06.マナ溜りの後始末
「で。問題のマナ溜りだけど……。」
城郭が消えた事で堀も消えるかと思ったのだが、事はそう上手く運ばなかった。
空を漂う瘴気に全く薄れた気配は無く、月光を遮らない夜空が逆に禍々しい気配を煽り空恐ろしさを醸し出す。
城壁は完全に消えず、朽ちた廃墟と堀の一部が残り。
しかし一方で幽霊城と同規模の竪穴だけが、完全な空白として地肌を見せる。
『あちらの城壁は恐らく、写真で言う焼き付きの状態なのでしょう。
城も亡霊の一種だったせいで、構造の一部が瘴気によって複製されたのだと思います。瘴気が晴れれば自然と消える筈ですよ。』
ダンジョンは魔物を複製するが、構造体の一部も複製する。複製された部位は大きくはならないので、代わりに数が増え続ける。
よって本来は稀にしか起きない現象だ。
城郭跡地一帯の建物は全て潰れ地中にどの程度設備が残っているかだが、幸いにも今回は意図的にゴーストキャッスルをマナ溜りと繋げられていたため、地中の結界基板を探し出すのは容易かった。
『しかしあれだけ派手に暴れた以上、監視者には絶対気付かれたわね……。』
『見張りがいない事を祈るしか無いわね。
事を終えた後なら誤魔化しは効く筈よ。』
『『『但しこの先次第。』』』
首飾り越しの魔女組が実に仲が良い。
というより、もう少しお互いに距離があった気がしたが。
(まあ従者三人とお人好し一人ならこんなものかしら?)
マナとは極論自然界の魔力だ。動植物の多い地上こそ最も豊富と誤解している者もいるが、実際は魔法世界の全てを循環しているという。
詰まり地上の空気中や地表を流れるマナの集まりが静脈で、地中深く流れるマナが動脈に相当する。
心臓に当たる部分が魔法世界を構成する術式、その基盤だ。
『マナ溜りはその地上に出る部分、入る部分。
この情報は近代ほど念入りに隠されているわ。何せ魔法世界を破壊する際に必須の知識だもの。』
降下用の穴を下るグラトニーに、専用の呪符を体にまとわせたオルガノンが改めて解説する。彼女曰く、この話は禁忌が魔法世界を崩壊させて以降特に警戒されており、専用の探知魔術に引っかかる可能性があるのだとか。
マナ溜り近くであれば探知が届き難く、更に念を入れて専用の呪符をまとわせて初めて話せる類の話だと断じた。
『けど調査を部分的にあなたにやって貰う以上、ある程度は分かる事だしね。
悪用したら私は絶対貴女の敵に回るから、それだけは忘れないで。』
「別に構わないわよ?
それこそ復讐の邪魔にならない限り、契約に含めても良いくらい。」
『しないわよ、そんな意味の無い契約。
続けるけど、このマナの出る部分と入る部分に呪いや瘴気で栓を固定した状態がダンジョン化技術になるわ。
これによって地上へ与える影響を削ったり、魔物を増やしたりするわ。』
『ちょ、ちょっと待って!
それ特に入る方、魔物を増やして悪影響出ないの?!』
話を聞いて慌て出したのがクリスだが、他の二人も少なからず関心はある様だ。
『絞り過ぎなければね。自然発生する魔物が強過ぎる時に使われるのよ。』
「全ては嘘では無いって事ね。」
『そういう事。魔法議会は把握していると思うけど、失伝していたら不味い話よ。
学園や魔法議会級の世界は、既に今の魔法使い達の手には余る代物なの。』
かくいうオルガノンも直接都市結界やダンジョン化に関わった事は無く、調査に参加した事がある程度だ。
元が吸血鬼という微妙な立場なので、魔法議会の中枢に関する話にはさっぱり近付けず、純血云々にも目新しい情報は知らなかった。
『私自身、多分純血としか言えないしね。
昔はそんなに馴染みのある言葉じゃ無かった筈よ。純血って括りは。』
境遇の所為かと思いきや、そもそも一般的じゃなかったとは。
話している間に最下層一つ手前の階に降り立ち、さて侵入者対策の罠や結界は今どうなっているのかと確認すると。
『……ものの見事に破壊されている様だな。』
ナグラアスハの呆れ声が示す通り、ゴーストキャッスルにより破壊された痕跡が大部分を占めており、部屋自体が原形を保っているとは言い難い。
まるで巨大な植物が引っこ抜かれた後の様な部屋だと思ったが。
『そうか。どうやって結界を破ったのかと思ってたけど、こっちに侵入したのが先だったのね。これ、城を結界と同化させた跡よ。』
見えた景色は空からの落下だったが、実態は先に結界の方を侵食して同化を済ませていたらしい。
『城郭部と城の中核を分けて、先に地中の結界と中核を融合させたのね。
結界の一部と化した状態で外殻である城郭部を呼び出した。それが当時起きた居住区崩壊の真相よ。落下というより、引き寄せられて地下の楔と繋がった。
そんなところね。』
防壁階に空いた穴を飛び降りると、地面には巨大な魔法陣と、その中心に壁の様な模型が設置されていた。
部屋、というより大ホールは、それこそ小城一つが入りそうな程に広い半球空間であり、非常時に備えて何も置かないよう、壁に注意書きがあった。
模型には民家や施設が見当たらなかったが、模型化が必要なのは外壁の結界部分だけなので、これが正しい状態だ。
ただ模型の壁は、まるで内側から干渉された様に大分歪み、壊れていた。
指示に従い魔法陣の各部に設置された呪具に、持ち込みの呪具を次々填め込む。
最後に模型の中心に正方形の呪符を置き、彫像型の呪具を載せる。
模型を眺めるグラトニーが呪具を起動させると、専用の腕輪を通してオルガノンにも内情が伝わる。
『……うん。問題……はあるけど、もう大丈夫。
当分ダンジョン状態が続くけど、放置しても数十年で都市結界は復活するわ。
此処にこれ以上何かするなら、学園長をどうにかした後の方が良い。』
結界に今迄第三者が干渉した痕跡はないという。というより、城がある限り余計な事は出来なかっただろうと断定された。
既に城や王との繋がりは一切無くなっている状態だという。
『では、我らが再び呼び出される可能性は無いのだな?』
『あなた達の魂を抜き出した以上、あり得るのは良く似た別人だけよ。
けれど今回に限ってはその可能性も無いわ。』
「というと?」
『ここで行われていたのはゴーストキャッスルとダンジョンとの融合だもの。
はっきり言って禁忌の魔女以外には不可能な所業ね。成功していたら普通のダンジョンでは不可能な上級アンデットの量産すら可能だったかもしれない。
それこそデュラハンどころかドラゴンゾンビといった架空の代物ですら、ね。』
本来ダンジョンで複製される存在は小型封印石に封じられる存在が上限で、魔法生物が例外的に馴染でしまうだけだ。
大型封印石を必要とする複製体は、本来ダンジョンの意義を否定している。
地上に複製体としか思えないデュラハンが現れたのは、32年前の召喚駒が居住区の何処かに落ちているからだ。
なので召喚駒を破壊するか、都市結界が復活すれば遠からず自然消滅する。
本来人食い城とデュラハンは同格かややデュラハンが上程度。人食い城も王の亡霊も、デュラハン並の騎士が居なかったからこそ死霊化した存在だ。
禁忌の術式無しに支配下における存在では無い。
『元々動物並の知性が上限で、自我を保ち続けた貴方達と術式の基盤に組み込まれていた王様は本来ダンジョンの手に余る存在なの。
だから此処に沈んでも、あなた達が中に囚われる心配は無いわ。』
魔法世界で成仏するのに最も適した場所は何処か。それがマナ溜りだった。
蓋になっている模型を一時ずらせば、井戸の様な穴の下に地底湖が広がる。湖水には一目で酔いそうな程に濃厚なマナで満たされていた。
グラトニーの目には魔法陣全体に広がる前の上昇するマナの流れもはっきりと見えて、長く見ているのは眩しさに目を潰されるような錯覚を覚える。
『怨念も悪霊も大量のマナに鎮めるのが一番確実な浄化方法だものね。
悪霊は自力で這い出すから厄介なんだけど、ご主人様と結んだのは悪霊部分を譲渡する契約だもの。浄化で苦痛を感じる事すら無い筈よ。
あ、外見を使われる事は了承済みなのよね?』
「それと武技の類もね。私に騎士道を守れって言われも困るけど。」
グラトニーは騎士道とは真逆の存在だ。だがナグラアスハは全然構わんと豪放に笑って手を振った。
『何、他ならぬ恩人への礼だ。他の連中の分もオレが許す。文句は言わさんよ。
元より我らは敗残兵、武技とて所詮は殺人技だ。
弟子一つ残さず消え果てる身が、どの様な形で在ろうと人の記憶に残るなら悪いものでは無い。』
しかし、と一つ思い付いたナグラアスハは、改めて向き直る。
『……そうだな。畑違いの者を弟子扱いするなら助言くらいはすべきか。
そも技というものは体格や僅かな筋力差で結果が変わる。
特に死角を突く技は自分だけでは完結する事すら叶わん、相手の視線や呼吸の見切りが必要な技術だ。だから完全再現には拘るな。
先ず自分との違いを認識し、差異を埋め、修正する事こそ体得だと心得ろ。』
貴殿は剣に拘りたい訳では無いだろう、と指摘を受ける。
「成程。言われてみればそうね。覚えておくわ。」
契約によって《召喚駒》に封じた者達は器だけが駒に転じており、彼らの魂は別個にグラトニーの体内に保管されている。
召喚駒に魂が残るのは本来特殊事例だ。魂ごと中に封じる事は出来るが、使用し続ける内に魂は自然と浄化される。
《召喚駒》とはあくまで、自我無き器を魔力で再現する術式なのだ。
穴に満ちる湖水に手を浸し、回収した魂の数々をマナ溜りに流し込むと、ではなと最後にナグラアスハが中に足を入れて沈んでいく。
「……終わった様ね。」
やがてグラトニーは契約の繋がりが消失していく気配によって、彼らが違わず浄化され契約が満了したのだと確信した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
蓋を戻せば、部屋は濃厚なマナで満たされた広場になる。
「さて。改めて聞くけど、この部屋を私の専用空間に改良するってのは可能?」
折角監視の目が届かない空間があるのだ、活用しない手は無い。
『いやいや。目立つって言ってんでしょうが。』
『そうじゃないわ。
主が言っているのは今誰も興味を持っていないと仮定しての話よ。
この地下空間に踏み込んだ者には誰かが手を加えていると気付かれても良い。
けれど誰の手かは悟らせず、先に我々が気付いて罠を用意出来るなら最高ね。』
ですよね、とラビリスが確認を取り、グラトニーも頷く。
「ここを秘密の倉庫として活用出来るなら出来る事の幅が広がるわ。
いっそ此処にゴーストキャッスルを配置しておいても良いわね。改造サイズじゃ無くて今の大きさなら、十分入りそうに思うんだけど。」
今はまだ駒として完成してないが、完成すれば小型の幽霊城を召喚出来る。
書物によれば中で生活が可能な稀有な召喚獣で、罠として使える召喚獣だと記載されていた筈だ。
『出来ますね。序でにマナ溜りを利用した維持方法、私が知ってますわ。』
ウェンディ曰く、ゴーストキャッスルを召喚駒として封じる最大の問題点が術者の保有エーテル量で、休憩を挟まずに封じる事は、本来不可能だと言う。
『ちょ、ちょっと待ちなさい!
禁忌は例外としても、休憩しながら駒に封じるなんて出来る訳が無いでしょ!』
慌てるクリスの指摘で気付く。成程、詰まり。
「つまりゴーストキャッスルも魅了出来た訳ね?」
『ええ、お察しの通りですご主人様。
禁忌とご主人様以外でゴーストキャッスルを召喚駒に封じられたのは、知る限り私だけですわ。』
彼女のゴーストキャッスルは魔女として討伐されかかった際に破壊され、手元に無いのだが。この場に設置する際に必要な条件は全て揃っているという。
『あとご主人様は罠として考えられた様ですが、実際には中で暮らせますよ。
しかも実は動かせます。運用には慣れと魔力の蓄積が必要ですが、マナ溜りに設置すれば些細な問題ですし。
私、城ごと逃げ回ってたんですよ。』
マジか。人食い城ってそういう扱いなんだ。
『攻城兵器が使える場合もありますけど、元々備わってない兵器は後で付け加えても無駄ですね。人力やゴーレムを使えば手作業で運用出来ますけど。
石垣の中に地下階があるタイプだった様ですし、マナ溜りと連結する呪具を製作すれば多分直ぐに接続出来ます。』
あれ?追加で色々設置する必要があるかと思ったんだけど……。
『それって、ゴーストキャッスルがあれば大体解決するって事?』
恐る恐るラビリスが訊ねると、ウェンディは胸を張ったのが分かる声で応じ。
『おほほほほ。まさにその通り!
何せ相手は動く城!ゴーストキャッスル以上の防衛手段なんてこの魔法世界には存在しませんわ!
後は警戒範囲や結界の類をどれだけ広範囲にばら撒くかです。』
想像以上にアカンわこの防衛設備。この上無尽蔵に復活する死霊軍とか、確かに町一つくらい落とせるのも納得だ。
「……あれ?そう言えば上、ペース落ちるだけで死霊達は普通に復活するのよね?
ダンジョン状態は当分維持される訳だし。」
つまり無限増殖する天然の護衛付き?
『……そうね。そうなるわねぇ……。』
こういう時、真っ先に気付くのはやはりオルガノンだ。
『……えっと。主、ちょっと其処、鏡で出入り出来るか試してみません?』
実験結果としては、今は無理でも調整さえすれば不可能では無いと判明。
「……上に隠し部屋作ってそこに出入りするのもアリかしら?」
『……それなら結界で上の階全体を調律した方が早いわよ。
結界で……封鎖するなら、上の穴塞いでも何とかなるかしら?』
『……多分出来るわ。主にどの程度の術を任せられるか次第だけど……。』
「……時間を掛ければ、出入口塞いでしまうのも良さそうよねぇ……。」
換気の問題は呪具で解決出来る。となれば。
「このマナ溜りの改造に賛成の人、手を上げて。」
『『『は~~~い。』』』
魔女が四人もいると、とんでもない事が出来るものである。
後日。このマナ溜りは魔女達共有の倉庫兼隠し工房となるのだが。
最初に収められた危険物が鮫の潜水艦だというのは又、別のお話。
間章3、これで完結です。本編の再開は1/8日を予定しております。
魅惑の魔女の得意分野は魔獣学、召喚魔法系です。なので未改造ゴーストキャッスルなら一番詳しいのが彼女となります。
音楽室に封じられる前に大部分の召喚獣を失っていましたが、最近ちょくちょくグラトニーに素材を集めて貰って戦力を補充しています。
この辺は話のテンポの都合により、作中で省かれた部分です。つまり召喚に向かない鮫は兎も角、例の沢山余った蛸の行方は……w




