第七章 封印攻防戦 01.伏せ札
ダーククロウの攻撃を躱しながら、魔女達は結界越しの念話で会話する。
念話自体は呪具を用いても出来る。結界の難易度を上げてまで術式を組み込んだのは、盗聴を確実に防ぎたいからだ。
(『今転移した!』『あっちの柱よ!』『間違い無いわ、短距離転移ね。』)
敢えて隠している可能性は在るが、珍しくオルガノンが断言した。
『視線の通らない場所に転移出来て無いのよ。物理的に他人の視界がある場所には転移出来ないのね。視線以上に厳しい条件の可能性もあるわ。』
何で分かるのかと魅惑ことウェンディが首を捻るが。
『顔の向きよ。例えば背中を見ている時に転移された事は今のところ無いわ。』
魔女の呪詛には精神に依存している分、理屈に合わぬ制約が付く事も珍しく無いのだという。
七不思議の六人の戦いぶりは何よりも慎重で、多少消耗が激しくとも相手の手札を暴く事に専念していた。
グラトニーは記憶操作も疑っていたが、忘却だと推論を立てたのはオルガノンであり、ウェンディも洗脳の類は無いと太鼓判を押していた。
『あの野郎、本当に派手に撒き散らすわね。魔力切れは無いのかしら。』
『気力が尽きない限り魔人に魔力切れは無いわよ。
魔女魔人を倒したいなら、とにかく敗北感を植え付けるか肉体を破壊し続けるほか無いわ。多少の手傷ならどうとでも回復出来るもの。』
彼女達全員が魔女達との交戦経験が豊富という訳ではないらしい。
だが不死術式持ちと戦うというのはそういう事だ。普通の魔法使いであれば魔力切れが狙えるが、魔女に限ってはそれが無い。
それこそ一撃で頭を消し飛ばすなりで意識を刈り取らない限り、いくらでも回復出来てしまうのだ。
尤も呪詛は、吐き出せば吐き出す程正気を保ち辛くなるのだが。
『今!ぃよし、当たった!』
ラビリスが水晶塔に向かって喝采を上げ、ダーククロウが火傷を治している。
ラビリスの『魔鏡』の呪詛の一つ、鏡に映った対象へ他の鏡に映した魔法を重ねる『映し身』の呪詛を命中させたからだ。
事前に『魔鏡』に他の魔法を封じておかねばならなかったりと何かと制限がある術だが、これだけ『魔鏡』化出来る水晶塔がある結界内なら十分に当たる。
『く、危なかったわ。やっぱりあいつ呪文唱えてない。
予想は当たりね。ダーククロウは『幻覚』を『実体化』させて更に『術式解体』の効果を加える事が出来る。
するとあの召喚魔法みたいのは何?』
複数視界から観測する事で相手が隠したがっている動作を確認出来るのは、呪具人形を操る傀儡ことクリスの強みだ。
彼女自身の戦力としては、虎の子のゴーレムが連携という複雑な判断を要求される場に向かないので、本領を発揮出来ているとは言い難い。
流石に単騎よりは全員で協力した方が強いのだから、我慢して貰うしかないが。
『魔獣への変化呪具か何かじゃ無いかしら?
魔獣を呪具に封じる事で、その魔獣の力を最大限引き出せる形で変化出来る呪具が昔造られた筈よ。
自分が召喚獣になる術だから、結局《召喚駒》の劣化秘術扱いされて何時の間にか廃れた魔術だったわね。』
逆に召喚獣使いのウェンディは召喚の手間が省ける上、数を揃え易い現状は本来以上の力を発揮出来ていると言って良い。
端的に言って【天体七芒陣】の効果は以下の通りだ。
〇結界空間~術者全員と空間内にいる存在の現在位置の常時知覚。それと術者同士の距離や視界を問わない念話。
これは幻術対策であり、全員が一ヶ所に集まる必要を無くすためだ。
結界の展開には全員が必要な反面、一人でも残っていれば維持出来る。
〇水晶柱~天井に繋がる七本の六角柱。空間を球体にするため地面を変形させた、魔術的な構造物。複数本が交差する中心は重力が複雑になっている。
実のところ、天井に水晶塔を量産する際に術式が破壊されないよう、地面と空間を切り離した結果の代物であり、壊れた所で結界に支障は無い。
単に自然と元の状態に戻るだけで、実は重力にすら影響は出ない。
〇水晶塔~一見して結界の外殻であり、実際は魔術で維持された伸縮自在な攻撃手段として使える結晶体。鏡の呪詛である『魔鏡』を魔術により再現した代物で水晶と同様の硬度が精々。破壊自体は簡単な分、直ぐに複製、復元される。
尚、この水晶塔は鏡としての性質を持っている。故に水晶を介すれば魔術効果が即座に複製可能であり、視覚外の対象を水晶に映して狙い定める事も出来る。
更に鏡の魔女であれば、水晶同士を空間的に繋いで通路としても使える。つまりどれだけ追い詰めてもそこら中に逃走経路が用意出来る。
特に重要なのは、これら全てに術を破れる《結界核》が無い点にある。
一見して核を隠すために思える全ての構造物は、フェイクですらない魔術効果によって産み出された、修復が容易な只の武器だ。
この結界の核は、種明かしをすれば術者である魔女達自身。
呪具はある。強度もある。決して破壊不可能では無い術源の腕輪は、結界を行使した魔女達自身が所有しており、術の展開と同時に魔力を繋げている。
この【天体七芒陣】の真に恐ろしい所は、空間の外側が術源である《腕輪》だけとなっている点だ。一見外殻に見える水晶塔も、実は宙に浮いているも同然。
球体状の空間に見えて、本当は全面が捻じれ歪んでおり、内側が裏返った袋の様な構造になっているのがこの結界の胆だ。
【天体七芒陣】のからの脱出方法は二つ。全ての腕輪を破壊するか、魔力源である術者達全員の意識を断つか。この二択。だが術者が必ず装着している以上、実際には術者全員の捕縛か殺害の一択になっている。
しかも腕輪は、一見して分かる所に付ける必要も無い。魔力さえ流せるなら足や首に巻いていたって問題は無い。
例えばクリスは呪具人形に持たせており、自身が触れてすらいない。腕輪に魔力さえ流せれば全て誤差なのだ。
見失ったほんの一瞬で、ダーククロウはあっさりと包囲網を抜ける。
『白黒の視界ってだけで此処まで厄介な結界になるなんてね。』
ダーククロウが幻術を得意としている事は禁忌戦役経験者は割と知られている。
だが【九曲黄河陣】という結界術の名は記録にも全く残っておらず。正に必殺、虎の子の秘術なのだろう。
それでも既に今迄の交戦で、結界の性質が色彩封じと影の操作に限られるところまでは解析出来た。
元々この【天体七芒陣】は大型種に対しては水晶塔を用いて倒し、ダーククロウを確実に逃がさず手の内を暴く事を目的とした結界陣だ。
紙の魔女オルガノンは声を感知する呪符を、幾つかの折り紙に紛れ込ませて探りを入れていた。この呪符の特徴は音を捕える事は無いが、声は感知する点だ。
本来は欠陥品の呪符だが、使い方次第で術の種を見破れる。
一見してオルガノンは攻撃に参加しているように見えて、その大部分はダーククロウの手札の解析に専念しているのだ。
(つくづく才能だけが無い魔女よね。部下にならないのが本当に惜しいわ。)
解析にオルガノン、守りにラビリス、残りの魔女達が攻め手を担当するのが現在の分担だ。とは言え全く攻撃に参加しない魔女は居ないのだが。
この中ではラビリスが一番攻撃に参加しているように見えて、閃光の一部は他の魔女達がタイミングや魔力負担を肩代わりしていたりする。
今のグラトニーは事実上の部外者だ。結界に組み込まれてこそいるものの、当分は戦いに参加せず観察に徹する作戦になっている。
理由は幾つかあるが、一番は単純に経験不足だ。結界に不慣れな上に敵は老獪なダーククロウ、不覚を取らないとは到底断言出来ない。
場合によっては魔女達だけで倒してもいい。特に鏡にとっては仇でもある。
強いて言うならグラトニーは、ダーククロウを『暴食』で吸収出来さえすれば、最後まで観察に徹しても構わない。
「うぉおおおおおお!!!死ぬわぁぁぁぁああああ!!!!」
因みに魔女達は随所に『影武者人形』と入れ替わり、クリスに動かして貰う事で狙われる負担を減らしているが、今叫んでいる茶会の魔女ローレルの分は無い。
これは嫌がらせではなく単に普通の『影武者人形』は動かない使い捨て呪具なので、一同が使っている人形は全部が動かせるように改造を施した特別製だ。
ギリギリに加わったローレルの分がある訳が無い。
食器による守りが得意と嘯いた彼女には、一部の『影武者人形』を本物に見せるために、彼女の手で庇わせている。
加えて一番回避能力に劣るオルガノンの守りとして、多くの間彼女と行動を共にさせていた。
無論、オルガノンの解析能力を知っているダーククロウにとっては他よりも優先して倒しておきたい相手だ。当然狙いも集中する。
「あ、あたしの逃げ足を舐めるなよォォォぉッ!」
ワイヤーアクションの様に茨を飛ばして逃げる様は、ラビリスによる鏡の援護が間に合わないくらい本当に機敏に動き回る。
ダーククロウも囮の可能性くらい考えているだろうが、地味に狙い易い。なのにアクロバティックに回避する。
まだ暫くは普通に持ち堪えそうだ。
(外を考えると長期戦はあまり望ましくないけど、魔力にはまだ余裕があるわ。)
本来複数の効果を持たせるほど結界陣の維持と制御に魔力を消費するが、こちらには『魔力結晶』を術式の動力として用いるクリスの秘儀がある。
事前に膨大な魔力を蓄えておく事が出来た。
結界起動段階の魔力はほぼ事前の蓄えだけと言って良い。
『ね、ねぇ。アレ流石にもうちょっと何とかならない?』
『どうしろって言うのよ。アレ私の指示じゃ無くて天然よ?
私は彼女に囮を指示した覚えは無いわ。』
ローレルが目立つ逃げ方をしているのは余裕が無くなって来た証だろう。
予備の《腕輪》で結界の魔力源としての役割は十分果たしているから、文句を付ける理由も無い。正直一番生死が作戦に影響しない魔女だ。
グラトニーは今、最高のタイミングで横槍を狙うのに忙しい。
◇◆◇◆◇◆◇◆
【天体七芒陣】の中で、学園の魔女達がダーククロウを追い詰める。
既にダーククロウは、この結界の中に六人の魔女全てを目撃し、全員に幾度かの攻撃を仕掛けていた。
そしてそれ故に確信している。
(おかしい。明らかに連中の魔力が不自然に増大している。)
恐らく以前と殆ど変わっていない、一般的な成長の範囲で収まっているのは紙の魔女オルガノンと、茶会の魔女ローレルか。
だがそれ以外の四人は、明らかに以前の倍か、それ以上の魔力を有している。
魔力の総量に関しては呪詛で補えるため、一見して見破る事は出来ないが、魔王ダーククロウは自らの瞳に《呪印術》を施しており、隠蔽された魔力や呪詛すら視認出来る。
それに四人は、ダーククロウと魔力勝負に持ち込まれても力負けしていない。
彼女達を学園に封じたのはダーククロウだ。だから有り得ないと断言出来る。
勿論現状でも一対一ならどうとでもなる。力負けしてないとは言っても、全力をぶつけられる状況に無いからだ。
だが元より自分も武闘派ではない。だから戦いに向かない魔女を封じた。
鏡は明らかに若く、経験も蓄積も浅い。
墓守は既に理性が無く、肉体も殆ど朽ちていた。
茶会はそもそも殴り合う努力をしない。
傀儡は不足する火力を手数で誤魔化している。
変化は呪詛を扱い切れず、念を入れて記憶も奪った。
魅惑は影に隠れてこそ真価を発揮する。
紙は全てが足りておらず、単に意地と技術だけの魔女だ。
はっきり言えば、全員が揃っても負けない自信はあった。だが念には念を入れて連携する手段も選び、監視の範囲内に限った。
だが現実は真逆だ。墓守はグラトニーに喰われ、残る六人は結界という裏技を用いて合流を果たし、ダーククロウの手の内に対し幾つかの対策すら立てていたのだと考えざるを得ない。
ダーククロウに扱える呪詛は三つ。霧を浴びせての『記憶喪失』、呪詛で包んだ相手の『認識隠し』、自身を世界から忘却させる短距離転移『神隠し』だ。
何れも直接攻撃力が無く、ダーククロウは『幻』に実体を与え、『変化』呪具を併用する事で自身の呪詛を奇襲の一手段として活かした。
不足する殺傷力は、数百年越しで呪具へ魔力を注ぎ続ける事で補った。
「『バシリクス』よ!ヒドラごと魔眼で縛れ!」
影で出来た校舎を埋め吐く程に巨大な多頭の大蛇、ヒドラが塔に串刺しにされて悲鳴を上げる傍らに。匹敵する程に巨大化した大蜥蜴バシリクスが落下する。
腹の硬さで天井側の水晶塔に体当たりで砕き、そのまま四肢を踏ん張り張り付きながら一帯を魔眼で睨み付ける。
巻き込まれた巨大ヒドラと十数頭の、常識サイズの平屋大ヒドラが次々と石へ変貌し始める。
だが位置を変えたダーククロウの元に水晶塔を反射した光の槍が囲み、更に背後の水晶塔から槍持ちの《人形楽団》が次々と跳び出してくる。
「ちっ!この程度で!」
『花吹雪』が《楽団》を一網打尽に雪崩の様に溢れて押し流し、破裂させて光の槍の威力を一撃とは言わず減退させて。
「捕らえたぞ、魔女共!」
瞳の中に映し出された魔女達の姿を懐から取り出した四本の手投げ槍、『羅針盤の槍』の穂先の付け根にある水晶球に、標的を投影して魔力を注ぎ込む。
本来使い捨ての割に威力も低く、相手を視認せずに使える呪具では無い。
しかしダーククロウにとってはその程度、片手間で改良出来る範囲だ。
自力で加速する様に魔力を注がれた槍は、次々と標的に向けて飛来する。
紙狙いの一本は折り紙の壁を貫通する間に水晶を砕かれて迷走し、破壊される。
魅惑はデュラハンを護衛にしているのでこの二人は想定内だ。変化は別人に化けられたら終わりなので狙っていない。
傀儡は老紳士風の人形に隠れていた様だ。それさえ判れば防がれてもいい。護衛用の人形が量産型な筈はないから人形を目印にすれば良い。
茶会が食器を盾に破壊成功したのは予想外だが、足止めが出来たのなら最低限の成果はどうにかなった。
(くそ!鏡がいる限り、多少の範囲攻撃では簡単に振り切られる!)
敵の結界陣は明らかに持久戦狙い、しかも応用こそ効くが回避と物量に主眼を置いた代物だ。あの強度の低い水晶塔は、破壊し易い代わりに直ぐ再生する。
しかも伸縮自在なので、大型召喚系は殆ど全て槍衾にされている。
そして恐らく、あの水晶塔を通して鏡は他の魔女達を転移させている。
『蜘蛛糸投網』という面結界の呪具で退路を塞ぎ、中一面を焼き尽くしてみたが全くの無傷。水晶塔同士ならどれにでも繋がるのだろう。
そういう意味でも、中心に連なる水晶柱は足場に使い易過ぎる。
そして当然の如く、柱も破壊したが自然再生した。
『記憶喪失』の呪詛は間合いに近寄れねば意味が無いし、何より接近戦が不利なのはダーククロウの方だ。使う機会は欲しくない。
どうも結界自体に探知効果があるらしく、【九曲黄河陣】による白黒の視界は一目視界を振り切る程度の役にしか立っていない。
元より【九曲黄河陣】の真価は幻術を最大限活かすための術なので、無意味では無いが本領を発揮出来たとは言い難い。
それに『認識隠し』も術で感知されると大分効きが悪い。
視界に入れば術で探知されようが見落とす筈だが、どうも探知外に出る度に紙が呪符をばら撒いている。
見当付けた範囲に制御が甘い領域があれば認識出来ずとも察知される辺り、紙の技量は大概おかしい。本来呪符で妨害呪具を突破出来る筈は無いのだが。
唯一有効なのが『神隠し』であり生命線にもなっているが、既に有効範囲は殆ど把握されたと見て良いだろう。
「さあ起動しろ、《五色提灯》!本物に変えろ、【楔の骸杖】!」
鼠の幻獣『ラタトスク』の群れは音を伝える群体の幻獣だ。使い方次第では遠くの呪具を発動させる事も出来る。
そして《五色提灯》は知る人ぞ知る古い呪具。幻術の看破手段が乏しかった頃に使われた、五種の広範囲幻術を投影する、逃走用呪具だ。
逃走先と思われる場所一帯に幻の炎が撒き散らされ、突如本物の炎に化ける。
だが『幻火』なので決して水では消えない炎だ。
盾を展開したと思しき場所に『幻雷』を叩き込むが、手応えは無い。
たとえ別の場所に転移されても全面で『幻火』を発動させれば退路など無い。
しかし『幻火』は『幻術破り』の呪符が次々と複製され、瞬く間に消えていく。
幾ら幻を実体化させようが、元が幻である以上幻術破りの対象になる。
(くそ!手の内が多少ばれているのは承知の上だが、まさか此処までとは!)
ダーククロウは自分が追い詰められていると認めざるを得なかった。
そもそも自分は元より非才。魔女六人を相手に戦えているのは千年越しの蓄積と修練があって漸く果たせる程度の器だ。
戦いに長けた魔女は、殆どの状況で呪具による罠で退けて来た。
(あああ、うっとおしい!何故俺は千年前からこうも無力なのだ!)
かつてクロウと呼ばれていた頃から、ダーククロウは変わらない。
――マクダレアが始祖と呼ばれたのは彼女の死後の話だ。
クロウにとっての自分は彼女と会ってからのもので、彼女と会う前の自分に興味は無いし覚えても居ない。
元々マクダレアは他人に壁を作る性格ではなく、誰とでも親しくなれる気さくで明るい少女だった。
彼女が自分を義理の弟と呼ぶ様になったのに深い意味は無かっただろうし、彼女が特別な力『オーラ』を扱えたからと言って、秘匿する事も無かった。
彼女は魔法と出会い、自分の力を理解し、そして解明する段階で異世界を作る術を見出した。クロウ少年が拾われたのはその辺りだった筈だ。
だから教えて欲しいと言えば誰にでも教えたし、クロウもその一人だ。
次第に彼女を聖人と崇め、慕う者が増える中で『オーラ』の修得には適性の様なものがあると判明し、習得出来た者達が特別視されるようになった。
だが当時の彼女は《異世界》の創造に夢中で在り、自分が神聖視されていると言われても態度を変える事も差別する事も無かった。
やがて彼女を利用しようとする者達が現れた時も、彼女は躊躇う事無く争いを避けて《異世界》に移住する事を選び、元の世界を捨てられる者だけを魔法で判別し共に自分達の創った世界へと連れて行った。
それが最初の〔魔法世界〕であり、全ての引き金。
彼女の魔法『オーラ』は万能の治癒魔法ではなく、怪我や伝染病など大体の病魔には有効だったが、今で言う遺伝病の類には効果が無かった。
今なら理由は分かる。そちらに必要なのは、肉体改造の技術だ。
故に彼女が若くして死ぬ運命を止める方法は無く、クロウは世界を呪い、そして老化を止める類の術があれば、肉体的な劣化を止める術があればと魔法研究に取り組み、積極的に【世界核】の研究にも参加した。
だが世界核は『オーラ』の適性が無い者に扱える代物では無かった。
それでも【賢者の偽石】を創り出し、遂に一人で〔世界塔〕の門を開ける事に成功したクロウは、歓喜を以て【世界核】に直接触れた。
――そう。単に触れただけだったのだ。
別に何がしたいという感情も無かった。それらは全て【賢者の偽石】が同志達、いやマクダレア様に認められてからの事だ。
元よりクロウはマクダレア様に認められ、力になること以外に興味はない。
だが【世界核】はクロウを拒み、弾き飛ばして自らに瑕を生じた。
思えば既に瘴気の片鱗が宿っていたのだろう。そうとは知らずに触れたクロウは外敵として弾かれ、結果マクダレア様は世界を救うために生贄となった。
――それがダーククロウと化した理由で在り、原因だ。
マクダレア様の為にだけ生きられれば良かったのに、マクダレア様のいない世界に残される恐怖。マクダレア様の為に死ねるなら何一つ躊躇わなかった。
なのにマクダレア様を救うどころか死期を早めた己に、どれ程絶望し怒り呪い続けただろう。なのにあの小娘は嫉妬だなどと騙ったのだ。
あああれが嘘だという事は分かっている。だが認められない。許せない。
幾度己を殺しても飽き足りぬ。幾度己を滅ぼしても飽き足りぬ。
あの小娘に自分では死ねない怒りなど分からない。
自分は死にたいのではない。忘れたいのだ。失くしたいのだ。
マクダレア様が死んだという事実を。世界全てから。
魔法の才など無い。どれほど積み重ねても世界は滅ぼせない。
出来るのは隠す事。忘れさせる事。
絶対にマクダレア様を忘れられない、忘却の、喪失の呪い。
当然だ。マクダレア様は全てに優先する。彼女を忘れる事など有り得ない。
忘れるべきは世界だ。この世界は彼女に縋る資格など無い。
何が始祖か。何が純血か。
マクダレア様とは似ても似付かぬ、『オーラ』を無くした人型の化け物共。
これ以上マクダレア様を汚される前に、一刻も早くこの世界を滅ぼさねば。
(ええい!禁忌用に用意した切り札だったが、出し惜しみしている余裕は無い!)
「さぁ起動しろ!【影絵灯篭・金蛟剪】ッッッ!!!!」
懐から取り出した龍柄の灯篭が宙を舞い、その場で旋回を始める。
竜の鱗で形作られた影絵の龍が、回転が増す程に徐々に灯篭から浮かび上がる。
マナ溜りに数百年漬け込みマナを蓄え続けたそれは、魔王と化したダーククロウを以てしても扱い切れず、【九曲黄河陣】を用いてようやく術として機能する。
術の威力は呪具耐久力に依存する、強度は随一ながら一度使えば破片すら残らぬ使い捨ての呪具。だがそれ故に、魔術としての規模と威力は如何なる結界をも破壊する秘蔵の切り札。
七不思議の魔女達がダーククロウに攻撃を加えるが、事前に展開された防御壁を破壊するには至らない。稼げる時間は僅かでも効果は十分。
浮かび上がった二対の龍に、全てのマナが移り命を得たかの様に動き出す。
『全員此処に集まりなさいッ!!』
紙が叫び全ての攻撃が止むが、疾うに手遅れだ。
マナで出来た龍は影と化して巨大化し続け、文字通り影絵の様に結界の端にまで拡がって絡み合い、咆哮を上げて互いの尾に噛み付く。
次の瞬間。全ての音が掻き消え、結界内をマナの嵐が全てを破壊しながら一面を光で埋め尽くした。
ちなみに何故【天体七芒陣】なのかと言うと、結界術を破る際に一番手頃なのが外壁破壊だという点が重要な意味を持ってます。
ガチガチに守りを固めている術者と違って、外壁は広く守りも分散しますので普通は外壁に近付かせないよう迷い易い術式にするか可能な限り固い素材を用いたりするのが一般的。
が。この術式では外壁や地面に相当する部分は水晶塔ではありません。水晶柱は重力を地面から分離させるための構造物で、水晶柱も実は重力場の起点程度の意味しかないです。
では地面は、外壁は何処か。それは魔女達とグラトニーが付ける、七つの腕輪です。
CGで立体を加工してドーナッツ構造にする映像を見た事はありませんか?要はあれがこの結界の基本構造です。
外壁っぽく見える全ては空で在り天。地面は七つの腕輪。水晶は海にでも例えましょうか、表面を動いている地面や外壁っぽく偽装した、結界的には不要な構造物でしか無いのです。
【九曲黄河陣】は周囲を白黒にして影を操るためだけの術式です。単品では割と初歩的。
派手に言っているけど只の影と幻術を分かり辛くして幻術を魔法効果化しても気付かれにくくするだけの代物。他の呪具が本体と言っても良い補助結界です。
『忘却』で隠された代物は五感から消えているのではなく、『忘れる、気付かない』が基本です。『神隠し』もあくまで見落とされないと使えません。
紙が『忘れた』筈の転移を何故気付けるかと言えば、操作した感覚を視覚で確認し、動きに齟齬が出ている部分を見破っているからです。
百の作業を同時進行中に七番だけ動きが一致しないならそこだな、とw
ローレルさんは結果的に脳筋化するのでオチ担当として凄く優秀w




