02.ジュリアンの葛藤
ジュリアンは夏季休暇に偶然辿り着いた此処とは異なる魔法世界で、三通りの未来へ辿り着く分岐点があると預言された。
一つ。正しき運命の道。魔女の芽を摘み、友と共に勝利の剣を手に入れて運命を掴み取る道。
二つ。友を生贄にする道。自分を愛する者の内一人を失い、全ての宿命を断つ真理の道。
三つ。世界が変わる道。数多の犠牲の果てに、自らの命を対価に全てを救う殉教者の道。
「あなた達の言う【勝利の剣】を手に入れて。
あれは私の死後に完成する、運命を乗り越えるための唯一の武器だから。」
過去を再現された世界の中で託された、未来へのメッセージ。
多分三つの内二つの未来で、ジュリアンはグラトニーを殺す事になるのだろう。
そして残る一つの未来を選べば、自分を絶対に許せなくなる確信がある。
グラトニーの指示で全員が集まった時、レイリースの元に『使い魔呪符』の伝言が届いた。
教師トトメリが魔女に襲われた事。恐らく教師達が足止めされる事。一度教師達と合流してしまえば当面の安全は確保出来る事。
そしてグラトニーは現場へ向かってから直接後を追う事。
「なんて無茶を!直ぐに助けに行かないと!」
「グラトニーなのよ?」
慌てたジュリアンが、レイリースの突っ込みで硬直する。
「い、いやね?グラトニーだからって、魔女に負けない訳じゃあ……。」
「そもそも教師トトメリを助けるために、グラトニーが命を賭けるの?
わたしはそっちの方が疑問なんだけど……。」
レイリースはグラトニーがトトメリと交わした会話を知らない。
なのでジュリアンに教師を助けるよう告げた事の方に不安を感じている。
「どっちにしろ教師トトメリが切羽詰まっているのは確かで、見捨てる訳にも行かないでしょう?
私達に選択の余地なんて無いわよ。」
「あ、ああ。そうだな……。」
パトリシアの指摘にジュリアンも我に返るが、複雑な表情は拭い切れない。
今回同行しているのはサンドライトとアヴァロンとポートガスの、計六人だ。
「『鏡よ鏡、嘘吐き知らず、本音の裏を覗かせて』。」
全員が鏡の中に入り、最後にジュリアンが足を踏み入れる。
皆が驚きと共に魅入った光景は、辺り一面に大小の鏡とガラスで出来た壁がジグザグに連なり無数の通路を形成しており、複雑な迷路構造になっていた。
もしここにグラトニーがいればミラーハウスと答えただろう。
天井は高く、壁は杖を振り回せるほどには十分広く。しかしどの程度広いかは慎重に見定めなければ前に歩くだけで分からなくなってしまう。
「今の、モンスター?!」
良く見れば何処かで見た様な魔物が時々鏡に映り込んでは鏡の先に消える。
「ここ……、ダンジョンなんだ。」
全員が誰とも無く息を飲む。
こんな場所では、敵が何処にいるのか、どれが本物かも分からない。
駄目元で鏡を『幻の剣』で攻撃してみるが、鏡に触れた呪文はどうやら、反射する物と吸収する物の二種類が存在しているらしい。
幾つかが跳ね返り、反射しながら通路の何処かに消えていった。
「と、とにかく先に進もう。一刻も早く合流しないと。」
ジュリアンの言葉に皆が息を飲みながら周囲に視線を配る。
ひょっとしたら此処は、今迄で一番の試練になるかも知れない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
〔鏡の迷宮〕はどうやら、影世界に合わせて調整された特別製の空間らしい。
その証拠に〔影世界〕からは表世界に置かれたドーム系呪具に、一切侵入する事が出来ない。
そもそも〔影世界〕は複製世界と呼ぶに等しい。
収納呪具の原理を学んで分かったが、収納呪具は呪具の内側に別の空間を重ねる術式だ。
影世界で収納空間を再現する場合、影に影を重ねて無い場所に有るのに有る場所に無いという矛盾を解決せねばならない。
つまり〔影世界〕から見た〔鏡の迷宮〕は、〔二つ目の表世界〕として創られた別世界だ。例えるなら二世帯住宅で上が影世界、地上が鏡の迷宮。
構造は上下全く同じで、入居者を再現した人形が二階で連動して動く。校舎とは影世界同士が連絡通路で繋がっていると思えばいい。
収納空間は地下室になり、どの二階からも観測出来ない。
グラトニーは影世界から鏡のダンジョンに入って、そう結論付けた。
(つまり禁書庫で見た、床下に映った表図書館を立体にしたイメージなのよね。)
裏世界の鏡にはグラトニーの姿が一切映らない。魔物が現れているのも全て表世界の鏡のダンジョンの話だ。つまり、一切敵が現れない。
最近では【耳目】越しにでも以前と同程度にエーテルが視認出来る様になった。
表世界でもそうだが、エーテルの流れは鏡に映らないのでグラトニーは鏡に映った光景と自分の目で見た光景を間違える事は無い。
なので【耳目】越しに、割と直ぐにトトメリとジュリアン組と魔女の位置を補足出来た。無論、世界越しにジュリアン達のエーテルが見えたりはしないが。
「あらあら、侵入者は一人だったのね。
剣で戦う魔女なんて珍しいわ。それに腕も立つみたい。」
真実の鏡の前で適当に腰かけたグラトニーは、最良のタイミングで現れる手段を得た訳だ。
何より全員の戦い振りを一方的に観察出来る機会なのに、意味も無く前に出て邪魔をする気などグラトニーには更々無い。
現状は最もトトメリが真実の間に近く、序でジュリアン、殆ど同じ距離に剣豪魔女か。どちらも遭遇前だ。
(服装は武者用の大鎧に近いけど、肩の大袖は洋甲冑の肩当に近いかしら。
兜は角で付けられないから、冠……王冠に似た防具を付けている訳ね。)
剣の腕は相当なもので、グラトニーでは容易に動きが見切れない。
だが<憑依武人>を起動させれば奥の手が無い限り勝てない相手では無いと、亡霊の観察眼が七三での勝利を確信した。
(流石に学生向けのダンジョンでは呪詛を使う程ではない様ね。
探索は苦手なタイプ、だけどジュリアンが随分と剣の腕を上げているわね。)
本音を言えば、こちらの方が余程脅威を感じた。
一対一でならどうとでもなる。他の連中も一段以上劣る。
だがそれ以上に全員が互いの弱点を埋め合い、実際に戦う上では手数の優位では押し切れない程度には腕を上げている。加えて既に全員が戦闘用の【発動具】を使いこなしていた。
(……これなら、敢えて邪魔せず彼らに任せてみるのもアリね。)
他に邪魔がいないのなら、今回はそういう試練なのかも知れない。
「射程がギリギリだけど、影世界同士なら外の様子も探れるのは嬉しい誤算ね。」
これが表世界と〔鏡の迷宮〕だったら、出ただけで完全に断線してしまうのだ。
今、教師達が黄金の魔女ミダスに襲撃を仕掛けていた。
ミダス側の予想よりも大分戦力と速さが偏っており、どうもあっさりと逃亡一択に傾いたようだ。
もう少し粘ってくれればと思うが、あちらはもう見るべきものは無さそうだ。
本日2話投稿、前編です。流石に少々短過ぎるので。
ジュリアンが死んだら困るのはグラトニーも同じですけど、負ける程じゃないなら観察を優先するよね、というお話。
ジュリアンが夏季休暇に訪れたのはアヴァロンが以前言っていた魔法世界です。
何があったのかは今後の展開に大きく関わるので秘密です。




