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ガラクタの学園  作者: 夕霧湖畔
第七部 学園の夜明け編
159/211

02.阿鼻叫喚・合流

 その日、〔学園〕から脱出者が現れたとの報告が〔魔女狩り支部〕に届いた。

 いや、正しくはそのまま使者として、〔支部〕に直接護送されて来た。


 〔学園〕が今、大罪の魔女を名乗る元学生によって支配されている事も。

 大罪の魔女が何人かの魔女を従えている事も。

 学生達の命を盾に、教職員達に服従(ふくじゅう)を強いている事も。

 全て〔魔法議会〕側に既定の事実として知れ渡っている。


 だがそれでも議会が学園奪還(だっかん)に動き出せていないのは、他の二つの情報が余りに大き過ぎる事だ。


 一つは、大罪の魔女達による、魔法世界最高の魔法使いダーククロウの抹殺。

 二つ、禁忌の魔女の復活。


 この二つだけで魔法世界全土が動揺し、大混乱に陥っている。というより今公式で認められているのは、〔学園〕が何者かに占拠されたところまでだ。

 にも拘らず、既に禁忌の魔女復活は魔法世界全土に知れ渡っていた。




 〔学園〕を脱出した教頭ムーンパレスは、支部に待機する職員達の連絡を聞いて頭を悩ませていた。彼らはジュリアンに合わせろの一点張りだと言う。


 だが「自分達は大罪の魔女グラトニーに直接解放された」と「ジュリアン以外に話せば全ての学生の命が危ないと言われている」と告げ、魔女狩り達に強引な手段を取らせる事を躊躇わせているという。


 そんな事を言えば、強引な手段に訴えようとする奴が出るのが分からないのかとムーンパレスは舌打ちするが、実際は逆だ。

 既に下っ端の魔女狩りが暴行を加えて聞き出した情報がそこまでだ。


 魔女の呪いには特定の行動に反した者を問答無用で殺す術もあると、魔女狩り達は固く聞かされている。

 だからこそ、一時の建前でも魔女に従うのは危険なのだと、固く。固く、全ての魔女狩りに言い聞かされている。


 そういう意味では、黄金の魔女など注意点が判り易い位だ。魔女の異名が特徴を表すのも、異名だけで注意点が判る様に魔女狩りが名付けるのだ。

 尤も割と魔女の方も拒むどころか、虚仮(こけ)とばかりに名付けられた異名を名乗る者もまた多いのだが。


(兎にも角にも、安易に拷問されなかったのは幸いだな。)

 教え子が拷問されるなど聞きたくもないが、魔女狩りは只でさえ魔法使いとしては異端や社会不適合者が集まり易い。


 魔女狩りはエリート半分狂人半分で出来ているとは有名な話だ。

 それでも魔女狩りを希望する雑種は後を絶たないのだから、如何に純血以外への出世が絶たれているか分かろうというものだ。


「それで。まさかジュリアン達には教えてないだろうな?」

「いえそれが元々遅く。我々が捕らえたのはジュリアン達に『使い魔呪符』を飛ばした後だったようです。」


 報告に来た魔女狩りは下っ端で、今はベテランの魔女狩り達に結集をかけているところだ。

 だが現状は多くの魔女狩りが禁忌の魔女捜索に駆り出されており、集まりは悪いとしか言いようがない。元々魔女狩りは個人主義が多いのだ。


「くそ!ならジュリアン達は今何処だ!」

「既に隣の部屋で、あなたの到着を待つと。」

 舌打ちする魔女狩りは、既に一度ジュリアンに持ってる情報全てを吐かせようとして返り討ちにあった男だ。殴ってから考えるタイプなので嘘は言わない。

 はっきり言って、魔女狩りには本当に脳筋が多い。


(くそ!ジュリアン達は……、まだ話せる方……だが!)

 彼は同級生という贔屓目(ひいきめ)か、ダーククロウが殺されて尚もあのグラトニーを信じたいのか、未だに彼女の抹殺に動く事に反対している。


 全てが後手に回っている自覚が、何より自分が魔法世界のトップ戦力の一角になるまで頂点が下がってしまった現状が、ムーンパレスを苛立たせていた。


「どうしますか?」

「……ジュリアンには会わせない。私が話を聞こう。

 それでもし情報を漏らさない様なら止むを得ん。洗脳されている恐れのある学生を運命の子に会わせる訳にはいかないからな。」


「それは止めた方が良いと思いますよ、使者役の学生なら私も知っています。

 多分持たされた情報も、重要度が低い真実だと思われます。」

 眉の付け根を押さえながら決断したムーンパレスに、後ろから聞き覚えのある声が制止する。


「……まさかお前も情に流されたか?教師ドロテア。」

「まさか。例の学生達は探求者(シーカー)寮生でジュリアンの同級生ですよ。

 二重の意味でグラトニーは信用しないでしょう。」


 軽くやつれた顔で近くの椅子に腰かけるドロテアの返答に首を傾げ、はたと気付いてムーンパレスは、再び眉に指を添えた。

「……いや待て。重要度の低い真実と言ったな。

 という事は、伝言は、届かなくても良い。と?」


「伝言が届かないって事は我々が邪魔をしたって事です。

 あの二人に対する不信感は、ジュリアン達が我々に抱く不信感になる。多分元々我々に知られても問題無い情報だと思いますよ。」

「離間工作か……!」


 壁に拳を叩き付けるムーンパレスの姿は、ドロテアの目にも明らかな程疲弊(ひへい)している。情報の内容も多分サンドライト絡みだと見当は付けていたが、今はそれを指摘するのすら躊躇われるほどだ。


「恐らく後でジュリアンにバラされる方が問題になると思います。

 ジュリアンと一緒に聞けばまだ対処可能では?」

「……ああ、そうだな。」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 戻って来た教師ドロテアが〔対策本部〕へ移動すると告げ、ジュリアンはやっと事態が好転したかと安堵の溜め息を漏らした。


 この〔魔女狩り支部〕に常駐し即暴力に訴える彼らは、魔女狩りという名のチンピラだった。何せ会話より暴力の方が多い。

 やたら態度が悪く、殴って言う事を聞かせる事しか考えない。というか先ず話を聞かずに殴る。そして返り討ちにあってもリベンジを誓う。


 教頭ムーンパレスに言わせると所詮魔女狩りという話だが、教師ドロテア曰く、〔支部〕には当たり外れがあるらしい。当然この支部は外れだったが、本部と連絡が取れて隠れ易い位置にある支部が他に無かった。


『支部に残る魔女狩りは単純に後方向きか、戦力外の落ち零れだよ。

 使える魔女狩りは全部各地に散って魔女を狩りに行ってるのさ。現実を知ってる魔女狩りもね。』

 一応必要以上に話を聞かないのは、洗脳対策という側面が当初は在ったらしい。


 今教師ドロテアは伝手のある魔女狩り全てを総当たりしており、殆ど戻らない。

 魔女狩りは洗脳対策を幾ら重ねてもし足りない。なので直接出向かないことには一切信用してくれないらしい。


 けれど〔本部〕には入れないし迂闊に入ったら出られないので、こうして情報が集まる支部に匿われるしかない。


(最初に駆け込んだ〔魔法議会〕は最悪だったからなぁ……。)

 〔魔法議会〕は第一報を以って駆け込んだ一同を即座に軟禁した。

 情報漏洩を防ぐためと言っていたが、実際は誰がジュリアン達を旗印に掲げるかで争い、対策は二の次だった。


 そこへ〔淑女の会〕からの連絡と〔学園〕の全生徒が人質に取られている現状と幾つかの新事実が届き、混乱に乗じて脱出する事が出来た。


(学園長抹殺はまあ納得だけど、問題は大罪の魔女、だよな。)

 グラトニーが虚勢を張るとは思えない。周りの呼び名を気にしない彼女が魔女を名乗ったという事は、恐らく何らかの根拠がある筈だ。


 それに魔女を何人か従えているというのも気が重い。

 恐らく七不思議の番人達だろうとは予想が付く。ジュリアンが会った番人達は、大体が温厚だったし割と義理堅そうでもある。

 魔女視点ならグラトニーも左程異常では無いのかも知れない。


「なあ、脱出したのは学生達なんだろ?

 何でグラトニーは解放したんだ?」

 ポートガスが不安そうに尋ねるが、今聞かれても困る。

 ジュリアン達は今、馬車の座席に座っていた。


「聞けば分かるでしょ。此処には教頭もいるんだから、直ぐ聞けるわよ。」

 ぼそりと「聞けない体になってなければ」と呟く当たり、パトリシアも魔女狩り達の対応には大分不安を抱いているらしい。


「心配しなくてもちょっと殴られてたけど元気だよ。

 あたしが先に会って確認してる。」


 気まずそうなドロテアが駆る馬車は迷彩効果がかけられており、山道を音も無く進んでいたが。

 ドロテアが笛を吹くと突然道路がめくれ上がり、道のど真ん中に洞窟が現れて。

 馬車は一直線に洞窟の暗がりの中を進んで行く。


「さて、着いたよ。此処からは無駄口無しだ。

 魔女狩りの中でもトップクラスの重役がいるからね。」

 止まった馬車から全員降りて、ドロテアに続いて建物の中に入る。


 緊張の面持ちで入った室内は石壁に清潔な壁紙が張られており、中に簡素ながら重厚なテーブルが中央に置かれていた。


 中では既に数人の男女が席についており、上座側にムーンパレスも着席済みだ。

 ジュリアンがドロテアに並ぶ形でムーンパレスの傍に座り、しかし一番の上座は何故か空席だった。


 けれど並んでいる面々は魔法世界に疎いジュリアンですら知っている有名な魔女狩り達が何名も並んでいる。


 〔狼王〕クルトー。半狼黒髪の毛皮ローブを纏った浅黒のスレンダー美女。一度追跡を始めた獲物は絶対に逃がさず、永遠に追い続けるとすら言われている。


 〔大王〕キング。全身筋肉質の厳つい騎士風伊達男。

 全ての敵を【キング城】で迎え撃ち、一騎討ちで勝てなかったのは後にも先にも人違いで戦ったナイトバロン只一人。禁忌の魔女に勝てなかったのは偏に一騎討ちに持ち込めないからだと言われている。


 居並ぶ中に後頭部で銀髪を束ねた美丈夫、元先駆者(パイオニア)寮長のアルガストを見つけたジュリアンは、思わず腰を浮かせて声を上げた。

「アルガスト先輩!お久し振りです!」


「ジュリアンか。他の皆も無事で何よりだが、一旦落ち着け。」

「は、はい。申し訳ありません。」

 苦笑するアルガストも懐かしい顔に目を細めながら嗜める。

 ジュリアンも流石に空気が読めて無かったかと席に座り直す。


「遅かったな。それじゃ、これから学園を占拠した自称魔女グラトニーからジュリアンへ伝言を持って来たという学生二人の話をこの場の全員で共有する。

 異論や質問がある者は、話の前に済ませてくれ。」


 情報の信憑性(しんぴょうせい)云々も一度しか聞けないメッセージや、何らかの罠の可能性も考えある程度対処可能な面々を揃え、敢えて十名前後に絞らせて貰いましたと司会役を務める魔女狩りが語る。

 魔女狩り達も(こぞ)って質問を開始するが、殆どは辛口の意見だった。


「当の学生達が魔女に洗脳された刺客では無いという証拠は?」

「話の信憑性は何処にある。聞く必要なんて無いかと思うが。」

「本物の学生かどうかは確認したんだろうな?」


 これに対し司会役は洗脳の痕跡は発見されておらず、本物である事も確認済みとあり、信憑性は不明と解答した。


「魔女狩りとしてはどの程度罠だと考えているのか。

 オレは半々以上だと思っているが、どうか。」

 ムーンパレスの発言に、ジュリアンは慌てて腰を浮かして手を挙げた。


「待って下さい!半々は有り得ないと思います!」

「馬鹿を言うな。お前は情に流されているだけだ。」

 一蹴したムーンパレスに対し、魔女狩り達も殆どが同意の様だったが。


「相手がグラトニーに限ってそれは有り得ません!

 彼女は興味の無い事は放置します!学生が彼女の手で解放されたなら、そこには必ず彼女にとっての利益があります!罠以外は絶対に有り得ません!」


「「「…………。え?そっち?」」」

 ジュリアンがグラトニーを弁護していると思っていた一同は、つい首を傾ける。


「はい、この件に関してだけは断言出来ます。

 洗脳による暗殺も先ず無いと俺は見ています。グラトニーが俺を暗殺するなら、最低でも同級生全部を当てる筈です。

 メッセンジャーが二人なら、グラトニーは成功を期待していないと私は判断しています。十中八九駄目元、失敗しても損は無いという程度かと。」


 ジュリアンとしては注意喚起の心算だったが、何故か皆脱力し、微妙な表情を浮かべて沈黙している。

 ムーンパレスに至っては顔を抱えて必死で表情を解していた。


「……詰まり何かね?奴は我々を挑発するために伝言を?」

「いえ。多分我々にとって何かしら無視出来ない情報があるかと。

 学生の言葉に聞く耳を持たなかったら、臆病者扱いして我々を嘲笑(あざわら)う気では?」

 ジュリアンが真顔で警告して席に座り直すと、会場の空気は微妙な、何を言えば良いのか分からない雰囲気(ふんいき)を漂わせる。


「……教師ドロテア、君は今の話、どう思う?」


「あ、ハイ。い、言われて見ればそうというか、絶対やると思いました。

 あいつはそういう奴です。自分に価値の無い情報を投げ付けて、相手が悩む様を笑いながら観察してますね。

 折角価値のある何かを施してやったのにって。」

 顔を抱えてその可能性があったなー、と落ち込むドロテア。


「……つまり我々が信用出来なさそうなタイミングを狙ったのか。」

(後で信憑性の高い状態で同じ情報が流れて来ると、成程。

 我々は学生如きに怯えて情報を握り潰したとなる訳か。)


 案外悪辣(あくらつ)な奴だと吐き捨て、キングが司会役に声を上げる。

「おいもう良いだろう。どうせここには学生程度返り討ちに出来る者しか呼ばれて無いんだ。話は聞いてから判断すれば良い。」


「あ、ああ。よし。連れて来い。」

 促されて扉を開けると、見慣れた二人の同級生の姿に腰を浮かせる。


「三馬鹿?!あなた達無事だったの!」

 思わず声を上げたパトリシアに、ポートガスと使者二名がテーブルに突っ伏す。


「えっと。毒男ジョーズと、魔法薬中毒のTSバニーなララバイ。

 探求者(シーカー)寮の薬学三狂生と呼ばれている三人組の内の二人です。」

 胡乱(うろん)な表情で集まった注目に、天井を見上げ続けるジュリアンが補足する。


「……察するに、そこで突っ伏した君達の一人が残る三馬鹿の一人か。」

「薬草狂のポートガスで「いやお前貧乏く」黙れ玉無しバニー元猫自分の理想の嫁の姿になった気分を思い出せ。」

「おま!それを言ったら戦争だろうが!」

「お前が先に開戦したんだよぉ!」


 二人が揃って【サメ盾の発動具】を構え、回り込んだパトリシアに後頭部を殴られる。生憎ジュリアンの方から彼女の表情は見えなかった。


「伝言。メッセージは?」

「「いえすマム。」」


 こちらの水晶をご覧下さいと、懐から眼球状の水晶《撮影球》を取り出す。

「これをジュリアン達に見せる様にと。


『他の誰に見せても私には関係無いけど、あなた達魔法種族の誰が見ても面白い事にしかならないわ。あなた達も多分口封じされる。

 この情報を有効に活かせるのも、必要とするのもジュリアン達くらいよ。正直、私としてはこの水晶を奪い合ってくれると一番楽しい。』


……とまあ、そんな訳でジュリアン達のいないところで見せない方が良いと。」


 途中やたらそっくりな声でTSバニーことララバイが前置きを語り、一同が奥歯に物が挟まった様な絶妙に悪い空気を漂わせた。


「狼狽えるな。所詮魔女の言う事、全部真に受ける必要も無い。

 単にそいつらが運命の子へ確実に届けるよう、仕向けただけかも知れん。」

 視線でキングに促され、慌ててジョーズが《撮影球》の台座を起動させ、周囲にホログラムの様な立体映像が浮かび上がる。



『御機嫌よう、我らが学園長ダーククロウ。

 こちらの要件はお分かりかしら?』



   ○×◆▽○×◆▽


 【世界核】、そして〔基盤世界〕。世界の中枢であり、全ての魔法世界の原型で複製不可能な始まりの三つの魔法世界。その核。


 始祖マクダレア。詳細不明の始まりの魔法使い。実在だけは保証されていた回復魔法『オーラ』。どちらも固有名詞は失伝して久しい。


……当然ながら、始祖の死因など誰も知る筈も無い。まして、【世界核】にヒビが入ったなど。修復のために始祖が犠牲となったなど。


 ≪最低最古の純血≫が、魔女ならぬ魔人で魔法世界を滅ぼすためだけに、学園長として君臨していたなど。


 よりによって、禁忌の魔女を産み出した張本人だったなど。


 外界の者を無能人と名付け、断絶を煽っていたなどと。


 誰もが知り得ず、放置するには余りに危険過ぎる情報の蟲毒、坩堝(るつぼ)だった。


『恐れよ!平伏せ!オレこそが千年の月日を費やして、全ての真理を解き明かした英知の魔人。呪詛使いの頂点、忘却の魔王ダーククロウなのだから!』


   ▽○×◆▽○×◆




 ダーククロウの宣言と共に一旦画面が乱れ、途絶える。

 直後再び映像が広がるものの、全てが黒い霧の様で、途切れ途切れの音声だけが伝わり皆が訝しむが、聞き耳を立てる間に全員に緊張が走った。



『さて、不完全な生身で失礼。折角ですから皆様に自己紹介をさせて頂きます。

 私の名はハイネ、故有って盲目の魔女を名乗らせて頂いておりました。まあ皆様には分かり易く、〔魔女の饗宴〕の首魁代理、とでも申しましょうか?』


 映像はずっと映らず、しかし音声は続く。


 ダーククロウの両目に取り憑いていた禁忌の魔女の、分御魂の話。

 魂を八分割出来る禁忌の魔女が、五つまでしか封じられていなかった話。

 『■◆』名称の聞き取れない、他者の器を奪う禁忌の呪詛の話。


 グラトニーを下位互換と呼び、人形扱いする禁忌が彼女を我が娘と認める下り。


『あなたの呪詛、起源は、例えるなら『暴君』。といった処かしら?』

 再びの断線。



   ×◆▽○×◆▽○



 次の映像は鮮明で、恐らくは水晶の前に座らされた少女サンドライトだった。

『これをわたしに見せてどうしろって言うんですか?』


 サンドライトは青褪めた顔で椅子に座りながら、対峙するグラトニーに訊ねる。

 肩の荷を下ろすグラトニーは、何の遠慮も無く呪詛を振り撒いている。

 普段であれば控える『傲慢』の圧力が呪具越しにサンドライトを苛み、目の前にいるグラトニーの姿を化け物に歪めて見せる。


 最早グラトニーにとって、サンドライトは配慮不要の存在だ。

 その事実をまざまざと思い知りながら、せめてジュリアンに顔向け出来る自分でいようと心を強く持ち続ける。

 グラトニーの表情からは、常の笑顔と全く違いが見いだせなかった。


「あなたの使い道を見つけただけよ。今あなたに見せた映像、ジュリアンにも見せようと思ってるんだけど。でもこれだけだと説明不足よね?

 準備不足のまま確認のためだけに来られるのが一番白けるけど、私にジュリアンの気持ちなんて分かる訳無いじゃない?


 だからあなたに命じるわ。あなたが今のを見て、ジュリアンに都合の良い質問を私に聞きなさい。答えるかどうかは私が決めるわ。」


 しゃっくりの様に息を呑む。それはジュリアンを殺すという意味か。


「ああ、勘違いしないでね?

 どの道連中、あなたの無事を確認するために無理して来るかも知れないでしょ?私はそれも避けたいの。


 けどあなたが私とジュリアンを天秤にかけて、ジュリアンを選ばない筈も無い。あなた一度としてジュリアンより私を選んだ事無かったものね?


 私があなたに命じたのはジュリアン絡みだけだったのも認めるわ。けどあなたは自分で〔血の従者〕になる道を選んだ。

 あなたは自主的に私に貢献(こうけん)していない。それはあなたの罪よ。」


 胸元に指を突き付け、はっきりと笑顔のまま断言する。その顔色には一切の興味も悪意も浮かんでいない。


「それに生殺与奪を握られたあなたがジュリアンの側に立っても私が理想的なタイミングで殺すだけだし、それは私にもあなたにも無駄でしょう?

 だからあなたは私が許す範囲でジュリアンの役に立つ情報を聞き出せば良い。


 無駄な質問は五回まで許すわ。答えないが聞きたい事もあるだろうし。

 私に従い続ける限り、殺すのは待ってあげるわよ?」


 酷い。酷過ぎる。何て残酷な事を手伝わせるのだろう。

(これはジュリアンを殺すための、罠に嵌める為の準備だ。

 わたしはその為の手伝いをさせられる。)

 分かった上で、裏を掻いて見せろと。自分を欺けずとも、両方の利益になるなら見逃してやると言っているのだ。


「別に無理に答えなくても良いわよ?あなたがジュリアンを追い詰める手伝いが嫌というなら、このまま殺してあげても良い。

 こっちに残った以上、私の部下として最低限の義理は果たしているもの。」

 グラトニーが首を傾げる。彼女は分かっていない。自分が何をしているのかを。


(グラトニーは、あくまでわたしと自分の都合を両立させる提案をしただけ。

 これは彼女なりの部下に対する善意。役に立つ限り殺さないという、殺さない理由を用意して今迄の貢献に対する義理、報酬のつもり。)


 これを拒否すれば、ジュリアンは殺された自分を助けるために、無理をするかも知れない。これはジュリアンに無事を伝えるため。

 自分という人質がいると、無駄死にをさせないための協力だ。


「でも!このメッセージをジュリアン以外が見たらどうなるの?ジュリアンに伝言が届かなかった場合は!そっちの方がずっとあり得るじゃない!」

 思わず漏れた弱音に、サンドライト自身の方がはっとさせられる。


「その時はジュリアンが孤立しているのが分かるわ。

 〔魔法世界〕はジュリアンの敵だとね。」


「え?ちょっと待って。何故?どっちの意味で?」

 何だろう。彼女は一体何を、何が見えているのか。


「ふむ。だってジュリアンに自由行動させてないって事でしょ?

 ジュリアンを利用する気はあっても信用はしていない。つまり都合良く使い潰す気って意味じゃない。所詮は只の神輿(みこし)で、禁忌を倒すための捨て駒だわ。」


「でも!誰がメッセージを受け取ったかなんて分からないじゃない!

 あんなの見たら、誰だって隠して口を(つぐ)むわよ!」


「そんな訳無いでしょう?断言して良いけど、ジュリアン以外が見たら絶対に内容が〔魔法世界〕全土に全て広まるわ。

 他の誰が聞いても秘密にし続ける事は出来ないわね。」

「な、何でそんな事が……。」


「ねぇ。それは質問?只の私への反抗?

 後者なら私が付き合う義理は無いわ。私としては、今回の件に従う気が無いあなたを生かしておく理由が無いの。

 今回従う場合のみ、あなたをジュリアン達が突入する時まで生かしておく。」


 息を呑む。そして少しだけ冷静さを取り戻し、覚悟を決める。

「……じゃあ、教えて。あなたは魔法世界をどうしようとしているの?」


「????それ、大事なの?……まあ、良いけど一回目よ?

 必要なものは大体手に入れているから、どうでも良い。強いて言うなら禁忌の魔女を殺すためにどう利用出来るか、その程度よ?」


 何故気にするのか、どうやら本気で理解出来ていないらしい。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆




 沈黙が重かった。

 サンドライトの質問は十数回続き、最後の五回目のカウントを終えた後、寮に戻りなさいと告げられて映像が閉ざされた。


 質問の大部分は、禁忌の魔女が復活した経緯とダーククロウとの駆け引きの話であり、グラトニーの能力や学園の様子については避ける結果となった。

 但し、グラトニーが大罪の魔女を名乗る理由と、魔女化に対する考察ははっきりと説明されていた。魔女狩り達の推測が、思わぬ形で裏付けされた様だった。


「少なくとも、グラトニーとやらを大罪の魔女と呼ぶのは正しかろうな。」

 そして情報の不足を穴埋めするために、ジョーズとララバイの二人に今の学園の様子に対する質問が殺到した。


「学園の混乱は思った以上に無かったですね。

 正直皆グラトニーが自分達を盾にすると思ってたんですけど、むしろ逆らわない限り普通通り授業を受けて良くて。

 多分学生に関心が無いんじゃないですかね。」


「不満に関しては、正直前が悪過ぎたとしか。

 魔女の方から今迄の授業内容が悪過ぎると抗議があったらしくて、去年末に今までは許されなかった、授業単位の見直しが行われたんです。」


 教師達も溜め込んでいた不満が多く、自分達の提案が通るとあって積極的に改善に参加し、今は五年制の基準以上全員卒業という方針になったと語る二人。

 卒業上限も撤廃され、四年五年にも再受講権が与えられ。学生達はグラトニーがトップに立つ今の方が過ごし易いのではと首を捻る様になっていた。


「あ。昨年卒業資格を得ている学生は既に来年卒業資格を与えらえてます。

 後五年制になったからと言って、無理なく受けられる授業が増えただけで、今迄の単位は無駄になってません。去年の一年は無理でも、新三年は従来通りの単位で試験に合格すれば来年卒業出来るそうです。」


「「「…………。」」」


 新授業の資料は二人も持っており、書類を確認した元教頭ムーンパレスは呻き声を上げて嗚咽(おえつ)を漏らしていた。

 時々オレだってと呟いている辺り、本気の無念が伝わって来る。


「きょ、教師達は、全員グラトニーに協力的なの?」

 ドロテアが脂汗を掻いたまま訊ねる。これは私情じゃないと繰り返し呟いている時点で、全く冷静じゃないというのは全員に伝わって来る。


「いえ。グラトニーを優先して授業していれば大体自由みたいです。

 ただ〔黄金の夜明け団〕に授業再開を約束しているから、授業放棄だけは相応の理由が無いと駄目っぽいですけど。

 協力に関しては絶対魔女狩りか魔法議会と手を組む連中を当てにする意味が分からないと、グラトニー本人に一蹴されたって聞いてます。」


 魔女狩り達の反応は様々だ。脂汗を掻く者、良心に咎める者、魔女の定義に疑問を持ち出す者。

 だが学園の教育環境が改善しているのは事実だと認めざるを得なかった。


「ま、まとめよう。グラトニーは学園にも魔法議会にも興味は無く、禁忌の魔女を殺す邪魔をさせないために学生達を人質に取っている。

 学園全体に罠を張っているが、逆らわない教職員や学生は概ね自由に過ごして、授業も以前より改善された状態で行われている。

 ……これ、強引な突入して非難されるの我々なのか?」

 最後に本音が漏れたが、誰も司会役を責める事は出来なかった。


「だが魔女だろ?別に襲撃に問題無くないか?」


「ま、まあそうね。向こうも多分、最初から人質を当てにしてない……。」

 口に出した言葉に〔狼王〕クルトーがつい、俯いて腰を下ろしてしまう。

 人質を見捨てる前提で作戦を立て合う魔女と魔女狩り。

 今迄自身の正義を信じて戦って来ただけに、これは辛かった。


「あの。学園は後回しにして、禁忌の魔女を探しては?

 どう考えても優先順位高いのはそっちですし……。」


「〔魔法議会〕は断固として〔学園〕奪還優先だそうだ。

 〔魔女の饗宴〕の拠点などいつ見つかるかも分らんが、お偉方の子供達が人質に取られ続ける状況は我慢ならんらしい。」


「あの。そろそろ現実に目を向けて下さい。

 禁忌の魔女とダーククロウの関係、これどうします?」


「「「「ぐぁあああああああ!!!!」」」」

 無慈悲なジュリアンの発言に、その場の全員が悲鳴の如き呻きを上げた。

※主にジュリアンパート。一部ダイジェストです。

 ジュリアン達は最初議会に駆け込んだけど、会議が踊り続けた挙句力尽くで自派閥に監禁しようとする連中が現れたので、返り討ちにして魔女狩り側に保護を求めたという流れ。

 トップと対面する目途が立った辺りでグラトニーの水晶が届きました。


 魔女狩りの下っ端は不良学生を思い浮かべて下さいwガンを飛ばしてメンチきって目を反らしたら手が出ますw

 新人は本物の魔女相手には餌か情報源にしかならないので、戦闘力を認められるまでは訓練か魔物狩りを繰り返すスパルタな毎日です。

 只の犯罪者相手に魔女狩りは動きません。魔女退治以外で出世はほぼ出来ないと言って良いでしょう。但し人手不足なので血統は実力のオマケ以下。結果出せば無理やりにでも認められますw


 グラトニーが水晶を放り込んだ最大の目的は、サンドライトの無事を教えてジュリアンに準備をさせる為です。

 準備不足の内に情報収集のため強引に踏み込んで、済し崩し的に議会や魔女狩りが散発的に突入し、どっちも準備が整わぬまま最終決戦。

 これが一番グラトニーが嫌った流れで、恐らく準備万端の禁忌が総取りするでしょう。

 逆に言えば、ジュリアンが慎重に動くだけで準備時間は稼げる。稼げないなら議会も魔女狩りも運命の子を当てにしていないと推測出来る訳です。

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