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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第4章 如何にして彼らは英雄となるのか

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78 責任とわがまま

 手にしていた資料にくしゃりとしわが寄った。ジェイドの眉間にもそれに劣らないしわが刻まれている。

 解体したはずの教団がじわじわと息を吹き返している。オルターの解放を求める署名も集まっているようだ。政権から去った父、ガリオンとその周囲からきな臭い煙が流れてくる。


 大きく息を吐いたジェイドは報告書のしわを伸ばして机の上に放った。

 エドワードらがノア王国を去って数日。バイパーが起こした騒ぎはジェイドにとって大いなる向かい風となっていた。スペイスやグランも火消しに奔走しているが、事情を知る味方はあまりにも少数だ。


「これ以上何が出来るのかな……」


 記憶も、存在も、何もかも、無くなってしまうのなら。今、ここでジェイドが努力をする意味は、どこにあるというのだろう。

 何度も、何度も。そんな考えが頭に浮かぶ。その度に、まだ、やれることがあるはずだと己を奮い立たせるのだが。


 何も、ないのだ。出来ることなど何もない。この地の精霊との契約は為された。彼らはジェイドらの力など借りずとも無事にミズガルドを出て行った。


 コツコツと無意味に指先で机を叩く。似たような音が扉の方から聞こえ、ジェイドは顔も上げずに入室の許可を出した。

 失礼します、と声をかけながら顔を覗かせたのはスペイスだ。ここ数日よく眠れていないのか、少しやつれて見える。


「先ほど魔物から文を預かりました」

「魔物から……? あぁ、アオイ殿のかな?」


 はい、と一つ頷いたスペイスが小さく折りたたまれた紙を渡す。ヴェズルが運んできたらしいそれにはしっかりと爪の跡がついていた。

 丁寧に開いて内容に目を通す。途端にジェイドが笑みを零した。


「あぁ……四大精霊全てとの契約に成功したそうだ。ここが最後だったらしいな……エドワード殿がスバルムに到着次第、世界分断の魔法は成される」

「そう、なのですか……」


 スペイスの顔色が一層暗くなる。いよいよもって残り時間は僅かとなったのだ。


「終わりが見えれば気が楽になるかと思ったが……そうでもないな」


 閉じられた窓には民衆からの声がざわざわとぶつかって来ていた。国民は()()()()()が退くことを望んでいる。魔物狩りに熱狂し、ヒューマーの勝利を夢見る日々に心の安寧を求めている。


「モリオンの武器を保管している西の塔の護りを強化したいな。せめて残り時間で魔物たちに迷惑をかけないようにしなければな」

「西の塔には私が防護魔法をかけておきます……ヒューマーが相手なら充分でしょう」


 標的が変われば、スペイスの魔法は最強なのだ。そして、彼はそこまでしかたどり着けなかった。それ以上は進めなかった。


「あぁ、頼んだよ――さて、僕も頑張らないと」


 握った拳を鼓動の位置に当てる。己には、最初に罪を犯したヒューマーの血が流れているのだ。国を興すために、人心を集めるために、産まれたばかりの魔物を殺したヒューマーの血が。

 知ったばかりの事実を忘れるな、目を逸らすなと己を鼓舞する。まだ、終わっていない。まだ、役目は続いている。


「あの子も頑張ってくれてるんだし……僕も大人として責任を果たさなきゃね」


 出来た部下がこくりと頷くのを見て、王は満足げに微笑んだ。



◆◆◆◆◆



 件の子供は白蛇のとぐろの中に居た。目を閉じて虹色の鱗に寄り掛かるその顔は少し青い。おろおろと赤い瞳を彷徨わせるユグドラシルは、それでも碧を護るように身体を寄せている。


『大丈夫ですか?』

「ん……だ、いじょうぶ」


 痛みを覚えたのか、片手でこめかみを揉んだ。滑らかな鱗に触れていた手はそのままに、目を開く。

 その瞳の中には、無数の映像が次々浮かんでは消えていた。碧はその中から、必要な『記憶』を探しているのだ。


『すみません。私が探せればいいのですが……私はあくまでも()()()ですので……』

「大丈夫、できるよ」


 会話に意識を割く余裕がないのか、碧の言葉はどこかたどたどしい。頭の中を巡る『記憶』は一瞬で移り変わり、少しでも気を抜けば取りこぼしそうになる。

 何せ量が膨大な上に時間もない。目の奥が鈍い痛みを訴えてくるが、碧はユグドラシルから離れなかった。


 やりたいことが出来たのだ。これは、その為に必要な事だった。


『ご無理はなさらず……危ないと思ったら止めますからね』

「うん……」


 もう一度目を閉じる。大きく深呼吸して瞼の裏を巡る『記憶』に意識を集中させる。


 世界を二分する魔法はもう見つけ出した。あと一つ。もっと深く、もっと太古の『記憶』へと碧は手を伸ばしていく。それを見つけられたとしても、碧の望みを叶えられるかはわからない。それでも、出来ることをやらずにはいられなかった。


 何せこれは、久方ぶりのわがままなのだから。

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