第四章 衝突 01.黒の城塞
〔阿修羅王〕バルカレオという魔女狩りは、実力とは裏腹に全く以って手に負えない、極上の碌でなしだ。
変化の魔女サメロラの呪詛『変化』は、対象の能力は愚か人格や記憶すら正確に再現する反面、変化の度に自身の自我を塗り潰して上書きしていた。
結果、動機も過去も含め、文字通り自分の全てを見失った。
グラトニーとの契約によって魂に自己の保管場所を得たサメロラは己を取り戻す事に成功し、今は〔饗宴〕への対抗策として魂の更なる強化を施され、【分御魂】と名付けた力へと進化していた。
この【分御魂】を用いる事で、サメロラは自我を保ったまま変化時の人格記憶を参照し、変化の影響下でも変わらぬ記憶の保持を可能としていた。
つまり変化中の自我をサメロラが把握、干渉出来る様になった形になる。
それによると彼の魔女狩りは、魔女に最も近い魔女狩りと揶揄される程に関係性の薄い巻き添えを積極的に増やし、殺して回っていた。
特に魔女関係者と判明した相手は尋問という名目の拷問を、問題になるギリギリを見極めた上で強行している。
例えばそう、自分の功績と相殺する形で。
(つまりこの男は殺しそのものを目的としている。)
今のサメロラは変化している間だけ、変化した相手の記憶を思い出せる。
思い出した記憶はサメロラ側の記憶に残るが、思い出そうとする時間は必要だ。
変化したら一瞬で記憶が把握出来る様な都合の良い呪詛ではない。
(〔六将軍〕に関わる情報は議会でも殆ど把握していないとか、幾ら魔女狩りが別組織だからって流石に徹底し過ぎじゃないかしら?)
本人確認にも困るんじゃないかと内心で溜息を吐く。
サメロラが変化出来る人数は、『複製記憶』の呪詛で記録する必要こそあれど、上限が存在しない。
百人を記録すれば百人に変化出来る反面、名前や外見を思い出せない相手に変化する事は出来ない。本来であれば一度変化した相手の記憶は全て残るのだが。
学園に記憶を封じられていた間に大分記憶に障害が残った様で、昔に変化した相手は殆ど思い出せないが、公式記録で自分に討ち取られたと確認されている情報は魔女狩りの本部に何名か残っていた。
(正直、ご主人様が魔女狩りに伝手が無かったら大分厳しかったかもね!)
現在。サメロラは〔影使い〕グラドリエルの姿で自身の記憶を参照しながら、〔阿修羅王〕バルカレオから離れるため影を使って移動していた。
今サメロラは自身の異界型結界の中で〔影使い〕グラドリエルの秘術を駆使しており。片方は既に起動が終わったとはいえ、結界の中で別の結界を拡げるのは相応のコツが必要だ。敵の至近距離で出来る事ではない。
〔影使い〕グラドリエルの姿でいる間は結界の拡大かグラドリエルの秘術、一方しか扱う事が出来ない。【分御魂】が無ければ変化自体を解くしか無かった。
だが拡大が終わるまでは遠目にでもバルカレオの視界に入らない様、木々に隠れながら後方に下がり距離を取り続ける必要があった。
幸いにも向こうは結界の特性を掴む事を優先し、迂闊に動かない方を選んだ。
先ずは優位一つ。直ぐに術の拡大を終わらせて次の行動に移らねばならない。
向こうの奥の手は分からないけど、武器も性格も直接手を下したがるタイプ。
「それじゃ早速、我が主人より授かった【分御魂】のお披露目といこうかしら。」
サメロラは懐から『影武者人形』を取り出すが、その造形はサメロラとは似ても似つかぬ茨の外套を纏った鎧の青年を模している。
「先ず一つ、『我が憧憬は、魂を焦がす』!」
グラドリエル姿のサメロラは、人形の頭部を掴みながら呪詛を注ぐ。
サメロラが変化出来るのは言うまでも無いが、自分自身だけだ。自分が変わりたいという願望なのに、他人を、更には物を変える事が出来る筈も無い。
なのにサメロラが掴む『影武者人形』は、まるで肌艶に血色全てが生前を模し。
生者の様に目を見開いた〔串刺し王〕バルトルは、既に状況を把握している様に敵が構える方角を睨む。
「『花乙女よ、恋の歌囁き声、絡めて縛れ』!」
直ぐに場を離れて走り去るサメロラを脇に、バルトルは【ドライアドの槍】を地面に突き刺し、唱えた呪文に反応した《茨の外套》から次々と茨が溢れて、木々や草叢を這い回りながら伸び続ける。
《外套》と《ソードリザードの皮鎧》によって強化された茨の群れは魔力を注ぐ限り伸び続け、しかもあくまで現物を成長させたので切断された程度では消える事も無い。植物として生きている限り、繋げば何度でも再利用出来る茨の檻だ。
グラドリエル姿のサメロラは既に《影包みの外套》で闇に紛れており、一方で視覚外にいるだけのバルトルは向こうのバルカレオに捕捉されたらしい。
人間離れした速さで茨の中に踏み込んで来るが、すかさずバルトルは『鉄串』を伸ばしてバルカレオに襲い掛かる。
「『無垢なる巨人よ、総身の無双を、我が身に宿せ』!」
だが止まらない。呪具による強化に『筋力強化』の呪文を重ね掛けて振るわれる【双剣】は、バルトルの『鉄串』を玩具の様に容易く砕く。
「『花乙女よ、恋の歌囁き声、絡めて縛れ』!」
足元の茨が溢れて濁流の様にせり上がり、バルトルは茨の波を操って先程のサメロラとは逆方向に移動する。
常人が走るより遥かに早い足場に対し、方向転換したバルカレオは即座に持ち替えた二振りの《戻る斧》を投げ飛ばし、『鉄串』の隙間を縫う様に弧を描いてバルトルに迫る。
だが当のバルトルは平然と茨の波を蹴り飛ばし、茨の巨塊そのものを一個の塊としてバルカレオに叩き付ける。
【双剣】に漲る怪力が十字に両断するかと思いきや、刃が触れるが早いか花開く様に一面に拡がりバルカレオを囲む。
「自ら檻に入るとは中々に殊勝!
『鉄串』!後輩を歓迎せぃ!!」
絡まる程に近い茨と木々に張り付く程に包み込む茨。
全てが一斉に牙を剥き硬質の棘を伸ばし、それでいて自らの足元に伸びた蔦には一片の棘も無く。バルトルの本領は『鉄串』の鋭さだけに在らず。
尤も恐るべきは変幻自在の茨捌きにある。
バルカレオの手元に向かう筈の《斧》は柄を絡め獲られ、中空に浮くバルカレオの足元には『鉄串』しか迫らず、【双剣】を絡め獲る様な茨すら牙が生える。
強いて言うなら一呼吸。
「『暴虐なる怪童、無双の鉄槌』!
『姿を欺け、贋作こそ本物と、世界を騙せ』!!」
急所だけは甲冑で庇いながら唱えたのは、赤カブトの呪文『大金鎚』と呪文学で学ぶ、変化術には遥かに及ばぬ偽物の器に隠れる『変化』魔法。
突き刺さる無数の鉄串を甲冑で受け止める傍ら、勝利を確信するかの様に獰猛な笑みのバルカレオの全身が、まるで風船の様に膨らみ背中が弾ける。
それは『変化』術による錯覚であり幻覚。
風船が萎む様に内側に吸い込まれる本体と溢れ返る様に拡がる『変化体』が入れ替わる事で、茨と鉄串の檻が魔力圧により押し返されたが故の光景。
バルカレオは弾ける様に煙の中に消え、異形の影が地に降り立つ。
現れたのは、巨人の様な大男だった。
鎧は変形して膨らんで、頭上に突き出す様に掲げた両腕には【ギガースの双剣】が体格に合わせて巨大化して握られている。
だが異様なのはその背中、腰の鎧から取り出したのは一対の《戻る鉄槌》。
茨から引き千切った両腕は二つの《戻る斧》を再び握り締める。
六臂六腕、その名も『阿修羅変化』。
バルカレオが【赤カブトの変化甲冑】によって編み出した、切り札であり常勝の戦闘スタイル。
「勝ったかと思ったかよ三下魔女!」
怪力任せに振るわれた【双剣】が、容易くバルトルの両肩を両断する。
バルトルの『影武者人形』が砕けると同時。
「『悪意の凶鳥、嘴で穿て、凶兆を振り撒け』!
『凶鳥よ語れ、此処は我が帳也』!」
無数の大鴉が数多の方角に散らばりながら、次なる『影武者人形』グラドリエルが結界術式【夜の帳】を展開する。
広がる凶鳥達の後塵にはまるで死角が夜になったかの如く、木々に数多の影が差して夕闇の様に木陰が伸びる。
空が別途を隠す天幕の様に夜の闇で満たされ、空を満たす闇の影に鴉の瞳が星々の様に疎らに輝き地の光を呑み込む。闇の中に影があり、真の闇には程遠い。
しかし同時に、全ての影からは凶鳥の瞳がちらつき始める。
夜天を埋め尽くす凶兆の星々は、鴉の顔で地上を狙う。
(まさか、バルトルがもう倒されるなんて!)
視点は変わる。膝を折り魔力の圧縮に集中していたサメロラの元に意識が戻る。
【分御魂】越しに見ていた〔六将軍〕の、想像以上の実力に思わず舌打ちし唇を噛み締めた。勿論こっちに油断は無い。だからこそ次も準備している。
今は『分裂鴉』の射程全てが結界領域となる〔影使い〕の秘術【夜の帳】を拡大するため、極限まで魔力を注ぎ続ける必要があった。
バルドルは決して弱い魔女狩りでは無い。六将軍等という役職は最近のものだ。
だが当時の魔女狩りの中では間違いなく最強格であり、彼が敗れたからこそサメロラの恐ろしさが知れ渡ったと言ってもよい。
只でさえ全盛期の記憶は碌に保持していないサメロラだ。しかもバルトル以下の魔女狩りでは恐らく魔力の無駄、となれば予定を変更するしかない。
(平地は今回使わないわね。森が駄目なら砦に逃げるべき。
砦が背になる位置で、木々に隠れながら攻撃する!)
グラドリエルも潜伏用呪具を使っているが、長く隠れ続けられるとは思わない。
であれば危険を冒してでも次の『武者人形』をこの場で取り出し、早々に人数を増やした方が得策だろう。
「『我が憧憬は、魂を焦がす』!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
〔影使い〕グラドリエルはサメロラが何をしていようが動きは止まらない。
サメロラとグラドリエルはあくまで別人格であり、同一人物でもある。この矛盾を成立させたのが【分御魂】だ。
【分御魂】はもう一人のサメロラとして機能し、故に本来は只の変わり身としてしか使えない『影武者人形』に宿す事で<変化>の呪詛を使用可能にした。
これはグラトニーが想定していた能力では無いが、結果としてサメロラは複数の変化を同時に使用する手段を得た。
「さて、貴様の接近を黙って見過ごす程甘くは無いぞ若造!
『悪意の凶鳥、凶兆を振り撒け』!」
グラドリエルが呪文を唱えるが、黒鴉が現れるのは自身の手元では無い。
それは結界が展開した方角から見当を付けたバルカレオが、グラドリエルの元へと荒々しく全力疾走する、その真後ろ。
「む、なんだとっ?!」
咄嗟に近場の木々を足場に跳ね上がって距離を取り、後を追う『分裂鴉』の大半を視界に収めながら、最も迫った黒鴉を【双剣】で切り払う。
適当な幹を踏み締めれば、天地が逆転した様に眼下から十数羽の魔力鳥が迫り。
跳ね返る勢いで飛び込み六腕を振るえば、死角という利点を失った呪文を薙ぎ払うのは簡単な話だ。
「『悪意の凶鳥』!」
「ちぃ!」
だが零距離なら。すれ違い様に足を啄んだ『凶鳥鴉』を切り払ったバルカレオは確かに見た。狙い澄ました様に木々の影から飛び出した鴉の頭部を。
(影か!これは影越しに呪文を飛ばす結界なのか!)
「『我は影也』。」
バルカレオが腕時計の様な呪具でこちらの現在位置を視認した瞬間、グラドリエルは敢えてその場で木の影に潜り込む。
「そして『悪意の凶鳥』!」
「くぉ!」
死角から背中に放たれた『凶鳥鴉』も、直撃を避けながら《戻る槍》を投げ付けるバルカレオの邪魔までは出来ない。
「ふ、『悪意の凶鳥、凶兆を振り撒け』!」
だが今度は木々を盾に走り抜けながら、自身も視覚外に隠れて『分裂鴉』で周囲を囲む。序でに回り込む様に投げられた《戻る斧》ごと打ち落として。
一直線に跳躍しながら迫り来るバルカレオに気付く。
「早いっ?!」
「『眠れる砂土竜、爪を砥げ、轟き群れて突き進め』!」
驚きながら距離を取ろうとするグラドリエルとの間を『壁砂嵐』の呪文による砂塵の壁が吹き荒れ、両者の視界を遮る。
「何っ?新手だと!」
横に木を蹴り飛ばして勢いを殺したバルカレオは周囲を観察する間に、砂塵の壁は更に強まり一面を埋め尽くす砂嵐となり勢力を拡大し続ける。
「厄介な奴よ。危うく準備が整う前に討ち取られるところだったわ。」
稼いだ時間で距離を取ったグラドリエルと合流したのは、〔分裂刀〕ヤハカットという新たな元魔女狩りだ。その姿はまるで暗殺者の様に顔まで黒尽くめの覆面に隠し、一見寸鉄一つ帯びていない黒装束の男だった。
【分御魂】で繋がるサメロラには、会話の必要無く両者の状況を把握出来る。
反面分ける個体が増える程負担が増すのだが、一対一ではどうしても強さに限界がある。サメロラの『変化』は対象の再現であって、強化は出来ないのだ。
「だがこれで【紅砂陣】の準備は整った。」
砂嵐は止まらず拡大し続け、既にグラドリエルの【夜の帳】と同等の範囲を埋め尽くしている。【紅砂陣】は単なる砂嵐とは違い、術者の手を離れても止まらず視界を遮り術者の命続く限り留まり続ける、一面を埋め尽くす煙幕の砦だ。
それも只の煙幕ではない。呪具等の透視や探知を悉く遮る文字通りの檻の中。
「ち!砂嵐の癖に渦の中心もねぇのか!」
バルカレオとて魔女狩りの一人。《漆黒仮面》をゴーグル型に改造して常に持ち歩いており、普段は視覚の邪魔になるために額の上に置くゴーグルを被り直して、結界の全貌を推測する程度の慎重さはある。
故にこの砂嵐が一面の木々にまとわりつく様にそこら中で渦巻き、まるで渦潮の様にどこか一ヶ所を軸に保たれる類の砂塵では無いと気付く。
強いて言うなら常に一定量の砂嵐が範囲内に留まり続けるため、渦の制御は術者にも困難だろうと当たりを付けられる程度か。
砂嵐全体がエーテルの波というのは実にやり辛い。
(渦が操り難いって事は、渦以外の攻撃手段があるって事だ。)
呪具を用いて身代わりを立てる位は在り得ると推測を立てていたバルカレオも、先程のタイミングを見るに甘い考えだったかと脅威を上方修正する。
全ての武器を構え直したバルカレオを冷静に観察するのはヤハカットで、如何な砂嵐とて術者の障害になる様な【紅砂陣】ではない。
更に【夜の帳】は未だ健在。だが折角【紅砂陣】で隠れたのだから、どうせなら選手交代したと錯覚して貰った方が良い。
【赤カブトの曲刀】を構えたヤハカットは、風音に紛れて呪文を唱える。
「『暴虐なる怪童、無双の鉄槌、一刀を以て叩き切れ』!」
繰り返す事四度、唱えた呪文は『飛び斬撃』。しかし一度として放たれる事無く【曲刀】に吸い込まれ、準備の終わったヤハカットは足音を消して敵を目指す。
周囲を警戒するバルカレオの背後、足音を消しながら死角へ近付く。
準備を終えたヤハカットは、足音を消してバルカレオの背後に距離を詰める。
「っ!そこだ!」
「甘い「ッくそ!」!」
警報呪具に反応し振り向き様に【双剣】の一刀を振り下ろすバルカレオ。
水平に交差する様に弾いたヤハカットは腕の膂力においては完敗。弾かれる様にたたらを踏むが、バルカレオは水平に四刀分の血飛沫を上げる。
咄嗟に下がりながら《戻る斧》を投げて牽制するが、ヤハカットは砂嵐を踏み台に跳躍してあっさりと頭上を飛び越え、切り降ろす様に降下。
「ちぃ!」
二刀を交差させながら振るう双剣へと添える様に、ヤハカットは防ぐのではなく弾く様に切り結ぶ。
バルカレオに伝わる三太刀分の衝撃に、肩を引き裂く様な二刀の血飛沫。
考える前に足払いの剣戟を地面に突き立てる《戻る槍》で止める。
だが槍を軸にして五刀の切っ先が脛を凪ぎ、切り下ろしより先に後ろに下がる。
(こ、コイツ!〔分裂刀〕のヤハカットか!!)
振るわれるのは水平に五太刀。挟み込む様な斬撃がはみ出した分だけバルカレオの体に傷を増やす。切り結ぶ時は常に水平に。
そうすれば剣戟は、振り抜くだけで一方的に届く。
圧し切れば傷は浅い。距離を取れば間合いから離れる。
身体を羽根の様に駒の様に回して、砂嵐を足場に縦横無尽に跳ね回る。
対するバルカレオは身を竦めるように、我武者羅に六腕を振り回す。
【双剣】で防ぐと見せて《鎚》を振るい、縦と横の動きを交差させるように。
分裂しようが【曲刀】の間合いは剣そのもの。
一度《槍》の間合いに持ち込めば。
「『眠れる砂土竜、爪を砥げ』!」
『砂塵刀』の呪文がバルカレオを引き裂く。
「くそが!」
付かず離れずこそ〔分裂刀〕の真骨頂。相手には術を使わせず自分だけは一方的に、しかし膂力の差だけは抑え切れず。
「オオオオッ!ま、まだだッ!!」
六腕を生かして強引に、距離を取れば《斧》を、《鎚》を投げ。
追い付けぬ機動力を手数と怪力で我武者羅に対抗するバルカレオ。
(くっ!不味い、速さだけでは対抗し切れぬ!)
腕の一振りと三百六十度の跳躍、動きが大きいのは明らかにヤハカットであり。
何より敵は、多少の手傷は無視出来る甲冑を纏った力自慢の大男。人間では有り得ぬ六双に加えた、呪文と呪具による二重の怪力。
死角からの奇襲も深手に至る程踏み込む隙は、到底見いだせるものではない。
(であれば、そろそろ仕掛け時か……!)
「オラオラオラオラ、何だ段々攻めあぐねて来たんじゃないかよ!」
ヤハカットの基本スタイルはヒット&アウェイだ。奇襲して失敗したら即砂嵐に紛れて距離を取り、着かず離れずで相手の攻め手を封じ続けるのを得手とする。
だが今回は逆、一度強襲したらとにかく攻め続け、反撃の手管を封じる。
これは仲間がいる前提の攻撃スタイルだ。
そして遂に、間に刃を挟んだヤハカットが力任せに弾き飛ばされる。
「ぐぅ「オラぁッ!!」!」
咄嗟に砂嵐を蹴り木々への直撃を避ける。
即座に追撃に踏み出した瞬間こそ好機。
「『悪意の凶鳥、凶兆を振り撒け』!」
「『暴虐なる怪童、無双の鉄槌、一刀を以て叩き切れ』!」
「『我が渇望は、汝を映す』!」
砂嵐の影から一斉に突き抜ける『分裂鴉』の群れが襲い掛かり、同時に【曲刀】へ蓄えられた全ての『飛び斬撃』が五刀となって牙を剥く。
正面を躱せば自ら嘴に飛び込み、しかし全て薙ぎ払うには手数が足らない。
「その程度かよ!」
だが躊躇わない。全ての斬撃は【双剣】で迎え撃ち、体当たり同然に踏み込みながら《戻る斧》をヤハカットに投げ付け。
四腕で《戻る槍》に《戻る鎚》を振るい、夜鴉の群れを遮二無二打ち据えながら無理矢理に突き抜ける。
「『暴虐なる怪童、無双の鉄槌、一刀を以て叩き切れ』!」
「『我が憧憬は、魂を焦がす』!」
間に合ったのは一刀の『分裂』、しかし受け止めるには余りに威力が足らず。
二振りの《戻る斧》が次々と弧を描いて手元に戻り続け、更に二振り《戻る鎚》が翻り続ける。だが決して距離を取り続ける事は無い。
常に走り回り、獲物を狙い続け、時には離れた瞬間を狙いながら《戻る槍》二双の間合いに敵を収めれば、そのまま【双剣】が更に迫る。
離れようが止まらぬ剛力の乱舞。それこそがバルカレオの真骨頂。
「ハハハハハハハッ!!!どうしたどうした、その程度かよ!
接近戦を挑んで来たのはお前の方じゃねぇのか!!」
獰猛で醜悪な笑みを浮かべ、邪悪極まりない嘲笑を飛ばす。
「『悪意の凶鳥、凶兆を振り撒け』!」
凶鳥の檻がバルカレオを包むが、その程度では止まらない。
「何体に化ける事が出来ようがなぁ!
オレを止められなきゃ何の意味も無いんだよぉッッッッ!!!」
バルカレオの嘲笑が黒林の辺り一面に木魂する。
狂った様に六腕全てを振り回し、これぞと思った瞬間に《鎚》や《斧》を飛ばしグラドリエルの居場所を探りながらヤハカットの退路を断ち続ける。
「『無垢なる巨人よ、総身の無双を、我が身に宿せ』!」
そんなバルカレオが、不意に動きを止めざるを得ない声が届く。
背後の砂煙に隠れた、大男の人影が視界に入る。
「『暴虐なる怪童、無双の鉄槌』!
『姿を欺け、贋作こそ本物と、世界を騙せ』!!」
聞き覚えのある声に、見覚えのあるシルエット。巨人の様な大男の背中に四本の腕が生え、【赤カブトの変化甲冑】に身を固めて。【ギガースの双剣】を構え手に《戻る槍》、《戻る斧》を握る。
最初に投げるとしたら必ず《戻る斧》だ。それが一番間合いの調整が利く。
見慣れた醜悪な笑み。六臂六腕、『阿修羅変化』。
「……マジかよ。」
バルカレオの額に冷汗が流れるが、現れた瓜二つの顔は勝利を確信するかの様にニンマリと、深い深い笑みを浮かべる。
勝ちを確信した時ほど大きく嗤うのは、バルカレオが浮かべるいつもの癖だ。
「当然だろう?まさか殺した相手にしか化けられないとでも思っていたのかよ。
これが出来るから伝説の魔女だ。魔女に常識が通じると思ったか?
自分の秘術は自分だけのものだと。お前に出来ない事はオレに出来ないと。
まさかお前、自分が追い詰めていると、このまま勝てると本気で思い込んでいた訳じゃあないよなぁ?」
変化の魔女フェイスレス。御伽噺に語り継がれる、最も長く知られた魔女。
僅かに後ろにたじろいだ瞬間。六腕の大男が発条の様に襲い掛かる。
交差して叩き落される【双剣】を受け止めるバルカレオに、左右から挟み込む《鎚》を《鎚》で抑え、隙間を縫う様な《槍》を《斧》が受け止める。
「しまっ!」
気付いたバルカレオの肩に頭上から《斧》が迫り、魔力任せに『怪力』を高めて【双剣】ごと弾き飛ばす。
だがその程度で『バルカレオ』の追撃は止まらない。
嵐の様に互いに腕を振り回し、交差し、打ち弾き合い。互いの死角から《斧》や《鎚》が飛び交い続ける。
「「オラオラオラオラッ!!!」」
動きは一見五分に見えて、既に幾つもの怪我を『不死術式』任せに塞いだバルカレオに対し、魔女の化けた『バルカレオ』は全くの無傷。
どうやら手傷まで再現する訳じゃ無いらしいと、内心で舌打ちする様が。魔女の化けた『バルカレオ』にははっきりと分かる。
むろんこれは只の誤解だ。リアルタイムで傷跡を再現する事は出来ないが、姿を映し撮った瞬間の手傷なら完全に再現出来る。単に今は治した状態の姿で変化した方が有利だっただけだ。
学生への変化であればこう都合良くは行かないが、『不死術式』持ちに変化した時はこの手の応用が容易く叶う。
((舐めるなよ、所詮複製は複製、オリジナルを超えられる筈が無い。))
サメロラの変化は記憶すら再現する。【分御魂】があって漸く、サメロラという人格が記憶を観測出来るが、本来は別人とすら自覚出来ない程の完璧な変化。
だが今は、それ以上に脅威がある。
「『悪意の凶鳥、凶兆を振り撒け』!」
「『眠れる砂土竜、爪を砥げ』!」
足を止めされられたバルカレオを囲んで黒鴉が、砂の刃が、一斉に襲い掛かる。
「なっ!馬鹿な!」
慌てるバルカレオに袈裟切りの一太刀、腹に突き刺さる鉄槌の衝撃。
それらの怪我と引き換えに、数歩の後退と幾つかの呪文を切り払う事が出来た。
大き過ぎる代償に血反吐を吐いて、しかし強引に地面を蹴り飛ばし。
「何処へ行こうと言うのかな?」
回り込んで振り抜かれた【曲刀】は三太刀に分裂し、足場の無い空中で【双剣】を盾の様に交差させて、辛うじて衝撃を受け止める。
だが跳躍の勢いは完全に殺されて背後に勝利を確信した『バルカレオ』が迫り。
「く、くそがぁぁぁあああああッッッッ!!!」
串刺しになったバルカレオが血飛沫と共に土煙で弾け、『影武者人形』が落下していく。人形の影、死角には小さな蛇が隠れ潜む。
これはバルカレオにとって本当に最後の手段。
自身の『変化』が解けた瞬間に、『影武者人形』と入れ替え『呪符変化』で煙に紛れる最後の最後の、決して長持ちはしない逃走手段。
だが森の木陰に逃げ込む数秒は稼げて、木々を背にして大柄な男は荒い呼吸を整えながら善後策を練る。
ここは魔女の結界内。術を破らない限り出られない。
(くそ!とにかく一旦軽くでも回復させて出合い頭に一体倒す!
まさかこの状況で魔女が相討ち狙いなんてする訳がねえ。戦場の覚悟なら絶対にオレの方が上だ!)
懐から取り出した『マナポーション』を口に咥える前に《斧》が砕く。
ここはサメロラの結界、【黒の城塞】の中。
地形に取り立てて特色は無く、単に獲物の位置を補足し続けるだけの異界。
「よう。悲しいじゃねぇか兄弟。
オレが自分を見失うとでも思ったのかい?」
木々の向こうから響く、聞き慣れた嘲笑。
片や術が解けた、只の大男。
片や木々の何処かに元魔女狩りの二人を伏せ、全ての呪具を構えた六腕の大男。
自分の手が疲労で震えているのか、恐怖で震えているのかすら分からない。
「くそが!くそが!くそが!くそがぁぁぁあああああ!!!」
最早、相討ち狙いすら叶わない。
「さてと。結果だけ見れば悪くなかったわね。」
全身を叩き潰し血溜りに沈め、今度こそ息の根を止めたと確信したサメロラは、変化を解いて【城塞】を解いて茨の迷路に戻る。
〔饗宴〕の襲撃前に、腕利きの変化が増えた。
『影武者人形』は用意出来ないから、まだ自分が化ける以外に手段は無い。
けれど問題無い。サメロラは強敵と遭遇する程に強くなる魔女なのだ。
※以下、サメロラの呪詛解説、補足です。
本編に入れると流石にテンポ悪くなると思い、ある程度省かせて頂きました。
サメロラは平たく言うと写真記憶です。呪文を引き金に対象を記録し、その瞬間の相手の能力を記憶から全て再現出来ます。但し昔覚えていたけど今忘れたも再現します。
記憶した瞬間の変化を何度でも再現出来ますが、記憶し直さない限り記憶も能力も記憶時のままです。なので一人を複数パターン記憶する事も可能。
但し封印前は対象の殺害と同時の入れ替わりですので、一人一回しか記録してません。理性的な変化では無く、衝動的な行為なので。
当時の変化は封印の影響で、確信を以って思い出そうとしないと参照出来ないくらい破損しています。元は記憶含めた完全コピーが今は能力だけの劣化コピーになるくらいに。
魔女は呪詛を再現出来ないため、殆どの変化使いは魔女を対象外としていますが、サメロラは数少ない例外的な変化使いです。
そもそも代償が自我含め自身全部を上書きする程の激重デメリットによる変化術で初めて呪装や発動具の再現が可能になっていますので、魔法使いには絶対不可能な領域です。伊達じゃありません。異常ですw
格上でも再現出来ますが、呪詛出力は変わって無いので出力差が高過ぎる相手程直ぐに力尽きる羽目になります。サメロラの場合装備一式も再現しているので消耗は大きいです。
グラトニーが与えた【分御魂】は人格の分割であり、多重人格が成立出来る様に自我を拡張したものです。ので本来肉体の外に出せる力ではありません。
なので事前に専用の呪具人形を造った上で、発動具を変化で作る呪詛の応用でようやく複数体の同時変化を可能にしています。
手足の一部が人型になっているに等しいので、毎回その場での呪詛変化が必須になります。
ゲーム的に言うなら限界MPは変わらず最大HPを削って能力値と装備を再現している感じかな?派手に減る分変化が解ければ最大値は戻ります。消費分はそのまま。
分御魂はHP分割方式。割と簡単に砕ける理由も納得して頂けるかとw




