02.先駆者と暗躍者
大寮長の襲撃の翌日。先駆者寮長ストラードは、現状を整理して思わずテーブルに拳を叩き付けた。
「くそ!預言者の純血共め、どんだけ面の皮が厚ければ気が済むんだ!」
「落ち着けよ寮長、別にお前が悪い訳じゃないんだ。」
昨日の夕方示し合わせた様に互いの寮から雑種と貴種を交換し合い、意外にも部屋数から溢れる事無く一夜を過ごす事が出来た。
今も先駆者寮の有志達は寮の周囲を要害化し、次の襲撃に備えて数々の防衛手段を建造し、配備の為に走り回っている。
今や寮や学年を問わず、全学生が授業どころでは無くなっていた。
一部学生は今迄交流の無かった四五学年に接触を取り、自寮の為に協力を要請しに向かっているが、今の所目ぼしい返事は殆ど得られていない。
そもそもどの程度の学生が燻っているかすら把握出来ていないのだ。上位学年は寮長などの監督者が居ない。
だから個別に接触を取って説得していくしかなかった。
会議の場には今、ジュリアン達を含めた十数名の有志学生達が各学年やクランの代表として集まっていた。
「えと。纏めると教師達が預言者寮に処分を下す可能性は無いって事ですよね。」
「ああその通りだ。純血派の教師三人が反対に回っている。」
深呼吸したストラードによると、淑女の会からの情報提供と大寮長自身からの嘆願書の提出もあり、教師側にはかなり詳細な報告が届いているらしい。
預言者寮側の主張によるとあくまで大寮長は血気に逸った一同をまとめただけであり、強硬な手段に及んだのはあくまで抵抗されたからの結果論だと言う。
現状寮の守りが薄過ぎると訴え、教師達による直接の防御結界の補強を要求し、その上でなら犯人逮捕の話し合いに応じるが、犯人を匿っている疑惑のある先駆者寮に謝罪は出来ないと応じている。
「なのでこっちは問答無用の武力行使を行う相手の調査など一切信用出来ない。
そもそも純血側の自作自演や責任転嫁の可能性も疑うべきだと抗議してある。」
死者が出たからと言って必ず魔女の仕業とは限らない。
先に純血内での喧嘩を疑うべきだと語る寮の先輩方の意見に、犯人達への洗脳を疑っているジュリアン達としては、中々複雑な表情を浮かべて耳を傾ける。
「先程教師ドロテアが張って下さった結界は二つ。
一つは内外を完全に遮断する防御障壁だ。これは寮周りに突き刺していった十六本の杭の事だな。
魔女の侵入を防ぐための物だが、中に入った者を追い出せる訳じゃない。
その分外からの攻撃に対しては強烈な代物らしいが……、管理は完全に教師ドロテア任せだ。発動もな。」
「し、しかしそれじゃあ間に合うかどうかは……。」
元々ドロテアは魔女狩りであって、守りに長けた魔法使いでは無い。どう足掻いたところで結界術は専門外だ。
「我々にとっては即座に合図出来るかどうかにかかっている。
だから大事なのはもう一つ。範囲内に事前に指定した者以外を弾く排除結界だ。
こちらは起動時に寮内にいた者と、この《押印》を押して寮に入った者が身内として指定される。」
教師に渡された《押印》を一同に見せ、普段はオレが管理しておくとストラードが懐に仕舞い直す。
「我々の味方をしてくれる教師は教師ドロテア以外には誰が?」
「教頭ムーンパレスは論外。教師マタハリとトトメリは中立だってさ。
まあ片や医者、片や負傷者だ。両教師は寮の騒ぎに関われないからな。」
トトメリは怪我自体は完治しているが、呪詛の影響が呪いと呼応して消耗が抜け切らないという。
ムーンパレスに至っては、彼が魔女対策に動けなかったらどうにもならない。
「教師マッスリゲルは多分探求者寮だろ?
そう言えばあっちの協力はどうなってた?協力出来そうか?」
「これから寮内で話し合うってさ。
一応寮生全部を集めて相談するらしいけど、まあ明日か明後日に集まれれば良い方だろ。」
探求者だしと頷く一同だったが、その時談話室の扉が勢い良く開け放たれ、慌てた生徒達が駆け込んで来た。
「乱闘だ!今、五学年を説得に向かった連中が預言者の連中に襲われている!
応援に誰か来てくれ!」
「何!分かった!今直ぐ行く!」
「待て!多くても十人以下に絞れ!でないと仲裁とは思われない!」
「応援を呼ぶのは連中だって同じだ!」
「馬鹿野郎!寮を空にしたらこっちが攻め落とされるだろ!」
「落ち着け!まず君が二~三クランで応援に向かってくれ。
今回みたいな事は今後も起こる筈だ、残りの皆は戦いに参加してくれる者を集めて複数チームを揃えるんだ。増員が必要ならその中から人手を出せばいい。
いいか、先ず我々が足並みを揃えるんだ!我々には正しさがある!血統や才能だけで全てを決める様な連中と違い、覚悟がある!
我々先駆者の仲間が手を取り合えば、恐れるものなど何もない!」
「「「「「おおぉっ!!!」」」」」
ストラードの演説に、談話室と扉の前に集まった全員で拳を突き上げる。
片やジュリアナは。
(不味いな。これじゃ真犯人を見つけた程度じゃ止まらないぞ……。)
魔女達の策謀に対し、後手に回っている実感をひしひしと感じ取っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『先駆者寮は今、預言者に打って出るかどうかで揉めていますが、正当性の問題で防戦派が優勢ですので、何か起きない限り寮の守りを固める方針が続きそうです。
ただ昨日の探求者寮前での衝突以来、探求者に近付く者には特に注意を払っている感じです。』
授業中断と純血、雑種の分断後、既に数日経過したが、未だに事態解決の目途は立っていない。
二つの寮はどちらも五学生を中心に賛同者集めに奔走しており、場当たり的な勧誘合戦と小競り合いの衝突を繰り返し、どちらも相応の怪我人が出ていた。
何故なら現状、探求者寮というまだ二つの寮と同等かそれ以上の人数が宙に浮いており。彼らがどちらかにまとめて協力したが最後、圧倒的多数で潰されるのが目に見えているからだ。
なのでどちらかが明確に優勢になるか、潮目が変わるまでは現状が続くだろう。
『ただそろそろ冬季休暇が近付いているので、現状が長続きするとは誰も思っていない様ですね。』
自室に戻ったサンドライトは、一通り会議の情報をグラトニーに伝えていた。
「それで、ジュリアンは何て?」
『それは……。』
「隠さなくてもそこにパトリシアもいるんでしょう?
大体見当は付いているから言って見なさい。」
グラトニーが指摘すると、少しの沈黙の後に《水晶玉》の死角の位置から声が聞こえてくる。
『……どうして分かったのかしら?』
「だって、私に教える気が無いなら会議の場にサンドライトを出席させなければ良いでしょう?あなた達の代表としてジュリアンが代表者として出れば良いだけ。
それに現状で密談が出来る場所が多いとも思わない。
大方こっちもある程度情報を届けるから、そっちも預言者寮の状況を聞かせて欲しいってところじゃ無いかしら。」
パトリシアに見張られている、という形ならグラトニー話せる内容を制限しても不自然は無い。
例えサンドライトに裏切る様に指示を出しても、パトリシアに聞かれて入れば意味が無いという寸法だ。
(まぁジュリアンなら、私が騙し討ちする時にサンドライトは使わないって分かっているでしょうけど。)
露骨にグラトニー側と分かっている相手に騙し討ちは無理だ。これはサンドライトを心配するパトリシアへの配慮だろう。
『ジュリアンは今回は大した事も決めて無いし、グラトニーが先駆者寮を襲撃する意味も無いと言ってました。預言者寮の協力者を、あなたが不利にならない範囲で教えてくれると助かる、と。』
ふむ、協力者。詰まり落しどころがありそうか、という確認か。
「生憎淑女の会は大寮長を止める気は無いわ。
彼女達は黄金と蟲毒の情報を掴んでいるから、過激派を止めるのは無理という判断でしょうね。
預言者で大寮長に非協力的な面々は、全て淑女の会の統制下で魔女対策を担当している。レイリースも淑女の会として動いているから穏健派を探しても無駄よ。」
『え?いや、何でそこまで分かるんです?』
「淑女の会がワザと私に情報を漏らしていたからよ。
逆に言えば魔女をどうにかしない内は大寮長任せでしょうね。」
所詮魔女にとって学生達の騒動は自分達が動き易くするための陽動だ。時間稼ぎに付き合う気はあるまい。
混乱を御し切れるならフォローはしてやるが、被害が大きくなれば切り捨てるだけの話だ。
「そっちが下手を打たない限り淑女の会は動かない。
その点だけ踏まえていれば良いわ。」
『あの、もしかして魔女に洗脳された学生が今回の首謀者って事ですか?』
「ああ、今矢面に立っているのは違うわよ?
ただ最初に手を出したどっちかの学生はそうでしょうね。暴発さえすれば放置で十分だし。」
さてと。先駆者寮は基本静観の構えか。けど何時まで冷静でいられるかってところだろう。
加えて今、レイリースから来た使い魔呪符を手早く確認する。
「あらあら。数人の学生が勝手にそっちに向かったみたいね。
大寮長が慌てているそうよ。」
グラトニーに促され、通信が切れる。
とは言え手綱を取れない状態で大寮長が動きたがるとは思えないから、寮の統制がある程度取れるまでは小競り合いが続きそうだ。
「それじゃ、私も雑用を済ませて来るわ。」
アヴァロンに手を振り、寮の窓から『黒猫』が飛び降りて草叢に消えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
〔影世界〕に入るとフェイスレスは、自分用の部屋を創るのではなく、校舎内の空き教室の一つを自室に改装していた。
部屋の内部空間そのものが結界であり、後で聞いたところ部屋の中の物は結界の一部として小箱に収納して自在に持ち運べると言う。
結界内の物を指定、という術式の選択方法は言われれば成程と思ったものだ。結界術の考え方は他の魔術より柔軟に考える必要がありそうだ。
グラトニーが此処を訪れたのは、彼女に現状と役割の説明と今後の方針を伝えるためだ。
「あら。本来の姿でいるかと思えば、そっちの姿を選んだのね。」
室内で椅子に座っていたフェイスレスは仮面で取り戻した黒髪で長身の夫人姿では無く、グラトニーが契約の際に焼き付けた金髪金目の他人の空似姿だった。
「あの……。どちらでも選べるのですが、御迷惑でなければ……。」
不安気な様子に少し理解が遅れたが、それが容姿に対する要望だと気付く。
「ああ。それは対価の一部よ、好きに使いなさい。
それでそっちの状況はどうなっているのか、記憶を含めて確認に来たわ。」
露骨にほっとして、伺う様だった表情を綻ばせるフェイスレスに首を傾げながら、情報整理のため訪れた事を伝え、場所を変える旨を告げる。
彼女自身の精神には何らかの細工が施されている様なので、お互いの情報交換はドームハウスの中に移り、更に覚えたての防諜結界《防諜環》を周囲に展開した上で行った。
《防諜環》は二つの輪と九本の柱で出来た、普段は手の中に納まる結界呪具だ。
頭上に放り投げると上下二つの環が部屋の邪魔にならない幅で大きくなり、概ね平屋の天井程度の高さから柱が伸びて、輪の下側を地面に付ける。
これで輪の範囲内への魔力干渉諸々を弾き、外部に音や光を漏らさない領域の出来上がりだ。
所詮は初心者向けの結界で防諜結界としての質は高くないが、呪具であるため力技で遮断出来るのが利点だ。
何よりグラトニーが使えば呪詛が混じるので、地味に侵入が難しい。
「あの、御主人はまだ二学年でしたよね……?」
「ええ、鏡の試練を突破したからね。
今は彼女の手を借りて結界術の修得も進めているわ。」
「な、なるほど……?」
何に戸惑っているのかは分からないが、機会があるなら練習すべきなので展開は続けたまま話を進める。
フェイスレスの記憶は仮面越しに手に入れた大雑把な人生と呪詛に呑まれるまでの顛末しか残ってはおらず、その代わり仮面で見た光景が自分の記憶だとは確信出来るらしい。
だが影世界に放り込まれた直後の事は割と鮮明に記憶が焼き付いている反面、それ以外の事は殆ど夢現程度にしか思い出せなかった。
それと彼女の希望としては今後は本名であるサメロラを名乗りたいが、怪我は治せても昔の容姿自体が好きじゃ無いので以後今の姿でいたいらしい。
「構わないけど、防諜のために普段は変化と呼ぶわ。
それと従者入りしている七魔女とは、他に漏れない様に交流してお互いを把握しておいて。紙と交流を深めるのも構わないけど、彼女に漏らせない情報は把握しておきなさい。」
「分かりましたわ。しかし……七魔女と、究極の魔女ですか……。」
互いの現状確認を終え、サメロラは思わぬ大事に軽く溜息を吐く。
とは言え彼女自身同意の上で閉じ込められていた訳じゃ無いので、ダーククロウの排除に異論は無かった。
後は彼女自身の底上げ、器や肉体の強化か。元々の契約は自我が不完全な状態で行われたため、その辺は一切行われていない。
強化さえ出来れば彼女の精神に干渉があっても何ら問題無く排除出来るのだが、その場合もう一つの問題を解決せねばならない。
「で。あなたの精神にかけられた呪縛は二種類。
一つはあなたを影世界に封じ込める、全ての七魔女に共通する致死の呪い。
もう一つはあなたの変化術への制限。あなた自身の記憶力を封じ、影世界の記憶でのみ変化を可能とする能力制限の呪縛よ。自分で対処出来そうな方はある?」
「……一応、どちらも出来ると思います。
多分私の変化なら致死の呪いを無効化出来るからこそ、過去を奪った上で影世界に括り、記憶を他所に送り続けているのでしょう。」
「成程。……思い当たる節はあるわね。
つまり私があなたの魂に影世界とは異なる記憶媒体を追加したから、二つの場所に記憶が保管されたのね。そして影世界と繋がっている限り、本来は絶対に記憶を維持出来ない筈だった……。」
となると現状維持は無い。仮面抜きで活動している以上、グラトニーが細工をしたのは明白だ。何れダーククロウの方から彼女へ接触を取り、再び記憶を奪いに来るか、或いは殺す筈。となれば。
「なら迷う事は無いわ。
今から影世界に戻ってあなたの部屋で能力制限の呪縛を解きましょう。」
「え?し、しかしその場合、あたしは力を使い果たしてしまうのですが……。」
「逆よ。私が居ない時に奴が確認に来た時点であなたは終わるの。
私がいる前で術を解きなさい。学園長は私が対処するわ。」
「わ、分かりました。私の命、あなたにお預けしますわ。」
魅惑も彼女も現実とは隔絶している。正気を取り戻した以上、魅惑と同じ様にある程度の私物はグラトニーが用意する必要があるだろう。
影世界に戻って不要な収納具を適当に渡し、私室結界以外の結界もあるそうなのでそちらと交換させて準備を整える。
「そうね。折角だし、嫌がらせくらいはしておこうかしら。」
懐から【紙の魔導書】を取り出し、揃いの呪符を複製し百枚千枚一万枚と上下壁一面を埋め尽くす。
これは『符術防壁』という即席の侵入妨害結界だ。呪符同士をエーテルで繋げて範囲内への侵入を防ぐもので、呪符の強度が知れているので効果はお察しだ。
だが即席結界としては上等で、何より物量の暴力は普通に面倒で邪魔になる。
呪符を追加すれば後出しで強化も出来る事だし、サメロラが術を完成させる迄の間なら十分稼げるだろう。
「それでは行きます。『我が憧憬は、魂を焦がす』!!」
サメロラが起動させた結界陣の中心で『変化』を開始する。彼女の言うところ、術式が影世界と同化した物であれば、影世界を破壊しない限り解除は不可能。
自分に影世界を対価にする価値があるとは思えないので、術式は後出しで追加された、元々の影世界に違反しないルールの追加。
塔の上に物置小屋を建築したような代物と見て良いと言っていた。
ならば〔影世界〕を騙す『変化』であれば、『記憶』に依存した術式はサメロラを認識出来なくなり術式に矛盾が生じる。
その瞬間に自分を誤認させる『身代わり』があれば『記憶』依存の術式は『身代わり』の崩壊を〔サメロラ〕の死と認識し効力を失うのだ。
では〔影世界〕を騙す変化とは何か。それは影世界に存在しない筈の相手への変化で在り、影世界の記録と矛盾する対象。例えば――紙の魔女オルガノン。
「ぐぅッ!!!……まだまだ!『我が憧憬は、魂を焦がす』!」
グラトニーの前に現れた白髪碧眼の美少女は、術式への干渉を弾いた結果生じた紫電に身を焦がし。
更には独断による侵入を禁じていたらしく、オルガノンを影世界から追い出すための術式が動き始め張り巡らせたサメロラの防壁に歪みをもたらす。
だが痛みを堪えて再度行われた『変化』と同時、彼女を縛り付けようとしていた術式はあっさりと歪みの外側にサメロラを逃がした。
サメロラの今の姿はグラトニーも知らない何処かの誰か。恐らく【真実の仮面】に映っていた知人の一人か。『身代わり』となった呪具はグラトニーが持っていた『身代わり人形』を即席で改造しただけの簡素な物だ。
『ですがそれで十分なんです。
元々『身代わり人形』とは怪我を移すものでは無く、術者の負荷を肩代わりさせる呪具を、万人向け、戦闘向けにアレンジした物ですから。』
サメロラ姿の『身代わり人形』が砕けた時、全ての現象が結界内から消え失せ。
同時に結界を維持していたサメロラが疲労で肩を落とし、金色のグラトニーの姿へと戻る。
結界を維持しながらの変化に呪詛の大部分を消費し、荒い息を吐き出しながらへたり込んだ。
「……これで……、終わり、です。」
「ふむ。これで今後は好きな姿に化けられる様になったのね?」
「ええ。影世界の方はまだあたしを認識したままでしょうが、私の記憶に干渉する術式は今ので間違いなく効果を失いました。」
対象指定の呪具は対象を絞る程効果が増す。同じ呪具なら再利用可能な物より回数制限した物の方が効果は大きい。繊細で強力な術式を毎回微調整するのは手間と時間がかかる作業だ。
故に封印系、特に精神に干渉する呪具は、必然使い捨てが多くなる。成らざるを得ない。
「さて、どうやらお出ましね。」
疲労で頭が回っていないサメロラの首根っこを掴んで引っ張ると、直後封印を維持する呪符の壁に、銛かドリルを連想する巨大な円錐状へと歪み、中心のサメロラの頭があった場所に伸びかける。
「ひっ!」
気の抜けた所に見せつけられた突然の死の恐怖に、顔を引きつらせるサメロラ。
グラトニーが手を離すと慌てて礼を告げて立ち上がる。急ぎマナポーションを口に含んだが、彼女クラスなら誤差だろう。
言っている間に結界に使った全ての呪符が燃え上がり、部屋の結界がひび割れ、砕かれる。
炎の向こうから白髪ローブ姿の優男、学園長ダーククロウが、浮かび上がる様に現れて着地する。
「やれやれ。まさか君がここまでやってくれるとはね。
飼い犬に手を噛まれるとはまさにこの事かな。」
グラトニーの返事は『嫉妬』の呪詛から始める。
「飼い犬?いつから痴呆だったの?
私は釈明を聞く心算であなたを呼び出したのだけど。何処かの誰かが影でこそこそ煩いから、売られた喧嘩をどう買おうかと迷っていたのに。」
表情は見下す様な、しかしはっきりと分かる怒りと嫌悪の視線。だがこれは只の演出、舌戦のための下準備だ。
これを怠ればダーククロウは問答無用でサメロラの排除を優先する。
「おやおや下らない言い訳だね。弱者が何を言っているんだい?
弱「尻尾を出したなと言っている。揃えた七人の魔女が何の為か言って見せろ。
『運命の子が七度魔女を殺し、己が命と引き換えに究極の魔女を討つ』だろう?
究極の魔女が禁忌とは指定していない。禁忌の封印を守る気なら、代わりとなる究極の魔女が必要なのよね?
つまり、お前は最初から私を殺すために連れて来た訳だ。」……。」
沈黙は予想外の指摘、というよりこの件と繋げて考えてはいなかった、か。
「……成程、そういう話か。だが誤解を解く前にや「させると思っているの?
彼女は既に変化をコントロール出来る。あなたに拘束される謂れはない。利害は一致しているの。で。邪魔なのが、あなた。」
……ふむ。その程度で勝てると思って欲しくは無いが……。
率直に言って、君本気でその半死人と手を組んだだけで勝てる気になってる?」
(ま。そこが拠り所、優位である以上譲歩はしない。
所詮あなたは策士気取りなのよ。)
これが予定調和だとは思わない。所詮裏を掻いたところでいつでも捻じ伏せられると思っているから。
「ジュリアンを殺せばいい。
「なっ!き「あなたの計画にはどうあっても彼が要」」。」
一瞬の逡巡を逃さず言葉で畳みかける。
「私があなたを殺す事に拘るとでも思った?ジュリアンは自分が殺される理由が無いと思っている時点で私が急ぎの様で呼び出しても拒否しない。
彼女が足止めしている間に、問答無用で首を刎ね、あなたの計画を破綻させてから時間を掛けて殺す算段を練れば良い。」
「おやおや、随分な信頼関係を築いたものだね。
フェイスレスが君の為に捨て駒になってくれるとは到底思えないが。」
「あら?あなた今あたしを殺そうとしに来た筈ですよね?
彼女グラトニーが居なければ、あなたがあたしを殺さない理由がない。
これはそういう話では?」
「出涸らし風情がえら……?!」
「え?御主人?今のって……。」
埒が明かないと横に立つサメロラの肩を掴み、彼女に馴染むよう調節したエーテルを注ぎ込んだ。
「ホラ。これで半分とは言わずとも三分の一以上は魔力も回復した筈よ。
さて、それで話は終わりって事で良いのかしら?」
「は?え?き、君、今何をしたか分かっているのかい?」
「?何を言っているの?どうでも良いわ。
あなたが私に牙を剥いた、それだけが問題よ。」
(待て待て待て!今何をやった!!
魔力?他人の魔力を回復させたのかコイツ?!)
まるで疑問すら覚えていないほど容易く平然と行った凶行に、ダーククロウは十数年、下手したら禁忌以来の動揺を顔に出す。
在り得ない。魔女モドキが?我欲を極めた呪詛の担い手が?
凡そ千年。ダーククロウは最も多くの魔女、魔人と相対し、誰よりも呪詛に詳しい自信がある。
公開していないが魔女化のプロセスも呪いと呪詛の違いも明確に把握しており、それ故に呪詛の本質が我欲による狂気への到達にあると突き止めてもいた。
呪詛とは常識への否定であり冷静さとは真逆の存在、正しさを否定する程の渇望が必要となる。
故に、思いやりが呪詛を纏う事は絶対に無い。
慈愛も、献身も、狂気を孕むとすれば何処かに独善が、他者への否定がある。真に相手を思いやれる者は呪詛を纏えないのだ。
例えば紙の魔女などもアレは『吸血鬼』の呪詛を植え付けられ、いわば他人の種を植え付けられた、ある種の魂の異形化、改造の結果だ。
他人の呪詛を飲み干す程の強い渇望があれば別だろうが、あれはどう足掻いても他者に配慮せずにはおれない精神性が、致命的に呪詛の制御に向いていない。
(新種のマナポーション?いやそんな気配も呪具も在り得ない。
そもそもアレらに手軽さは無い。)
マナポーションは瓶に浸した薬効を増幅する形で内用液に性質を揃えて過剰な程に魔力を注ぎ込む事で結果的に魔力を回復しているだけだ。万人の魔力に合わせて変化する薬剤など無い。
あれは飲む側が薬効を吸収する過程で魔力も取り込むだけで、薬剤量が注ぎ込める魔力の上限だ。
(変化の呪詛の亜種?無理だ、他人を変化させる時点で回復とは逆方向になる。)
変化は状態異常、いわば毒だ。だから己を苛む。他人であれば尚回復という結果には至らない。
魅了の延長か?在り得ない。そもそもグラトニーは独善的に過ぎる。
グラトニーは他人の魔力を吸収していたが、それは相手に合わせると言う意味ではない。他者を捕食する、まさに『暴食』に相応しい行為。
ダーククロウはあの多様性の本質は『支配』にあると見ていた。
『暴食』は略奪、『傲慢』は屈服、『嫉妬』は否定。残りは他者を強制的に従えるか、殺意を体現する何か。
それがダーククロウの予想だった。だが今、自分は致命的な勘違いを――。
(……いや。そもそもあのフェイスレスは、本当に『支配』下に無いのか?)
本来の人格、性格そのままの別人。若しくは『蟲毒』にも似た、人格の、そう複製の様な……。
(そう、人格を再現した、人形。死んだ記憶の無い、別人。)
思えば自分はそこまで変化の魔女と親しい訳でも無い。術式の対象のままだったから違和感に気付かなかったが、既に最初の接触で当人の肉体そのままに作り変えられていたとしたら。
本来魂が改竄されれば術式の対象から外れるが、それと分からない程に巧妙。
いや一時的に騙し切る程度だとしたら。当然長々と騙し切れないのだから、用が済み次第、術式を破る理由になる。今回の様に。
自主的に破ってしまえば術式の不備も関係無い。
(……であれば彼女は、必ず死ぬまで足止めを続けるだろうね。
人形は命を惜しまない。)
「……へぇ。驚いたよ。
確かに君が彼女の魔力を回復させた今なら足止めは可能だね。
確かに僕は君の誤解を解こうとはしていなかった。手を抜いていたのは確かだしね、交渉の必要性を認めようじゃないか。」
死体を殺すほど馬鹿らしい事も早々無い。ここは後手に回った事実を素直に認め、自分の裏を掻こうとする小娘の本音を探るとしよう。
動揺を顔に出して口を元を抑えながら百面相の後、殆ど数秒で平常心を取り戻したのは称賛に値するのだろうか?
まさか魔力の譲渡が決め手になるとは思わなかった。
「あら、釈明という言葉に嘘は無いのだけど。
学園にいるメリットがデメリットを超えると判断したら、ジュリアンは殺すわ。
利用出来るなら味方にする意味もあるけど、私を殺す手段を放置する理由が何かあるとでも?
あなたは此処に呼び出された時点で既に、私の用意した罠の中にいるのよ?」
グラトニーの指摘に対し、落ち着きを取り戻したダーククロウはそうかね?と笑顔で首を捻って見せる。
「生憎と君の動きが分かっていれば打つ手くらいはあるんだが……。
そうだね、先ず誤解を解こう。僕は君を殺したい訳じゃない、それは本当さ。」
「それ、返事する意味ある?」
時間稼ぎなら決裂だ。影世界が向こうの土俵だと言うのを忘れる気はない。
「言い方が悪かったね。君の死は保険だよ、僕の目的は禁忌の完全な抹殺さ。
ジュリアンが育たなかったら不可能だからね。その際は封印の解放を諦めて君の死で預言を成就して次の機会を伺う心算だった。
預言の公開は間接的な呪詛、禁忌に死の運命を作るための呪いだったんだよ。」
「それで。それが?」
「これじゃ駄目かい?」
「論外ね。あなたが彼女を殺さない程度の保証にすらならない。この場凌ぎですら無いわ。」
これは前提条件の要求だ。ダーククロウはフェイスレスの延命を、条件の服従を迫っている。
この期以外は勝てないだろうと、言外に笑顔で圧迫している心算なのだ。
「後で裏切れる程度の代償の心算?
此処を出て私を殺して、全部ご破算にして終わり。口八丁にしてもお粗末ね。
私が学園にいる利益はそこまで多く残って無いわよ?」
「おや、そうかね。だが勘違いしないで欲しいね。
僕は元々殴り合いが苦手なんだよ。搦手が得意な魔法使いに、直接的な戦闘力を求められても困るなぁ。
僕みたいな魔法使いにとって、秘宝の譲渡は弱体化と同じなんだよ?君が僕の共犯に「有り得ない。」だろ?」
そろそろ見切り時かと思ったが、流石に向こうも無理だと悟ったらしい。
「まあギリギリ譲歩してくれている相手に無下にはしないさ。
だが君を過小評価は出来ない。彼女が〔影世界〕から出られると計画は致命的に破綻するんだ。」
「解放は計画の後でも構わないわ。それは彼女との契約に反しないもの。」
意図して譲歩の振りをした条件の改竄を混ぜる。誰の、どちらの計画かは伏せて話すのが重要だ。
同時に、ダーククロウも少し考え込む。都合の良い落し処、いや、グラトニーの拘りを改めて思案し対価を考えているのだろう。
駄目元で<嫉妬の緑目>を使ってみたが当然弾かれる。
(契約……、もしかして生前結んだ約定は有効なのかな?
いや、約定を果たすという制約によって対象を支配下に置く呪詛。
……在り得なくは無いな。)
だとすると魔術的には今なお術式の拘束は有効のままだったのかも知れない。
制約を守る事で対象の呪詛を維持したまま支配出来る。だとしたら術式が目的の邪魔だから解除させただけなのか。
その場合、迂闊にこれ以上彼女に魔女を近付けるのは不味いとダーククロウは結論付ける。
「では君に依頼という形を取ろう。依頼内容はジュリアンの護衛、そして彼による魔女の殺害だ。
彼を鍛え、預言を成就させるために可能な限り、止めをジュリアンに刺させて欲しい。君が承諾してくれるならフェイスレスの解放も問題無いよ。」
「……まぁ、あなたを全面的に信用するのは流石に有り得ないしねぇ。
そもそもあなたが居たくらいで禁忌に勝てるの?対価と期間は?」
「……禁忌復活前に七人の魔女を殺させられないなら封印は維持するしかない。
禁忌は半分以上の魂があれば自力で肉体を修復出来るが、逆に言えば肉体が戻るまでは不完全だ。
復活段階で魔女七人を討ち取っていれば、不完全な禁忌にも呪いは届くのさ。」
「……。」
【耳目】は展開しているし、『生命探査』も有効。魔力の流れも気付かれる度に止めている。
「期間は今言った通り。戦闘用の呪具以外なら対価も用意出来るがね。」
「現物を前払いよ。今、納得する品が出せないならそれまで。用が済んだら始末する心算なら、報酬に罠を仕掛けるのが一番容易いもの。
ああ、戦いに使えない呪具で承諾するんだから、外周への外出許可も当然付けて貰うわよ?」
外周にダンジョンがある程度は知っている、とアリバイ序での探りを入れるが。
「うん?その程度、自己責任なら別に構わないよ。
そうだね。対価は【外周門の鍵】とこの【飛天玉座】はどうかな?
【魔法の箒】の亜種だが【魔法杖】の効果も兼ねていてね、玉座に座りながら【杖】と【発動具】が使用出来る。簡単な『照準』結界も付いているよ。
学園にいると使い道が無くてね。折角だから、設計図も付けてあげよう。」
「…………、ま、良いでしょ。
あなたが不完全体の禁忌復活のために動く限り、私はジュリアンに魔女を殺させるよう動くわ。」
交渉成立だ、とダーククロウは小箱を投げ、グラトニーが中身を確認して頷くと煙の中に消える。
(やはり影世界だけが転移の種では無い、か。)
念の為別の部屋に移って結界を張り、サメロラの安全を最低限確保しておく。
「さて。取り敢えずあなたの安全は確保したわ。
物は用意するから先ずは身を守る手段を掻き集め、自分を戦力化なさい。」
少なくとも襲撃を受けて連絡を取れる程度の呪具は渡しておかねば。
「あ、あの。ご主人は、彼の言葉は何処まで信じられると思いますか?」
「え?少なくとも半分は嘘よ?何処が嘘かは兎も角。
奴は私の行動に制限を付け、私はあなたを影世界内で活動するのを認めさせた。
それが今回の結末よ。強いて言うなら三年で習う、結界術関係の魔導書や呪具を渡して来たら本気で味方に引き入れる気があったって程度かしら。」
先を見据えた呪具では無く、珍しいだけで実戦には持ち出せない骨董品。咄嗟とは言え本音が丸分かりの物を差し出すとは、案外平常心を取り繕い損ねたのか。
唖然とした顔で絶句するサメロラ。実の所、一番不味かったのは影世界の外で暮らす許可を与えようとした場合だ。
そうなれば影世界の中に彼女が待機する口実も無くなる。
「ああ、〔影世界〕内になるべく多くの使い魔を放ってくれないかしら?
表世界の監視がし易い様にって口実で、影世界を使う学園長の動きを監視、もしくは制限したいの。」
少しだけ時間が進んだ先駆者寮からです。
淑女「魔女に洗脳された者が紛れた時点で完全掌握なんて出来る訳無いわよねぇw」
大寮長「蹴落とすために少しでも多く掌握しなきゃ。」
現状大寮長が淑女の会に下った扱いなので、穏健派が「お前達の尻拭い」をしてるんだぞという名分で淑女の会直接指揮下の防衛陣構築中。
これが武闘派が少人数で暴発した理由です。
ただ先駆者からすれば黒幕が淑女の会で、大寮長は尖兵です。生徒を暴発させて教師を味方に付けたくらい真っ黒に見えてます。
ジュリアンはグラトニー越しに淑女の会が穏健派を掌握している事を知りましたが、改革派だとは流石に思ってません。
魔女を止めないとどうにもならないと確信したに留まります。
ダーククロウも実は抜けているというより、謀略に長けている訳ではないというのが真相でした。とは言え老獪なので苦手という程でも無い。
格下相手ならどうとでもなりますが、自分の能力の及ばない点に当りを付けるのは苦手。
勿論他にも理由は有りますが、グラトニーに手を割いている余裕は割と無いです。
まあ教師に嬉々として襲撃する奴の行動を予想しろとか誰でも難易度高いんですがw




