのか?!)

 魔力吸収の衝突、いや吸収に用いられる魔力を接触によって奪っているとしたらどうなるのか。手応えが無い理由にはなる。


(馬鹿な!有り得ん!今までに奴が殺した魔女に、そんな力を持つ者はいない!)


 ふと砕かれた『百鬼』が再生する様子に絵具を連想し、絵画の魔女が思い至るが幾ら何でも早過ぎる。何より結界が即座に組み代わる訳じゃない。


(だが呪詛なら可能か?いや自由度が高過ぎる。仮面?結界がか?

 いや待て!そもそも我は何故奴の呪詛が我の『強奪』と同じだと錯覚(さっかく)していた!

 奴は『屈服』を持たない!我に『契約』など必要無い!なら『強奪』と『暴食』の結果が複製(おなじ)だという保証は無い!)


 学習という言葉が思い浮かぶ。吸収でも保存でも無い。容量など関係無い。

 理解し、再現する。復元する。原形を保つ()()()()()としたら。


(奴は最初から複数の器など所持してなどいない!

 巨大化し、増殖し続ける一個体だ!)



 既に何度目か数えるのも馬鹿らしい回数の転移を繰り返し、ジュリアンの間合いから再び逃れる。

 流石にナイトバロンの様な理不尽な間合いで剣戟を飛ばす事は無いが、『鮭跳びの法』は下手な転移より余程速い上に、手軽過ぎて厄介(やっかい)だ。


 こちらも小ナイトバロンかと思いきや、力任せが少ない分論理立てて退路を塞ぎにかかる。本能型の父親と違い、策略(さくりゃく)染みて『先視』の呪詛が外せない。


 『先視』は数秒先の複数の未来が重なって見えるという代物で、慣れないと逆に視界を見失うが、二人の攻撃を凌ぎ続けるには必須(ひっす)の呪詛だ。


(おのれ!『ザッハーク』を使ってもここまで苦戦を強いられるだと?!

 たかが二十年も生きていない餓鬼(がき)共に?!この我が、ナイトバロンの時とさして変わらぬ苦戦を強いられているというのか?)


 殺意の魔人ザッハーク。『必中』の呪いを使いこなす『殺意』を形にした呪詛の使い手だった半蛇の大男。最終的には自らの肉体が『刀剣』と化した末期の王。


 末期型の呪詛は制御が困難だがその分濃密な呪詛を保ち、多くの場合高い殺傷力を有する。接近戦が不得手なローレライにとっては欠点を封じる切り札だ。

 故にナイトバロン相手にもこれを見せた回数は少ない。一対一で使えば大体勝つ必勝の呪詛でもある。


(おのれ!我にこれ程の呪詛を同時に使わせるとは!!

 これが『運命の呪い』だと言うのか?!認めん!絶対にだ!)


 ローレライは敗北を知らぬ魔女ではない。『暴君』は産まれ乍らの力では無く、成長によって形を得て、『強奪』を重ねる迄は影に隠れて立ち回った。


 故に嫌いだ。偶然や幸運などと言った曖昧(あいまい)な理由での勝敗が。

 力が、執念が、衝動が。たかが()()等というご都合主義で否定される事が。


「来たれ『火龍』よ、地の敵全てを焼き払え!」

 禁忌の魔女ローレライは何よりも嫌いだった。

※ゴールデンウィーク投稿中。今週は完結まで毎日投稿予定です。


 呪いに関してですが、以前ジュリアンが六部で話していた内容も間違いではありません。

 呪詛という視点で見れば呪いは規律正しく術式で制御可能な代物です。

 逆に呪詛は暴走し、濁流の様に流れる勢い任せな力。

 怨念は呪詛に近く、死霊は呪いに近いもの。但し全てが別物ではありません。


 視点は三者三様の立場で入れ替わり、それぞれに手の内を駆使しての乱戦模様。全員が消耗し、余力を失い始めています。

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