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ガラクタの学園  作者: 夕霧湖畔
第五部 七不思議の魔女編
121/211

02.変化の魔女攻略

 〔影世界〕に入ってから、適当な鏡で鏡の部屋行きの呪文を唱える。

 これが裏世界の〔鏡の迷宮〕行きの手順で在り、一方で影世界には一切の生物が居ない。


 表世界の〔鏡の迷宮〕は探索者の内面を映す鏡でもあり、探索者の知る魔物しか出現しない。それは言い換えれば探索者が鏡に映らなければ、何も出現しないという意味だ。


 詰まり影世界から入った〔鏡の迷宮〕は、ちょっと道中が入り組んだ通路でしか無かった。


「いやぁ。此処までスムーズに来れると前回の苦労は何だったんだって思っちゃうなぁ……。」

「生憎向こうとこっちが同じ訳じゃ無いわよ。

 それに変化の魔女はこの〔鏡の迷宮〕に入れないだろうし。」


 今日の探索は影世界の調査メインではない。

 むしろ変事が起きる前にと先に要件を済ませておこうと提案したもので、ここにはパトリシア含めたいつものメンバーがいる。


 表世界の半分以下で〔真実の間〕に辿り着いた時、ジュリアンは先日見た光景と同じ感想を語る。

「着いたか。こっちでも向こうと全く同じなんだな……。」


 となるとこちらの返答もあの時見た通りになぞっておいた方が良いか。

 ジュリアンが鍵を拾い上げ、やはり同じ言葉を(つぶや)く。中々面白いものだ。


「……イリアステルの鍵?じゃあ此処に【賢者の石】は、無い?」

「あら賢者の石?此処に賢者の石があるって情報があったの?」


「ああ、預言書は()()()()だろ?

 あの時見た預言の一つに『真実の影から賢者を見出すだろう』って一文があったから此処の事だと思ってたんだけど……。」


 今のは何だ?

 違和感に気付かぬ振りをして台詞をなぞり続ける。


「ふむ。それ多分間違って無いわよ?

 その鍵【イリアステルの鍵】は『鑑定』によると、

『魂と身体を構成する四大元素の元、プリマ・マテリアとも呼ばれた、最も起源的な形無き鍵。大抵の封印錠は開ける事が出来る万能鍵。』

……ていう代物らしいから。」


 教科書には載っていないが、学園図書館で調べれば普通に判明する情報だ。

 グラトニーはオルガノンから退屈凌ぎにとそれら基礎情報をまとめた魔導書《呪具魔術百科》を、先の《碩学(せきがく)の冠》の中身として譲られているのだが。


 ……実際使ってみると結構危険物な気がする。

(何か、学園の図書館を直接持ち運んでいるような代物に思えて来たわね……。)


 薄々感じてはいたのだが彼女はちょっと、自分が年寄りという自覚が薄過ぎる。

 自分から口にしておいてなんだが、今のは本当に誰でも気軽に知っている類の情報じゃない気がして来た。


「ちょ、ちょっと【黙示の預言書】出して貰っていいか?」

 グラトニーの内心に気付かぬジュリアンに、促されるまま【預言書】を取り出し棒にしか見えない鍵を本に差し込む。ガチャリと開いた。


「……封印、開いたな。

 つまりジュリアンは、本来このタイミングで例の預言を知る筈だったのか?」

「微妙な線だねぇ……。だってグラトニーが提案しなきゃ、変化の魔女と戦う前にこっち来る事は無かったんじゃな~い?」


 ポートガスの指摘にアヴァロンが首を捻る。確かに変化の魔女の話は後で知ってもどうにもならない。そもそも【預言書】をグラトニーが所持する必要がある。


「他のタイミングで鍵が必要となるかも知れないわ。

 他の誰でも使えるか、ちょっと試させて。」

 ……結論。ジュリアンとグラトニーだけが鍵を使えた。というより触れた。


「何か、大事なところがトラブってる気がする……。」

 アヴァロンの呟きは正に全員の内心の代弁であり、取り敢えず満場一致でジュリアンが持つ事が決定した。正直グラトニーも持ちたいとは思わない。


(あれ?もしかして例のメッセージは、ジュリアンが受け取る筈だった?

 本当は回復魔法『オーラ』はジュリアンが体得する未来だった?

 やっべ、やらかしたかも知れない。)

 少なくともジュリアンが例のメッセージを受け取った気配は無い。




 因みにこちら側に鏡の魔女の居た奥の部屋は無く、壁しかないため出入りは出来なそうだ。

 素直に学園側に戻り、改めて変化の魔女の捜索に乗り出すのだが。


「あ。今回私は傍観(ぼうかん)するわ。変化の魔女探しはあなた達でやって。」

「はぁ?今更何言っているの。」

「いや、だってこれも試練なんでしょ?

 この試練、明らかに私の存在を想定してないし……。」


 流石に試練を失敗させて、本来得られる情報が得られなくなるのは困る。

 学園長と敵対確定とはいえ、まだ勝つための算段を付けられてはいない。今全面対決は早過ぎる。


「ん?もしかして……。はぁ~ん、成程。そういう試練だったのか。」

 グラトニーの逡巡(しゅんじゅん)と言動を訝しんだジュリアンが、懐からゴーグルを取り出してグラトニーや周囲を見回し、納得の声をあげる。


「どうしたんですかジュリアン?」


「うん。この〔影世界〕って、俺達だけが表世界に手出し出来なくなったみたいに思えるだろ?

 でもこれ〔影世界〕に表世界の影が差しているみたいな感じで、〔表〕で起きている出来事は俺達のいる場所とは全く関係無いんだよ。

 動く地面みたいなものさ。」


 ゴーグルをつけたまま一同に向き直り、ジュリアンが気付いたネタバレをする。

「それって詰まり〔影世界〕にいない人からはエーテルが出ないって事なんだ。

 逆に影世界に入って来た俺達の体からは普段通りにエーテルが漏れている。」


 おぉ~と一同が感心するが、グラトニーの背筋は冷汗ダラダラだ。

「……ジュリアン?あなたそれどうしたの?」


「ん?ああ、《観測ゴーグル》の事か。

 前に学園街で買ったんだ。エーテルを目視出来るようになるゴーグルだよ。」


 マナとエーテルを見分ける事も出来るんだぜ、と自慢げに笑うジュリアンだったがグラトニーの脳裏にはアウトの一声が響く。

(あ。いやいや、コレ私の所為にされても多分論破出来る、筈。)


「というか、あなたはそれが無いとエーテルを察知出来ないのかしら?

 ここのエーテルって外より大分濃いし、多分エーテル察知力を鍛える場にもなると思うんだけど。」

 私にもどっちが正解か分からないけど、と予防線を張る。


 グラトニーが同行しない方が正解と言うのならいっそ気が楽だ。

 だが〔饗宴〕だって傍観していると決まった訳では無い。一応学園長への建前は護衛も兼ねている訳で、あ。行けるわ。


「ま、いざとなったら手出しはしてあげるから好きな方を選びなさい。」

「裏は?」

「面倒な所は任せた。」

 おいおいと呆れられるが、ぶっちゃけ仕込みは済ませてあるのだ。


 結局ジュリアンとレイリースだけがゴーグル無しに挑戦し、残りの面々は普通に探す事にした。


 影世界の特性上、下手に寮生の部屋に入ると最悪の場合閉じ込められて餓死(がし)する恐れがある。この学園では平時でも毎年死者が出る事を忘れてはならない。

 なので廊下を中心に探す事になるのだが。


「「……(   )。」」

 グラトニーとアヴァロンが一目で硬直してしまう。

 変化の魔女フェイスレスが化けていたのは、階段の鏡でひたすらポージングを繰り返す教師マッスリゲルだった。


「おい二人とも……。っああ!!み、皆追うぞ!」

 慌てて追いかける一同の最後尾で、アヴァロンがこっそりグラトリ―に尋ねる。


「ね、ねぇ。あれ、好みで選んだのかな?」

「偶然よ。向こうは正気を失っているみたいだから。」

「そ、そっかぁ~。只の外れかぁ~……。」


 問題はそこじゃ無かったと気付いたのは、後を追いかけてからだ。

 階段を超えたフェイスレスが化けていたのは、モヒカンアフロ両立男だった。


 思わず全員が視覚インパクトに倒れ込み、気付かれたと悟ったフェイスレスは反射的に逃げ出す。談話室に居たのは女装男達だった。


 何で目立つのばかりかと思いながら、何名かが腹痛に轟沈(ごうちん)。必死で後を追うと、次は様々な部位の体の一部を(うさぎ)にされて逃げ惑う妖怪兎たちの群れだった。


 具体的には兎の頭に下半身、胴体以外兎、手足全部兎頭、上半身兎等々。

……頭の兎率が多いな。腰だけ兎も中々にキモイが。


 お判りいただけただろうか?此処は探求者(シーカー)寮である。


 休日の探求者(シーカー)寮は随所(ずいしょ)で実験が行われる魔窟(まくつ)だとは聞いていたが、上級生程歯止めが利かなくなると有名だ。

 何せ成果を出すために焦るか、成果がどうでも良くなるかの二択だから。


 稀に卒業とかどうでも良くなる者が現れるのも探求者(シーカー)寮だと聞く。

 流石に五学年が何年も続くと扱いの粗末さに根を上げるが、二学年から三学年に逃げるという事は、まさにそういう事なのだ。


 だが悲鳴を上げる様に窓から飛び出したところを見ると、向こうも割とパニックだったらしい。因みに()()

 全員が次々窓から箒に乗って飛び降り、グラトニーとアヴァロンだけが道具抜きで地上に着地する。


 開いている窓から飛び降りた談話室は、外で話し声が聞こえている。今ならば〔影世界〕からは開けられない。


「よし、このまま取り押さえるぞ!」

 皆が中に入るのに続き、ジュリアンが懐から【真実の仮面】を取り出す。


 すると突然周囲の空間が歪み。広々とした漆喰(しっくい)の家屋に囲まれた、まるで絵画の中にあるかのような白黒の広場に全員が移動させられた。


(――へぇ。今のが結界に取り込む感覚なのね。

 こういう方法であれば、自分の望む場所に罠を張れる訳か。)


 変化の魔女を起点に【仮面】が近付くと、まるで糸が繋がったようにエーテルが絡み、影世界の外にあった別の空間が広がり。

 包みが解ける様に談話室を包み込んだ。


 とは言え今の。感覚的に把握する事は出来ても、視認出来たのはグラトニーだけの様だ。皆は誰一人として結界では無く、景色の変化に目を奪われている。

 わくわく顔のアヴァロンですら基点となった仮面には気付いておらず、外側を包んだ空間の変化しか捉える事が出来ていなかった。


 そして変化の魔女フェイスレスが、咆哮にも似た悲鳴を上げるとその体に結界から魔力、それもエーテルに偽装された呪詛が注ぎ込まれる。


ォォォオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!


 渦巻く濃霧の奥で変化を終えた少女が一同を睨み付ける。

 それは恐らく強制的に用意された、一同全てを相手取れる最大の強敵の姿。


「な!何で!」


 決闘祭のグラトニーと瓜二つ、しかし一度も浮かべた事の無い怒りの形相で佇む魔女の姿があった。


(成程、そう来たか。だから呪詛で結界なのね。)

「『牙剥け化け猫、鳴いて群成せ、嘘偽りで包み込め』!」

 皆が動揺から我に返る間も無くフェイスレスが呪文を唱え終え、再び魔力の渦が彼女を包み隠して形を変え、膨らみ続けて平屋並に拡がる。


 誰が見ても疑いようのない、巨大な()()()の姿が一同の前に立ち塞がる。


――ふぃぎぃぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!


「く、来るぞ!」


「【騎士人形】、時間を稼ぎなさい。」


 慌てて思い思いの呪具を構える中、誰よりも早くグラトニーが動いた。

 放り投げる様に振るわれた袖から飛び出した実物大の騎士甲冑が、長剣と方盾を構えて化け猫が動くよりも先に体当たりで動きを縛る。


 驚きに振り向く中で、グラトニーは先ずアヴァロンとレイリースを後ろに下げ、最後にサンドライトの肩を掴む。

「およ?」「え?」「な、何で?」


「ジュリアン、あの魔女はあなた達だけで倒しなさい。

 それとアヴァロン、レイリース、それとサンドライト。

 あなた達は今回観戦よ。」


 素直に引き下がり観戦用に椅子を取り出すアヴァロンとは対照的に、他の二人は戸惑ったままだ。状況が呑み込めずにグラトニーの顔を見る。


「ちょ!それはどういう心算よ!」

 顔を青くして取り乱したパトリシアがサンドライトに手を伸ばそうとするが。


「あら。少なくともあなたにはその心算があるでしょう?

 予行演習ならこれくらいは必要よ。

 あの姿は当然今の私以下。ならこれ位は難無くクリアして貰わないとね。」


「あ、あの。私は?」

「あら?あなたは無理をしないと思ったけど。

 別に参加したいなら全員、止めたりはしないわよ?」


「……いえ、良いです。」

 絶句したパトリシアの後に小さく手を挙げたレイリースは、すごすごと後ろの壁に背中を付ける。


 サンドライトも意味を理解し、パトリシアに首を横に振り、後ろに下がった。

「パトリシア。これはハンデじゃ無くて、施しです。

 グラトニーは無意味に施すと思ったら大間違いですよ。」


 グラトニーも後ろに下がるが、一応義理程度に全員を庇い易い先頭に座る。勿論(もちろん)観客達の視界を遮らない範囲に限るが。


「さて。そろそろ向こうも限界の様だし、下がらせるわよ。」


「こ、『金剛の獅子よ、金色の毛皮を、勇気で満たせ』!

 皆、これは練習じゃない、実戦だ!油断したら殺されるぞ!」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 殆ど一方的ではあったが、足止め程度は十分に役を果たした。我に返ったジュリアンが『怪力化』の呪文を唱えながら猫爪を弾き返す。

 流石にジュリアンの反応は早い。事実強化されたジュリアンの筋力に勝つには、グラトニーも全力で呪詛を込める必要がある。


「今の【騎士人形】、初めて見たね。

 ゴーレムってあそこまで機敏で複雑に動かすのは不可能だと思ったけど?」

「ええ。流石に細かい所は企業機密だけど、あなたのお陰よ。

 試作品だけど、量産型なら十分満足の行く代物に仕上がったわね。」


 市販の騎士甲冑をゴーレム化して《ナイトゴーストの結晶》を頭脳兼心臓部に組み込み、自律戦闘を可能とした量産ゴーレムだ。

 但し、多少の動作は仕込めたが、基本は本能的な反射行動に限る。


 身も蓋も無いが、『六芒騎士』とは比べるべくも無い二流の剣技。

 しかし単純な攻撃を質量で誤魔化していた一般ゴーレムと比べれば、回避能力も戦闘行動も段違いに強い。


 何よりこれは、数を揃えられるゴーレムだ。試作品はナイトゴーストから確保した結晶を直接使ったが、今後は『強欲』で結晶を複製した《黒騎士結晶》を用いる予定だ。半分と交換は終わっていないが、試作品でも足止めは出来た。


(正直ゴーレム作りがここまで難しいとは思っていなかったわ。)

 人形呪具の難易度が思いの外低かった事もあり、甘く見ていた感は否めない。


 雑に説明するなら、自律したゴーレムは関節の数と指示の複雑さに比例して無限に増える物であり、実物の質が如何に指示や術式を省略するか、矛盾なく成立させるかに懸かっているのだ。


 更にこの特徴はイメージで形作る魔法と相性が悪い。イラストでプログラム言語を組み上げると言えばその難易度が想像出来るだろうか。

 傀儡子の魔女クリス曰く、術式で作曲する様な芸術的センスがあれば割と簡単に出来るとの事だが、グラトニーでは単純動作が限界だった。


 なので『死霊にゴーレム型人形という体を与える』という裏技的な手法で解決を図った訳だ。

 欠点は殺意の無い行動が最低限しか出来ないという点だが、元より戦闘用。いざとなれば手動で遠隔(えんかく)操作が出来るのは他の人形と同じだ。


 実に魂を複製出来るグラトニー向けの手法だと言えよう。後は死霊の改造なので禁呪間違い無しの、れっきとした邪法だという事か。


(性能は把握出来た。なら問題はこっちの方かしら?)

 実の所、変身系の魔法の問題点も本質的には同じだ。


 外見は幾らでも近付ける事が出来るが、中身がオリジナルに近付けば近付くほど術式で再現するのは困難になる。

 本能的に動ける動物ならまだどうにかなる。だがそれが人、魔法使いとなれば。


 魔法の使えない魔法使いを誰が認めるというのか。只の変化で《発動具》を再現出来るなら発動具など不要。発動具無しに魔法が使えるなら苦労は無い。

 記憶ごと呪具を複製したとしても、それがどれだけ術者の精神を圧迫するか。


 その答えの一つが【仮面】に精神を映した仮面の魔女で在り。自らに上書きして己を失ってしまったのが目の前の変化の魔女となる。


「『金剛の獅子よ、灼炎の鬣に、浄化の光を宿せ』!」

「『刻め描爪、群成せ積もれ、諸共に引き裂け』!」


 巨大な化け猫と化したフェイスレスが、ジュリアンの浄化の炎を相殺する。

 流石に『傲慢』や『嫉妬』を再現するのは不可能でも、発動具の再現に関しては遜色(そんしょく)がない。発動具には結界から常に補助が加わっている事を見ても、相当な支援と強化が必要なのだろう。


「『繋げよ雪娘、凍らせ凍れ、降らせて貫け』!」

「『甲羅の盾よ』!」


 ジュリアンが大技に対処して攻め手を受け持ち、パトリシアが牽制(けんせい)、ポートガスが足止めと防御を担当。


 如何に魔女の変化とて、肉体から離れて振るわれる【人形発動具】の類迄は再現出来ていない。最初の動揺を立て直すまで持ち堪えれば、順当に手数で優勢を保てるようになった。


「う~ん。このまま行けば堅実に勝って終わりだね~。」

「ええ、何よりですね。何とかなりそうです。」

 アヴァロンの指摘に、サンドライトが安心したような声を出すが。


「何言っているの?まるで駄目じゃない。」

 グラトニーに言わせれば興醒め以外の何でもない。見ていてだらしないし、何も無さ過ぎるの一言だ。


「正直甘えが酷過ぎてがっかりだわ。

 流石にこのまま終わらせるなんて有り得ない。――『抉れ』。」


 飛び出した【卍兵】が四体、刃を旋回させて飛び立たせた後、更に【盾兵】二つを投入する。


「『暴虐なる怪童、無双の鉄槌、一刀を以て叩「『盾』。」れ』!なっ!!」

「きゃ!」「うぉ!」


 止めとばかりに振り下ろされたジュリアンの斬撃魔法を割って入った【盾兵】の障壁が防ぎ、一同の横から一斉に【卍兵】が襲い掛かる。

 慌てて避けただけの二人と対照的に、二つの【卍兵】をジュリアンはあっさり諸共に斬り弾く。


 驚いて振り向いてしまう二人に対しグラトニーは溜息を吐き、全員に聞こえる様に告げる。


「周囲の警戒が薄過ぎる。手数への対策がまるでなって無いわ。

 そっちの魔女じゃ【人形】の再現までは出来ない様だし、私が代わりに追加してあげる。」


「と、突然何を勝手に!」

 パトリシアが怒鳴るが、当然無視だ。


「先日約束していた模擬戦も、結局今迄予定が合わなかったし、折角だからこれを代わりにするわ。

 手出しは【卍兵】四体と【盾兵】二体まで。私は観客な訳だし、これ以上後出しはしない。」


 会話の間も化け猫は自由に暴れさせている。他の二人はどっちにも集中出来ていないが、ジュリアンは防戦に徹する事で考える余裕を確保して答える。


「……分かった。こっちも君を攻撃しない代わりに追加も無し、だな。」

「ジュリアン?おいおいマジかよ!あいつは絶対寸止めなんてしないぞ!」

 やたら小器用に逃げ回るポートガスがジュリアンに抗議するが。


「本物のグラトニーならこの程度じゃ済まないだろ。

 折角練習させてくれるって言うんだ、この際甘えておこう。」

 会話の最中にジュリアンが数歩下がって二人を守りに立ち、即座に三人での立て直しに成功する。ふむ。


(連携なら得意の様ね。でも、向こうは大人しくしてくれないわよ?)

「『姿無き猫又、猫撫で鳴き真似、七変化』!」

「やべ!『甲羅の盾よ、総身に宿れ、檻となり小屋となれ』!」

「っ『金剛の獅子よ、灼炎の鬣に、浄化の光を宿せ』!」


 姿を霧に変えた化け猫が周囲を疾駆し、的を散らして襲い掛かる瞬間に半実体化した『甲羅球』が間に合い猫爪の襲撃を受け止め、衝撃と同時にジュリアンの『炎』が隠れていた化け猫を焼く。


 パトリシアによる追撃は『盾』が庇い、化け猫が立て直しに成功する。

「ちょ、ちょっとどういう心算ですか?!」

 突然上がった難易度に親友が傷を増やし翻弄(ほんろう)される様に、漸く我に返ったサンドライトが青い顔で口を挟む。


「だってあれじゃ練習にならなかったでしょう?」

 漸く観戦し甲斐が出て来たとグラトニーは座り直し、【人形】の臨場感溢れる視界を交えて観察する姿勢に映る。勿論手出しを緩める真似もしない。

 正直パトリシアとポートガスに大した引き出しは無い。これで漸くジュリアンの手の内が観察出来るというものだ。


「落ち着きなさい、サンドライト。

 実際仮想グラトニーなら全然温いじゃない。ほら足が竦む様な瘴気も無いし、油断したら自分に杖を向けかねない妖気だって無いのよ?」


「けど!」

「その様子だと、レイリースは気付いているのかな~?」

 観察を続けながらのレイリースに、アヴァロンが片目だけ()()()()動かして小首を傾げる。


「いや怖いってそれ。

……あの化け猫の事かしら?あの【人形】、化け猫にとって味方でも無いのに碌に払いのけないのは、グラトニーが猫の警戒する距離を見切っているからでしょ?」


 それだけ余裕たっぷりって事よねと溜息を吐くレイリースに、慌ててサンドライトも視線を移して、何かを呑み込んだように唇を噛み締め、座り直す。

 今ので納得はしたらしい。


(……成程。グラトニーから見れば本当に、この程度は只のお遊びに過ぎないって事ですか……!)


 レイリースが固く握りしめた拳に気付き、視線で自分ならどう防ぐかを思案しているのだと何となく察すると。

 サンドライトの目にもジュリアン以外の動きが、余りに稚拙(ちせつ)に見えて来る。


(駄目だ……。一人どころか、ジュリアン以外まるで対応出来ない。)


 あそこにサンドライトが割って入っても状況が全く変わる気がしない。

 夏季休暇中のサンドライトにグラトニーが三つ目の発動具を作る様に指示を出した理由が身に染みて分かった。分かってしまった。


(力押しでもまるで相手にならないのに。

 これじゃあ、ここで折れた方が本当に慈悲になる……!)


 祈るような心境のサンドライトとは裏腹に、グラトニーは既に状況を楽観視していなかった。


(ふむ。ジュリアンに攻撃を集中させても決闘祭以上のものは見れない、か。

 随分と腕を上げたものね。)


 単純な技量ならグラトニーが抱える死霊達にも勝るとも劣らない。

 むしろ剣技しか対応出来ない亡霊達より、魔法と剣技を一体化させたジュリアンの方が上かも知れない。


 防具の厚さから予想は出来た事だが、接近戦に持ち込まれれば本当に勝てないかも知れない。

(けど困るわ。折角練習させてあげたのに、手の内隠し切られたら丸損だもの。)


 状況を楽観視出来ないのはジュリアンも同じだった。

 変化の魔女が化けた猫は、まさに決闘祭のグラトニーさながらに動き回るが、何処か特定の動きを繰り返す様な単調さがあった。


 それが今や【人形発動具】によって一つの意思に統一され、まるで次の行動を読むかのような。

 【人形】か『化け猫』か、どちらかに背を向け続ける戦いを強要されている。


 なら背後を警戒すればいいか、否。狙われるのは反撃時の死角だ。否、攻撃直前の足元だ。

 つい人形の動き中心に意識が傾き始めた所に。


「『刻め描爪』!」

 避ければ無防備な二人に当たる位置を狙った『猫爪』の魔術が放たれる。

(くそ、やっぱり!この魔女の変化は【人形】を使うグラトニーの動きを再現したものだ!)


 人形に意識を傾ければ猫が、猫に注目すれば人形が足元を掬う。

 魔女の変化は猿真似では無く複製、再現に注視したものだ。故にあるべきものが揃えば、それだけで戦術的な動きに化ける。


(この化け猫も、『怪力化』の上に『伸縮拡大』までされた剣の一撃を平気で受け止めている。

 呪文を知っているグラトニーが違和感を感じていないって事は、彼女が化けた場合でもこれくらいの力が普通に出せるって事だ……!)


 【金剛獅子の剣】は呪文で剣身を巨大化出来る。この巨大化は長さだけ幅だけとイメージ次第で調整が利き、呪文が維持出来る限り変形は自在だ。

 力負けしないためには『巨大剣』で『怪力』任せに押し込むべきだろう。


 だが今は【人形】に対応するために、長さだけの『拡大』で身長大の長剣として振るうのが精一杯。


(ふむ。【卍兵】四体でもジュリアンを封じるのは無理か。

 完全フリーは流石に無いわね。なら。)


 エーテルを察知し、マナを見極める。成程確かに修行には丁度良い。

 視界に頼り切ったら詰将棋の様に盤上を支配される。人形達の動きに微かな違和感を察すると。


「まさか!」

 突如全ての【卍兵】がポートガス達に襲い掛かり、走り出すジュリアンを二つの【盾兵】が視界ごと遮る。


「『盾よ、包み込め』!」

「『甲羅の盾よ、総身に宿れ、檻となり小屋となれ』!」


 パトリシアの『球盾』が時間を稼ぎ、障壁を砕いた【卍兵】全てをポートガスの『甲羅盾』が弾き飛ばす。

 二人が稼いだ時間で『浄化の炎』を振るおうとしたが。


「『刻め描爪』!

 『刻め描爪、群成せ積もれ、諸共に引き裂け』!」


 挟み撃ちを狙うかに見えた化け猫が呪文でジュリアンを盾の前から排除したかと思えば、盾に体当たりする様に両脚を踏みしめ。

 伸びた四尾の内二尾が、ジュリアンを下から掬う様に弾く。


 【浄化の盾】で受け止めて体勢を保ったジュリアンだが、続け様の『猫爪乱舞』が三人全員を纏めに切り裂き『甲羅盾』の持続を削る。

 盾の集中が切れる瞬間、パトリシアが投げた『輝き玉』が炸裂し、化け猫が目を潰されて飛び退く。


「ッ『盾よ、包み込め』!」

 ジュリアンの呪文は咄嗟(とっさ)の守りに消費される。四つの【卍兵】が狙ったのはジュリアンだ。


「ちょっと!化け猫が目潰しされたのに自分の目で見るのはありなの?!」

 思わず抗議したパトリシアだったが。


「気付いてないの?私の【人形】全てにある目は飾りじゃ無いわ。

 全てを同時に見ている訳じゃ無いけど、私は人形の視点で死角を補えるし、人形の目なら目晦ましも通じない。

 その気になれば、自分の目で見る必要すらないのよ。」


 事実、今グラトニーが目が眩んでないのは投擲する直前の『輝き玉』が人形越しに見えたからだ。

 お陰で炸裂直前に目を瞑る余裕もあった。


(ですよね!ハイ確定!目潰し系全部無駄!)

 当たって欲しくなかったそんな鬼畜情報。実際ジュリアンも『トリ餅玉』で人形の死角を塞ぐ手を考え、実は今もしまってあるが。

 流石に幾つあるか分からない人形の、全部に使えるほど数は無い。


 何より【卍兵】は既にジュリアンが凌いだ後、再びパトリシア達を襲っている。【盾兵】と化け猫の連携を突破しない限り、攻め手がパトリシアしかいない二人は確実に力尽きるだろう。


 意を決したジュリアンは、片手で剣を振るいながら【メガロドンの頭蓋銛】を取り出し、化け猫の下を滑り抜けて二人へと叫んだ。


「ポートガス、防げ!

 『遥かなる鮫の王、噛み砕く幻想に、死の恐怖をまとえ』!!」

「『甲羅の盾よ、総身に宿れ、檻となり小屋となれ』!」


 ジュリアンの銛を見た二人が密集し、全力で守りに入る。後ろからジュリアンに迫る化け猫の背後にその巨体すら上回る、口内一面が牙だらけの超大型鮫。


 その頭部が出現して化け猫を包み込んで更に、二人が隠れた『甲羅球』ごと【卍兵】を噛み潰す。


「うわぁ、相変わらず大迫力。」

 ジュリアンと言えば、その上空、天井に着地して眼下の景色に寒気を覚える。

 はっきり言ってビジュアルが怖過ぎる。


 新たな発動具【メガロドンの頭蓋銛】は、その巨体故に縮小して押し込むだけで精一杯であり、本来は別の呪文効果がある筈の心臓を同化させる余裕が無かった。

 故に呪文は今の巨大鮫の頭部が一帯を呑み込む『鮫の王』ただ一つしか無いのだが、ある意味で弱点だったジュリアンに範囲攻撃と言う手段を与えた。


 実物を召喚している訳では無く、鮫の王というイメージに実体を与えている感覚なので、注いだ魔力量によって鮫の大きさも調節出来るという便利さもある。


「兎も角、流石に無防備に今の一撃を受けたなら終わりだろうけど……。

 っと。ありがとう。」

 変化の魔女の変身が解けたのを確認したのだろう。落下するジュリアンの足元に【盾兵】が足場代わりに並び、床に着地する。


 漆喰の家も砂の様に崩れ始め、やがて周囲の変化が終わる頃には。全員で談話室の床に倒れ込んだ、等身大の()()()を囲んでいた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「『捕らえろ。』」

 皆が呆然としている間に、手早くグラトニーが投げた《蛇魂縄》がフェイスレスを拘束する。

 序でに用が済んだ【人形】も警戒用の【卍兵】二体以外回収しておく。


「全く。随分とだらしないわね。」

 見学は終わりなので、行っていいとサンドライトに合図を送りながらジュリアンの脇に進み出る。


 一応フェイスレスは今昏倒中だが、正気を取り戻している訳では無いので錯乱(さくらん)する恐れがある。視界から外さずに声をかけようとすると、パトリシアが肩に手を伸ばしたので後で良いかと払う。


「対応が全部遅過ぎる。

 ジュリアン、はっきり言うけどあなた、一人の方が強いわよ?」

 多分ジュリアン一人なら切り札一つ見せずにフェイスレスを無力化出来た筈だ。そういう意味では感謝だが、どうせなら二人がいない状態の戦力を図りたかった。


「「っ!!」」

「今は、だよ。それに助け合うのも、手を借りるのも無駄じゃない。」

 何故か愕然(がくぜん)としている二人とは裏腹に、言うと思ったとジュリアンは答える。


「君は少しスパルタ過ぎる。それに君だって人形を使っているだろう?

 ある意味では似た様なものさ。君だって一人では全部出来ないから手を増やしている。」


 ふむ。手数が必要な時には役立つという事だろうか?当てにし過ぎに思えるが。

「あなたを殺そうとしている魔女が居るのに、随分悠長ね。

 まぁ良いわ。とっとと用を済ませてしまいなさい。」


 動揺する二人を視線でサンドライトに任せ、グラトニーに促されたジュリアンは懐から取り出した【真実の仮面】を、意識が戻って身動ぎするフェイスレスの顔に被せる。

「ッッっっっ!!!!!」


 暴れているのか身悶えしているのか、仮面が輝きフェイスレスの全身を包み、次第に彼女の体の輪郭が歪み始める。


 やがて蛇の鎌首の様に顔を上げた、腰まで届く程に長く黒にも見える、深紫の髪で顔半分を隠す長身の女の姿が浮かび上がった。

 服はローブと言うより普段着に近いか。


 取り敢えず仮面姿の彼女に手鏡を差し出して一歩後ろに下がる。

((後は見学で。))

 会話はジュリアンに任せようとアヴァロンと視線を交わすと、グラトニーは一緒に壁の花になった。


 当のフェイスレスは、震える手で受け取った手鏡を見つめながら、ゆっくりと仮面を外して自分の素顔を確認する。

 仮面を外した時に除いた髪で隠れていた側の顔半分は、引き裂いたような荒い太刀傷が片目を潰した痛々しい傷跡が拡がっていた。


(確か、回復が遅れると魔法使いでも傷跡が残るんだったかしら。)

「……そうか。そうですね。これが、あたしの顔だったんですね……。」

 言い終わると同時に両手を顔に添えて泣き出し、ジュリアンが慰める。


 片目を失ったくらいで醜い云々は良く分からないが、兎に角ジュリアンは優しい人だと言われていた。

 成程?何故慰めた方が褒められているのだろう。


(普通の人は大怪我を見ると目を背けたりするからね。それをしないで慰められるのは性格イケメン度が高いって事だよ。)

(成程。イケメンって顔だけの言葉じゃ無いのね。)


「いえ。特に心当たりは……。

 ?ああ、そう言えばあたしの事を学園長と名乗った男が『賢者の石の番人』と呼んでいたと思いますが……。後、あたしは確か、ここから出られない呪いがかかっていると言われた気が……。」

 興味の無い話を聞き流していると、ようやく本題が聞こえて来た。


「グラトニー、分かる?」

「ええ彼女の首周りには見えないエーテルの呪印が刻まれているわ。

 呪いと言うより封印の類なんでしょうね。正気を失っていた彼女なら有り得るんじゃない?」


 多分他の七魔女と同じ類だ。ジュリアンが言うなら解除を試しても良いが。

「因みに解いたらどうなる?」


「多分解けないわ。封印の核は此処に無いもの。

 それなりに時間と手間をかければ不可能じゃ無いと思うけど、失敗したり邪魔が入ったら多分彼女は死ぬけどどうする?」


「解かないからね?」

「あら残念。」

 責任がジュリアン持ちなら試しておきたかったが。まあ契約者を無下に扱う必要もあるまい。


「なら今度俺達がこの影世界を歩き回る許可を頂けませんか?」


「えと。……ああ。良いんだ。

 ええ、構いませんわ。この〔影世界〕は一応()()自宅扱いのようなので、御自由にどうぞ。


 あたしは適当に何処かの部屋を使うと思いますので、決めたら目印でも用意しますから。」

 御用の時はノックして下さいと立ち上がって【仮面】をジュリアンに返す。


「あれ?これはあなたの物では?」

「いえ、もう大丈夫です。記憶は()()定着しましたから、これが無くてもあたしは大丈夫です。」


(ふむ?)

 ジュリアンが見た光景と違ったのだろうか。後で確認しておこう。


「それじゃ、一旦今日は帰ろうか。」

 諸々生活に困る事は無いかを確認し、彼女は既に魔女化しているので飢えが無いと諸々の応対を終えたジュリアンが。改めて全員に物忘れが無いかを聞いて帰宅を宣言した。


 道中に【仮面】の件を確認すると、彼女は仮面無しには記憶が保持出来ないので仮面を外せなくなる筈だったと答えた。


「俺も疑問に思ったんで、勘違いを装ってあの仮面の事を聞いたんだ。

 でもまあ、一応もう一回くらい様子見に行くべきかもね。」

(ふ、原因なら分かるわ。

 だって記憶が剥離(はくり)しない様に血の契約を結んだ訳だしね。)


 結論。犯人私。

 うん。まぁ。別に?

 もしかしたら仮面を使って彼女を利用する心算だったかも知れないし?

 預言の食い違いについては現状情報不足なので、推測し切れなくて当然です。六章終わり頃に漸く出揃うレベルなので。


 ジュリアン以外を精神的に追い詰めてますが、グラトニーは別に悪意は無く、単にマジレス神拳をかましただけです。むしろ退屈するくらいだったのが運の尽き。

 本人視点では間違いなく善意寄り。「どうせ手の内見られるなら少し鍛えてやるか」程度の感覚で命を懸けさせました。

 敵を鍛える様な真似?この学園に味方とか笑かすwというのがグラトニー視点ですw

 〔血の従者〕で割とギリなんだよなぁ……。

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