03.因果
『怪鳥シズ』の上げた咆哮と振動は〔黒林冥府城〕の中にまで伝わった。
状況は《魔鏡》越しに覗っていたが、ばら撒かれた廃墟が只の投石止まりだったと考えるのは楽観視が過ぎるだろう。
七不思議達に確認の指示は出したが、彼女達もまだ異変を探している段階だ。
グラトニーはさてと、次に取るべき手を思案する。
「……瓦礫の数が多過ぎるわね。もしかしてあっちが本命だったのかしら?」
正直向こうが『シズ』を予想してたとは限らない。半々くらいで防ぐ何かがあるかも程度の想定だろう。詳細を探れるならシズそのものに手を打つ筈。
であれば防げなかったならその程度、防げない者は予選落ちと言ったところか。
となると魔女の突入は別口で囮、いや本命が禁忌なら魔女は攪乱だろう。山塊の被害が出ない場所かタイミングに突入して来る筈。
「今のは召喚獣の『怪鳥シズ』か。」
視線で地に伏したアルガストに催促し、『呪符』で眠らせたグラトニーは早々に《人柱の小壺》へアルガストを封じる。
振動から立ち上がったジュリアン達も流石に交渉を反故にする気は無く、今度は素直に見送った。
「ええ、そうよ。変化の魔女サメロラにダーククロウへ変化させたの。」
さて、問題は彼らの対処だが。
「君の基本方針を確認させてくれ。
先輩に聞いたけど、【誅仙陣】だったか、魔女四人に〔校舎〕を守らせているんだよね。それと〔邸宅塔〕には淑女の会の三人。
もしかして、〔世界塔〕は最初から守る気無かった?」
「「は?!」」
声に出したのはポートガスとストラードだったが、驚いたのは実はグラトニーも同じだ。一応侵入経路全部には人員を配置していた筈だが。
「ええ。それで、あなたは何故そう思ったの?」
「そりゃ君に〔校舎〕で大事な物なんて無いじゃん。
俺はてっきり校舎には一人か二人、残りは〔世界塔〕全振りだと思ってたぞ。
まさか淑女の会の三人に〔饗宴〕の主力を全部止められると思ってた訳じゃないだろ?てことはあそこ、最初から俺達用の戦力しかいなかった訳じゃん。」
成程少し露骨過ぎたかと思ったが、同行者二人の顔を見るに鳩が豆鉄砲を食らった様な顔で、これはジュリアンだけの予想だったようだ。
抗議の声を上げるポートガスに対し、ジュリアンが「だって信じないじゃん」と前置きして向き直る。
「それで君は、人質以外は全部放棄してたって解釈で合ってる?
だとしたら〔世界塔〕の奪還手段は用意していると思うんだけど。」
「ままま、待て待て!じゃあグラトニーは一体何をしたいんだ!
〔学園〕を盾にするために〔校舎〕を占拠してたんじゃないのか?!」
ふむ、まあ聞きたい事は聞けた。なら指示にも従うか?
「単純な話よ、〔世界塔〕以外に戦力を配置したの。
禁忌が〔学園〕を侵略するなら〔世界塔〕は必ず狙う。けれど〔世界塔〕の確保は不可能。だって十五年以上仕込みをする時間があった相手よ?
裏口を完全に排除するのに戦力確保と同時進行でなんて、元々無理があるわ。」
「な、成程?ではどうする心算なのだ?」
ギリギリ話に付いてこれたストラードだが、既に知恵熱が噴いている。
溜息を吐きながら、しかしジュリアンが例外なのかと話を噛み砕く。
「禁忌視点で考えなさい。
第一目標の〔世界塔〕を奪還したら、禁忌が次に取れる手は二つ。
一つはガチガチに〔世界塔〕の守りを固めて迎え撃つ。
もう一つは各拠点の各個撃破。
どっちが禁忌好み、いえ有利に戦えるかしら?」
ポートガスがおずおずと、守りを固める?と答えるが、それはアンタの性格だと返す。戦術抜きにして答えたのが顔にはっきりと描いてあった。
「こっちは【誅仙陣】を放棄する手もあるのよ?
序でに言うと、【誅仙陣】の中には学園のマナ供給が途絶えても暫く戦える様に事前にマナを目一杯蓄えてあるわ。
魔女狩りが【誅仙陣】攻略に手間取るか放棄した場合、狙い易いのは〔世界塔〕に籠っている禁忌の方でしょう?」
「あっ、なるほど。【誅仙陣】を使っている間なら戦う相手を選べるのか。」
言ってぶわっと青褪めるポートガス。え?何ここまで予定通り?と分り易く視線を彷徨わせる。当然そのために〔世界塔〕という優位を放棄したのだ。
禁忌視点で〔世界塔〕を無視して各個撃破を優先する意味は無い。〔世界塔〕を占拠した時点で各個撃破の難易度も下がる。
と同時に自身が〔世界塔〕以外に攻め入る意味も低い。こっちにとって一番都合が良い行動が禁忌が消耗する事だ。つまり禁忌は〔世界塔〕に残る。
「向こうも【誅仙陣】の様子は探った筈よ。けど何処か一ヶ所に戦力を集中させる事は多分無いわね。向こうだって四人以下って事は無いだろうし。」
「と、来たわね。」
幹部用の出入口を使って現れたのは、アヴァロン、レイリース、ピオーネの三人に加えて、もう一人。
「あら?あなたは何故ここに来たのかしら?」
どうやらレイリースに頼み込んだらしい。教師トトメリが三人の前に進み出た。
「あなたはジュリアン達と共闘を決めたのでしょう?
であれば学園教師の二人の説得も視野に入る筈。彼らの説得はわたくしに任せては貰えませんか?」
「ふむ。」
正直時間の無駄だと思っている。特にムーンパレスは学園奪還にしか興味無いだろうが、いや。時間稼ぎになるなら十分か?
だが何故トトメリが学園側では無くグラトニー側に就く発言をするのか。
と。トトメリが苦笑し、相好を崩す。
「あなたは今すぐでは無くとも人質と学園を解放するのでしょう?
学園教師に限って言えば、禁忌を優先した方が得の筈なのです。彼らはあなたを信じられないだけなのですよ。」
そういうものか。まあ損は無い。
「良いでしょう。二人は<四面画廊賛歌>にいるわ。
そうね、レイリースとピオーネも同行なさい。トトメリだけでは戦力不足よ。」
「ええ、分かった。」
「はーい。」
硬い表情のレイリースと違い、ピオーネはワクワクとすらしてそうな表情だ。
「私は禁忌のいるだろう〔世界塔〕に向かう。
残りのメンバーは【誅仙陣】のメンバーと合流して〔饗宴〕達を討ちなさい。」
そこでジュリアンが手を挙げて。
「ところで【勝利の剣】って何処にあるか分かる?
アレ君が使わないなら俺に貸して欲しいんだけど。」
「「「?!?!?ッッッッ!」」」
――【勝利の剣】。ナイトバロンのみが扱えた、魔法世界最強の長剣。
一度真価を発揮すれば、如何なる代償を払ってでも使用者に勝利を与えると云われる、魔法世界の伝説そのもの――。
おや、という表情のトトメリ以外、全員が驚愕を露わにする。理由は様々だが、共通しているのは何故グラトニーに聞いたのか、だろう。
だが。
「アレならオルガノン、紙の魔女が持ってるわ。
欲しいなら彼女の陣<千羽織砂上楼閣>へ直接向かう事ね。」
当然私は付き合わないわよ、と釘を刺す。
「分かった。受け取り次第急いで駆け付けるよ。
その後はサンドライトとパトリシアを合わせた四人に任せる事になるけど。
皆の事、頼んで良い?」
「分かった。」
「任されよう。」
向き直ったジュリアンに頷く二人。残るは二つか。
「アヴァロン、どっちに向かうかはあなたに任せるわ。」
極論【誅仙陣】は禁忌以外を引き付ける事が出来れば十分だ。
持ち堪えていれば、手が空いたメンバーが援護に向かえば良い。
そこまで考えたところで、不意に周囲に、妙なエーテルの揺らぎが見えた。
『捉えたぞ!』
グラトニーの影に獣の瞳が見開き、沸き上がる様に黒犬となって飛び掛かる。
「あら?」
『ブラックドック』では無いと思ったのは錯覚だったかと首を捻りながら、グラトニーは無造作に伸ばした『猫手』で、犬の首を切り落とす。
だが分断された犬の体は水風船の様に弾け、血飛沫の代わりに真っ黒い水の膜をグラトニーの視界一面を埋め尽くして包み込む。
「な!」
外から聞こえた声が誰かも分からぬ間に球体の中に呑み込まれ、『暴食』で全て吸収しようとしたが手段が禁忌らしくないと気付き、直接自分に干渉して来るまではと敢えて傍観を選ぶ。
(空間を丸々切り取った?いえ、完全では無いのね。
まだ私の霧とは繋がりが残っている。)
空間越しにではあるが、意識すれば〔黒林冥府城〕の様子は未だ分かる。
向こうに何かするにはこの空間が障害となっているが、今の所向こうに何かするのは後回しにしよう。何せ今、自分は何処かに呼び出されたのだから。
と。黒い膜が弾け、爪先から水の中に落ちる。
着ている《竜眼玉袍》を水中用の呪装《翠霊袍衣》に換装しながら、グラトニーは足底の水を固定し沈む勢いを緩め、周囲に視線を巡らせる。
水色は塩分交じりで純粋な青では無く薄く緑が混じり、頭上にも水面と思しき光の反射は見当たらない。
しかし淡く光が届いているのか空間自体が明るいのか。近場だけが見渡せる程度に仄かに明るく、周囲に岩肌や海底は見当たらない。
けれど海水ではあるのだろうと、舌を湿らせる程度に味を見て確信する。
けれど只の海水と言う事はあるまい。それは辺りに満ちているマナの少なさと、反対に溢れ過ぎているエーテルの濃さが裏付けている。
「ほっほっほっほ、やりましたぞカリギュラ卿。
これぞ〔狼王〕クルトー卿との合作捕縛術式、『影括りの魔狼』なり。」
水中に響く声で喉を震わせ、【ルサルカの水晶球】の中に座り込んだ毛玉の様な白髪が漂う老婆が哂う。
その脇には、漂う様に魔女狩り〔総大将〕カリギュラが待ち構えていた。
「見事だメルビレイ。禁忌の糧とされる前に、大罪の魔女を此処で討つ!」
大剣と鎚を担いだ異形の甲冑を纏う大男が、手持ちの《水晶球》を掲げ高らかに宣言する。
『聴け!我らが魔女狩りの同胞達よ!大罪の魔女グラトニーは今、我らが術中に落ちた!これより我々は大罪の処刑を敢行する!
先の運命の子ジュリアンの宣言を聞き、躊躇う同胞達に告げよう!
我らは魔女を殺す者なり!敵に優先順位を付ける事は構わん!元より我らは個人主義、だが我々は必ずや全ての魔女を打ち倒す!
結果を出せば手段は問わん!誰を優先しても良い!だが、いずれは全ての魔女を討つ事を忘れるな!
以上だ、魔女を殺せッ!!』
(へぇ、あれが魔女狩りの総大将か。
成程、学園教師よりは歯応えがありそうねぇ。)
海中を『赤い霧』で満たしながら、グラトニー自身も外部への干渉を試みる。
『霧』はあくまで呪詛の外観であり、物理的なものでは無いために海中だろうが支障は無い。だが結最低でも結界全てを満たすまでは外界への干渉は出来なそうだ。
(この辺は『領域型術式』の限界ね。相手の術式の干渉を受けない分、他者の術式にも干渉出来ない。となると外は後回し、か。)
流石に〔血の従者〕達が自分の生死を誤認する筈も無い。
まさか自分が複合結界の対象にされるとは思っても見なかった。
結界内にいる魔女狩りは二人だが、宣言中も油断する素振りは無かった。
「これは面白くなって来たわね。」
驚く一同が駆け寄るよりも早く丸い黒球が収束し小さく泡の様に弾けたが、その大きさは拳よりも小さく、人一人どころか小鼠一匹入るかも怪しい。
けれど。けれどしかし。
黒い水溜りが床に消えてもその跡には影一つ染み一つ見当たらない。
辺りを見回しても当然、グラトニーの姿形を見つけ出す事は出来なかった。
「い「そ、そんな馬鹿なぁ!!一体何がッ!!!」。」
真っ先に駆け寄った手が空を切り、驚いたポートガスの叫びが戦慄に身を震わせかけたジュリアンの耳から脳裏を揺さ振り、平常心を取り戻す。
(うん。今の魔力の揺らぎは多分、転移術式によるエーテルの干渉だね。)
面白い顔でパニックを起こして謎のジェスチャーを繰り返す友人のお陰で冷めた視線と能面の様な笑顔が浮かぶ。うんオレモ彼女の心配をしたかったヨ。
「落ち着きなさい生徒ポートガス。
今のは召喚獣『ブラックドック』を利用した『転送魔法』です。生徒グラトニーは今、何者かの用意した『結界術式』に閉じ込められたのでしょう。」
教師トトメリの解説に、取り乱した一同が揃って溜め息を吐く。
「グラトニーなら大丈夫よ。〔血の従者〕にはグラトニーの生死が分かるから。
それより問題は、私達がこれからどう動くかよ。」
久々に会ったレイリースは以前より疲れた表情をしつつもずっと冷静で、今迄の心労が伺える顔色をしていた。
「教師トトメリ、犯人の位置は分かりますか?」
「いいえ。元々この〔黒林冥府城〕には探知魔術を妨害する力があります。
そもそもこのダンジョン内で、誰かを捕える様な『転送魔法』を実現出来る異界術式は本来機能しない筈なのですわ。
今の結界術式の使い手は、こと結界術に於いてはわたくし以上の知識を持ち合わせている事でしょう。」
天文術は元々ダンジョンとは相性が悪い。
時間を掛ければどうにかはなるだろうが、タイミング的には〔魔女の饗宴〕の仕業と言う可能性が高そうだ。
だが。
『聴け!――』
唐突に響き渡った〔総大将〕カリギュラの声に顔を上げ、思わず舌打ちしながら放送に耳を傾ける。
(くそ、やられた!これで魔女狩り達の混乱は最小限になるか。)
しかも七不思議の魔女達と共闘するなんて夢のまた夢。
魔女狩り達が自分達のプライドを優先するなら、彼らが一番弱小勢力と成り得る最悪の三つ巴が始まる事になる。
『――魔女を殺せッ!!』
幸いなのは、仲間達が分裂していない事か。良くも悪くもレイリースが動じていない分、〔従者〕側の反応は判り易い。
「私達は何も変わらないわ。グラトニーの指示通りに動くだけ。」
「ああ、それで構わない。こっちも基本方針は同じだ。俺達は全員で合流してから<千羽織砂上楼閣>へ向かう。
そっちは教師トトメリと共に行動してくれ。」
「私達がトトメリに従うんじゃないわ。
教師トトメリが私達の指示に従って貰うんです。」
拘るレイリースに対し、トトメリは気にした様子も無くお任せしますと頷く。
「行こう。最短距離の案内は出来る?」
ジュリアンは敢えて以前と同じ様に振る舞い、レイリースの肩を叩く。だが彼女はきっぱりと手を払って拒絶する。
「四方の一角なんだから方角さえ間違わなければ辿り着くのは簡単よ。
道を繋げるのは〔校舎〕の外まで。私達とは方角が違うわ。」
「ん、分かった。そっちも死ぬなよ。」
「……余計なお世話よ。こっちは勝つために此処にいるの。」
言うが早いが転移用の《洞窟》を取り出し、視線で続く様に促してさっさと扉の先に姿が消える。待ってよと後に続くピオーネにも御構い無しだ。
「それじゃ、こっちも勝手に行かせて貰うよ。」
ポンと煙に紛れたアヴァロンもあっさりと雲隠れしてしまう。
《洞窟》の外は校舎を背にした〔森〕の前に繋がっており、ジュリアン達三人が潜り抜けると直ぐに《洞窟》を操作して再び中に消える。
馴れ合いは嫌らしいと、肩を竦めるジュリアンにポートガスが肩を叩いた。
「なあ何でグラトニーに【勝利の剣】の事を聞いたんだ?
あれが危険な行為だって解らない訳じゃないだろう。」
「自分から言った方がマシだからさ。
魔女狩りの耳がある場所じゃ言えなかったけど、グラトニーが一番【勝利の剣】を発見する可能性が高い。
もしオルガノンさんが持ち出せたなら、グラトニーの許可があった筈だ。」
「な、何!どういう事だ!」
慌てて肩を揺さ振るストラードを落ち着かせながら話を進める。
これはジュリアンがグラトニーに聞いた理由でもある。
「最初に【勝利の剣】の隠し場所を決めたのは学園長ダーククロウです。
教頭ムーンパレスが知っているのなら、多分ムーンパレスには持ち出せない何かの仕掛けがあった筈なんです。」
「つまり……、隠し場所自体は特別でも何でもなかった?」
罠自体は解除手段さえあれば良い。もっと言えば非常時は直ぐ取り出せる反面、魔女達には手出し出来ない場所だったと思う。
例えば大量のマナに満ちた、転移扉で出入り出来る〔世界塔〕の一室とか。
「恐らくは。
グラトニーが立ち入れないなら妨害の手段を配置しただろうし、興味が無かったなら手元に置いても放置しても不思議は無かったと思います
けどオルガノンさんは【剣】を知ったら放置しなかった筈だ。」
此処まで言えば、ポートガスにも言いたい事が伝わる。
「警戒されていたなら【剣】に手を出した時点で交渉は決裂か。
もし警戒してなかったならあの紙の魔女が手に入れている筈だ、と。」
警戒しているならどの道オルガノンさんに話を聞かねばならない。となると問題はグラトニーが【剣】にどの程度拘っているかだ。
結果は御覧の通り。
(グラトニーは【勝利の剣】を譲っても良い程度だと思っている。)
問題は、何故警戒する必要が無かったか、か。
自分が扱えない武器に興味が無かった、も有り得なくはない。
けどナイトバロンにしか扱えなかった武器が、運命の子である自分に扱えないとまでは思わなかった筈だ。
(グラトニーは【剣】の事を知っている?)
もし【剣】としての機能以外を知っているのだとしたら。
――【勝利の剣】を、武器として認識しなかったのかも知れない。
「……先ずはオルガノンさんに、会わないとね。」
※土曜日も通常通り投稿予定です。
読み合いでかなり優位に立ち回っているグラトニー。最大の理由は学園を重視している魔法世界勢と使い捨ての小道具程度に認識している者の差ですw
どれだけ強力だろうと所詮は固定砲台なのだよw




