03.死霊騎士ナグラアスハ
黒甲冑の騎士が先陣を切って敵を蹂躙したお陰で、あっという間に包囲を抜けて地下道に隠れ潜む事が出来た。
地下道とは言っても左程深くは無い。丁度地下一階程度の深さなので場所によっては民家同士で繋がっている、共用の排水路だ。
だが人気が無くなった所で騎士の様子がおかしくなり、まるで薬が切れたかのように暴れ出そうとしたので、今は背中に乗って武器を持つ手を抑え込んでいる。
『……済まない。どうやら世話をかけたようだ。』
(呪文の強化が切れていたら抑え込めなかったわね。大した膂力だわ。)
全身の力が抜け、荒い息を吐き出して呼吸を整え始めたので、話が出来る頃合いと見て適当な場所に腰掛ける。
「それで?事情は説明してくれるんでしょうね。」
黒甲冑の騎士はうむと頷き、驚かずに聞いてくれと兜を外す。
首から上にはぼやけた髑髏があり、時々長髪と思しき朧げな黒髪と顔が瘴気の中から姿を現す。
だが時々顔自体が消える辺り、安定している訳では無いらしい。
『オレは見ての通り、既に人ではない。
かつては先程君が戦った彼らと共にあり、同じ王に仕えている、同じ王国の騎士であった者だ。』
彼の名はナグラアスハ。
既に思い出せなくなった祖国が戦争で滅ぼされた際、最前線で敵に挑み、同僚の六芒騎士達と同じ攻城戦で討ち死にした。
『だが、事はそれで終わらなかった。
我らは何故かその後も蘇り、再び攻めて来た敵に討たれ、戦死した。
幾度か、何十度か繰り返される内に、敵の姿も我々も、まるで亡霊の様だと気付いた時に。私は城の外でも戦える様になった。』
訪れた旅人から祖国が滅んだのは大分昔で、当時の敵国すら亡国であり。
自分が一人で百を超す敵兵を討ち取った一刀無双の両断騎士と謳われる勇士だと知らされた。
何より自分達が守っていた筈の城は夜になると人を喰らう幽霊城として語られており、大いに驚いた。何せ自分達は世を祟っている積りは無かった。
『何か原因があるのではと旅人の協力を得て城内の探索を始めると、我々は城の地下室に妙な呪い陣とそこに突き刺さった禍々しい気配を放つ剣を見つけた。
恐らくそれが我々を死霊として縛り付けた何かだ。』
ナグラアスハに案内され、地上の塔を登るグラトニーに彼は語り続ける。
剣に触れて暫くの記憶は無いという。
自我を取り戻したのは数年前から数十年の間。
自分達は未知の存在と戦い、違う戦場にいた。そして今も戦い続けている。
『だが終わらせねばならぬ。既に我々の殆どは同胞以外の区別が付かぬ。
昔の記憶も既に無く、六芒騎士以外は自我どころか人数すら曖昧だ。
王も己が何者であったかも覚えておらぬ。
かくいうオレも我が名以外は思い出せない。』
今は自我を保てているが、正気を失う時間も増えたそうだ。
さあ着いたぞと、話の傍ら上り続けた最上階。
グラトニーは言われるままに、敵が見えるという窓の外を見下ろした。
『な!』
ナグラアスハが来てから沈黙を貫いていた筈のオルガノンが、首飾り越しに見た光景に驚愕の声を上げて絶句する。
「あら、誰かさんは知っている様ね。」
そこには宮殿を二重の城壁と九つの側塔が囲む、数多無数の死霊達に守られた城塞が。土塁と水堀が突然現れたかのように、近隣の邸宅をまとめて外へと圧し潰していた。
向こうの世界、球場ドームと比べれば見劣りする広さだろう。
学園校舎と比べればどちらが小さいか。
しかし城壁の死霊、側塔の騎士達とその総数。明らかに戦時そのもので。
『……えぇ知っているわ。見間違えようも無い。
あれは32年前に禁忌が居住区を攻め落とした時、ナイトバロンと仲間達が城主を討ち取って破壊した筈の幽霊城、ゴーストキャッスルよ。』
誰かさんと言われて、若干は落ち着きを取り戻した声でオルガノンが答える。
『そうか。何者かは知らんが、その辺りの事情はそちらの方が詳しいかもな。
我々は今も、誰と戦っているかすら見当が付かぬ。』
「解放の手段は分かっているの?」
『まさか。強いて言うなら例の剣だ。
今度は触れるのではなく、一撃で破壊する以外に無い。』
次はそちらの番だと聞かれるが、正直グラトニーに話せる事は少ない。
「こっちは腕試し兼町の中核っぽいマナ溜りとやらの調査よ。
この町、禁忌って魔女か手下に滅ぼされた以外は碌な資料が無いの。」
首飾りの声達については知恵袋とだけ説明する。
『つまり、君は何も知らずにこの町へ来たと?』
「知らないからこそ、ね。あなたはこの町の事をどの程度知っているの?」
『……殆ど、分からん。しばらく前に人らしき連中と戦った覚えがある程度だ。』
成程。月日の流れは大分曖昧になっている訳か。
「で、あのゴーストキャッスルってどういう物なの?」
魔法世界的な意味で。
『無人状態で伝承化して地形ごと取り込まれた、石や煉瓦造りの小さな人食い古城の怪物よ。』
本来ならと注釈を付け、明らかに大き過ぎると指摘する。
『本来はちょっとした館程度の代物なの。死霊が数十人もいれば多い方よ?
でも禁忌がこの町を滅ぼす時に使ったこの城はまるで違った。非常識な規模で、恐らくは魔法世界始まって以来の数を携えた死霊達の大軍。
それが空から現れて街を圧し潰し、溢れ出た死霊達は街中を瞬く間に埋め尽くし人々を殺し回った。
現場で巻き込まれたナイトバロンが城の最深部まで突入し、城を破壊して一度は町から姿形自体が消えた筈の建物よ。これは。』
紙は現場にいて壊される前の姿、というより街を圧し潰す光景を目撃していた。
「当時中を調べる余裕は無かったのね?」
『ええ。今よりずっと禍々しくて瘴気を撒き散らしていたから、当時のままでは無いわ。でも休眠状態なんじゃないかしら。城自体は完璧に復元しているわ。』
『当時、王は討たれたか?』
『……いえ。正しくは一撃加えた際に正気を取り戻して、城の最深部が元凶だと教えてくれたわ。
最深部には魔法陣を守護する怪物が居て、あなたの言う剣の形をした城の核を諸共に吹き飛ばしていたわね。』
突入の当事者じゃん。
『……一学年下の後輩なのよ、ナイトバロンは。』
「この町のマナ溜りについては知っている?」
『城が圧し潰した何処かの建物が街の防壁を維持していた程度しか知らないわ。
規模にも寄るけど、昔は小さなマナ溜りなら都市の結界に運用してたのよ。
ただ必要な技術とか諸々は純血の名門が管理していた秘蔵技術だったの。
ダンジョンもその手の技術の亜種って程度しか私は知らない。』
オルガノンは魔女歴が長い分、肝心の所は知らないという事か。
『つまり、そちらも城がああなった原因は分からない、という事で良いのだな?』
『原因だけなら分かります。前回の、と但し書きが付きますが。
恐らく16年前に討たれた禁忌の魔女と呼ばれた危険人物が、この近隣を滅ぼすために用意した死者の城。それがあなた方でしょう。
あなたが理性を取り戻せたのは、32年前に一度破壊された所為かと。』
ナイトバロン達が王を討たなかったのは、ゴーストキャッスルは城の住民達を縛る怨霊だと知っていたからだ。
城の核を砕くまで何度でも復活するのだから、正気を取り戻した王を討てばまた襲われるだけの話になる。
『そうか……。どの道城に突入しない限り、打つ手は無い訳か……。』
「で。あなたの目的は王や騎士達の解放で良いのかしら?」
『……何が言いたい?』
「手段は問わなくて良いのかと聞きたいの。あの城自体、一つの幽霊みたいだし。
魂を解放した後の残骸は自由にさせてくれるなら協力出来るわ。けれど私が欲しいのはあくまで力。あなた達の自由じゃない。」
騎士が瘴気をまとうが、グラトニーには心地良い位だ。
「それにあなた自身も欲しいわ。あの数を切り抜けた剣腕。
あなたには力尽くで手に入れたい価値がある。」
正直敵対して全てを手に入れた方が美味しい。何もグラトニーは一度に全てを解決する必要など皆無だ。
『つまりお前は、魔法使いとして俺から力で全てを奪えると言いたいのか?』
「ええ。実際さっきも奥の手を使いたくなかっただけで、一人で切り抜けられない状況じゃなかったわ。
あと私に騎士道とか倫理観を問われても困るわね。
そもそも魔法使いって、割と死体を利用して魔術を使うみたいだし。」
ただ『暴食』を使った時の軽さというか、スカスカ具合が気になっている。
闇雲に吸収しても徒労になりそうな予感が無いではない。
『何を言うかと思えば。
確かにお主は尋常の存在とは思えぬ瘴気を宿している。オレの目には生きた人間だと気付くのに時間がかかったほどだ。何かしら術があるのかも知れん。
だが無駄だよ。魔法でオレを縛る気かも知れんが、オレは既にボロボロだ。
遠からずオレもデュラハンとやらの仲間入りをするか、消滅するかだ。』
途中までは慎重に構えていたナグラアスハだが、途中で肩の力を抜き全ては無駄だと自嘲気味に笑う。
(ふむ。確かに彼らがスカスカな理由は、長年戦い続けて擦り切れたからだと言われれば納得の行く理由かしら。
吸収しても形が維持出来ない程度の死霊だと、何の役にも立たない……。
うん?)
改めて見ると、違和感がある。今迄出会った死霊達には感じた事が無い、何か。
軽く彼に呪詛交じりの瘴気を浴びせてみると、はっきりと魂の形を感じる。
突然の行動にナグラアスハが身構えるが。
「あら?あなた、契約出来るわね。
……契約すればあなたの剣腕を私に記録する程度なら、出来そうね。」
『……?契約、だと?』
「ええ、契約。
あなたの願いを叶える力と交換に、私があなたから対価を受け取るの。」
まさか死霊と契約が出来るとは思わなかったが、完遂と同時に魂を吸収する形ならば可能な様だ。
(何か、凄く自分本位な事を言われた気がするが、うん?
この者は何を言ってる?)
『…………詰まり、オレが祖国の皆を救ってくれと要求すれば、その対価にお前がオレを死霊として使役出来るという事か?』
目元に指を添え、何とか理解を絞り出すナグラアスハ。
「私も自分がどんな願いを叶えられるかは把握していないんだけどね。
私には区別付かなくてもあなたと契約で結ばれれば、今無事なお仲間達の魂だけを抜き取るのは可能っぽいわね。
あなたが詳細を願えば契約が結べそうかで、出来る出来ないが分かるわ。」
『……抜き取った我らの魂とやらを解放出来るとでも?
お主やあの幽霊城からもか?』
「可能ね。というより城の完全破壊は、契約の段階であなた達の成仏にも同意して貰う必要があるわ。
それと、取り出せるのはあなたが認識出来る相手までよ。」
『……お前が解放出来る筈の者を滅ぼさない保証は?』
「そもそも私には全部区別出来ないの。
あなたと感覚を共有し、死霊は直接吸収して魂と切り離すしかないわね。」
そもそもグラトニー視点では全部同じ死霊だ。ナグラアスハの敵を救い出しても意味が無いし、何処にあるかも分からない祖国を判断基準には出来ない。
契約段階でナグラアスハの思考や感覚を共有する条項を付け足さないと、契約の条件が揃わないのだ。
『…………えっと。お前は契約によって、オレの身内を取り出す力を得る訳か?』
「分かってるじゃない。部分的にあなたを取り込んで私を通して契約を果たす力をあなたに与える形式になるわ。
私とあなたが魂を取り込むタンク、入れ物になる形ね。」
『た、タンクか。そうか。』
(もし本当なら、あの城がどうなっても同胞達の魂の解放だけは果たせる訳か?)
『お、オレが滅ぼされても契約は有効なのか?』
「?あなた最初から死んでるし?
まあ契約した時点で半分あなたは私に取り込まれるし、契約内容次第で私が死なない限り何度でも復活出来る様にも出来るわ。」
『た、対価を確認させてくれ。』
「魂と成仏以外の全部。というか、他に何持ってるの?」
(正直魂以外見当たらないし。)
『もう少し具体的に。』
「外見は……既に曖昧よ?参考にしようにも出来るほど残って無いわ。
剣を扱った感覚や経験、後は状況判断の複製?人格の複製を作る感じかしら。」
肖像権という謎の言葉がナグラアスハの脳裏に浮かぶ。
でも、まあ。成仏したら持っていける類の一切は契約に含まれないらしい。
ナグラアスハ個人では既に長年突破に失敗しており、後何度挑戦出来るかも分からない状態だ。この際相手が悪魔でも、同胞を救えるなら賭けるしか無いのだ。
『よかろう。王を含めた同胞の救済と成仏。
犠牲がオレだけで収まるのなら、魂すら生贄にしても構わんよ。』
「契約成立ね。『色欲よ、契約を紡げ』。」
何かが繋がる感覚が亡霊になった自分にもわかる。
それと同時に、今ある意識から霧が晴れた様に頭痛が消える。どうも正気を苛んでいた何かも契約で保護されたらしい。
(あ、そうか。オレの自我を保護しないと契約は成立しないのか。)
契約が成立した事で、思考が繋がったのが感覚的に理解出来る。
どうも彼女は、自分と他の騎士達を区別してなかったようだ。必要としていたのが経験や技能なので、ナグラアスハ自身も成仏対象に含まれているのが分かった。
(いや、これオレを複製した際の不足部分を同胞達で補う心算だったのか?)
多くの同胞を回収した方が都合が良いのだと気付いたナグラアスハは、疑うだけ馬鹿らしいと脱力し、諸々の疑惑を投げ捨てる事にした。
今年最後の投稿になります。
ナグラアスハ「装備や知識なら構わんけど、魂とか死後の安寧とか大丈夫?」
グラトニー「外装を継ぎ接ぎするから魂とか邪魔。」
欲しい物が違うので、今回も対価が対価として機能してませんw魂が無い者はそもそも助けようがないので論外です。
グラトニー的には複製やオートマタを作りたいので、本人の自我とか邪魔でしか無いです。
あとグラトニーの呪詛が強奪系だと思われている方には違和感を感じると思われますが、思いっきりネタバレなので、詳細は本編での発覚をお待ち下さい。
呪詛は深層心理に関わるので、魔女自身も自覚出来ている者と納得出来ない者がいます。一応トラウマ系も有りますが、グラトニーには全く関係無いですw




