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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第3章 三つ巴の物語

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54 いたずら成功

「シャオ!?」


 バリーが出来たてのクレーターの中心へと走る。ザクロも地面から飛び出していた岩の槍を避けながら降り立った。シャオは槌を地面に叩きつけたままの体勢で固まっている。


「シャオ、大丈夫!?」


 バリーの声に我に返ったのか、耳がびくっと跳ね上がった。振り返った顔は困惑している。


「なんか、すごいのできちゃった……?」

「やろうと思ってやったわけじゃないの?」


 うん、と若草の頭が上下する。伝播してきた混乱に一瞬流されそうになるが、状況を思い出してなんとか堪える。サラマンダーの方を確認すれば、少し離れた位置でこちらの様子を窺っていた。


 そのサラマンダーはと言うと、溢れる笑みを堪え切れずにいる。眼前に迫っていた石の槍は創った者の心根が反映されているのか、先が少しだけ丸い。脅かしてバリーから引き剥がそうとしたといったところだろうか。


「ソイツァ、ミョルニルだ」


 石槍を溶かしながら、サラマンダーはそう言った。その視線はシャオの手元を見つめている。飾りも何もない武骨なハンマーは銀色に姿を変えていた。見下ろしたシャオもきょとんと瞳を丸めていた。その隣でバリーが糸目を見開く。


「ドワーフの覚醒能力……!」

「あっ」


 小さく声を上げたシャオの手の中で、ハンマーがまた形を変える。銀色になったヘッドには複雑な文様が浮かび上がり、飾り気のなかった柄が膨らんで宝石のような突起が現れる。


 ドワーフの覚醒能力『ミョルニル』。あらゆるモノに形を与え、形を奪う槌。ものづくりを得意とし、鍛冶を生業とするドワーフの境地。


「俺の炎すら掻き消すとは恐れ入ったなァ」


 ミョルニルで打てば、万物はシャオの望む形になる。先ほど放った火球はシャオが咄嗟にハンマーで殴りつけたことで消えてしまったのだ。


「でも、何で急に……?」


 首を傾げたシャオの頭上に影が差した。バリーがシャオの襟首を掴んで後方へ飛ぶ。轟音とともに衝撃が走り、シャオごとバリーを弾き飛ばした。後ろにいたザクロが2人まとめて受け止める。


「おっも! 何これ、すっごい重いんだけど!?」


 バリーが思わずそう叫ぶ。ミョルニルを持ったシャオの身体が、異様なほど重かったのだ。お陰で衝撃波の範囲から微妙に抜け切ることが出来なかった。鋭く飛んでくる破片と研ぎ澄まされた空気がシャオを庇ったバリーの身体に細かい傷をつくる。

 こんなの振り回してたの!? と仰天するバリーをシャオが不思議そうに見上げる。砂煙の向こうでサラマンダーが笑った。


「そりゃ、()()()()槌だからな」


 事もなげにそう言うと、燃え盛る拳を振るう。シャオはそれをミョルニルの柄の部分で受け止めた。1人では弾き飛ばされていたかもしれないが、バリーとザクロが背を支えてくれている。そのまま押し返すように振るえば、サラマンダーは飛び退いてシャオから距離を取った。

 いかに精霊と言えど、ミョルニルで打たれれば無事では済まない。形勢は変わったが、相も変わらず彼は楽しそうだった。手に足に炎を纏い、シャオたちに肉薄する。


「ちょっとタイ、ムッ!!」


 言葉尻に合わせて振り下ろされた槌がサラマンダーの鼻先を掠めて地面を打つ。ぐにゃりと歪んだ地面に足を取られそうになり、サラマンダーは舌打ちを零して再び飛び退いた。

 泥のように柔らかくなった地面が大きく盛り上がる。壁をつくるように立ち上がった地面はそのまま元の硬度を取り戻し、サラマンダーとシャオらを分断した。


「作戦会議しよう! 今度はオイラも混ぜて!」


 琥珀の瞳に見上げられ、バリーは思わず一歩下がった。その足元がボコりと膨れ上がる。突き破るように亀裂から顔を覗かせたのはラビとクルだ。


「あの、僕もその、役に立ちますから……皆で闘いましょう」


 独りは寂しい。独りは怖い。手の中の温度をぎゅ、と抱きしめてバリーを見上げる。たじろいだ彼の肩をザクロが豪快に叩いた。


『我らも得意分野とあって少々先走り過ぎたな』

「あー……うん。そうかも、ね」


 バリーはぽりぽりと頬を掻いた。ごめん、と続ければ4つの頭が一斉に横に振られる。よし、と頬を叩いたバリーは改めて周りを見渡した。


「現状サラマンダーにまともなダメージ通せるのは僕かシャオのミョルニルだけなんだよね」

『我の魔法はみな、サラマンダー様に()()()されてしまうからな』


 うん、と皆が頷いたところでメキィッ、と壁が悲鳴を上げた。時間がない。

 ザクロは体格差のために物理で吹っ飛ばすことこそ可能だが、ダメージを与えるには至っていない。やはり鍵となるのは覚醒能力なのだろうか。


「そもそも勝利条件って何?」

「戦意を喪失させる……とか?」


 考え込んだラビの背後で亀裂から熱波が噴き出した。びゃッ、と叫んだクルが服の中に入り込み、ラビがくすぐったそうに笑う。そんな微笑ましい様子を見ていたバリーがはっと息を飲んだ。


「一か八かだけど、これで行こう」


 首を傾げる2人と2匹に簡単に作戦を説明すると、バリーは崩壊を始めた壁に向き直る。シャオもミョルニルを構え直した。


「んじゃ、手筈通りにお願い、ねッ!」


 硬く握った拳を振り抜く。それは壊れかけていた壁をぶち抜くと、同じく振りかぶられていた拳と正面衝突した。纏っていた水が見る見るうちに蒸発していく。ラビが祈るように両手を合わせ、魔力を放出する。バリーを覆う水の膜が厚さを増して彼を護った。


「いい案は思いついたかよ?」

「うん、とっておきのがね!」


 シャオがミョルニルを振りかぶり、地面に叩きつける。蛇のようにうねった地面が天高く伸び、サラマンダーの足元を穿つ。それをバックステップで避けたところにタイミングを合わせたバリーが水を纏った蹴りを叩きこんだ。片腕で受け止めるも衝撃がじん、と腕に響く。

 先ほどとは打って変わって己の身を顧みる闘い方。バリーとラビが重ねてかけているのだろうその魔法は、サラマンダーの纏う熱波に僅かとはいえ耐えてみせるのだ。それに耐熱に変化した皮膚が合わされば、炎はほぼ通らない。


 その上バリーはもう掴み合いに持ち込もうともしない。ならばと遠距離から炎を飛ばせば、前に出たシャオのミョルニルやザクロの堅牢な鱗に打ち落とされる。とは言え、バリーやシャオ、ザクロの攻撃もサラマンダーに届いている訳ではない。掴み、払い、軽くいなされ状況は押し上げられたまま膠着していた。


 精霊と言えども気が抜けない。しかし、そのひりひりと肌を刺激する緊張感もまた心地よかった。騙し打ちのように引きずり出され、一方的な契約と言う名の搾取を強いられた()()の苦い記憶を焦がすほどに。


「いいなァ、お前ら。あの独りよがりのクソ馬鹿とは比べモンにもならねェ!」


 広げた両腕を頭上に掲げた。炎が渦を巻いて吹き荒れる。熱波が溶けた地面を巻き込んで嵐となる。ザクロとバリーがシャオとラビを庇うように抱きかかえた。引き剥がされたザクロの鱗が宙を舞い、バリーの血が蒸気となって辺りを漂う。


「シャオ、いける!?」

「大丈夫!」


 ザクロの腕の中でミョルニルを振り上げる。叩きつけられた地面がまた、龍のように唸りサラマンダーへと向かう。同時に大地の龍を護るように水の蛇が2頭立ち昇った。みるみる内に蒸発していくが、それでも地龍に付き従い、護ろうと絡みつく。


 やがて、1体に数を減らした龍がサラマンダーの目の前で鎌首をもたげた。


「へェ、やるじゃねぇか」


 炎の嵐を突破した地龍が食らいつこうと牙を剥く。サラマンダーもまた、護るものがいない地龍に手のひらを向ける。その手の中で炎が音を立てて渦を巻き、大きくなっていく。赤熱が大地に移り始めた、その時だった。


「あ? ぶっ――」


 不意に小さく声を上げたサラマンダーの視界が黒く――否、桃色に染まった。何かふわふわを残しつつちょっとだけしっとりと冷たいものが顔面に貼り付いている。


「お、作戦成功っぽい」


 乾いた血を払い落としながらバリーが呟く。その視線の先には、桃色のリスを顔面に装備して固まっている精霊の姿があった。


「……オイ」


 そのままの状態でサラマンダーがぐりんとこちらを向く。バリーは咄嗟に両頬の内側を噛んで笑いを堪えた。後ろでゴファッ、と炎を吐く音が聞こえる。腹筋剥き出しの偉丈夫の顔にファンシーカラーの小動物はギャップがすさまじい。


 引きはがそうとしないのはやはり気持ちいいからなのだろうか。こちらに来る前にお腹の毛に触らせてもらったのだが素晴らしい手触りだった。関係あるようなないような事を思い出しつつ、バリーはわざとらしく小首を傾げた。そうしてシャオを抱き上げる。


「こっちもモフモフする?」

「いらねェ……」


 当然肉体的なダメージは全くなかったのだが、一息に生ぬるくなった空気は多分もうどうしようもなかった。サラマンダーは深く溜息を吐くと大きな尻尾を雑に掴む。これまた雑に放り投げれば、小さな身体は慌てて伸ばされたラビの手のひらの中に納まった。


「は~ァ、興ざめだ。でもま、それなりに楽しかったしなァ。面白ェモンも見れたし、及第点ってことにしといてやるよ」


 未だ溜め息が混ざる言葉にシャオたちから喜色が溢れた。それを見てもう一度息を逃がしたサラマンダーは少し考え込むようにシャオたちを眺める。


「オイ、毛だるまちょっとコッチ来い……違ェ、デカい方だ」


 大きい方の毛だるまことシャオがとてとてとサラマンダーに近づく。足元まで来るのを確認すると、サラマンダーは犬の耳が生えた頭を鷲掴みにした。ぴこん、と立ち上がった耳が揺れる。暖かく心地よい空気を震わせるように朗々と声が響く。


「祝福を。我らは常に共にある」


 金色の光が手のひらから零れた。それは吸い込まれるようにシャオの中へと消えていく。最後に一瞬だけ強い閃光を放つと、何事もなかったかのように光は消えた。サラマンダーが手を離す。シャオがきょろきょろと自分の身体を確認しているのを見下ろし、軽く指を曲げた。


「いっだぁ!!」


 突然に額に走った衝撃にシャオがたたらを踏む。涙の滲む視界に、笑う偉丈夫が映った。


「精々頑張るんだなァ、原初の創造者(オリジン)

「え」


 うずくまって額を押さえていた手の下から琥珀の目が覗く。くつくつと喉を鳴らしたサラマンダーはもう一度シャオの頭を鷲掴んだ。


「オラ、とっとと帰りやがれ」


 足が地面から離れたと思った時には、シャオはそれなりの速度でバリーの腕の中に飛び込んでいた。チッ、と小さく舌打ちが聞こえる。幻聴でなければ、鳩尾狙ったのによォ……と恨み言が聞こえた気がする。


「ふふ、残念でした」


 悪戯っぽく笑ったバリーの身体から光が零れた。それは瞬く間に全員に伝播していき、目もくらむような強い光となる。


「必要になったら呼べよ。まァ、こっちからも勝手に呼ぶがな」


 ひらひらと手を振るサラマンダーの姿が光に呑まれていく。シャオは大きく息を吸い込んだ。


「またね!」


 おォ、と小さい応えが聞こえた。

この後サラマンダーはぬいぐるみに嵌まったとか嵌まってないとか。

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