第一章 分岐点 01.炎命陣
玉座の前に立つグラトニーが、<黒衣猫身>で黒化した『猫手』でアルガストに投げられた【ファイアバードの手斧】を弾き飛ばす。
「その大言、口だけで終わらない事を祈るわ!」
『ゴーストキャッスル』の壁に大穴を開けたのは首を庇う様に担いでいる【サラマンダーの黒鎚】の方だろう。
(全く、随分と便利な呪具をくれたわねオルガノンは。)
発動具であれば余程複雑な名称を付けていない限り、《碩学の冠》で見抜けるというのはかなりのアドバンテージだ。尤も当の本人は見れば分かると普通に言いかねないし、利点にすら気付いていないかもと時々思う。
先ずは小手調べとして<餓者髑髏>の骸骨で出来た上半身を実体化させ、抱え込む様に両腕を伸ばす。当然戻って来る【手斧】は遮るようにだ。
即座に壁の外に飛び出したアルガストは自由落下を始める前に平然と、しかも一呼吸で二つの呪文を唱え切り。
「『浮かべ翼よ、空を飛べ』!
序でにおまけだ!『燃え盛る走り鳥、岩陰を焦がせ、大嘴で噛み砕け』!!」
斧を受け取るより早くファイアバードの『火球』を唱えて骸骨の腕を爆破する。
一面が煙で隠れた所をグラトニーの『砂嵐杭』が槍の様に伸び、更に後方へ引くアルガストに届かないと見るや。
縮めた砂嵐を横薙ぎに伸ばし、土煙を吹き飛ばして前に進み出る。
「『溶岩蜥蜴よ、素は巨人の息吹、汝巨人の鎧なり』!」
遠くでは空に後退したアルガストが黒いマントを翼の様に拡げ、落雷が落ちない高さで留まりながら『炎の鎧』の術を発動させる。
あれは全身を炎で包む飛翔と呼吸を可能とする防御魔法だったか。ある程度の障壁を兼ねた、強化系統の術式を有したサラマンダーの呪文だ。
既に並の呪文では届かぬ距離に離れているが、『ゴーストキャッスル』は〔黒林冥府城〕の核。流石に先程以上の一撃を受ければ幾度も持つまい。
「あら空中戦が御望み?
なら折角だしこちらも空戦用の人形を使わせて貰おうかしら。」
アルガストの正面で赤い霧が渦巻き、両脇と腹の部分に三つの車輪を付けた亀の甲羅人形《飛天火車》が襲い掛かる。
襲い掛かるのは甲羅から分離した車輪、それぞれに火柱と水柱、放電が渦巻く《火輪》《雨輪》《雷輪》の三つ。甲羅に刻まれた五つの瞳越しにグラトニーが直接操作した、回避行動やフェイントも織り交ぜた包囲網だ。
「ち!」
(サラマンダーは『炎の鎧』を使わないと他の呪文が使えない。その分並の呪文を圧倒出来る火力がある、だったわね。)
思わぬ至近距離からの襲撃に炎を撒き散らしながらアルガストが躱す。
中断された呪文を再度唱えるため、彼が射出された二つの車輪の回避に専念する隙に。グラトニーは持ち手の杖が付いた円盤型呪具《飛来椅》を取り出す。
戦いながら足場に出来る様に作った【箒】と《魔法の絨毯》の中間に位置する呪具だが、実の所未だアルガストに全力を出す必要性は感じていない。
(ま、本命が来る前の肩慣らしくらいには丁度良いかしら?)
円盤の上に出した玉座に座り、浮かんだ《飛来椅》の周りに水晶の壁が現れる。
これは風圧対策に付けたもので、異界で遭遇した敵の中には呪文の効果切れを狙う者も案外多く、長時間飛び続ける際には意外と便利なのだ。
お陰で容易く、常人には真似の出来ない速さで加速し距離を詰められる。
「さ、行きなさい<鬼火玉>。」
アルガストが三つの車輪と戯れている間に背後に回り込み、こちらを振り向く前に水晶を開いて数体の火球魔獣を飛ばす。
(〔炎帝〕の異名からも予想してたけど、コイツの動きは《火輪》にだけ甘い。
と言う事は多分、こっちと同じ。)
まるで三つの車輪に阻まれた様に、直撃を喰らうアルガストの動きを観察する。
「『溶岩蜥蜴よ、双腕に振るえ、息吹の長槍を』!
この程度で倒せると思ったか?!ならその油断、活用させて貰おう!」
(このタイミングで火の魔獣、確認されたか……。)
アルガストは敵の冷静さに舌を巻きながら、仕留めた魔獣のもたらす炎のマナを取り込み自身の魔力へと変換する。
魔力吸収は相手以上の魔力練度が無いと成立しない高等技術だが、属性に特化する事で条件付けをして質を高めれば、意外と叶う技術でもある。
そして先程までの車輪の襲撃で、自身の炎も大分削られた事にも気付いていた。
(恐らく向こうも同様の術式持ち。アレは《灼熱球》《深水球》《雷雲球》の三つを別々の車輪に備え付け、三属性全部で成立させているのか。)
本来であれば発動具抜きには不可能な技術を、大罪の魔女は己の呪具に成し遂げている。恐らくは噂の『強欲』と言う呪詛特性によるものだ。
少しでも油断してくれよと願いながら、アルガストは準備を整えた結界術式を発動させるため、発動具を兼ねた己が鎧【竜骸ニーズヘッグ】の術式を呼び覚ます。
「起動せよ!『炎命陣』!!」
アルガストを中心に火竜の鎧が輝き、網の様にエーテルの結界が拡がる。
(あら少し油断したかしら?)
自身を水晶球で包みエーテルの干渉を避けたが、脱出までは間に合わない。
大抵の魔法の間合い外には居た積もりだったが、火球と共に現れたアルガストは術式拡大のドサクサで距離を詰めて【黒鎚】を頭上で旋回させていた。
回転の先には【手斧】があり、噴煙を吹き飛ばして現れる姿はちょっとした小規模な太陽にも似て見える。
周囲に漲る小さなプロミネンスもどきは、圧縮された魔力量の高さを物語り、火球の内側は渦巻きながら火力を高めている。
【四竜陣】の中で展開出来ているのだから、当然法則追加型の領域術式の筈だ。
独力で起動させたにしては、結界の大きさは悪くない。
教室よりは大きいが訓練場や講堂ほどの広さがあるかどうか。
(範囲外に脱出するのは術式を見極めてからかしら?)
無策で逃れた所で罠の種類が分からなければ反撃に差し障る。先ずは炎以外でどの様な影響を受けるかだ。
一見《飛天火車》が影響が受けた気配は無い。
「へぇ。」
違いを確かめるために<鬼火玉>を一体、死角に隠しながら不可視の風の渦で出来た疑似魔獣<目玉風船>を飛ばす。
全く同じでは芸がない。だが焦るのも無しだ。
禁忌の目を警戒して先ずは小手先中心で攻める。それで潰れる程度の相手なら、所詮はそれまでの話。
だが無造作に振るわれた片手の一振りで伸びた火柱が、二体の疑似魔獣を諸共に貫き避けたグラトニーの脇を突き抜ける。
「何度も観察させると思ったか?
そっちが本気を出す気が無いなら好都合、慢心したまま死ね。」
宣言と同時に反対の腕に握る、渦巻く【手斧】を頭上に掲げた【黒鎚】。
高く突き上げた鎚頭が斧頭に絡まり、両腕をしならせて叩き落す。
「天鎚ッッッィ!!!!」
鋭くも分厚い、回避不能の火柱が地上へ一直線に突き抜ける。
「『甲羅の盾よ、総身に宿れ、檻となり小屋となれ』!」
一瞬の差で《飛天火車》の甲羅が輝き、吹き抜ける業火を球体の盾となって防ぎ続ける。だが終わらない。
甲羅に火花が散り、高速回転する【手斧】の撒き散らす炎が甲羅を砕かんと加速を続け、更なる魔力による圧力が加わる。
振動が増せば増す程押す力は増し、徐々に《火車》を圧し始める。
「けど、それだけじゃあねぇ。」
《雨輪》と《雷輪》が挟み撃ちで襲い掛かるが、『火の鎧』は破れない。
「何っ?」
だが死角から《火輪》が炎を吸い上げ始めた所に上半身だけの<餓者髑髏>が両手を組んで実体化し、叩き付ける拳をアルガストが斜めに上昇して回避。
すれ違い様に引き戻した【手斧】が骸骨を両断し焼き払う。
弧を描いて【斧】を引き戻す間に無詠唱で、再度火柱ことサラマンダーの呪文のの一つ、『火柱槍』がグラトニーを狙い打つ。
だが今度は一撃ではない。打ち付けては引いて更に打ち付け、絶え間無く角度を変え、しなり、横薙ぎに。
まるで巨人が槍を振るうが如く、《火車》を爆炎が打ち付ける。
「あははははは!遅い遅い、そんな攻撃じゃ掠り傷一つ届かないわよ!」
だがそれだけ。滑空し飛翔するグラトニーから見れば正面から防ぐ義理も無い。
周囲を飛び回りながらであれば一瞬《火車》が弾き、《火輪》が巡って火の粉を喰らえば、熱波の余波すら届かない。
《雨輪》と《雷輪》を弾きながらであれば、必然動きも阻害される。
が。一方で《妖刀》、《飛杭》、【卍兵】の連撃も、『火の鎧』に刺さりこそすれ、中心に控えるアルガストには届かない。
「『燃え盛る走り鳥、岩陰を焦がせ、大嘴で噛み砕け』!!」
だが続いて唱えられた『火球』の呪文が発動すると、『火の鎧』の魔力濃度は増加し三種の人形達と《三車輪》は完全に弾かれる様になった。
(へぇ。一旦結界内に溢れた炎のエーテル総量は、さっきからどれだけ攻撃しても変わっていない。差し詰めこれが『炎命陣』の効果ってところかしら。)
結界内で振るわれた炎は全て結界内に留まり、一時消耗しても『火の鎧』の中に補充されて最終的には総量が増え続けている。
魔力を消耗するのが敵だけならば、いずれは力負けするのが目に見えている。
何より彼は、伊達に〔炎帝〕等とは呼ばれていない。
先程からずっと当たり前の様に繰り出されている『火柱槍』すら、本来一撃一撃が必殺の火力。並の『盾』では容易く砕かれ、『甲羅盾』でやっと。
先程の二つの発動具の出力を重ね合わせた『天鎚』とやらは、呪具の盾を呪文で強化したグラトニーでやっと防げる破壊力だ。
加えて現状グラトニーが見せた攻撃は全て防がれた。回避性能はグラトニーが圧倒している様に見えて、実態は盾を駆使した上での防戦一方と言える。
一見グラトニーが圧倒的に不利だろう。だがどちらも全く油断は無い。
城の周りを互いに飛び回り、しかし流れ弾が城に届く事も無い。
狙いはどちらも正確で着実で、無駄なく立ち位置を入れ替え続ける。
付かず離れずの距離を保つ中、当然先に動くのはグラトニーだ。
「それじゃまずは、邪魔なその鎧を削りましょうか。」
宣言すると同時に手元で赤い霧が渦巻き、片腕程度の翼で浮かぶ水鳥の形をした疑似精霊<水刃鳥>が次々と飛び出し。
まるで渡り鳥の群れの様に、次々と滑空しながらアルガストへ襲い掛かる。
「させるか!」
意図を悟ったアルガストも『火柱槍』で薙ぎ払う。
だが隙間を縫う様に翻る羽搏かない水鳥の群れは、大半が反撃を潜り抜けて次々『火の鎧』に突き刺さる。
三割を打ち砕き三割を振り切り、それでも十羽と突き刺さる。
一つ一つは無視出来るほどに脆弱だが、群れの数はどんどん増え続ける。
一方で打ち消そうと思えば必ず熱量の消失、つまり蒸発が必要になる。それは事実上の炎の損耗を指しており。
「――この結界、増やした熱量分を常時維持出来るわよね。
けどそれを術者が負担していたら意味がない。あなたは結界内に引き込んだマナをエーテルに変換する事で再利用している。
ならその回復量を上回る速度で熱量を消耗し続けたらどうなるのかしら?」
飛来する<水刃鳥>の数は途切れる事無く補充され、常に数十を維持し続ける。
動きに慣れれば打ち落とし易くなる半面、辺り一面に蒸気が立ち込めて煙幕の様に漂い、視界が晴れるよりも曇る数が遥かに多い。
(領域型はどの様な状況でも使える代わり、相手の結界と干渉し合わない。
私の結界は侵入者の把握も含まれているけど、あなたの方はどうかしらね?)
(馬鹿な、また新種の魔法生物なのか!?
どんな魔女を吸収すればこんな馬鹿げた呪詛が成立する?!この魔女の特性は本当に他者からの吸収なのか?)
今迄この大罪の魔女が放った魔物、いや疑似精霊とでも言うべき存在か。それら全てはアルガストの知る限り魔法世界には存在していない生物だ。
死霊を操るのは有り触れているが、新種を産み出す呪詛など聞いた事も無い。
有り得ないのはそれだけではない。グラトニーが今迄に消費した魔力は、魔女という点を差し引いても明らかに多過ぎる。
もっと言えば、効率が不自然に悪い。流石に倍とは言わないが、結界で回復するアルガストに対し、グラトニーは三割五割は余分に消耗している筈だ。
(いや、こっちは見当が付く。多分オレと同じだと考えれば良い。)
ダンジョンからの魔力供給を直接受けていると仮定すれば、向こうが扱える魔力量は此方よりも大分多い。だが本当に可能なのか。
魔女がダンジョンを扱う事は別に問題じゃない。結界の中枢だけ呪詛やエーテルを流して、マナは術式の外殻で循環させればいい。
だが当然マナを直接術者が扱うとなれば、難易度が跳ね上がる。
マナは元々人が扱うには過ぎた力、出力が上がる程難易度は加速度的に増す。
アルガスト自身も属性エーテルに変換する工程を得て上限を定めて、それで漸く可能となった術式だ。彼女の様に複数属性を切り替えるなど先ず不可能。
(魔女がマナを直接吸収出来るのか?魔女の弱点であるマナを?
それが新種の生物を産み出せる理由なのか?)
有り得ないだらけが多過ぎる。体力だってそうだ。
アルガストの結界内は居るだけで熱波が漂い、攻撃を続ければ続ける程に耐火装備が必須になる。この『炎命陣』は外部に熱量を逃がさないのだ。
幾ら水蒸気が温度を下げ続けているからと言って、熱湯程度の飛沫にはなる。
あの水晶呪具が熱気を遮断しているのだろうか。
(……駄目だ。あの魔女は余裕を持ち過ぎている。
持久戦をすればこのまま捻り潰されると見るべきだ。)
自分はこのまま負けるかも知れない。あの魔女は得体が知れな過ぎる。
アルガストが一人で挑んだのは、自分が大火力で圧倒する、共闘で本領を発揮出来ないタイプの魔法使いだからだ。
一人での交戦を仲間達に認めさせる際、アルガストは事前にある呪印術を両目に刻んであった。
それは術者の視界を事前に用意した《水晶玉》と同調し、視界を共有する秘術。
《同調眼》と呼ばれる術者の両目に呪印を刻む、今は知る人ぞ知る一部魔女狩りにのみ許された禁呪だ。
(ならば後に続く者の為に、少しでも奴の手の内を暴く!)
腹を括ったアルガストは、更に魔力を全身に漲らせる。
「『焦がれる怒竜、暴威を体現し、大嵐を呼び覚ませ』!」
【竜骸ニーズヘッグ】の呪文を解禁し、辺り一面に竜翼の暴威を再現した炎混じりの暴風が大罪の魔女を圧し潰さんと荒れ狂う。
これで動きを拘束出来るとは思わないが、最低でも《車輪》の動きと溢れた水蒸気はまとめて吹き飛ばせる。
「『燃え盛る走り鳥、岩陰を焦がせ』!」
(こちらから先に勝負を仕掛ける!)
熱風が一面の水蒸気を薙ぎ払いながらグラトニーを《飛来椅》ごと拘束し、残る<水刃鳥>を『火槍』で薙ぎ払いながら『火柱』が一直線に放たれる。
「『甲羅の盾よ、総身に宿れ、檻となり小屋となれ』!」
(また新しい呪文?しかも同じファイアバードの呪文ならさっきの『火球』の方が威力は上の筈じゃない。)
炎の塊を《火車》に『甲羅球』を宿しながら、もしや結界の熱量上限は使われた炎系呪文の数で決まるのだろうかと、グラトニーは訝しむ。
アルガストは再び先程の天鎚とやらの構えを取るが、それなら先程の火柱の時に仕掛けるべきだ。
(となれば、態々限界まで待つほど甘くは無いわよ?)
ファイアバードの二呪文は唱え切った。残る呪文はサラマンダーの『火鎚砲』、ファイアドラゴンは先程初めて『暴風翼』を使った。
後は全てを呪文化出来ていると仮定して三呪文。
弱い魔力を弾きあらゆる耐性を高めるという『竜装甲』。
武器を通して竜の力を放つという『竜波動』。
後は四竜達が使った『竜息吹』か。『竜砲』は呪文では再現出来ない筈、そして他の二つは火属性では無かった。無論例外はあるだろうが。
「『姿無き猫又、猫撫で鳴き真似、七変化』。」
アルガストが術を維持しながら狙いを定める間に『猫騙し』の呪文で自分の気配を《火車》に紛れさせる。
「天、鎚ッ!!」
《飛天火車》の守りごと粉砕するべくアルガストが、【手斧】にエーテルを凝縮した『火槍』を振り下ろす。だがグラトニーには周囲の火のマナが集まり切る前に仕掛けたのがはっきりと見えている。
(明らかに罠を張っているわよねぇ。お手並み拝見と言ったところかしら。)
忘却の呪詛<神隠し>なら認識から隠れさえすれば、短距離とは言え狙い通りの場所に転移が出来る。
であれば【黒鎚】の間合いまで近付く必要は無い。
(<神隠し>、そして!)
視覚外の背後に転移し、恐らく何かの探知手段に反応して後ろを振り向く。
だが並の呪具なら兎も角魔力を凝縮出来る魔法ならば、『火の鎧』はグラトニーにとって絶対の守りには成り得ない。
「『刻め描爪』!」
「《梱仙縄》!!」
巨人すら引き裂きかねない巨大な『猫爪』が炎の守りを引き裂き、同時に一瞬でグラトニーを囲んだ黒縄の輪が狭まり、腕ごと胴回りを拘束する。
「な、これは!」
「最上位素材である竜の髭を用いた魔力封じと金縛りを成す封印縄だ!
如何な魔女とて逃げられると思うな!」
(は!成程、よく見れば腕輪に繋がってるエーテル糸があるわ。
至近距離に接近された時に指定した呪具を発動させる術式なのね。)
一瞬怒りに我を忘れかけたが『憤怒』を使うタイミングじゃあない。呪詛を滾らせるだけでもこの程度なら容易く砕ける。
だが最大の問題は、目の前で魔力を漲らせるアルガスト本人だろう。
「温い!『盾』!」
「『焦がれる怒竜、衝動の本懐、魂の咆哮を轟かせろ』ッ!!」
溢れる『嫉妬』の呪詛で縄を吹き飛ばしながら【盾兵】の障壁を張り、炎の息吹に砕かれながらもグラトニー自身は反動で直撃を避ける。
当然アルガストは未だ至近距離だ。
出来た隙を逃す心算などグラトニーには無い。
「『暴食よ』!?何っ!」
『火の鎧』を喰らおうとしたグラトニーの背後で劫火が膨れ上がり、振り向けば息吹を受け止めて高速回転する【手斧】に気付く。
「火竜、鎚ッ!!!」
まるで自分を狙うかの様に斜めに振り抜かれた【黒鎚】に引き戻され、火竜の炎を纏った【手斧】がグラトニーの腹を抉り切る。
如何に発動具の鎧を付け竜皮の袍衣を纏おうと絶対破壊出来ない訳ではない。
何より武装にとっては直ぐに修復出来る裂け目程度でも、流れ込む炎は人体を焼き尽くすには十分な火力があった。
並の魔女なら即死。だが『不死術式』がある以上絶対ではない。
全身が炭同然の漆黒に染まったグラトニーに、アルガストはその心臓に《杭》を打ち込み止めを刺そうと【黒鎚】を振り被り。
「<竜息吹『霧』>ッ!!!」
『黒化』したグラトニーの口から、海竜の竜息吹がアルガストを撃ち抜いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『ゴーストキャッスル』の壁に叩き付けられ城内に転がったアルガストを見て、体の炭化を大量の『身代わり人形』に押し付けたグラトニーは、向こうも大概タフだと軽く呆れ返る。
その身は霧飛沫に撃ち抜かれ、無数の傷と血飛沫が床と壁を濡らしている。
彼の周囲には大半の熱量を消失したものの未だ『炎命陣』のエーテルが保たれ続けている。とあれば意識を失ってはいない訳だ。
傷と服の裂け目を治し終えたグラトニーの前で、瓦礫の中のアルガストが荒い息を吐きながら体を起こす。
「な、何故だ……。何故奴が『竜息吹』を使える。
しかも発動具越しでは無く、直接マナを吐き出すなど不可能だ……!」
どうやら向こうも多少の傷は無理矢理に塞いだようだが、こちらに気が付いてはいないところを見ると、まだ完治して無い様だ。
「ああ、もしかしてあなたも《魔女殺し》を用意していたのかしら?」
「な!ば、馬鹿な!何故もう傷が完治している!
火竜鎚の直撃を受けて全身に火が回っていた筈だ!」
物音に気付いた様なので先に話しかけてみたが、どうやら正解か。向こうは五感を優先して治癒に回している様で、慌てて立ち上がったものの膝が崩れ落ちる。
今必死で回復以外に魔力を回せるか、慌てて検討し始めた筈だ。
(回復にマナを使う事は出来ないみたいね。
ならエーテルを消耗させたら結界は維持出来なくなるか。)
罠の準備は既に終わっているのか、それとも回復しないと仕掛けられないのか。
(いや、どちらにせよ防げない威力では無い。これで本当に勝てる気だった?)
何かまだある気がするが、止めを躊躇う理由にはならないと会話で気を散らしながら静かに距離を詰める。
「あら、見当くらい付いているでしょう?
学園の四竜を一頭ずつ『暴食』したわ。私が竜息吹を使える理由なんて他に無いものね?」
驚愕で一瞬だけ警戒が緩むが、同時に理解と納得が表情に浮かぶ。何を考えたか確認するよりも先に背中で『猫手』を伸ばし――。
「そうか!分かったぞ、その在り得ない回復速度の秘密がッッッ!」
だが今の一言は無視出来なかった。
「あら?何故私がこの<黒衣猫身>で重傷を防いだとは思わないのかしら。」
平然を装い身体を包む影を拡げて見せ、顔を軽く近付けて確認を優先する。だが彼は口を噤まない。動けるまでの時間稼ぎだろうか。
「布越しだろうと鎧を砕いて腹を裂いた感触はあった。最低でも半身は焼いた。
だからこそ分かる。不死術式による回復なら、それ程の深手を治すにはもっと目に見えて輝くくらいの大量の魔力が必要だ。だがそれが無かった。」
「……。」
「『身代わり人形』だ。お前は大量の身代わり人形をこのダンジョン結界の何処かに隠している。そして結界越しに、今も繋がっているんだろう?」
ふらつく体で【黒鎚】を杖代わりに立ち上がるアルガストに、思わずグラトニーは口元を歪めて称賛する。
「お見事。よく気付いたわね。」
本来であればこれ程の傷を『身代わり人形』に移すのは現実的では無い。今の一撃分だけでも人体と同サイズの人形を、数体は持ち歩かねばならないからだ。
だがグラトニーは人形呪具の原理を用いれば不可能では無いと当たりを付けて、<復讐地獄>越しに繋がりを保ち続ける事に成功した。
今なら致命傷ですら幾度となく耐え切れる。傷を押し付けるための人形は十数体では利かないのだから。
強いて言うならその隠し場所こそが重要なのだが――。
まぁ尤も、場合によっては早い段階でバレる事も想定はしている。
何より『暴食』を使えば魔力もある程度補充出来る。これも数ある禁忌対策の内の一つでしか無い。
「それが分かったところで、既に魔力が殆ど尽きたあなたに打つ手あるかしら?
私としては素直に諦めて『暴食』の餌食になってくれると嬉しいのだけど。」
自害するならそれはそれで良い。生きている方が断然良いが、死んだ直後の死体なら多少目減りする程度で済む。
「は、どちらもお断りだ。まだ俺には最後の手段がある!
『溶岩蜥蜴よ、巨躯なる剛剣を、渾身に賭せ』ッ!!」
サラマンダー最後の呪文『火鎚砲』。これは『炎の鎧』に蓄えた全ての炎を敵に叩き付ける文字通り最後の切り札だ。
本来であれば術者は『炎の鎧』で守られているが、今は無い。
アルガストはこの呪文の対象範囲を『炎命陣』内全ての炎に拡大していた。
お陰で『炎の鎧』が破られても敵を焼く術があるが、アルガストを炎から守るための術式は今は無い。
自滅同然に収束した炎がグラトニーを包み、爆発が城全体を震わせる。
「『暴食よ』。」
門の一つが開き、爆炎が、朽ちた『炎命陣』の残滓が呪詛に呑まれる。
「《獄門八鬼<羅生門>》。死体が無ければ『暴食』出来ないと思ったのかしら?
生憎とその程度の自滅に付き合ってやるつもりは無いわ。」
賽子の様に囲んで呼び出された五つの『羅生門』が二人を囲んだ炎を退け、破損も呪詛を吸って修復されていく。
「く、お、おのれ……。」
次回の為に修復を待ってから回収すれば、現れるのは完治したグラトニーと地に倒れ伏すアルガストの姿だ。
暴食の鎌首をアルガストに向け。
「『生えろサメ壁』!」
――これが只の『石壁』の呪文だったら気にせず粉砕して仕留めただろう。
「どうやら紙一重ってところか。
悪いねグラトニー、人質一人追加だ。先輩の命も交渉の対価に含めてくれ。」
辺りの空気を『傲慢』が震わせて、グラトニーの不機嫌な眼差しが扉の三人へと向けられる。
「生憎獲物を目の前で奪わせるほどお人好しじゃないわね。
私相手にそこまでの対価、本当に用意出来るのかしら?」
運命の子ジュリアン。今見えている中で、恐らくは一番であろう復讐の障害。
三部以来の再登場、単騎学園最強との決戦。
まあ割と魔女狩り上位陣に迫ってますw既に淑女の会では勝機が無いレベル。
グラトニー視点では上限突破した体の試運転。常に禁忌の監視がある前提で動いてます。




