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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第4章 如何にして彼らは英雄となるのか

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69 生命の精霊

 ジェレミーがグリョートの山に放り捨てられてしばらく。彼は魔物たちの手を借りながらなんとかサバイバル生活を続けていた。

 夜はフェンリルたちのねぐらである大きな洞窟を間借りし、昼間に食べられる果実や小動物を狩る。ワイバーンとの邂逅にて放り棄てられたロングソードは彼の炎によって木々の加工や獲物の解体に使いやすいナイフへとリメイクされていた。


 ふかふかの藁の寝床にも慣れてきた頃。ジェレミーは元の世界の飼い犬と同じ名前を付けてしまったフェンリルと共に、森の中を散策していた。


――思えば、この時からチビの様子はおかしかったのだ。


 いろいろなモノに興味を引かれるせいでふらふらとあっちこっちにぶれる足取りは真っ直ぐで。いつもはゆらゆらと楽し気に揺れる尻尾も大人しかった。

 チビは導かれていたのだ。ジェレミーの道案内として。彼のパートナーとして。


 てちてちとよどみなく歩くチビの背を追って、ジェレミーは顔にかかりそうになった大きな葉を払いのけた。うっそうと茂り出した木々のせいで少々視界が悪い。その上獣道ですらない山道だ。数週間を山の中で過ごしたとは言え、足元に注視しなければ転んでしまうかもしれない。そんな理由で、気づくのに遅れたのだ。


 不意に追っていた尾が機嫌よく左右に振られ始める。おや、と小さな違和感が芽生え、ジェレミーは顔を上げた。ほとんど同時にチビの方もきょろきょろと回りを窺いだす。


「チビ?」


 そっと名前を呼べば勢いよく振り返って、千切れんばかりに尾が振られた。腰を落として身構えれば、当時はまだ小さかった身体が鳩尾へと飛び込んで来る。それを軽々と抱き上げると、ジェレミーは改めて周囲をぐるりと見渡した。


 うっそうと茂る木々で太陽は遮られているのに、ほの明るい。木に寄り添うように生えたキノコが発光しているのだ。ふわふわと辺りを漂うオーブのような光の玉はその胞子なのだろう。

 辺りに動物の気配はなく、ジェレミーはふと森の奥の化け物の話を思い出した。


「帰ろうか、チビ」

「あっあ、ちょっと待って!」


 そのまま踵を返そうとした背に幼い声が追いすがる。思わず足を止めて振り返れば、視界の中を何かが落ちてきた。それは着地点に生えていたキノコに弾かれてぽよんと一度跳ねてから、体操のフィニッシュポーズを決める。


――小さい頃、絵本で見たような小人がそこに立っていた。ジェレミーの腹の辺りの高さにある明るい金髪が植わる頭には緑の三角帽子がちょこんと乗っている。身長に見合った幼い顔立ちにこれまた童話で見るような緑のチョッキと茶色のハーフパンツをまとっていた。


「何……?」


 火吹き竜(ワイバーン)だの大蛇(ナーガ)だのの存在ですっかり異世界に慣れたジェレミーは、目を眇めながらも平坦にそう呟く。腕の中の仔狼ばかりが楽しげに一声鳴いた。


「反応薄くない……?」


 せっかくポーズ決めたのに、とかわいらしく桃色の頬を膨らませる小人にジェレミーは全くと言っていいほど興味を持っていなかった。むしろ警戒心を高めたようにじりりと半歩ほど下がる。猜疑心に満ちた目で再び何、と短く尋ねた。

 ジェレミーの雰囲気に若干気圧されたのか、小人は一つ咳払いして居住まいを正した。小さな胸に手をあて、三角帽子を脱いで一礼する。


「ボクはノーム、土の精霊だ……彼に加護を与えたのはボクだよ」


 手のひらで指されたフェンリルが千切れんばかりに尻尾を振る。


「精霊が、どうしてこんなところに……?」

「う~ん、そうだなぁ……こう言えば、わかるかな?」


――グリョート奥地の、化け物。


 花びらのような唇が、繰り返し繰り返し殺せと言われた存在をなぞった。少しだけ目を見開いたジェレミーはそのまま視線を腕の中の仔狼へと落とす。

 何にもわかっていない金色のつぶらな瞳が彼を見上げていた。柔らかな毛皮がふわふわと腕をくすぐる。


 警戒心も何もないようなこの仔狼も攻撃を受ければ魔力でもって障壁を張り、身を護る。それは、彼らが産まれ持った精霊からの贈り物だ。


「……君が、死んだら」

「彼らは加護を失うね」


 それ以上のことは言わずとも察したのだろう。青い瞳の奥でちらちらと炎が燃える。 


「まぁ、()()()ヒューマーじゃそもそもここには辿りつけないんだけどね。今回のキミも特例みたいなものだよ」

「特例って?」


 首を傾げたジェレミーに、ノームはくすりと笑った。そうして踊るような足取りで彼に近づく。少しだけ背伸びしてジェレミーの腕の中のフェンリルを撫でた。


「彼に道案内をしてもらったんだ。キミとの結びつきが特に強かったからね」

「あ、そっか。名前……」


 ジェレミーがぽつりと呟く。彼が名前を付けた魔物は今のところチビ一匹だ。ヒューマーは知らないが魔物に名前を付ける、という行為は大いなる意味を持つ。


 魔物に名前を付け、かつその魔物が名前を受け入れた時、両者の間には繋がりが出来るのだ。ジェレミーは当然そんなことは知らなかったし、チビは幼すぎた。

 ケルピーやワイバーンが気付いた時にはもう、契約は為されていたのだ。


「それにボクの眷属でもあるしね」


 チビが小さな手に気持ちよさそうにすり寄る。ぐるる、と鳴った喉にジェレミーが表情を緩めていると、毛並みを梳いていた手が不意に彼の頬へと触れた。


「ボクね、ヒューマー(キミ)のこと信じたいんだ」


 ぱちりと瞬きをするアクアマリンに真剣な面持ちの子供が映る。アンバーの瞳がどこか縋るようにジェレミーを見上げている。


「ボクに示して。証明して。まだ、ヒューマーのこと諦めなくていいって」

「何を、」


 ジェレミーが疑問を口にするよりも早く、目の前で黄金の光が閃いた。咄嗟に固く目を閉じ、チビの目も腕で覆う。

 真っ赤に染まった瞼の裏が少し落ち着くと、ジェレミーは目を瞬かせながら開いた。


 小さな手が名残惜しそうに、何かを手放すように掲げられる。種のような光球がその両手から溢れて空へ昇った。それは遥か天上で弾けて、どこかへと降り注ぐ。


 ジェレミーはそれを呆けたように見上げていた。一体何を。そう尋ねようとノームへと視線を移す。

 彼は、どこか悲しそうに笑っていた。ぎゅ、と胸の前で合わせた両手を握り締めている。


「土の魔法は生命の根源――ボクのこと見つけて。芽吹かせて」


 不可解な言葉を残し、彼はジェレミー達の目の前から掻き消えた。

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