鴛鴦茶
同居人である藤井ちゃんは、コーヒーが嫌いだ。
「どうして?」
「学生の頃、勉強の合間に、さんざん飲んだ。眠気を覚ます薬としか思えないからキライ」
カフェオレやコーヒーゼリーも好きではないというから徹底している。そんな彼女のいれるコーヒーが美味いのだから、世の中不思議なものだ。
「藤井ちゃんのいれるコーヒー、おいしいよね」
「そう? ありがと。この間、アルバイト先でコーヒーたくさん貰っちゃったから、どんどん飲んでね」
藤井ちゃんのバイト先は、小さな喫茶店だ。昔はわりと知られたライブ喫茶だったらしく、その名残か今でも月に一度、音楽好きが集まってライブを開催している。
偶然ではあるが、彼女もギターが趣味で、時々路上ライブに出かけている。腕前は玄人裸足と言っていいほどだ。
「藤井ちゃんは、店では弾かないの?」
「仕事場では弾かない。仕事と趣味は一緒にしたくない。それができるほど私は器用じゃないし、それをした偽善者を私は知ってる」
感情の振れ幅が人よりも小さな彼女は、他人の悪口を言わない。それは藤井ちゃんにとって、とても疲れることだからだそうだ。もし言うとすれば、それは彼女にとって本当に許せないモノにだけだ。
嫌悪に隈取られた部分は、聞こえなかったことにしよう。
「残念だなぁ。藤井ちゃんの歌は好きだよ」
「ありがと。…………そろそろ暑くなってきたね。アイスコーヒー、沢山作って冷やしとくわ」
世間で夏の定番といえば、大抵はビールだろう。けど、お酒を飲まない自分達としては麦茶かアイスコーヒーだ。藤井ちゃんはコーヒーではなくアイスティーだが。
「ねぇ、紅茶とコーヒー合わせたらさ、どっち寄りの味になると思う?」
「え? そりゃ、コーヒーだろ?」
藤井ちゃんは機嫌の良いときに時々、子供じみた発想をする。彼女は何かを企んだような顔で振り向くと、グラスを二つテーブルに置き、紅茶と牛乳を注ぎ、ミルクティーをつくった。
「やっぱり、そう思うよね。でもさ、コーヒーって香りは強いけど、味って意外と弱いんだよ」
「試すの? で、飲むの?」
「まあ、ころされたと思って」
普通、だまされたと思って、と言わないだろうか。
恐る恐る、口をつけた。あまったるいコンデンスミルクの味が口いっぱいに広がる。微かにコーヒーの香りはするが、なるほど紅茶の味に消される感じだ。コクのあるミルクティーといったところだろうか。甘党の人には、たまらない味かもしれない。
「意外と、飲めるね。……うん、おいしい、かも」
「香港で鴛鴦茶っていうらしい。向こうの喫茶店では、定番なんだってさ」
「ユンヨン?」
「オシドリのこと。二つのものが一つにまとまるときにも使う言葉なんだって。コーヒーと紅茶、わざわざまとめなくていいと思うのだけど」
コーラのほうがよっぽどおいしい、と呟きながら、藤井ちゃんは一息に飲み干した。
「オシドリかぁ……。なんか、仲良さそうなカップルみたいなネーミングだね」
「つがいになったオシドリって実際は一年で別れるけどね」
「そうなの?」
「年中ひっついて仲良さそうにみえても、一年過ぎたら別の個体なんだよ。鳥の顔の区別って普通つかないから、ずっと添い遂げてるようにみえるだけ」
オシドリよりも、カラスが好きだ。そう、藤井ちゃんは呟いた。
「見た目キレイな鳥より、汚れながら生きてる烏が好き。鳥になれない、烏が好き」
謎かけのような台詞のあと、藤井ちゃんは笑った。まるで、悪戯を思いついた子供みたいに。
「ねえ、じゃあ、烏龍茶とコーヒー混ぜたらさあ……」
もう勘弁してくれ……。