02.墓守の魔女
※シリアスです。残酷表現注意。
図書館禁書庫。魔女オルガノン前。
「ねぇ、魔術の稽古つけてくれない。」
「…………あなた私の事舐めてる?私これでも魔女なんだけど。」
凄むなら先ず無表情を崩すべきだと思う。
後は彼女の周囲から結構な魔力圧を感じる辺り多分威圧なのだろうが、驚く程に殺気を感じないので少々自信が無い。
「……威圧に殺気の有無があるだなんて今まで知らなかったからよ。」
多分耳が赤いから恥ずかしがっているのだろう。彼女の場合、言動は結構感情豊富だと思うのだが、何故そこまで表情が硬いのか。
「教師の方も長期休暇中は自習に応じなくても良いらしいのよ。
教師ナイトメアだけは週二までなら鍛錬場を開けてくれるらしいけど、他の生徒と同じ事やってて上の学年に殺されない筈が無いでしょう?」
グラトニーが追及すると、本から視線を上げて深々と溜息を吐く。
だから何故そこまで態度に出して表情筋を動かせないのか。呪いか。
「……私の表情が固いのは只の癖みたいなものよ。ヘンな邪推しないで。
さて。普通なら大袈裟だって鼻で笑うところだけど、あなたは無能人でその呪詛だものね。杞憂とまでは言わないわ。
でも私はあなたを信じ切れない。それに呪詛と私の魔法は相性が悪いわ。」
「そもそも呪詛って何なの?」
「害意と魔力だけで成立する原始の魔術で禁呪の一つ。
あなたは誤解していたようだけど、呪詛の元はマナでもエーテルでも同じ。呪詛化した魔力を呪詛と呼ぶの。
厳密には定義出来ない固有魔法に近いわ。だからこそ、あなたは他人か世界に対し強い害意を抱いている筈。
自覚無し、無差別に振り撒くなんて出来ない筈の力。」
だからこそ、あなたは正気じゃないと締め括るオルガノン。
成程。呪詛はあくまで禁呪の一種類なのか。
「ええ。実際私は呪詛を一切使えないし体から検出された事も無い。」
けれど、なら他人に呪詛を使わせる事も不可能なのか。
「正直、疑問は其処なのよね。
他人の呪詛を操るなんて、今言った原理が理由で不可能。
……呪詛を鑑定出来る魔女は学園にも居るわ。
そうね、墓守の魔女か鏡の魔女。この二人のどちらかに会って、その身の呪詛の正体を突き止めなさい。
あなたが二人の内一人でも味方に付けられて、呪詛を完全に制御出来たなら弟子として私の魔法術式を、全て教えると約束する。」
ぞくり。浮かんだのは小さな微笑。しかし薄ら寒さを確かに感じた笑み。
「あら本当?禁呪を教えるのはあなた達の立場で有りなのかしら。」
「私の禁呪は吸血鬼化を指すわ。でも私はその術理を解明していない。
教えられるのはあくまで紙の魔法、補講はなるべく多く受けておきなさい。」
成程、と納得し。
「ところであなた達は七不思議の魔女とでも呼ぶべきかしら?」
その意味に気付かなかった筈も無いオルガノンは、さぁと心無く応じる。
「それは居場所の催促かしら?それともヒントの要求かしら?」
自分で探せとの返答に、グラトニーはさして気にせず分かったわと答えた。
「それはさて置き、今日くらい稽古つけて欲しいのだけど。」
「…………自室で出来る、エーテル訓練用の呪具やるから帰れ。」
それ以上は譲歩無し、と力強く宣言されてしまった。
むしろ此処まで感情豊富に無表情を貫けるのは特技じゃないかと思いながら、数個の水晶玉を乗せた紙の小箱を受け取り禁書庫を後にする。
グラトニーが立ち去った後、オルガノンは小さく独り言ちる。
「願わくば、あの子を救ってくれると良いのだけど。」
自信は無い。これは只の賭けだ。けれど、最悪でも不死の彼女に死を与えてやる事なら出来るかも知れないと、溜息を吐いてその場を離れた。
説明書きを見るとこの水晶玉。エーテルを流している間は軟体化して浮遊、基準量を超えると一方向にだけ加速させる事が出来る呪具だった。
但し、魔力を注ぎ過ぎると必ず加速する球体が、必要量の違う品で数個。
フニフニと柔らかくなった水晶球を周囲に漂わせて。
浮かばせるコツだけは直ぐに掴んだものの維持に苦戦し、紐で帽子に繋ぎ止めて浮遊させながら日々を過ごす事にした。
帽子が安定するまでの当面。特訓中の時間を浮かせたグラトニーは、次の日には改めて二人の魔女の捜索に動いた。
秘密の森には傀儡子の魔女、禁書庫には紙の魔女が居たので当面は捜索候補から外せる。再調査は全ての七不思議を確かめてからにすべきだろう。
個人的な有力候補は四番目か五番目。何処かの一段多い階段か、校内トイレの秘密の部屋か。
(まぁ全部の魔女を確かめる心算だから、早いか遅いかの違いなんだけど。)
本音を言えばアヴァロンくらいは魔女達に会わせたいのだが、隠れたがっている理由が分からない内はリスクが高い。まあいつもの面々は皆揃って帰省中だが。
(先ずは階段を一通り確かめてみようかしら。)
幸いにして長期休暇中も、全てでは無いにせよ学院施設は通常通り利用出来る。
宿舎では無い学園はそこまで大きな施設では無いが、学園七不思議なら隠し階段があるのも学園の筈。それも普段グラトニーが使わない方の階段だ。
条件が絞られると左程手間も無く。
一階の普段使われない用具室近くにある階段、その各段の影に死角になる様に隠れたエーテルの筋を発見する。
更に手すりの模様に隠された魔法陣を見つけ、早速エーテルを操りパズルを解く要領で錠前の中を組み換えていく。
(うん。結構複雑だけど……いや、これって……。)
「『掬んで開け、十三階段、奈落の底の落とし穴』。」
解錠を中断して呪文を唱えると魔法陣が発動し。
上の階に上る筈だった段差が踊り場の前から床より低く沈み込み、やがて地下に続く階段に繋がるまで下がり切った。
階段を下りながら、グラトニーは今の違和感を振り返る。
(変ね。今、何故私は合言葉の呪文が分かったのかしら。)
エーテルの魔法陣には合言葉が刻まれている訳では無い。グラトニーのやり方はあくまで錠前の方を内側から動かし、鍵穴の中を直接動かすというのが正しい。
言わば鍵を使わずに開ける方法で有り、例えば禁書庫への立ち入りも本来は呪文無しには不可能だった筈なのだ。そしてグラトニーも誰かに聞いた覚えはない。
まるで誰かに囁かれた様だと思ったが、今は周囲の警戒を優先しようと地下階段に進むと、沈み込んだ階段がグラトニーの後方で競り上がり始める。
(さっきの呪文は階段を沈めるための呪文なのね。
但し上に人がいる間は動かせない、と。)
今回は先程よりはっきりと分かった。呪詛ではない。エーテルでも、マナでも。
強いて言うならば残滓なのだ。呪詛よりも薄い、未練に似た何か。
階段は弧を描いて下に下り続け、中央の柱で反対側は見えないが此処が螺旋階段なのだとすぐに気付く。
下る。下る。下る。回る。回る。回る。
既に三十階分は下に降りただろうか。
やがて螺旋の中心は壁から手摺になり、見上げれば柱の底が影となって見える。
壁には等間隔で明かりがあり、足元に困る程ではなかったが。
螺旋階段の中央に何も無くなった頃には煌々と、というよりは赤々と足元から輝きが伸びて。やがて煉瓦造りの階段に、覗き込めば土の底が見える頃には。
呻き声が、嘆き声が、恨み言が、泣き言に繰り言が囁き声に呟き紛れて。
一人ではない大勢の異なる混ざり合った唸りが声の形で、耳に届く。
ここだ。ここに来たかった。呼ばれたのだ。呼んだのだと。
生暖かくて熱い土の地面に降り立てば。
煌々と赤く照らされた燃える様な地面一面に。
見渡す限りの墓標が悲鳴を上げて躍り懸かった。
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呪う助けて殺して病めて痛い駄目苦しい千切れて動かない見えない五月蝿い逃げて殺せ何で返して埋めないで死にたくない無理来て代わりに無理裂かないで■■■
痛みが伝わる。恐怖が届く。声にならない悲鳴が響く。
けれどグラトニーにはもっと必要で。
もっとと望んだ。応えて叶えた。まだまだ全然欲しい渇く満たされない。
歩く。近付かなければ。見えているのに視界が血で埋まる。
手探りに近いのに邪魔が足りなくて届かない自分に他人が混じり合う。
(これは、呪詛じゃない。)
集まり溜まる程に形になる。
(衝動、感情?いえ、後悔に似た、願望?)
欲望。近いのに違う。次第に満たされる。堪る。倦む。
(解って来た。ここは殺された者達。死ねなくなった者達。
目覚められない者達。)
不死が幸福など誰が言ったのか。甦ってしまうという恐怖が自分達を呪う。
「ねぇサンドラ?
こんなに沢山混じり合ったのに、あなたを形作ったのは恐怖なのね。」
可哀想にと手を伸ばす。涙が枯れて、喉が裂けて渇いて。それでも悲鳴を上げる事だけが自己表現となってしまった、盲目で白髪を引き摺った骨の様な少女。
「九十九人。無理矢理ね。あなたは私と違って、くっつけるには小さ過ぎたのに。
繋ぎ合わせるために圧し潰して、原形を亡くして終ったのね。」
抱き抱えただけで境界が曖昧になり、自分と他人の区別も付かない、誰かに埋め込まれて継ぎ接ぎにされた少女。何も判らない少女が泣き叫び続ける。
「全部私に注げばいいわ。耐え切れないもの全てを私に託しなさい。
それであなたは楽になれる。」
グラトニーの中で形を得る。いや、違うのだろう。
水が注がれた紙風船の様だ。今までの自分は飢えて、涸れていた事にすら気付けなかった。
「そうね。だから私は暴食、グラトニーを名乗ったのね。」
歪んでいた視界が徐々に薄くなる。呪詛ですらない何も定まらない奔流が、徐々にエーテルに近付いて光を通す。
(ここに居たのは九十九人のサンドラだけじゃなかった。)
一面の地下洞窟。赤土に均された地面に突き立てられた、山程の墓標。
ここはかつての墓地だ。そして最近、ゴミ捨て場、死体捨て場にされた。
そして最後の一人として放り込まれた、生きた死人。墓守の魔女サンドラ。
「あなたは禁忌の魔女が造り損ねた呪詛の魔女なのね。」
顔を上げて頷く少女は最後の一人をグラトニーに捧げて、全ての魔力と命の力を失って渇いた赤砂となって砕け散った。
失う事が出来たと、これが喜びなのだと喜色に届いて。
「……十五年前、戦場だった此処は、禁忌の魔女の実験場になった。
無限に呪詛を溜め込める器を放り込んで、近付く生けるもの全てを呪って襲い、喰らい尽くす兵器。
死霊を使役する魔女を産み出すための実験場よ。」
赤土を踏み締めて、黒装束に身を包んだ美女がグラトニーの前に姿を現す。
「実験は失敗に終わった。死霊に死霊を束ねる事は不可能。
だから魔法使いの魂に同じ魔法使いの魂を融合させれば、自我は無くとも呪具としての無限機関が完成する予定だった。」
結果は見ての通り。溢れ過ぎて溜まり過ぎた器は破裂と吸収を続けて何も出来ない殺す事も出来ない、只の障害物となった。
と現れた黒髪をなびかせて、魔女は掠り傷だらけの顔で語る。
「初めまして。あなたはサンドラの友人かしら?」
「ええそうよ。
あたしは鏡の魔女ラビリス、親友を救ってくれたお礼を言いに来たわ。」
何者であっても構うものかと、先程まで挑み続けていたのだろう全身の傷を塞ぎながらラビリスと名乗った魔女は笑顔で応える。
「今なら大抵の頼みは聞いてあげるけど、その前にあなたは無事かしら。
あれだけの死霊を吸収し尽くして傷一つ見当たらないのはあなたの特技かしら。それとも固有魔法かしら?」
あれほど訳も分からず溢れ続けていた呪詛も、今はそよ風一つも漏れやしない。
「そうね。魔法とは違うけど、私は今までとても飢えていたのよ。
今生まれて初めて満たされたお陰で、彼らの願いの叶え方が分かったわ。けれど私は、誰もが望む願いの叶え方は、多分出来ないのね。」
今は歓喜に満たされる自分が只々愛おしい。だがラビリスから見たその笑みは、慈愛の顔とは程遠い、悪魔を連想する笑顔だった。
「それで?あなたの目的は何?
世界の敵に回りたいのなら。この魔法世界の守護者を気取る学園長を排除したいなら、あたし達は絶対に仲良くなれるわよ?」
「そうね。それも悪くないけど、これでも私はハイハイを始めた赤ん坊なの。
先ずは手足を伸ばして、私の本当の敵を殺すわ。そのための協力者が学園長の命を望むのなら、私は喜んであなたにあの男をあなたの生贄にするわ。」
この墓地に学園長の目は届かない。墓を封じる為に無数の蓋を重ねたからだ。
此処に入れるのはもう一人の墓守であるラビリスだけで、同時にラビリスとサンドラ以外は封印の外を監視する他に出来る事はない。
中を知るためには狂う覚悟が必要だから。
「なら。契約成立の証として、私の鏡に入り込む鍵をあなたにあげるわ。
此処は十五年前から外部から完全に隔離されていて、本来は入るどころか近付く事も出来ないの。
この中でなら学園長に気取られず好きなだけ奥の手を用意出来る。」
それは良いわねと笑って頷き、手鏡の呪具と呪文とラビリスが居る鏡の部屋への入り方を教わる。
「あたしは一旦あなたが入って来た出口を閉じておくわ。本当はあそこ、もう一つ封印があるんだけど、あたしが入る時だけ開いているの。
あなたはここを秘密にするために、私の部屋から出ると良いわ。」
「分かったわ。
でも出る前に待っているから、色々あなたの話を聞かせてくれない?」
彼女は裏切らないと確信しているから、グラトニーはラビリスに笑いかける。
ラビリスは共犯者の笑みを浮かべて。
「了解しましたわ、我が弟子にして未来の主よ。」
2021/12/1 改行スペース他微修正。




