第三章 黎明時の攻防 01.勝利の剣を求めて
※シリアス回です。前話との温度差に風邪引かない様にご注意を。
夜が明けようとも人為的に操作された〔学園〕内の空は決して晴れず、常に暗い曇り空を維持し続けている。
〔学園地下迷宮〕から〔学園長邸宅塔〕へ直接繋がる筈の通路は既に完全に塞がれていた。物理的な閉鎖だけでは無く封印術も仕掛けられていたから、こちらから突破するのは時間も含めてロスが大き過ぎる。
ジュリアン達は最も〔邸宅塔〕に近い出口から地上を経由し、《雲隠れの外套》を纏って塔を目指していた。
「全員警戒しろ。《雲隠れの外套》は距離が近い程効力が薄まる。
もし〔塔〕に誰かが潜んでいたならそろそろ気付かれてもおかしくない頃だ。」
姿を隠す呪具は数多あれど、これさえあればと言える呪具は実の所無い。
透明化の呪具であれば外套の部分が存在しないかの様に光を捻じ曲げるが、外套の無い部分となると、対象が曖昧過ぎて難しい。
影に隠れたり地面に影となって張り付く呪具もあるが、今度は移動に難がある。
何よりエーテルを視認する呪具があれば大体の姿隠しの呪具は見破れてしまうのだが、今度は認識を操る呪具が登場した。見ても見えないと思い込む呪具だ。
だがこれは遠く、呪具の効果範囲外から見ると隠れてすらいない。
複数の迷彩系呪具を用いれば互いが干渉し合う事もある。
結果、状況に合わせて不完全な呪具を用いるしか無いのが実情だ。
「そういやこのタイミングで聞くのもあれなんですけど、何でオレ達〔世界塔〕の方を目指しているんですか?
前の話だと〔禁書庫〕へ向かうって話だと思ったんですけど。」
ポートガスが召喚獣『アクスバード』を走らせながらムーンパレスに訊ねる。
《雲隠れの外套》最大の利点は、遠目であれば装備者と接触している対象ごと視認し辛くなる点だ。道中を急ぐ一同にとって、これ程都合の良い迷彩呪具は無い。
「【剣】が確実に運び出された保証は無いからな。
〔世界塔〕から〔校舎〕に退避する事は難しくないが、逆は無理がある。
敵に気付かれずに近寄れるのは、最初の一度だけだと思った方が良い。」
「でもそれ、無駄な警戒だと思いますよ?」
ムーンパレスの言葉に答えたのは、ジュリアン達の誰でも無い。
「何?誰だ!」
〔邸宅塔〕の前に立ち塞がっていたのは、たった一人。
ジュリアン達が人質に取られている可能性を警戒していた少女、サンドライト。近くの木に背中を預けていた彼女は、慌てて足を止めた一同の前に進み出る。
「……どういう心算だ。まさかお前一人で我々の足止めを命じられたのか?」
ムーンパレスの問いにいいえと首を振り、視線を一人に向ける。
「わたしが足止めを命じられたのはパトリシア、あなた一人です。
他の皆は先に進んで結構ですよ。」
「わ、私?何で?」
「グラトニーにとって、自分以外が禁忌の魔女を殺しかねないジュリアンは邪魔な存在だからです。預言阻止の障害だった学園長はもういない。
グラトニーはもう、あなた達を殺すのを躊躇いません。」
「言ってくれるね。あたしらじゃグラトニーに勝てないってかい。」
教師ドロテアが【金棒】を構えながらの問いに、サンドライトははっきりと冷笑を浮かべて鼻で笑う。
「は。今更学園教師風情が束になったくらいでグラトニーに勝てるとでも?
無駄ですよ。全部無駄な抵抗です。グラトニーに挑んだ時点で皆死ぬ。
だからせめて、親友を死なせたくないなら全力で足止めしろってのがグラトニーの命令なんですよ。
それなら自分を裏切らず、命令に従えるだろうってね。」
あはははといっそ投げ遣りにすら感じる笑い声に、冗談では無いのだと理解したパトリシアも表情を硬くする。
見ていて痛々しい反面、ジュリアンはむしろ腑に落ちる。
(やっぱりグラトニーは、禁忌の前の決着を望んだか。)
自分がグラトニーにとって分かり易い存在だとは思わないが、ジュリアンが禁忌との戦いに横槍を入れる事はあっても、禁忌がジュリアンとの戦いに割って入る事は無いだろう。
禁忌の魔女にとっては消耗を狙うなら諸共よりも、一人になってから狙った方が勝つのは容易い。話に聞く限り正々堂々に拘るタイプでは無い筈だ。
「……無理に命令に従う必要は無いよ。
お前さんの体ごと呪いを封印する。そうすればグラトニーがお前さんの命を奪おうとしても呪いは発動しないんだ。」
じりと、小さく足を動かし教師達が臨戦態勢を取る。
「残念ですが、わたしはそれに同意した時点で死ぬんですよ。わたしの契約はより細かく命令される事で、命令に違反した段階で魂が回収される契約なんです。
つまりわたしはパトリシアを取り逃がした時、負けを悟った時、そして命令に反した時。このどれかの条件を満たした段階で死んでしまう。
勿論、グラトニーは此方を一々監視していませんよ?」
「「「っ!」」」
それは見方を変えればサンドライト自身の命が人質だという意味だ。
「だ、だがお前が負けを自覚出来なければ!」
「生憎わたしがそれを認められませんよ。
言ったでしょう?あなた達じゃグラトニーに勝てないって。グラトニーは、四竜ダンジョン全てを制覇して竜王四体全てを『暴食』したんです。
わたしは既に、グラトニーこそが究極の魔女だと思っていますよっ!」
「ッ!しまった!」
サンドライトが後ろに飛び退いた瞬間。違和感を感じた教師二人が前に出た瞬間を狙い澄ましたかのように空気が揺らぎ、距離が延びる。
一方でパトリシアの体が、何者かに掴まれたかの様に宙に浮いた。
「ジュリアッ」
サンドライトの姿が揺らぎ、パトリシア諸共陽炎の中に消える。
と同時にムーンパレスとドロテアの姿も殆ど同時にぼやけて消える。
『残念でした。二名様ごあんなぁ~い。』
「な!う、ウェンディさん?!」
クスクスと聞き覚えのある小さな笑い声が響き、ジュリアンはその特徴的な喋り方で相手が魅惑の魔女ウェンディだと悟る。
だが一瞬周囲に残っていたエーテルの気配は既に無く、どちらも手遅れだと自覚して近くの木に拳を叩き付ける。
「くそ!よりによって目の前で!」
「おいおい落ち着けよ。大体教師ドロテアどころか教頭ムーンパレスまで罠に嵌る様な相手だぞ?お前の所為じゃないって。」
「そうかもな。けど次俺達が同じ目に遭って、生き残れる保証は無い。
俺達は既に、助けて貰う側じゃないんだ。」
「そ、そうか。そうだな、そうだよな。」
ジュリアンの指摘に、ポートガスが気まずい顔で視線を反らす。
ジュリアンはジュリアンで、頭を掻きながら状況を整理する。状況は最悪、教師達とは分断され、グラトニーに交渉する気は無い。
「それでこの後はどうする?パトリシアを探しに行くか?」
「いや、このまま〔邸宅塔〕に行く。単純に考えるなら教師達は一番近い塔の結界に取り込まれたと考えるのが妥当だと思う。
逆にパトリシアはサンドライトといる限り安全だ。下手に救出に向かうよりグラトニーを説得した方が良い。」
「いや説得出来るか?」
ポートガスが説得の段で半眼になるが。
「向こうに利があれば出来るだろ?
少なくとも魔法議会よりは遥かに話の通じる相手だ。」
「そうだな。そうだったわ。」
ポートガスは深々と同意しながら目元に手を当て、天を仰ぎ見る。
「出来れば此処を守っているのがオルガノンさんだったら良かったけど、早々都合良くは行かないみたいだな。」
慎重に歩いて近付くと〔邸宅塔〕の外観は上層階が半壊しており、明らかにあれから放置され続けていたと見て分かる。
だがそれも変だ。ここに〔世界塔〕への入り口があるなら最低でも閉鎖は確実。そうでないなら此処には――。
『あらあら?なるほどねぇ。
魔女狩り相手には勝てても数人の私達が此処に配置されるのって、正直腑に落ちなかったのだけれど。
あなた達が来ると予想していたなら、それも納得かしらね?』
二人が塔の中に踏み入った瞬間、風が薙ぐように周囲の景色を塗り替える。
建物の中に入った筈が、天上は一面の黒雲に包まれて。地面は影が広がり沼の様に影が広がり黒い茨が溢れ出して草原の様に地面一面を埋め尽くして。
足元は黒い水が染み渡って二人を徐々に沈め始める。
「!不味い、適当な茨の上に乗れ!」
「分かった!」
咄嗟に茨の枝に乗り剣を抜きながら、ジュリアンは周囲に視界を走らせる。
一部の茨は樹木の様に渦巻き、森の様な景色を再現している。
ここは黒茨の森だ。影と闇しかない、灯りは自分達しか持ちえない異世界。
いや、それは違う。一面に広がる黒茨の草原と木々の中、無数の蕾が次々と花を芽吹かせ薔薇が咲き誇る。
『ここは淑女の会三名合同による、対魔女結界【黒茨庭園】。』
最初に結界内に響き渡った声が学園首席カーリー・ドラクロワのものならば、後に続いたのは学園次席、ガトレス・ナーガ。
『生憎と我々の双肩には学生達の命運が懸かっておりますれば、如何に相手が魔法世界の希望と言えど、手加減など及びも付かぬ事。
我らが渾身の一策、存分にご照覧あれ。』
三席メフィレス・マローダの立場表明と共に、地面の如き黒茨から無数の鞭の如く渦を巻きながら、幾筋かが弾けてしなり。二人目掛けて牙を剥いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
呪具《空腕型》は魔力で出来た不可視の腕を操る長手袋だ。
『飛べ』と唱えれば魔力の腕を伸ばし、『固まれ』と唱えれば不可視のまま拳の部分が硬質化する。
状況によって『掴め』と唱え分け、握るだけにするかを選択すれば自身を引き寄せる也で移動にも使える。
とは言え出力は精々、人一人を持ち上げられる程度が限界。
(不意打ちで使いたいなら『呪符』に呪文を組み込めばいい、ですか。)
流石に見ないで目的の呪符を選ぶのは数枚が限度だ。何よりこの呪具は本来実際に長手袋を動かす必要がある。
偽物の腕を取り外したサンドライトは、背中に隠していた長手袋を付けた腕を前に出して、漸く力んだ肩を解せて深い息を吐く。
なんだかんだ言って呪具でエーテルが見えている皆の不意を突くには、事前に七不思議の魔女達の手を借りる必要があった。
最終的には教師達を分断するために用意した、偽装用の監視結界に紛れて頭の上から伸ばした腕を曲げる練習を繰り返し、漸く今回に漕ぎ着けた。
全く以って自分の凡庸さが嫌になる。一見して彼らには転移に見えたかも知れないが、今パトリシアといる場所は先程と殆ど変わらぬ位置の〔影世界〕だ。
空間の歪みと見せかけた煙幕で幻を被せ、『呪符』で呪文を用いれば成功だ。
「これで、もう出られません。それにこの結界が破られた時点でわたしは積み。
あなたはわたしの死と引き換えに脱出出来るでしょう。」
〔影世界〕に入ってから改めて木陰に隠した《ドームハウス》に揃って中に入り覚えたての結界術式で出口を塞ぐ。目の前にいる自分を倒せば脱出出来るし、なにより結界破りの呪具には対策すら出来ていない。
なんとまあ無様な代物だろうと、余りの即興具合に呆れ果てる。口に出した言葉は殆ど出任せだ。向こうは自分を諦めれば幾らでも勝てる。
「どうして!どうしてこんな事をするのよ!」
未だに嘆く声しか上げないパトリシアに、罪悪感で圧し潰されそうになりながら胸元の服を握り締める。
「決まっているでしょう、他に出来る事なんて無いからです。
わたしがどれだけ頑張ったってジュリアンの力にはなれない。ジュリアンがグラトニーと戦ってしまえば十中八九殺される。
いえ。それでもジュリアンなら勝てるかも知れませんね。」
「それは……。」
薄々はパトリシアだって気付いていた。親友と呼んでいた友達の気持ち。自分と同じ感情に罪悪感と、裏切りを責められる恐怖を加えた眼差し。
明るく振る舞って本心から目を背ける自分と、敬語が癖だと誰にでも同じような距離感で接する彼女は、時々驚く程考える事が一致する時がある。
サンドライトだって分かっている筈だ。ジュリアンが責める筈は無いのだと。
裏切り等と言っても詰りもしないだろう、最初から納得して友達をやっていると逆に申し訳ない顔をするだろう、彼ジュリアンの性格を。
どちらが彼の傍にいるべきか。サンドライトだって分かってる。納得してる。
「無茶ですよ。魔女になったグラトニーは正真正銘の化け物です。
生き物かどうかもとっくに怪しい。いえ、魔女はもうとっくに生き物では無いのかも知れない。」
いや。本当ならジュリアンも止めたい。助けたい。力になりたい。
でも無理だ。自分はグラトニーの温情で足枷の役目から外された存在。
「どうして?どうしてそんなに自棄になっているの?
ご両親が殺されたから?」
不意に尋ねられた事に意味が分からず、ああと失笑してしまう。
「いいえまさか。そう言えば言って無かったんですね。
わたし、実家では入学資格すら【魔女の仮面】抜きには難しい魔力しか無かったから、無能人扱いされてたんですよ。
正直ざまぁみろとすら思います。最近は気にもならなくなってましたね。」
そう言えばそうだ。自分はこれ程の恩恵をグラトニーから受けておきながら、何故恩を返そうとは思わなかったのやら。分かり切っている事だ。
自分はジュリアンに、それほどまでに眩しく焦がれていたのだ。
「ねぇパトリシア。もう認めませんか?
あなただって知っている筈でしょう、ジュリアンがグラトニーに告白した事。
わたし達がどれだけ頑張ったってグラトニーには何も出来ないけど、ジュリアンなら止められるかも知れない。わたし達はあの二人には割って入れないんです。
何よりジュリアンがグラトニーを止められなかったらどうなるか。もしあなたを選んでグラトニーがあなたに狙いを定めたら。
あなたは本当にジュリアンの助けになれるんですか?」
「ッ?!…………、………………ッ、それ、……………………は。」
息を呑み、俯くパトリシアを見て、ああと膝を折りたい気持ちで息を呑む。
否定して欲しかった。今の自分ならと。前よりはマシになったと。
けれども駄目だ。彼女も自分に似ている。ほんの少し自分よりマシだっただけ。
「無理でしょう?それでも生きたいのなら、わたしを諦めて先に進んで下さい。
わたしはジュリアンの負けも、あなたの死も、どちらも見たくない。」
ジュリアンの足を引っ張るかも知れないあなたを、わたしが友情を盾に脅迫して足止めして、全てが終わった後にあなたの元に戻って来るのならそれでいい。
あなたを死なせなかった分、わたしはジュリアンの役に立った。
あなたがわたしを殺せるのならそれでもいい。腹を括ったあなたは、今のあなたよりも強い筈。けれども。けれどそれが出来ないのなら。
「あなたは此処に残るべきです、パトリシア。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
歪んだ空間を砕いている間に、転移の術式は完了する。
簡単に言えば、檻に閉じ込めて檻から出る前に檻を輸送した。そんなところか。
転移先は【誅仙陣<四面画廊賛歌>】の中の仙郷山麓の水墨画世界だ。
「無事か、ドロテア。」
「ええムーンパレス。どうやら我々は分断された様ですね。
とあれば敵は、我々を討ち取る罠を用意していると見て良いでしょう。」
自分達の体に外傷、そして干渉の跡はない。どうやら転移だけのトラップだった様だ。忌々しい事にこの手の術式は、術を破るか起動前に脱出する以外の対処法は未だに存在していない。
即座に立ち上がった二人は、霧の中の渓谷を見回しながら辺りを警戒する。
一方ここは白亜の中央画廊。
定位置のソファーに戻った魅惑の魔女ウェンディは、これで用は済んだとばかりに深々と背もたれに身を沈めた。
「さてと。もしグラトニーが目覚めていたら、場合によっては会わせてあげても良かったんだけどねぇ。
生憎そうじゃないから、先ずは徹底的に時間稼ぎさせて貰うわよ?」
※年始投稿その二です。
実はサンドライトが言っている負けを悟った時の解釈は、微妙に違います。
グラトニーから見れば普通に全員がかりで取り押さえに来る方が有り得るので、無抵抗で負けなければ良し程度。自主的に捕まったら死ぬようにした、と言う意味で言ってます。負けても無問題、流石にリンチされても勝てと言う程一方的じゃないです。
只契約上はグラトニーの言った意味以上に重く受け取っているので、誤解ではないと言う裁定が出てます。元々ペナルティー的な意味合いで結ばれた契約なので。
代わりに今回の件を終えれば今後グラトニーの指示を聞く必要が無い、と言う方向に修正されています。流石に敵対した場合は即死ですが。
迷彩に関してですが、呪具では不可能でも結界術なら複合結界等で割と完全に近い迷彩は可能です。その分術者の負担は凄いので簡単ではありません。移動もほぼ無理。
但し規模拡大とかタイミング合わせての起動は可能なので、教師達に隙があったというより単純に使う側が上手だった形になります。
強いて言うならサンドライト一人だったら絶対失敗するよね、と気付けなかったのが敗因wその程度には教師二人も動揺していた訳です。




