表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガラクタの学園  作者: 夕霧湖畔
第六部 黄金の夜明け団編
141/211

02.天体七芒陣

 急遽(きゅうきょ)用意した力攻め対策の結界は、辛うじて間に合ったと言えるだろう。

 『怪鳥シズ』は本来ダーククロウの切り札であり、一時的な実体化止まりの顕在(けんざい)召喚すら事前準備抜きには(まま)ならない最強の召喚獣だ。


 種族としては上位種のドラゴンに劣るものの、召喚獣に出来るのは下位種止まりであり。ダーククロウ自身もマナ溜りで蓄えた魔力抜きには使えない。


(盲目の魔女だと……。一体何者だ?表向きは兎も角【賢者の偽石】の探査を無効化出来たのは禁忌だけ。本当の名前は何だ?)


 自分に全く心当たりが無いのもおかしい。怪鳥シズはその巨体さ故に生息域も限られ、たった一つの魔法世界でしか生息出来ない。

 しかも地上に落ちれば地盤崩壊が確実な巨躯は、死ぬとそのまま空中で四散してマナに帰る。つまり死体を持ち帰る事も出来ない。


 つまり、直接討伐以外の方法で召喚獣化は不可能なのだ。禁忌ですらシズ討伐に関してはダーククロウの目を(あざむ)く事は出来なかった。


「?!ッ今度は何だ?」

 〔邸宅塔〕の一室で待機していたダーククロウは結界の反応に絶句する。

 〔世界塔〕の扉が開き、何者かが侵入した。

 有り得ない。【賢者の偽石】の現在位置を確認するが、予定通り。


(……馬鹿な。『オーラ』失伝によってあの扉を開く方法はただ一つ。

 オレの作ったたった二つ、ジュリアンとこの手にある【賢者の偽石】以外、存在しない!〔饗宴〕は【偽石】を再現したとでも言うのか?!)


 禁忌は〔世界核〕と【偽石】の関係を把握している。だからこそ予備の【偽石】をジュリアンに与え、囮にしたのだ。


(いや!十六年以上前から【偽石】の解析を進めていたとしたら別だ!

 元より盲目の魔女が、そのために禁忌が準備していた駒だとしたら!)


 禁忌戦役の折には間に合わなかった、禁忌に直接改造を受けた魔女。人造魔女は禁忌が戦役中も続けていた研究だ。

 墓守で失敗していたから未完成だと思っていたが、アレは別アプローチで完成体が他に居たとしたら。


(くそ!蟲毒如きが〔旧校舎〕の制圧に向かったのは、囮では無かったのか!)

 旧校舎に根を張れば容易に切り崩せぬ拠点が出来る。その程度が限界の魔女だと思っていたが、油断していたとしか言いようが無い。


 逸る心を抑え、〔邸宅塔〕にある〔世界塔〕への入り口を開く。急げば未だ間に合う筈だ。〔世界核〕は誰にでも制御出来る代物ではない。

 全ての〔世界塔〕行きの扉は同じ部屋に辿り着く。


「ッ?!」

 扉を潜り抜けたダーククロウは、辺りの景色が(ゆが)む様に、自身が罠に嵌められた事を理解する。まさかそんな、こんな短時間に。

 いや最初からここで待ち伏せられていたとしか。




 揺らぎが収まり、大理石の一室だった筈の空間は土の地面と一面瘴気の霧で満たされており、通り一遍の探知呪具では周囲の広さすら分からない。


 先ずは小手調べかと呪符を取り出し、『竜巻』を起こして視界を晴らそうとするダーククロウは。しかし響く足音に気付くと敢えて様子を見ようと思い止まり、常から持ち歩く【(くさび)の骸杖】だけ構えて踏み止まる。


「御機嫌よう、我らが学園長ダーククロウ。

 こちらの要件はお分かりかしら?」


「こういう時、見損なったと言うべきなのかな?

 まさか君が〔魔女の饗宴(ワルプルギスのよる)〕に与するとは思わなかったよ。」


 既に少女とは思えぬ程の艶姿(あですがた)に恵まれて同性すらも魅了する玉貌(ぎょくぼう)を有しながら、誰もが恐怖し正気を疑う魔性の美女。人の形をした異物。

 殺意害意に空気を震わせて、満面の微笑を(たた)えたグラトニーが、瘴気の渦から姿を現した。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


(流石と言うべきかしら?ある意味で都合が良くはあるけれど。)

 瘴気の霧が渦巻いているのはダーククロウが何らかの秘術で結界の出口に干渉をしているからだ。


 七不思議の魔女達による複合結界は外界から隔離(かくり)し切れておらず、故に今は全貌を隠し、必殺の準備が整うまでの時間稼ぎを必要としていた。

 だが同時に分からなくもある。何か〔饗宴〕に従う利点があっただろうか。


「あらあら?何故私が〔饗宴〕に屈したと思ったのかしら。

 連中、結構仲間意識が高そうに思ったんだけど。散々お仲間を殺した私を今更受け入れてくれるとは思えないわねぇ。」


「仮面の事かい?彼を本気で受け入れていたのは禁忌くらいだよ。

 君が思っている以上に無能人差別は魔女達にも染み付いている。むしろ彼が埋伏を殺した分、喜んで君を歓迎しそうだね。」


 何らかの呪具にエーテルを注ぎながら、ダーククロウはグラトニーの『傲慢』と『嫉妬』をものともせず。ニコニコと笑顔を崩さない。

 中身の無い言葉に、探る言動。これは本気で情報を欲しているか?


「ふぅん?もしかして蟲毒は未だ生きていると思ってる?

 それとも他に殺した魔女がいないかの確認かしら?」

 グラトニーの返答に、まさかという可能性が脳裏を過ったらしい。まるで迷いを振り払う様に軽く頭を振って笑顔を深める。


(とぼ)けるのは止し給え。結界といい、侵入手段といい、君一人では絶対に不可能だからね。まさか鏡や変化の協力を得たくらいで……。」

 不意にグラトニーに付いた七不思議が二人だけなのかと脳裏を過り、もしやとの思いがダーククロウの表情を強張らせる。


「ああ。私もう、結界術を修得しているわよ?

 それにさっきから随分遠回りな物言いね。私も色々答え合わせしたいんだけど、あなたももっとはっきり聞いたら?

 私総取りがしたいの。あなたを殺して奪った力で〔饗宴〕達を皆殺しにしたいんだけど。その前に色々確かめておきたくて。」


 動揺が抵抗を弱め閉鎖を加速させる。だが未だだ。結界の閉鎖を行っているのはグラトニーでは無いため余程粘られない限り、時間は此方の味方だ。


「なら聞こう。君はどうやってここを知った?ここに入った?

 此処は君程度の魔術師が侵入出来る場所ではない。」


 やっと踏み込んだか。これで漸く本当に聞きたい事が聞ける。

「〔世界塔〕の事かしら?ここが三つの内一つの〔基盤世界〕だと知ってマナ溜りの存在を知れば、自然と【()()()】の位置も大雑把に推察(すいさつ)出来るわ。」


「ッ?!」

 難しいのはむしろ正式名称を探る事だろう。だがそこまで教える心算は無い。


「結界に核があるのだもの。魔法世界に核があるのは当然の推測。

 何故塔だと分かるかって?だってあなたは〔影世界〕を守りに活用したもの。

 大方十六年前、禁忌を封印する序でに禁忌にバレたであろう、〔旧邸宅〕の地中塔を地上に移設したんじゃないかしら。


 肝心要の部分を地中に残した上でね。後は繋がっている部分だけを〔影世界〕側に移して、影世界を経由せず入れない様に改造した。

 魔女達を番人に利用する事で、本命の【世界核】から目を反らしながらね。」


 ここまでは復習。強いて言うならはったりだ。問題はこの先。

「で。あなたの純血嫌いの理由は、彼ら純血があなたが習得出来なかった回復魔法『オーラ』を継承した者達。その末裔(まつえい)だからで合ってるかしら?」


 ダーククロウの両目が極限まで見開かれ、今迄の取り繕った表情が完全に抜け落ちる。これは〔魔女の饗宴(ワルプルギスのよる)〕も把握していないと踏んだ切り札の筈だ。

 口封じに動く前に、最も大事な確信を口にする。


「嫉妬よね?始祖マクダレアは単純に【核】に触る者を技術者に限定するために扉の鍵を『オーラ』習得者専用にした。あなたは扱えなかった。

 だから賢者の石を作った。自分も後継者に名を連ねる為に。」


 証拠など無い。妄想と言われても撤回出来る物証は無い。

 だが絶対に惚ける事は出来ないと確信出来る。


「けどそこに不純物が、混じった呪詛が【世界核】にヒビを入れた。


 あなたが後継者に名を連ねる前に始祖は核の修復のために、残された命を投げ出して。あなたは秘密を隠す為に、全てが忘れ去られるまで【世界核】を扱える事実を隠し通す必要があった。


 だから邪魔だったのよね?失伝しても尚耐えられなかった。魔法世界最初の魔人にして()()()()()()()()()。ダークに染まったクロウさん?」


 ああ、何て惨めで愚かなのだろう。

 グラトニーは心の底からの侮蔑(ぶべつ)で嘲笑の笑顔を形作る。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!



 完敗だ。何故コイツが禁忌の魔女の下に付くなどと一時でも信じたのか。

 そうだコイツは、正真正銘の人の皮を被り損ねた化け物だ。


「馬鹿を言わないでくれ!あの愚か者共がよりにもよってマクダレア様の後継者等と!冗談でも怖気が走るよ!

 あの愚か者共はよりにもよって、『オーラ』を失伝させた連中だ!」


 アルマとマナとエーテルと。オーラさえ伝え続けられるなら我慢が出来た。

 元より始祖マクダレアは己が有する秘術や秘伝を惜しみなく伝え、皆が新世界で平和に暮らせるよう身を粉にして奔走(ほんそう)した。


 だがだからこそ。始祖の偉大さを忘れ、ただ秘術の価値にのみ拘り。血統で術を独占し、遂には権力争いの末に秘術すら失伝させて。


「ああ許せるものかよあの愚か者共とその末裔を!

 肝心要の秘術を失った連中が何をしたか!己が始祖に選ばれた高弟達の血統であると!ただ血統さえ継げば特別なのだと主張し始めたあの愚人共を!」


 だが失った。全てが水泡に帰した。なのにのうのうと連中はマクダレア様の後継者を名乗り、自分は全ての魔法世界を否定する力すらない無能者だ。


「何故今の世がエーテル全盛なのか、お前は知っているのか?

 『オーラ』を継承出来る肉体を求めて人体実験を繰り返し、その成果を始祖から引き継いだ秘伝と偽ったからだ!己が邪道を始祖の罪と擦り付けたのだ!


 託された全てを私欲で踏み荒らした癖に、未だマクダレア様の肩書きを(さえず)って笠に着る恥知らず共!奴らにマクダレア様が創った聖地に生きる資格など無い!」


 常の薄ら笑いをかなぐり捨てて、その身から瘴気が溢れ出す。

 今まで抑え込んで来た本音。薄ら笑いの仮面の下、その素顔。唇を噛み締め瞳の力が視線の鋭さに表れる。それは憎しみだ。嫌悪だ。敵意だ。

 (うごめ)く害虫の群れを(ことごと)く滅ぼさねばならない。一匹たりとて生かしておけない。

 虫けら相手に何を遠慮せねばならないのか。必要なのは力だ。他の全てが嘘偽りで障害で滅ぼすべき悪逆で、マクダレア様だけが真実だ。


 だがグラトニーは嘲笑を止めない。この男は紛れも無い弱者だ。


「あら。自分では滅ぼせなかったから造り出したのでしょう?

 究極の魔女を。世界の敵を。あなたと禁忌だけが、人造の魔女を生む技術を近代に蘇らせた。世界を壊せるのは魔女だから。」


 紙の魔女とは前提が違う。紙の魔女の吸血鬼化は、いわば不完全な不死術式だ。

 吸血鬼の持つ能力は全て不死術式と魔法魔術で代用出来る。黎明(れいめい)期の魔女。その実験体。オルガノンが吸血行為を必要としたなど聞いた事が無い。

 だから違うのだ。魔女に死霊を植え付けるのとは。


 魔法使いと魔女を混ぜるのは、更なる狂気の産物だ。なのにダーククロウは墓守の魔女を産み出せた。禁忌の実験に、同系統の知識に詳しかった。

 魔女の中で何故、彼の魔女の称号は禁忌なのか。


「ああそうだ!その通りだとも!あの者はオレの最高傑作になる筈だった!

 生みの親に従わぬ出来損ないだったが、ナイトバロンのお陰で今度こそ首輪を付けられそうでね。

 新たに蘇った禁忌は、今度こそ全ての魔法世界を滅ぼす我が僕となる!」

 まさに笑いが止まらないと勝ち誇るダーククロウ。


「そうねぇ。確かに千年の月日は伊達では無いのでしょうね。

 そこだけは認めるわ。無能人なんて言葉を広めて、外界との断絶を推し進めたりと、その努力は涙ぐましいばかりだわ。」


 裏が読めれば推察は出来る。ダーククロウは万が一にも魔法使い達を外界に逃亡させたくなかったのだ。


 だから無能世界等と優越感を煽り、故郷に嫌悪感を覚えるよう仕向けた。

 滑稽(こっけい)にも程がある。人の身で千年を生きるなど凡そ不可能だ。

 千年前には不死術式すら確立していない。誰もが目を背け、一度は疑った真実。


「抜かせ小娘!たかが百年すら生きた事の無い稚児(ちご)風情に何が出来る!」

 結界は既に閉じられ、外界とは完全に遮断された。

 全ての真相を語るにはその方が都合が良い。

 だが同時に、真実を隠し続けたダーククロウが今迄全力を出した筈も無い。


「恐れよ!平伏せ!オレこそが千年の月日を費やして、全ての真理を解き明かした英知の魔人。呪詛使いの頂点、忘却の魔王ダーククロウなのだから!」


 魔王ダーククロウの体からは、今まで見た誰よりも強大な瘴気が、呪詛が弾けて一面の瘴気を吹き飛ばした。

 仮初の地面が砕け、結界の真の姿が視界に入る。


「何だと?!」

 突如中空に投げ出されたダーククロウだが、直ぐに緩やかに降下し始める。


 ダーククロウが改造したのは他人だけではない。

 自らの身体にも多数の呪具を埋め込んでいるし、教師トトメリの義眼《千里眼》も裸眼に同種の術をかけた自分よりどの程度向上するかの実験だった。


(瘴気に関しては裸眼の方が透過力は高い。

 なのにオレでも透視出来ない霧に加え、仮の地面まで用意していただと?)


 いや理屈では簡単だ。最初から結界を二重構造にして、狭い範囲の結界の外側で更に大規模の結界を張れば良い。だがそれは結界の規模を狭めるだけだ。

 なのに何故。霧の向こうはあんなにも遠いのか。


「ば、馬鹿な……。在り得ない。幾ら何でも広過ぎる。」


 中心に向かって七本の水晶柱が伸びている。中央付近で交わらず重ならず、左右に伸びる水晶柱は、まるで地面の様にうっすらと重力を生じている。


 降り立てば六角面の水晶柱は意外に太く、剣を振るうには困るまい。槍を振るうにも然したる影響は無いだろう。

 だが武器を構える相手に横方向には逃げられまい。大部屋よりは狭く、小部屋よりは広く。飛び移ろうと思えば飛び移れて、場所によっては天井と武器を交える事が当たり前に出来る。それが一番近い柱との距離感だ。


 しかし全ての柱は両端に長く、一見して端から端までは人が粒に見えそうだ。

 だが問題はそんな程度の話ではない。柱の両端が見えないのは全く別の理由だ。


 一面の天井に水晶の塔。天井一面に水晶の塔。剣山の様に全方位を囲み、視界一面を埋め尽くす結晶岩で出来た、鍾乳洞(しょうにゅうどう)の様な塔の群れ。


 塔の隙間からは霧が満ちているのかと『千里眼』で見渡せば、視界を遮り隙間を埋めていたのは、百や千では有り得ない、万を超して飛び続ける折り紙の鳥。

(折り紙の鳥だと!馬鹿な!ならばこの結界には!?)



――【天体七芒陣】。

 内側を一面の水晶塔で埋め尽くした水晶球の中に閉じ込める五人の魔女達による上下無き檻の世界。

 内部空間の広さは校舎に留まらず、三つの寮全てを内包する。これにより校内全ての魔女を同じ空間に呼び出す事に成功した、文字通り必殺の結界陣――。



 既にダーククロウの視界からは何処を見渡してもグラトニーの姿は無く。


 水晶塔から無数の光の槍が。

 刃物と化した折り紙の鳥が。

 柱の影から黒犬の群れが。


 一斉にダーククロウ目指して襲い掛かった。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


(ちっ!『花吹雪』よ!)

 ダーククロウはベルトに念を込め、ローブの両袖口から薄紅色の花吹雪を(あふ)れさせると、勢いそのままに全身を包み込んで光の槍を受け止める。


 本来詠唱無き魔法に強い力は宿せない。

 ダーククロウの秘蔵呪具の一つであった《白蛇のベルト》も発動具に匹敵するとは言え、本来はベルトに封じられた七体の幻獣や精霊の力を用いた、多様な幻を操るだけの秘宝に他ならない。


 だが渦巻く『花吹雪』は鋼をも打ち砕く光の槍を、次々と弾きながら量を増す。

 それもその筈。その手に握る捻じれた古木にも似た【楔の骸杖】は、幻を実体にして物理的な影響力を付加する、朽ちて歪められた竜骨の長杖だ。


 単独の呪具ではどれだけ上質の素材を扱おうと魔力の安定は不可能だ。

 扱える出力は術者の限界次第。限界を超えた力を扱うには、安定化や変容を別の呪具に独立させて、別々の術式を相互に干渉させて補うしかない。


 突き刺さり続ける光の槍に退路を断たれる間に、刃物と化した折り紙が迫るが。

(く、『神隠し』よ!)

 持ち堪えられる内にと己の呪詛を駆使し、水晶柱の影へと転移して回り込む。


 『神隠し』の術はダーククロウの『忘却』の呪詛の中では殆ど唯一と言って良い戦い向けの呪詛だ。


 呪詛の特性は目覚めた時点で決まっている。己が幾ら力を望もうとも、目覚めた力の本質、性質を変える事は出来ない。

 変えられる程度の狂気で呪詛を産み出せる訳が無い。


「消えろ!『砕けろ』!」

 回り込んだ死角に迫る黒犬の群れを、無数の小さな猛禽(もうきん)鳥が分裂し、増え続けながら弾け飛ぶ。触れた魔法術式を砕く、魔力分解の秘術だ。


 魔人は本質的に力を求める傾向がある。狂気に囚われる者は多くの場合無力を実感する事で正気を失うからだ。だから呪詛は多くの場合力を与える。


(重力に引き寄せられる?中心に近付くほど引力が強くなるのか。)

 だが振り切れない程じゃない。身体能力に劣る魔法使いなら脱出出来ないのかも知れないが、筋力に優れていれば魔法すら必要無いだろう。


 ダーククロウもどちらかと言えば貧弱な方だが、《金剛胴衣》の様な身体能力を高める呪装を纏えばどうにでも出来る。

(下らない。この程度で足止めになるとでも思っているのか?)


 開いた間隙を突破して走り抜けると、読み切ったように無数の紙刃が迫る。

 咄嗟に巨大化した白蛇にとぐろを巻かせて攻撃を弾くが、足止めされた瞬間に光の槍が降り注ぐ。早い、幾ら何でも溜めが無さ過ぎる。


「舐めるなっ!『顕在』!『太陽を追う狼スコル』!『月を追う狼ハティ』!」

 ダーククロウの影から拡がった狼型の影が、風船の様に巨大化して一面の紙吹雪の刃を一飲みにする。


 一体が消え失せると追撃の様にもう一度、今度は別物と思われる狼の影が巨大化して逆方向の花吹雪を、再び(おうぎ)状に食い散らかす。

 辺り視界が開けた瞬間を狙い澄ました様に光の槍が貫くが、光に貫かれたダーククロウは、しかし煙の様に弾けて消え失せる。


 『ドッペルゲンガー』の幻で入れ替わり、『神隠し』で水晶塔の影に逃れて漸く一息吐いて。晒された手の内の数々に舌打ちをする。


(くそ!一体何人の手を借りればこれ程の結界を作れる!

 たかが学生の結界でこの複雑さ、有り得ないにも程があるぞ!)


 そもそも奴が発動具を手にしたのは今年の頭、淑女の会ですら結界術を修得したのは二年三学期から。子供騙し程度の結界だが、それでも十分に破格の所業だ。


 結界術は扱う文字量も術式の複雑さも煩雑(はんざつ)を極め、学生の間に一つ二つの結界呪具が作れるようになれば御の字だ。

 例え借り物の術式だろうと、完全に理解していない術式は扱えない。


(光の槍は鏡、ブラックドックという事は魅惑もか?)


 紙吹雪という事は、まさかオルガノンがあの怪物に手を貸しているとでも言うのだろうか。あの魔女に有るまじき善性の権化、むしろ善良が過ぎて魔女として力を発揮出来ないでいる筋金入りが。


 奴ならあの危険物よりはジュリアンを選ぶ筈だ。グラトニー相手に深入りするとは思えない。

 死角の水晶塔に無数の人形が映っている。


「っ!」

 寒気と共に咄嗟に飛び退いたところを、人の頭程の大きさの騎士人形が一斉に剣を突き立てる。


 ローブを掠めてまさかと驚くと同時に、袖から飛び出した白蛇が盾となる。

 頭上一面、前後左右と瞬く間に取り囲んだ無数の騎士人形を前に、再び溢れた『花吹雪』で押し流す。


(今のは傀儡、クリス・クロノイドの【人形楽団】か!

 馬鹿な、奴が自分の作品を人に使わせるだと?!)


 クリスは芸術家肌の技術屋だ。性格が親切で秘伝を気軽に伝授する態度に誤解されがちだが、自分が本気で作品と定めた人形やゴーレムを他人に預ける事は無い。

 ましてそれが自身の身を守る虎の子なら尚の事だ。


 次々と襲い掛かる追撃を凌ぎ、ダーククロウは己が見た物に驚愕しながら必死で状況の分析に努める。それは自分がとんでもない勘違いをしていたのでは無いかという混乱によるものだ。


 自分が無意識に排除していた可能性。グラトニーに魔女達が秘宝を貸し与えたという可能性、それ以外。

 そもそも自分は以前、変化の魔女に何をされたと推測していた?


(死体の使役?人格の保持?いやそもそも魔女の呪詛は本人の人生そのものだ。)

 呪詛は複製出来ない。他人に完全に成り代われる変化は自我を失った。他人を呪詛で染め上げる魅了は自我を奪う。なら――。


(いや、まさか魂の吸収?殺した魔女の魂をそのまま扱えるとしたら?

 同化、いや保管?死者の魂をそのまま肉体に戻している?

 相手の魂を屈服させるだけで済ませ、服従だけを強いる呪詛だとしたら。

 ……『色欲』?忠誠心だけを、植え付けている?)


 極めて限定的、条件付きの洗脳系。であれば案外殺害も必須とは限らない。

 想像が及ぶと納得も出来る。そうだ、死者の蘇生であれば墓守が蘇生出来ないのもおかしな話だ。蘇生は出来ない、あくまで魂への干渉のみだとしたら。


(七つの大罪、確かに心に関わる名前だよ……!)

 ダーククロウは歯軋りする。自分が今戦っているのはグラトニー自身ではない。


 抜かった、気付いてみれば単純な話だ。この規模の結界を維持するのに一人では無茶だ。だが数人掛かりでの複合結界ならば、今迄の間隙の無さも頷ける。

(奴が支配下に置いた、七不思議の魔女全てが敵に回ったのか!)


 であれば手の内を探り、様子見している場合ではない。相手が熟練の魔女達とあらば、時間を掛ける間に必殺の罠が完成する恐れすらある。


「温いな!この程度でこの魔王ダーククロウに勝つ気だとは片腹痛い!

 我が結界術は、貴様らの様に距離の制約を受ける半端な代物とは格が違うのだと教えてやろう!」


 六角柱にまで追い遣られたのがさも振りであったかの様に高らかに杖を振り上げ全身に呪詛を漲らせながら結界の基盤たる紅蓮のローブに魔力を注ぎ込む。


 この【幻燈のローブ】こそダーククロウの切り札【九曲黄河陣】の要。

 数多の魔獣の毛皮と羽毛を融合させて一己の呪装に束ね上げ、そのものが精霊に等しき力を宿す秘蔵の結界呪具。

 一度に術者が扱える限界を更に上回る力を行使するための秘宝。

 そして何より、術者が耐え切れぬ力を代理で行使する結界秘術の基盤。



「起動せよ!【九曲黄河陣】ッ!!」



 一面を白色の輝きが満たし、視界の全てを白黒で埋め尽くす。

 結界全てが光に満ち溢れた時、結界内から白黒以外の色彩が完全に消滅した。


 自身の姿も光によって白に満たされた直後。

 ダーククロウは《白蛇のベルト》の七つの化身の内一つに姿を変えて、自身の幻と四体の幻を産み出すと、結界の力で巨大な影として成長させる。


 【楔の骸杖】の力で実体を伴い巨大幻獣と化して天上に跳び上がり、水晶塔へと体当たりする様に辺りを破壊し始めるのだが。


「なっ!」

 水晶塔が槍の如く伸び、次々と巨大幻獣を貫いていく。


 水晶塔を砕く事自体は容易かった。しかし巨大化させた幻獣に相応の耐久力を持たせるには比例する膨大な魔力が必要だ。

 結果、巨大化させた幻獣達は一方的に砕け散り。破壊した水晶塔はまるでそれが当然の形であるかのように破片が集結し、元の姿を取り戻していく。


 何より影に紛れて再び無数のブラックドックがダーククロウに襲い掛かり、偽装用の分身を片付けながら光の槍を本物に叩き込む。


(くそ!巨大幻獣は出す方が不利か!)

 白光が一面の輪郭を教え、光の槍自体は防ぎ易くなった。だが反面ダーククロウは更に手数が制限された事になる。


 幸いにも水晶塔は伸縮こそするが、変形したり歪んでいる訳では無いらしい。

 であれば巨大化さえさせねば塔の伸縮は左程怖くない。

 そして物量だけなら、未だ未だ打つ手が無くなった訳では無い。


 両腕の袖から大量の『花吹雪』が振り撒かれ、花弁同士は互いに弾かれ合って。

 水晶塔を含めた様々な固形物に触れると同時に次々と破裂し、爆破する。

 一つ一つの威力こそ小さくとも、いずれは隠れ潜む魔女達を焙り出すだろう。


(生憎、こちらは持久戦には自信がある!

 魔力総量なら俺の方が上、このまま物量で圧し潰してくれる!)

 さあ、魔法世界が見て見ぬ振りをし続けた現実が迫って来ましたw

 因みに今迄ダーククロウが疑われた事は何度もあります。ですが魔女化の原理は解明されていません。登録された魔女を識別する呪具なら有ります。呪詛を感知する呪具もです。

 ですが呪詛を隠せる未登録魔女を魔女と証明する手段はありません。

 そしてダーククロウの呪詛は『忘却』。自分の記憶は絶対に消せませんが、他人の記憶は消せます。何故研究が進まなかったか、魔法世界最大の研究機関は何処か。

 後はお判りですよね?


 学園長が的外れな発想をしているのは、仕様というより必然ですw

 七不思議の面々には探られてない代わりに全力で警戒されてます。情報収集の大半が影世界と学生達中心になりますが、グラトニー回りほど催眠耐性が高いですし、そもそも血の従者に重要情報は明かしてません。

 収納呪具の中は水晶玉で監視出来るという裏技がありますが、グラトニーが呪詛を解放している時は監視が届きません。そして呪詛は染み付きますw

 そして最後に人格面からの推測、自頭は悪くない筈だけど教頭は襲撃する。メタ視点無しに行動読み切れますかw?スタンスも含めてw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ