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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第3章 三つ巴の物語

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53 理性の寄る辺

※若干グロ注意

「ッらァ!」


 最初に動いたのはサラマンダーだ。赤熱する拳を地面に撃ち下ろす。どろりと溶けた岩石が衝撃波と共に飛び散る。バリーが腕を振り上げた。


「恵みの精霊よ、加護を受けし者に応え、笞刑(ちけい)にて咎を洗え!」


 手のひらから放たれた高圧水流が蛇のようにうねり、溶岩から温度を奪う。岩石に戻ったそれを1つ残らず叩き落とし、バリーは地面を蹴った。


「ザクロくんは上から攻撃を! シャオとラビは期を見て援護をお願い!」

『あいわかった!』


 ザクロが大きく炎の翼を広げて中空に躍り上がる。それとほぼ同時にバリーはサラマンダーの目の前にたどり着いていた。予想外だったのか、陽の色の瞳が大きく見開かれた。が、次の瞬間には愉しそうに細められる。


「太陽に近づいた鳥がどうなるのか……知らねェのか?」


 迎え入れるように広げられた両腕。その内側は陽炎すら灼く白に色を変えている。バリーの纏っていた水のベールはとうに蒸発し、肌がひび割れるほどの熱波に生身を晒していた。

 が、真珠色の瞳は乾くことなく前を見据えている。乾いて割れた唇は弧を描き、滴る血を蒸発させていた。


「生憎と僕らはドラゴンだからね」


 血液の脈動する音が皮膚を突き破りそうな勢いで鳴る。暴れる血管の浮かび上がった拳が振りかぶられた。17年前に覚醒してから、()()()振るったことの無かった全力の力だった。


「ッぐぅ……!」

「づ、ぁ!」


 まともに腹に入った拳にサラマンダーは低く呻き、後ろに向かってたたらを踏んだ。ほぼ同時にバリーの方からも押し殺した声が上がる。灼熱に打ち込んだ拳が焼ける程度で済むはずもなく、皮膚は蒸発し筋肉が剥き出しになりかけていた。


「ガァアアアアアアッ!」


 続けざまに降下してきたザクロが炎を纏った体当たりを食らわせる。今度こそ吹っ飛んだサラマンダーは壁に埋まるように激突した。もうもうと砂煙が上がる。バリーが血の混じった唾を吐き捨てた。


「恵みの精霊よ、加護を受けし者に応え、癒しの雫を与えよ」


 詠唱と同時にバリーは全身に力を込める。底上げされた自然治癒力に魔法が合わさり、瞬く間にひび割れた身体が元に戻って新しい皮膚が生成される。


「バーサクモードの治癒力に癒しの魔法の合わせ技か」


 とん、と再び地面に降り立ったサラマンダーがこきこきと首を鳴らした。唇の端にこびりついていた乾いた血が剥がれて落ちる。


「そう長くは持たねェなァ?」

「まぁ、そうだろうね」


 肩をすくめたバリーが腰を落として構えを取る。対してサラマンダーは片足に体重をかけて棒立ちしていた。


「身を削るってのはよォ、胸糞悪ィんだよなァ……ッ!」


 赤い眼光が尾を引いて迫る。それを認識するよりも先にバリーの足元が崩れ落ちた。合わせて身を低くすれば、炎を纏った拳が頭上を通り過ぎていく。


「チッ!」


 苛立ちを零したサラマンダーが振り抜いた拳を素早く引き、今度は足を振り上げた。が、そちらもザクロがバリーを爪に引っ掛けながら下がったために鋭く空を切る。とは言え、カマイタチのように渦巻いた風はバリーの鼻先を微かに引き裂いていった。

 いてて、と小さく呟いたバリーが瞬きをする間に鼻先の傷は溶けるように消える。にこ、といつもの笑みを浮かべて、口を開いた。


「こんな感覚なんだね……僕の全力ってヤツは」


 かすり傷1つなくなった手のひらを握っては閉じ、先の感覚を思い出す。跳ね上がった鼓動、沸騰する血液、脈動する筋肉。その全ては歓喜にうち震えていた。


「ふふ……あぁ、たのしいなぁ」


 17年間、闘う為の身体に押し込められてきた本能が、歓喜に震えている。暗い悦びが濁流のように押し寄せてくる。もっともっとこの力を振るいたい。あの時のような直ぐに壊れるモノじゃなくて、もっと頑丈で強いモノに。


 カルラの支配に不満を覚えたことはない。抑圧されていたという感覚があったわけでもない。それでも今、この瞬間に感じていたのは確かな解放感と全能感だった。


「あァ、なァるほど」


 サラマンダーが釣られたように笑う。


「餓えてたのか、テメェ」

「そうなのかもね。僕も今知ったよ」


 熱に強い身体が創り出されていく。焼けない皮膚が新たに生成される。バリーの身体は瞬く間に闘いの中に適合し、必要な変化を遂げていく。まだまだ闘いたい、というバリーの望みに応えるように。


「バハムーンの本能ってやつなのかな? どんどん力が溢れてくるんだ――君を前にしていると」


 精霊という世界の理を担う存在、魔法の根源、苛烈を司る者。それを前にバリーが感じていたのは畏怖や恐怖ではなく、歓喜だった。


「何で、お前に加護を与えたのは俺じゃなかったんだろうなァ」


 至極残念そうにそう言ったサラマンダーが視界から消える。バリーは両腕を顔の前で交差させ、後ろ向きに地を蹴った。燃え盛る拳がバリーの防御に突き刺さり、振り抜かれる。後ろへ飛ぶことで勢いを殺したバリーはすぐさま体勢を整え、翼を広げて宙へと踊り上がった。

 その瞬間にザクロが放った炎のブレスがサラマンダーへと襲いかかる。が、それを片腕を薙いだだけで霧散させると、足に炎を纏い力強く地を蹴った。バリーが空中で迎え撃つ。切り裂かれた脚で、焼き切られた腕で何事もなかったかのように闘いを続ける。


「ラビ、大丈夫? 行けそう?」


 激戦を繰り広げている2人と一匹から少し離れたところで、シャオが水球に囁きかける。ぱらぱらと飛んでくる火の粉を払いながら空中戦を見上げていた。

 シャオが多少かばっているとは言え、バリーの張った水の膜はじりじりと蒸発して熱波が1人と1匹に迫っている。ラビは残り少なくなりつつあった温い空気を一息に吸い込んだ


「生命の精霊よ、加護を受けし者に応え、大地に道を切り開け!」


 ラビが手をついていた地面がぼごっ、と重い音を立てて微かに膨れ上がる。そこをクルが突っつくと、地表が割れて空洞が顔を覗かせた。転がるようにそこに入れば、幾分か体感温度が下がる。


「じゃあ、合図したらお願いね!」


 そう言ったシャオが両手を頭上に掲げる。舞い散る火の粉が凝縮し、シャオの元へと集まって形を成した。炎の蛇が地面を舐めるように呑み、壁を削る。煙を吐きながらシャオの元に戻ると、その足元に赤い塊を吐き出す。


「ん、しょっと」


 未だ赤熱したままのそれから突き出したグリップを握る。熱を逃がそうと一度振り回せば、黒光りするヘッドが重く空を切る。シャオが創り出したのは巨大なハンマーだった。シャオの身の丈ほどある柄に、両口のヘッドがついたものだ。細部にこだわる余裕は当然なかったのだろう。取り敢えず形を作ったというような無骨なものだった。

 ハンマーを抱え直し、シャオはバリーの方を見上げる。楽しそうに笑っている。それでもシャオは彼をこのまま戦い続けさせることは出来なかった。


 バーサクモードは当然身体に巨大な負荷がかかる。事前にカルラからそう聞いていた。そうでなくとも変化と超再生を繰り返すことが、身体にとって負担にならないはずがない。


『押さえつけてたアタシがこんなこと頼むのもなんだけど、ヤバくなったら止めてやってくれよ』


 カルラの言葉を反芻する。元来大人しい気性のバリーにとっては、バーサクモードでいること自体が苦痛であり恐怖だった。それを上塗りするほどの高揚感を感じているのは本能なのだろう。

 なら、今()はどこにいるのだろうか。己のことを化物と呼び、頑丈な部屋に引きこもって泣いていた彼は、どこにいるのだろうか。カルラが外の世界へと引っ張り出し、シャオの作った道具で日常を取り戻した彼は。


 軽やかに地を駆ける。ザクロとバリーが目隠しになっているお陰で、小柄なシャオにまで気が回っていないようだ。誰も地面の方など見ていない。


「ラビ、お願い!」


 シャオが叫ぶのと同時に、足元がボコりと膨れ上がる。瞬間、勢いよく走った亀裂から爆発するように砂煙が噴出する。合わせて地を蹴ったシャオを押し上げるように宙へと舞い上げた。


「バリー! 避けてー!!」


 轟いた声に思わず後ろを振り返り、飛び退く。サラマンダーの方も予期せぬ乱入者に驚いたのか、打ち込もうとしていた拳は空を切っていた。

 高く跳躍し、両手で構えたハンマーが天高く振り上げられた。サラマンダーは舌打ちすると片手を伸ばし、炎を集めて撃ち出す。着弾を確認することすらせずに、バリーの方へと向き直った。


「は……?」


 が、バリーは空を見上げていた。それも酷く驚いた表情で。釣られたサラマンダーの視線もそちらへと向かう。途端に大きく見開かれた瞳に、それは映った。


「あァ? どういうことだァ!?」


 思わず叫んだのも無理はなかった。しかし思考する間もなく、()()()()()()が空中でくるりと一回転する。


「そぉーれッ!!」


 構え直したハンマーが重力に引かれ、反射的に飛び退いたサラマンダーの足元に炸裂した。轟音が響き渡り、衝撃波がもうもうと上がった砂煙を掻き消す。晴れた視界の中に映ったのは、深くえぐれたクレーターと、喉元に向かって伸びてきていた岩の針。


「ミョルニル……!」


 サラマンダーの口元が楽しげに弧を描いた。

ヒトが本能で動いているとき、そのヒトの理性とか感情はどこにいるんでしょうね。

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