02.死霊達の王
茶会の魔女ローレルは歯軋りしながら眷属達を量産し続け、文字通り血涙を流す勢いで瘴気を撒き散らしていた。
「ああヤダヤダ!優雅さなんて欠片も無いわねこいつらは!
『祝宴に並べ、命ありき、玩菓よ居並べ』!」
呪文によって溢れ出た瘴気が人食いケーキに砂糖菓子の人形、はたまたクッキーや飴細工の鳥獣が怪物と化して増え続ける。
これぞローレルの本領、茶会を模した狂気の怪物。その真価だ。
一見して小物だらけ。小動物や大きくても熊以下の体躯ながら、全てが敵を圧そう本能を持ち、恐れを知らずに溢れ返る。
単純な指示で動く獣達は、百を超し千に届いても尽きる気配は無い。
魔女の力の根源は狂気にある。自身の中から瘴気を引き出し、実の所魔女は無限に無尽蔵に強くなれる。理屈の上では正気を逸脱する程力が増すのだ。
但し当然代償無き力ではない。むしろ代償の塊が溢れて魂を壊し、正気に戻れなくなった者達が魔女なのだ。
だから異形にもなる。人の形を保てなくなる。自分を強引に保つから、肉体が常に全盛期から変わらない。だが、必ず破滅は訪れるのだ。
無尽蔵に力を汲み出す程、無限に力を溢れ出す程に。器は壊れて正気を失う。
故に。人の枠に留まる限り、魔女では有り得ないのだ。
そこには一切の例外は無い。
(こいつらは玄関から突入して来た。という事は〔影世界〕は既に把握されていると見て良いわね。)
鏡の魔女ラビリスが知っているかどうかは分からないが、彼女を閉じ込める〔鏡の迷宮〕は旧校舎側の〔影世界〕だ。
そして表の〔学園地下迷宮〕は〔地下墓地〕に繋がり、〔影世界〕側の〔迷宮〕がこの〔旧校舎〕の玄関に繋がっている。
元々影世界側の〔迷宮〕は表の迷宮を防衛する際、相手に気取られる事無く移動出来る。まさに難攻不落、神出鬼没の防衛網だった。
禁忌戦役以来、表の〔迷宮〕には無尽蔵とも言える怪物が放たれ溢れかえる様になり、墓地を封鎖して辛うじて持ち堪えた。
その際の鬼畜所業を後で知って、流石に鏡には同情もしたし、ダーククロウ抹殺も当然かなと傍観した。
その際に〔影世界〕側の迷宮も閉鎖されていたのだが。
(今回はそのタネを敵に把握され、逆に利用されているって状態じゃない!
全く何やっているのかしらね!あの学園長は!)
ローレルが此処にいるのは確かに学園長に囚われたからだが、都合良かったからでもある。安住の地を求めていたローレルには〔旧校舎〕の守護者という立場は、何もない限り安穏とした生活を送れる理想郷だった。
元々戦時の校舎だった事もあって、校舎には随所に壁が出現し、随所に一方通行の隠し通路がある。これを使ってローレルは一階が敵で埋め尽くされる前に自分の眷属を割り込ませる事が出来た。
が。それでも敵は一体一体の質がローレルよりも優れていた。
只のゾンビやグール止まりならどうとでもなる。だが敵には切り札となり得る、桁違いの力を持った死霊の枠を逸脱したかの様な化け物が居た。
彼らを止める事は容易では無く。遂に一階の防衛網が突破され、今は二階が敵の手勢で埋め尽くされようとしていた。
(連中は地下を捜索していたみたいね。
という事は、例の部屋を知っていると見て良さそうね。)
けれどあの部屋へ行けるのはローレルのいる〔屋上庭園〕で隠した隠し部屋以外に無い。つまり向こうの攻撃目標は、既にローレルの殺害と〔旧校舎〕の制圧まで視野に入っている筈だ。
全く以って貧乏籤を引いたと、とにかく手勢を増やし続ける。
けれど敵の大駒を倒せるとしたら、恐らくはローレル自ら対峙した時のみ。
戦いを苦手とするローレルに、何処まで勝機があるのか。何者かに一階の出入口周辺が突破されたのは、まさにそんな頃合いだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一階階段を守護する大男のゾンビは、巨人に見慣れたグラトニーには瘴気含めて迫力不足だ。しかし小回りの利く体躯は更に腐食効果のある『骨駕籠』に抱き着き粉砕せんと力を込める。
グラトニー達は躊躇無く飛び降り、そのまま『駕籠』で地面を引き摺る様に叩き付ける。が、流石に壁で圧し潰す事は出来なかった。
「『暴食』よ!
あいつはあなた達二人で倒せそうかしら?」
二階と背後の両方から飛び込んで来た死霊を喰らい尽くしたグラトニーが問い、レイリースとアヴァロンは勿論と応える。
「『生えろサメ壁、大きく拡がれ』!そして『刻め』!」
アヴァロンが呪文を固有化して質を高めた【サメ盾の籠手】による『包囲鮫』で出現した岩の鮫が一斉に鼻先を突き刺し、更にもう一方の籠手【液体伸縮鎌】から伸びた四本の刃が一斉に分裂して串刺しにする。
ガァ!と咆哮を上げ、強引に岩鮫を砕き飛ばした大男ゾンビは元より並の学生に止められる代物ではない。その程度と言わんばかりに、しかし。
「『遥かなる鮫の王、噛み砕く幻想に、死の恐怖をまとえ』!
追撃なさい!『家庭教師な淑女』!」
巨大鮫の頭部が床から幻の様に湧き出し、しかし確実に実体を伴って大男ゾンビを噛み砕く。
廊下一面を埋め尽くした巨大鮫の頭部が実体を失った瞬間を狙い澄まして、浮かび上がった半透明の淑女から伸びた手刀が男の両腕と首を切り落とす。
それでもゾンビは体を起こし、床に落ちた四肢も震えながら本体に戻ろうとするものの。止まらぬ刃と手刀が、残る両脚を落とし、刻み潰し。
「残りは貰うわ。『暴食』よ!」
迫る死霊達を喰らい潰し続けていたグラトニーが、返す手を伸ばして大男の核となる死霊を喰らい、奪い尽くす。
物音が大きいのはどうやら上の様だ。なら敵の目的は庭園だろうか。
全員で階段を駆け上がり、先ずは近場を『暴食』の餌食に。見渡すと既に二階は茶菓子の怪物達がほぼ駆逐されつつあり、大物が上に消える姿が見えた。
「道を作るわ!『異形蜥蜴よ、啄め喰らえ、変幻自在の鰐頭牙口よ』!」
グラトニーの眼前に鰐に似た頭蓋骨が壁面を旋回しながら突き進む。
瘴気の首に次々と死霊やゾンビ、アンデッドの群れが次々と腐食して砕け、壁や天井に弾き飛ばされる。
形が無いだけの暴力的な圧力に対し、只の死霊風情が対抗し切れる筈も無い。
「うぉおおお~~~!すごい凄いすご~い!!」
開いた空間を背後の群れが駆け寄るよりも早く、アヴァロンが先陣を切って走り続ける。薄くなった瘴気を突き抜ける死霊を引き裂き、脚を止めず弾き飛ばす。
百を超す悪夢の軍勢がまるでゴミの様に蹂躙される様に、レイリースは己が如何なる陣営に属しているのかを思い知る。
先程〔影世界〕で伝令を出せた者の正体を考えて見ても、既に彼女の率いる集団が単なる学生集団だけなどあり得まい。
露払い程度に後方を伸びる『手刀』で切り伏せながら、瞬く間に階段を突破し。
三階は全て一面が別世界だった。
奥は一面黒く濁った茨の迷路。一面一帯に壁がそそり立ち、白い薄雲の空は影を曖昧にして進行方向を隠す。
茨に咲いた花は牙を剥き、種の散弾が身を引き裂いて花弁が肌を噛み千切る。
しかし真に異様なのは手前の光景だろう。
辺り一面髑髏の雲。足元を固める屍と死霊の地面。地獄を体現する様な死者のみが溢れる怨嗟の世界。
足元からは次々と死者を引き寄せ、呪詛を馴染ませた者から立ち上がる。
無数の死者を従える襤褸切れが意志を持ったかのような大柄な死霊。脇に呪いの声を上げる壺を抱えた、僅かに透けている悪意の塊。
植物の洞の様な異形の顔を持つ悪鬼、蟲毒の魔女グードゥ。
〔魔女の饗宴〕に名高き幹部が、ゆっくりと一同を振り向いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
彼の魔女には、脚が無かった。
ただ瘴気の塊で在り、悪意の塊で在り、そして人を道具としか見ておらず。
ただ周りを如何に効率良く使い潰すかだけを考えて行き着いた果て。末路。
より強い瘴気、呪いという者は、その自我我欲の悉くを音の様に響かせるものなのだと、対峙して初めて理解出来た。
「ほう。誰が追いかけて来たのかと思ったが、まさか学生とは。
しかもどうやら『ゴリアテ』を倒して来たと見える。
だが運が良かったというべきかな?生憎ここに居る『サムソン』はあの失敗作と違い、離れて戦えればどうにかなる奴とは物が違う。
正直、君ら風情に使うのは勿体無いのでね。行け、魔女を殺してこい。」
サムソンと呼ばれた甲冑を纏った大男が、命令と同時に口から炎を吐き出して茨を燃やし、迷宮に突っ込む。
グラトニーはそれを黙って見過ごし。
「で?それで用事が終わりならもう殺すけど。」
グラトニーの瘴気は相も変わらないが、この場の誰に対しても効果は届かない。
「ふ。その程度の呪詛でよくも粋がるものよ。
そら。相手をしてやれ『デュラハン』。」
ただの一言。たったそれだけで死霊の頂点とも呼ばれる召喚獣、首無し騎士の亡霊を呼び出して見せるが。
「『刻め描爪、群成せ積もれ、諸共に引き裂け』。」
身に纏う呪装《猫爪装衣》に胴甲の発動具【猫眼甲】。両者に無数の猫の眼が見開き、辺り視界一面を無数の猫爪が埋め尽くす。
全身を寸刻みにされたのはデュラハンだけではない。スケルトンに限らず、ゾンビで止まらず、ゴーストすらも引き裂いて。
見渡す範囲の死霊達の大半が、諸共瞬く間に引き裂かれて砕け散る。
「……なんと。まさかデュラハンでは盾にもならぬとは。」
「よく言うわ。随分と必死で守ったわね、その壺。」
存分に溜めの時間があったのだからこの程度は出来る。エーテルが見えない相手に溜めを気付かせない程度の偽装なら、学園で日常的にやって来た事の応用だ。
近場の死霊を全て壺にまとわりつかせたグードゥを、グラトニーは鼻で笑う。
折角『猫爪』の大多数を浴びせてやったのに、それでは呪詛の塊が本体では無い事が一目で分かってしまう。
(年季の入った発動具ほど破壊は不可能。
その一般常識を盲信する連中相手なら、大丈夫だったのでしょうね。)
グラトニーの浮かべる嘲笑と視線に歯軋りの様な音を立てて、呪詛で出来た死霊人形が怒りの仕草を真似る。
「……認めよう、確かに侮っていた。
貴様は間違いなく我が同胞達が我々と同質だと認めた悪鬼羅刹の類だった。
故に儂も最早手加減などせん。蟲毒の魔女グードゥが最高傑作『フランケン』の力、貴様に見せてやろうぞ!」
死霊モドキによって掲げられた人の頭ほどの壺から呪詛が渦巻き、腕中に顔の形が浮かび上がる二本腕が変形しながら伸びて来る。
「『暴食』よ。待ってあげるのはあなたの死霊が居なくなるまでよ。
こっちには本来、黙って見ている義理も無いのだから。」
「それじゃこっちも、戴きま~っす。」
「くっ!」
瘴気の渦が次々と死霊を呑み込み、反対側を向くアヴァロンが人の頭が丸々口になったと錯覚する程に頭部を変形させて、四本刀に貫かれた死霊達を掻き込む。
「地獄かな?地獄だったわ。」
壺を抱える死霊モドキが歯軋りしながら死霊達を向かわせる中で、一人安全地帯と化した場所で飛び散る肉片と血飛沫を具現化した『家庭教師な淑女』で弾いて。
レイリースは一人寂しく『マナポーション』で魔力を補充しておく。
死霊達を嗾けながら瘴気の渦を加速させて、壺から転がり落ちた大男は不自然な程に全身が赤黒く変色した死体で出来ており。
何よりもその裸体は全身余すところなく、数え切れない程に無数の人面瘡が浮かび上がっていた。
下半身こそ鎧をまとっているが、それらは全て人骨で出来ていた。
そのあまりの醜悪さに驚く暇すら無く肋が開いて中に壺が放り込まれ、閉じると同時に一同を睨みながら、具合を確かめる様に首を回して肩を捻る。
「ふむ。結界を喰らう前には間に合ったようね。」
最後の一匹をアヴァロンに譲ったグラトニーが、改めて向き直りレイリースにも構える様に促す。
「痴れ者めが。その慢心、後悔させてくれる!」
なんて甘い。先程からこの死霊結界があくまで悪霊の呼び込みや召喚を補助しているだけで、死角補助まではしていない事は既に把握している。
最初の『猫爪』の余波に紛れて《殺劫結界》は展開済み。
更に『暴食』で作った死角で他の人形も既に散らせてある。
あの人面瘡が死角補助を担っているとしても、侵食中の死霊群の外側は未だ茶会の魔女が支配する『茨庭園』の中だ。
茨の影を利用すれば、グードゥから人形を隠す事など造作も無かった。
だが先ずは、隙を作る事から始めよう。
「『六芒の亡霊よ、影なる騎士よ、汝らに戦場を与えよう』!」
六体の人格無き騎士達を再現し、足止め目的にけしかける。フランケンの名を冠する赤黒の死人は、左右から手刀を叩き付ける。
<六芒>は魔法に対応させるため学習能力こそ再現したものの、即天才的な成長をする訳では無い。グラトニーも即座に呪文を唱えて次手に備えようとするが。
「何ぃ!」
距離を詰めた瞬間の槍と大剣がそれぞれの腕を弾き、脚の間を滑る様に二刀鉈使いが股下を走り抜けて両足の健を薙ぐ。両目を射貫かれた勢いで首が仰け反る。
『なんと!まさかフランケンの突進を止めるとは!!』
「『牙剥け化け猫、鳴いて群成せ、嘘偽りで包み込め』!」
鋼を容易く粉砕する一撃を数人掛かりであっさりいなされ、しかし全ての攻撃が薄皮を裂いたに留まり、思わぬ武勇に驚くグードゥ。
しかしその間にグラトニーは『化け猫化』を済ませた。迷路内故にサイズは控え気味だが、フランケンとやらにも体躯の大きさは負けていない。
「援護は必要かな?」
アヴァロンの問いにふむ、と首を捻り。
「別に一騎討ちをするほどの興味は無いわね。
いっそ早い者勝ちで良いんじゃない?」
グラトニーにとっては本番はこの後だ。だが挑発だと思ったグードゥとは違い、アヴァロンは成程、と笑い出した。
「良いねぇ、それも楽しそうだよ。レイリースも良いよね~?」
「はいはい。精々足手纏いにならないよう気を付けるわ。」
軽く溜息を吐いた瞬間、咄嗟に飛び退いたレイリースを始め、全員に幾筋かの槍に似た何かが伸びていた。
良く見ればそれは全てフランケンへと繋がっており。
『相談は終わったかね?ならばまとめて死に給え。
『奪え、喰らえ、牙剥き呪え』。』
「『暴食』よ。」「『スケープゴート』!」「くぅ!」
グラトニーが『暴食』で後方を薙ぎ払いながら飛び跳ね、二人はそれぞれに『家庭教師の淑女』のスカートと召喚獣の身代わり効果で攻撃を凌ぐ。
猫の巨体が邪魔して完全に躱せなかったのはグラトニーだけの様だ。尤も、中に届いたとは全く言わないが。
(へぇ。成程『蟲毒』ね、死霊の魔女では無いのが合成死霊だからなのか。)
『暴食』の学習は応用すれば理解に繋がる。加えて体に槍モドキが戻った姿。
「あなたのフランケン、全身の人面瘡から元『死霊の塊』を撃ち放てるのね。
噛み付いた相手には死霊が入り込むか、出来なそうなら噛み千切らせるってところかしら。」
敢えて口にしたのは二人に聞かせるためだが、同時に気になった事もある。
『ちっ!流石に化け猫の毛皮は死霊には分厚いか。だが他の二人はどうかな?』
「二人?」
思わずアヴァロンを見る。当の本人は少し慌てた様子で。
「や。精神に潜り込めるかはともかく、ダメージなら通るよ?」
「それを言うならわたしだって、守りが破られない限りは大丈夫よ?」
意外と大丈夫そうだ。
『舐めるな!呪いは別に散々痛めつけた後でも支障は無いッ!!』
心臓、というより壺のあった部分に、ひとっ跳びで距離を詰めた化け猫の爪がじりじりと近付く。
体格では勝るも筋力では向こうが上の様だ。伸ばし切れなかった爪が握り締められて強引に砕かれるが。
「『霧の怪物よ、霧を纏え、獣の器を被せてやろう』!」
「『刻め描爪、群成せ積もれ、諸共に引き裂け』!」
アヴァロンの放った霧の獣達が襲い掛かり、咄嗟に距離を取ろうと後ろに飛びずさるフランケンに至近距離から無数の『猫爪』が引き裂く。
呪文に費やした魔力が付き、維持に手を抜いた所為で『化け猫化』が解けた。
『ぐっ!『奪え、喰らえ』!』
「『罪悪の梟首よ、夜啼きの叫び、悔悟の鉤爪を振るえ』!」
腕で正面を守りながら全身から再び人面瘡の槍を伸ばすフランケンの足首を狙い澄まし、『梟爪』が再び引き裂く。
先程『化け猫化』が終わった段階で退けた、<六芒騎士>達と殆ど同じ辺り。
傷口は塞げるようだが、膝を付く大男に頭上から迫る猫爪から逃れる暇は無い。上体を仰け反らせながら直撃を躱そうとするフランケンに対し。
(<斬撃一閃>!)
手刀の様な爪から放たれた魔力の刃が、深々と胸元を切り裂く。
肋が裂け、中の壺の口が見えた瞬間。
(来る!)
傷口から山程の死霊の群れが吐き出された。
『『奪え、喰らえ』!『奪え、喰らえ』!『奪え、喰らえ、牙剥き呪え』ッ!!』
吐き出された群れが次々飛来し、距離を取りながら違和感の正体を探る。
(そうだ、多過ぎる。魔法世界の人口は贔屓目に見ても百万に届かない。)
今回放たれた死霊達は、今も増え続ける悪霊は果たして万を超えるだろうか。
あのフランケンとやらに宿る人面瘡は、果たして千に昇るだろうか。
(戦場に百人が集う事が稀な、魔法世界で?禁忌戦役でそこまでの人数を?)
「……疑似ダンジョン化。周囲の空間への侵食によるダンジョンの再現。
あなたの操る死霊達は、別に本物の悪霊である必要は無いのね?」
一度吸収し、ほぼ駆逐した筈の悪霊達。スケルトンやゴースト等のアンデッドが再び足元から湧き始め、グードゥの足元から顔を出し始めている。
『ほう、もう気付いたか。準備が整う前に距離を詰められて流石に焦ったよ。
だがこれで漸く我が領域の真価が発揮出来ようというものだ。』
誤解していた。魂の有無は明確に質の上限を定める。蟲毒の魔女というからには徹底して質に拘った魔女なのだろうと、他は只の捨て駒なのだろうと。
逆なのだ。彼の魔女にとって、最上の質とは自分以外に在り得ない。侵食し奪い無限に略奪して最初に自分、次に護衛達。何が蟲毒か、下らない。
「女王蜂の魔女の方が相応しいでしょうに。」
『何を言うか。競い合うのは常に下々の者と決まっておる。
こうなった以上は儂が貴様らより先に力尽きる事など、絶対に無い。』
勝利を確信したのは、果たしてどちらか。
「ねぇアヴァロン。この際だから選んでくれない?
この後、私の共犯となるか否か。傍観者ならこのまま戦ってくれれば良いわ。」
「……へぇ。手を貸すなら、何をして欲しいの?」
「私がこいつを倒すのを邪魔しないでくれるなら、何故私がこいつを今一人で殺したいと思っているのかも見せてあげる。
けど、傍観者に手の内を明かすのは此処まで。」
『……何?』
グードゥがグラトニーに慢心以外の気配を感じて動きを止め。
「あなたが私の共犯になるのなら、今後は〔血の従者〕の幹部として私の側近にしか見られない景色を見せてあげる。
一応言っておくと、レイリースは今準幹部よ。実力が伴っていないもの。」
「……君との契約で、あたしの命を奪う事は多分出来ないよ?」
「でしょうね。だから、貴方自身の名前に誓ってくれない?
貴方も私と同じ、自分の決定が全てなタイプでしょう?」
ひたり。と、何かの視線がはっきりと定まる。
その瞬間だけ、他の全てが周囲から途絶えた気がして。
「…………いいだろう。君が復讐を果たすか、その我欲が尽きるか。
君が此度の物語の果てに辿り着くまで、我が真の名に賭けて一度の部下となると誓約を交わそう。」
いつもとは違う声音。魂に直接響く様な声。そして恐らく本来の声。
「契約、成立ね。レイリース、貴方も下がっていなさい。
アヴァロンは、周囲から絶対に覗かれない結界を庭園に上書きして。」
「わ、分かったわ。」
「おーらい。よっと。」
深呼吸し、誰の耳にも聞こえない声を一言。
硝子が割れるような振動と音が『茨庭園』を閉ざす。
『な、何じゃと?!ば、馬鹿な!今一体何をした!』
突然自分の結界が丸々取り込まれ、グードゥが驚きの余り頭上を見上げる。だが即座に視線はグラトニーへと引き戻され、全力で警戒を傾ける。
「『握り潰せ傲慢よ』。」
空間一帯を飲み干す様に、弱き者を潰す恐怖が膨れ上がった。
今迄のただ振り撒かれる悪意では無く。明確な殺意を体現するための呪詛。
自我無き亡霊如きでは形一つ保てない、身動き一つ許さぬ衝動の暴力。
『ば、馬鹿な!何だこの馬鹿げた瘴気はッ!!!』
それは結界として檻として、明確に意志で統率された呪いの如き瘴気の渦。
視界すら闇色に染まったかと錯覚する怖気と戦慄の衝動にしかし。
『この程度の瘴気で屈するとでも思ったかッ!!
さぁ我が死霊共よ!『奪え、喰らえ、牙剥き呪え』ッ!!』
「流石にそれは困るわ?『捻じ伏せろ嫉妬よ』。」
内から噴き出す瘴気によって呪詛を圧し返したグードゥが、己が体から腕を増やして全身から死霊の礫、呪いを飛ばすが。更に膨れ上がった呪詛がグラトニーへと伸びる筈の攻撃を捻じ曲げ、半数近くが己フランケンを自傷する。
(な、何と……!こ、此処までの強制力があるとは……!)
驚き驚愕する反面、残り半分近くは獲物を捕らえた筈だと確信した攻撃は全てが悉く、何が起きたかも分からぬ間に斬り刻まれる。
一方でグラトニーは、抜いた妖刀【八房の太刀】の意外な頑丈さ鋭さに対し密かに目を見張っていた。
(まさか呪文で強化していない、私の力でここまで斬れるとは思わなかったわ。
どうやらこの刀、思った以上の拾い物だったのかもね。)
魔力だろうと霊的存在だろうと問題無く切れる事は承知していたが、刀は<憑依武人>にとっても未知の武器だ。振るうだけなら兎も角、剣士とは戦えない。
そんな半端な技量でしかし。明らかに鉄より硬い肉体を持ち合わせたフランケンを切り裂いて見せるのは間違いなく【八房】の力に他ならない。
『き、貴様!それはまさか、静寂の妖刀か!』
だが流石に先程の様な細腕を伸ばしての攻撃は期待出来ない。グラトニーはにぃと微笑みを返して刃を構え。
「『無垢なる巨人よ、総身の無双を、我が身に宿せ』。
『時は止まれり』。」
次の瞬間、グラトニーの認識が加速して周囲の世界が凍り付き、一息の間に走り抜ける様な感覚と共に、前を見たままのグードゥの背後で縛りが解ける。
『なっ!』
再び見失ったグードゥが直前に響いた台詞に動揺し。
「『一振りに在らず』。」
一太刀が分裂し、手足胴体を輪切り両断して宙に舞う。
驚愕の表情を浮かべたフランケンの首が辛うじて後ろへ視線を向けて。
<武人刀>で刃と化した手刀が心臓に格納された【壺】を抉り出し、血塗れの手で握り締める。
「き、貴様。それは、静寂の。」
「『鎌首を増やせ暴食よ』。」
呪詛に満ちた世界に九つの口が虚空に開き、一斉にフランケンを貪り喰らう。
ぎぃぃぃやぁぁぁぁあああああああああッッッッ!!!!!!!!!
グードゥの断末魔が響き、全身が朽ちて塵芥へと変えていく。
(まさかまさかマサカ!
コイツ、他人の呪詛を奪って自分の物に出来るとでも言うのかぁ!!)
瞬く間に涸れ果て、フランケンごと呪詛を、自らの瘴気を奪われていく感覚を。グードゥは絶望的な敗北感と共に確信してしまう。
相手の力を奪うのはどちらも同じ。
けれどあくまで浸食、浸透という形の緩やかな搾取でしかないグードゥと違い、グラトニーは文字通り相手の全てを喰らい尽くす暴食そのもの。
抵抗しようにも分断され力を失った死体では。あくまで取り込んだ魂の加工改造に特化した呪詛では。
己が魂を貪り食われる感触から、逃れる手段は何も無い。
『傲慢』も『嫉妬』も、まして『暴食』も、何一つ性質も効能も変わらない。
違うのは只、限られた空間全てを呪詛で満たすコツを覚えただけ。
より大量の呪詛を注ぎ、濃縮してから一息に形を塗り替え染め直しただけだ。
(結界の上書き、拡散型だったかしら?自らを核とした方は。)
実際に使って見て確信した。大罪呪詛を拡げている状態であれば、その範囲内に限り静寂の呪詛『時は至れり』は破られる事無く真価を発揮出来る。
(種に気付けば、さっき『傲慢』を弾くのと同じやり方で敗れるでしょうけど。)
残念ながら死霊と自らの同化を考えない『蟲毒』の呪詛は、グラトニーにとって己の劣化バージョンでしかなさそうだ。
強いて言うなら死霊の加工と生産が得意になるくらいか。吸収し易く安定が早いのは良いが、強化度合いが呪詛の増量程度に留まるのはガッカリだ。
「あはははははははは!なるほどね!そりゃ隠したい訳だ!
君は魔女を食べる程強くなるんだね!君が獲物を独占したいのも当然だね!
七つの大罪の中から君が暴食を選んだのも納得だよ!」
アヴァロンの大爆笑が当たりを木魂し、床を転げ回って笑い続ける。
勿論【茨庭園】を包む結界も維持されたままだ。グラトニーが次にやりたい事もアヴァロンなら察しが付いているだろう。
グードゥを吸収し尽くした辺りで一帯に満ち溢れた呪詛も引き、結界と人形操作を維持したまま奥へ向かう。
道を遮っていた茨は一直線に抉られ、しかしその傷跡も塞がり始めている。
グラトニーは適当に『暴食』で茨を食い荒らして進み、茶会のいる広場へと辿り着く。そこには既に先程『サムソン』と呼ばれた甲冑の死体が、バラバラになって転がっており。
金髪ドリルロールの魔女ローレルが椅子代わりに座っていた。
――偶に、いや時々思う。彼女は優雅が似合わないのでは無いかと。
「あら。流石にその程度は終わっていた様ね。」
「……ええとっくに。どうやらわたくしの元へ辿り着く頃には、碌にこいつを操る余裕は無かったようね。
ま。来てくれてありがと、助かったわ。」
「あら。何故助かったと思っているの?」
呪詛が、辺りを薄く満たし始めている。グラトニーの呪詛だ。
だらしなく座るローレルが額の汗を拭い、不穏な気配に口元を引きつらせる。
「ちょっと。笑えない冗談は止めてくれないかしら?」
「冗談?あらあなた、いつから私の味方の心算でいたの?
今迄散々距離を取っていたのに自分が都合悪くなった時だけ顎で使えるなんて、本気で信じていたの?」
伝言の段階で助けるとは言わせなかった。不確定要素の裏切りを気にするより、この後の大事に備えて諸共に殺して自分の糧にするべきだ。
「わ~わ~~!ちょっと待った!分かった!ちゃんと対価を払うから!」
「不要よ?私があなたの呪詛を奪える事はもう見たでしょう?」
グラトニーの本気を悟ったローレルが両手を前に突き出して必死に降参を訴えるが、そもそも彼女に自身の呪詛以上の価値を出せるとは思っていない。
「待って!降伏する!ちゃんとあなたと契約結んで部下になるから!」
「今から命の危険が迫っているのに?後で裏切ってお終いでしょうが。」
今直ぐ襲い掛かっていないのは、単に会話に応じる振りをして歩いて見せる事で『静寂』が確実に届く距離まで近付いているだけだ。
「じょ、情報!アナタは連中が何故旧校舎の制圧を狙ったか分かって無いわ!」
ピクリ、と足を止める。
「アナタ連中が何処から侵入したかは把握しているかしら?
連中が来たのは〔学園地下迷宮〕の〔影世界〕側よ!この〔旧校舎〕に繋がっている場所は迷宮側の影世界か、校舎の講堂しか無いの!
逆に〔迷宮〕側は影世界では此処に、本来の出入口は〔地下墓地〕よ!」
ローレル曰く、〔学園地下迷宮〕は〔影世界〕を使った学園の防衛線として創られており、〔影世界〕を知らないものには一切気取られず奇襲出来るという。
「アナタは単純に〔旧校舎〕を自分達の拠点にする程度だと思ったんじゃない?
安全に手駒を増やし続ける為に、とか。
そもそも!わたくしがアナタに従わなかったのは、アナタにわたくしの望む対価が用意出来なかったからよ!
わたくしは此処みたいな危険とは無縁な場所で、優雅さと美しさを探求出来ればそれだけで良かったのよ!」
「えぇ……?」
レイリースが何言ってんだコイツという顔で絶句する。
まあ動機としては変だろうが普通だろうがどうでも良い。
「それこそ知った事じゃ無いわ。別にあなたは欲しく無いもの。
そこそこの対価で不満なら、敵対して潰せばいい。私は元々願いが無い奴に興味は無いわ。」
「――?」
何故か首を傾げるレイリースだったが、向こうに関心を払うより先に、ふっふっふとローレルが勝ち誇って頬に手を添えながら腰を上げる。
「だったらこういうのはどうかしら。
アナタ学園長と敵対する気でしょう?わたくしは学園から解放してくれる対価に契約を結ぶわ。こっちはその対価に情報と力を貸す。
というかアナタ、違反者を殺せる類の呪いがかけられるんじゃないの?」
ふむ、まあ確かに。というより命を対価にしない契約の方が出来ない。
「逃げ回って手柄だけ要求するようなら殺すわ。それに私が何らかの重傷を負った場合でもあなたの魂で傷を塞ぐ。」
「う、う~ん。ぶっちゃけわたくし殴り合いが得意な魔女じゃ無いわよ?
基本スタイルが火力の高い味方を庇うだけの、支援タイプだもの。
今は此処に縛られているから機能してないけど、この【茨庭園】だってギリギリまで庭園最深部に引き込んでから庭園外に脱出する、本来は逃走用の秘宝よ?」
しかも援護方法は庭園に置いてあったデザインやサイズ全て自在な万能テーブル《食卓美膳》から強化された食器を巨大化して盾に使うスタイルだとか。
お前の最高傑作はそれで良いのかと小一時間問い詰めたい。
とは言え学園の魔女は、後で殺し易い相手を集めていたんだったか。
「ならあなたが話す情報に価値が無かったら殺すわ。
あると認めたら契約を結ぶ。今この状況であなたの呪詛を吸収する価値が分からない訳じゃないでしょう?」
「わ、分かったわ。取り敢えずそこの二人に聞かせて不味い情報かも知れないけど構わないのね?」
「構わないわ。」
結局先出しかぁと呟きながら、深呼吸するローレル。だが既に間合い内なので、彼女が逃げ出す前に殺す事は容易い。
「魔法世界には全ての元となった始まりの世界がある事は知っているわね。
私も正確な数は知らないけど、少なくとも二つ。それが今で言う〔学園世界〕と〔魔法議会島〕よ。この二つは物理法則の大部分を〔基板世界〕に依存している他の魔法世界と違い、【世界核】と呼ばれる始祖が創った《結界核》があるの。
けどその正確な場所は、学園長しか知らなかった。というより、今は【世界核】の存在自体、忘れ去られている様だけど。」
「へぇ。」
それを交渉の場に出すという事は、つまり。
「学園世界の中核〔世界塔〕の場所は、学園地下よ。
そして〔校舎〕と学園長の〔旧邸宅〕と〔邸宅塔〕は、〔世界塔〕の位置を空間ごとずらし、物理的な侵入経路を遮るための施設。
中に入るには密室化したそれぞれ三つの地下室を経由して転移するのみ。
校舎側の地下室は、この旧校舎の下にあるわ!」
「それで?物理的に存在しない、魔術的な侵入手段は?」
「地下階は他にあるけど、例の地下室行きの門はこの屋上に隠されていたわ。」
門のある部屋へ行くだけなら学園長に気付かれる事は無いらしい。既に解析しに何度も訪れているという。
庭園に隠された屋上階への入り口、階段を回転させて出現した隠し扉から出ると地下へと下る階段があり、一回程度下っただけで目的の小部屋に辿り着く。
実際に案内された扉は成程、大理石に似た素材で出来た植物の装飾が刻まれた、膨大な魔力で閉ざされた転移門だった。
門の前には一見して分からない殺意の高い結界が張られているが、グラトニーにとっては無いも同然の迷彩だ。
「――。」
「その結界だけなら一時的に解いた事は何度かあるのよ。
けどその先、この扉を解析した結果〔世界塔〕に入る為には【賢者の石】が必要なのよ。」
頬に手を添え溜息を吐き、今迄自分で使えなかった理由だと語るローレル。
「いいえ。これは【賢者の石】用の扉じゃ無いわ。
どうやら【賢者の石】は正規手段で開けられないから造った合鍵だった様ね。」
この扉の製作者は始祖だ。
「?ちょっと、どうしてそんな事が断言出来るのよ。」
恐らくはそう深い考えも無く、単に【世界核】を管理出来る者だけが開ける様にした。ただ、それだけの扉。
「分かって来たわ。純血主義が生まれた経緯が。
この扉、本来資格在る者なら誰でも入れる筈だったのね。」
自然力マナの宝珠、意志力エーテルの宝珠、生命力アルマの宝珠。
これら三つの力を順に注ぎ込む。それこそがこの扉の正しい開錠法だ。
蟲毒の魔女は既に過去を思い出せない大分末期の魔女です。時事ネタで例えるならザボエ〇スタイルw
安全に力が欲しいので他人を利用し死体を鎧にして、但し魔女化は甘くないのでいつの間にか壺そのものになってしまったという、まぁ屑です。
実際奪う点は似ていると言っても、死体の能力を活かす力は全く無いのですが。
ローレルさんは飢えを知らない人生を送りたいという、生きる事への執念が魔女化に繋がったので、どう足掻いても強くはなれません。
「どんな時でも最高の食器が手に入るんだから最高傑作だろぉ!」という存在自体が生き汚い彼女は、絶対に自らが望む優雅にもなれませんwなれたらもう死んでも良い方です。
なれるほど割り切れるなら魔女化してませんがw




