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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第4章 如何にして彼らは英雄となるのか

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70 信頼の差

 何が何だかわからないままに散っていく光の粒を眺めていると、二の腕の辺りをあむあむと甘噛みされる。チビが下ろして欲しいときによくやる合図だ。

 はっと我に返って地面に下ろせば、チビはふんふんと消えゆく光を嗅いでいた。ジェレミーは改めて周りを見回す。


「何だったの……?」


 呆然とした呟きに凛とした鳴き声が返った。そちらを見やれば、心なしかきりっとした表情のチビが尻尾を揺らしててちてちと歩き出す。数歩歩いてはちらちらとジェレミーを窺うように振り返った。

 期待のこもった目が見上げてくるのに、ジェレミーは小さく苦笑する。


「何だっけ。種を探すんだっけ?」


 途端にキラキラと金粉を零すようにゴールドの瞳が輝いた。小走りでチビに並び、しゃがみこんでわしゃわしゃと撫でる。


「にしても……」


 仕上げにぽんぽんとふわふわの頭を軽く叩きながら、改めてぐるりと視線を巡らせる。ノームとの邂逅から薄々感じてはいたことだが、どうやらここは現実世界の山とは違うようだ。

 獣や魔物の気配はなく、虫すらいない。相変わらず視界の中をキノコが発する光が昇っては弾け、瞬いている。


「さっき匂い嗅いでたけどわかるの?」


 わふんっ、と頼もし気な鳴き声。尻尾をふりふり走り出したチビの背を追って、ジェレミーも駆け出した。


――そうして走り回ること暫く。ジェレミーは同じ場所をぐるぐると周っているのに気づいた。何というか景色に変化がないのだ。

 チビ、と声をかけながら立ち止まる。心なしかしょんぼりした様子の仔狼がとぼとぼとジェレミーの足元に寄ってきた。


「まぁ、一筋縄じゃ行かないか」


 手持ち無沙汰に呟きながら、注意深く辺りを観察する。チビの方も一生懸命空気の匂いを嗅いでいた。そうしてふと、一点に目を止める。


「ここなんか揺らいで……お」


 景色の一部が歪んでいることに気づき、陽炎のように揺らぐそこへと携帯していたナイフを差し入れてみる。すると、薄膜が捲れるように別の景色が現れた。


「なるほど、こうやって進むのか」


 間違い探しみたいなものらしい。一人納得するジェレミーに下からキラキラとした視線が向けられる。チビは魔物らしく五感は鋭いが、彼に比べてずっと子供なのだ。


「チビもよく見て。変なところあったら教えてね」


 真剣な面持ちで頷くチビ。その頭を撫でて、ジェレミーは再び景色を注意深く観察し始めた。


――そうしてページをめくるように進み続けて十数回。一人と一匹は開けた場所に辿り着く。


 露に濡れたように輝く美しい草の海がどこからか吹いてくる風に波立っていた。辺りは暗く、草原の中心にある薄ぼんやりとした光が一際目立つ。光源はそこだけだというのに不思議と眩しくはなかった。

 ジェレミーは吸い寄せられるように光に近づいていく。まるで虫のようだと自嘲じみた考えは浮かばなかった。()()に惹かれるのは生物の本能なのだろうとすら思う。


 儚くも力強くも見えるその光を放っていたのは、小さな土の山だった。おそらくこの下に()が埋まっているのだろう。

 下肢が汚れるのも厭わず、ジェレミーはその傍らで膝をついた。チビもお利巧にちょこんと座り込む。


「これが、種……」


 そっと土に触れる。ほのかな温かさを感じた。静かにそこに存在しているだけなのに、胎動しているような気もする。


「芽吹かせてって言ってたんだっけ……」


 独り言ちた時に思い出したのは、ノームの表情だった。信じたい、と。そう言っていた彼は、必死に見えた。だから、ジェレミーもじっくりと考える。


 ノームの加護を受けて産まれた動物は魔物となり、ヒューマーやデミヒューマーは魔法使いとなる。王宮にいた魔法使いは自分が数少ない特別な存在であることを誇っていた。ジェレミーも生まれて初めて見る魔法に多少なりとも心を動かしたのを覚えている。


 しかし、彼らは自然の摂理の一部の如く魔法を使うケルピーやワイバーンにはるか遠く及ばない。その身に宿す魔力の量も、編み上げる魔法の複雑さも、天と地以上の差があった。


 この差は、ノームの――精霊の信頼の差なのではないだろうか?


 定期的に開かれる魔物退治の催し。それに熱狂する人々。精霊の加護を持つ魔物に敵対することは即ち、精霊に牙を剥いているも同義なのでは?

 王宮の貴族たちも、民衆も、ジェレミーがグリョートに向かうのを笑顔で見送っていた。彼らは期待しているのだ。天より舞い降りてきたヒューマーが、魔物を庇護する精霊を打ち倒すのを。


 ジェレミーはもう、その期待には応えない。永遠に。


 己の目で見て頭で考えた結果、ジェレミーは魔物たちと友人になることを選んだ。彼らは優しい。突然にテリトリーに入ってきたジェレミーを温かく迎え入れてくれた。ノア王国のような打算も謀略もなく、歩み寄ってくれた。

 ジェレミーは愛情深い人間である。だからこそ彼らを四つ足の内側へと招き入れた。


――それが、この世界にとって異端であると知りながら。


 世界を跨いだとてジェレミーは()()にはなれなかった。しかし、その事実に思ったほどの落胆はなかった。

 ノア王国や教団が魔物に向けていたわかりやすい悪意は、むしろ彼の決心を強固なものとする。


「チビたちを護りたい」


 零れた言葉に仔狼がぶんぶんと尻尾を振る。差し出された頭を撫でながら、ジェレミーはこんもりと盛り上がった土に言葉を注ぐ。


「俺は、君の力になれるかな」


 魔物に加護を与えた精霊と同じように。それとは違う方法で、彼らを護れるだろうか。ヒューマーとの橋渡し、はきっと出来ないだろうけど。


 決意を抱いた手のひらが、種に触れる。淡かった光が、力強さを得て輝いた。手のひらを押し上げるように、地面が盛り上がる。

 ひょこん、とそんな効果音が鳴りそうな出で立ちで、双葉が顔を出した。土にまみれていたそれをそっと払い、ジェレミーは立ち上がった。その足元に、チビが嬉しそうにまとわりつく。


――そんな仲睦まじい一人と一匹の前には、一人の小人が立っていた。


「合格?」


 首を傾げたジェレミーにノームは穏やかに笑った。そうして数歩の距離を瞬きの間に埋め、ジェレミーの手を取る。濡れた土に汚れたそれに、花びらのような唇を寄せた。


「祝福を。ボクらはいつでも共にある」


 暖かな光がジェレミーの手のひらへと潜り込んだ。わ、と小さく声を上げた彼はしげしげと己の手の甲を見つめる。金色の光が土の紋章を描いて、肌に吸い込まれるように消えていった。


「ジェレミーはこれからどうするの?」


 ノームは小さな手をチビの頭へ移動させてわしゃわしゃと動かす。きゅうきゅうと鳴くのを聞きながら、ジェレミーは自分の手を見つめていた。


「……戦えるようになりたいかな」


 今のジェレミーに戦闘技術はほとんどないと言ってよかった。教団はノア王国が彼の存在に熱狂しているうちに魔物によって殺されて欲しかったのだ。そうすれば魔物狩りの為の資金や人員がより集めやすくなる。

 形式として詰め込まれただけの型をジェレミーはただただ持て余していた。


「う~ん、そうだねぇ……ボクが鍛えてあげようか?」

「……君が?」


 己の半分より少し大きい程度の小人を胡乱げに見下ろす。ぷくっと頬を膨らませたノームは地団駄を踏むように踵で地面を打ち鳴らした。


「相手をするのはボクじゃないよ!」


 その言葉が響くや否や、大地が震えた。ジェレミーは咄嗟にチビを抱えて後ろへ飛ぶ。空気を吹き込まれたように膨らんだ地面が弾け、飛び散って浮遊した土が瞬く間に収束していく。


「生命の精霊の名において命ずる。生の根源たる力よ、忠実なる手足となれ!」


 集まった土が命に従って人の姿を模った。それが流れるようにファイティングポーズを取る。


「身体はしっかりしてるし、技術優先でいいかな。取り敢えず素手の実力見ておこうか」


 そう言ったノームはチビをちょいちょいと手招いた。ジェレミーも腕を緩めてチビを離す。チビはジェレミーの方を気にしながらもとてとてとノームの方へと歩いていった。


「じゃ、頑張ろうね」

「ん……よろしく」


 軽く頭を下げ、ジェレミーは教わった型を取る。ぐっと足の裏に集中して、大きく地面を踏み込んだ。

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