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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第3章 三つ巴の物語

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52 進撃の精霊

「こー……れはまた」


 ザクロから受け取った手紙を読んだカルラはこめかみを押さえた。バリーとシャオが顔を合わせて首を傾げる。


 狂信者たちが暴動を起こしてから実に3日足らずのことだ。シャオの紹介で派遣されたドワーフの協力を得て、ようやっと瓦礫の撤去を終えたばかりだった。そんな折に酷く急いだ様子のザクロが舞い下りたのだ。


「どうしたの? アクアからなんだよね? アオイとは逢えたのかな?」


 そわそわと尻尾を揺らすシャオが質問を連ねる。カルラは1つ頷くとバリーの方へと向き直った。バリーが無意識に背筋を伸ばす。


「世界の危機にアンタの力が必要なんだってさ」

「……どういうこと?」


 もっともな問いにカルラが手紙の内容を簡単に説明する。途中ザクロの補足も入り、男の名と正体を告げた時にはシャオが尻尾をぴんと立てたまま数秒固まっていた。バリーも表情こそ変えなかったが驚いてはいたようだ。たまたま持っていたペンを黙ったまま握りつぶしていた。


「……で、その精霊の領域に入るためにアンタが――覚醒者が必要なんだとさ」

「……なるほど」


 無意識に手をやった首筋で逆立つ鱗。バハムーンの覚醒状態、バーサクモードに入っている証だ。


『魔物の方は我が同行する。復興の途中で悪いが、人員を割いてくれ』


 勿論、と答えたカルラの視界の先で赤紫の頭が上下する。その視界に入ろうとシャオが飛び跳ねた。


「オイラも行っていい? 炎の魔法使いだし、サラマンダーとは相性いいと思うんだ」

「あ、じゃあさ」


 不意にバリーが片手を挙げる。


「もう1人と1匹、僕が指名してもいい?」


 笑顔で告げられた名に、カルラは薄く笑って頷いた。



◆◆◆◆◆



――スルト火山。二ダウェの奥地にあるその活火山は、噴火こそ滅多にしないものの火口が大きく、常に溶岩を煮え立たせていた。故にその周囲は非常に高温で、普通の動植物が生息出来ないほどの荒地となっている。


 バリー率いるチームはこの火山の上空にいた。バリーとザクロが並んで飛んでいる。


「うわ、あっつ……流石の僕でも生身だとちょっとキツイかもね。シャオは大丈夫?」


 毛皮着てるけど、とバリーはザクロの方を見上げる。その背から顔を覗かせたシャオが大きく首を振った。


「炎の魔法使いだし、鍛冶で慣れてるし平気だよ。クルがちょっと辛そうだけど」


 シャオの語尾に被さるようにみぃ~、と元気のない鳴き声が聞こえる。同時にちゃぶんと水音がした。


「あんまり動かないでね、クル。まだ水の魔法は慣れてないんだから」


 手のひらサイズの水球にぐったりと突っ伏すカーバンクル。彼を大事そうに両腕で抱えていたのはラビだった。身体の周りを薄い水の膜が覆っている。


「火口に入るんだっけ? もうちょっと水のベール厚くした方がいいよ、そのくらいじゃ中身と一緒に蒸発しちゃう」

「怖いこと言わないで下さいよっ」


 思わず叫んだラビの輪郭が奇妙に歪む。少しだけ顔をしかめたバリーは高度を落としてラビの頭に触れた。


「水は砂よりも流動的だから、イメージをしっかり持たないと駄目だ。闇雲に厚くするんじゃなくて、薄い膜を重ねて融合させるイメージでやってごらん――こんな感じに」


 ふ、と短く息を吐いたバリーの周りに水蒸気が漂う。それは瞬く間に凝縮して透き通り、バリーの身体を覆った。それを目に焼きつけ、ラビは穏やかに吸い込んだ息をゆっくりと吐く。そうして、言葉を口にした。


「恵みの精霊よ、加護を受けし者に応え、種を護る繭となれ」


 ぶわりと湧き上がった水がラビとクルの周りに纏わりつく。所々歪んではいるものの、しっかりとした膜を確認すると、バリーは満足げに頷いた。


「よし。じゃ、行こうか」

「あの、待ってください」


 ん? と糸目が声を振り向く。その先ではクルを抱きしめたラビが不安げに瞳を揺らしていた。


「どうして僕を選んだんですか?」


 ラビの問いの通り、彼を指名したのはバリーだ。カルラの了承を貰ったその足で復興のために働いていたラビを上空からかっさらい、ここまで連れてきたのである。大体の事情とこれからなすべき事はザクロの背中で聞いたものの、疑問と不安が消えることはなかった。


「それなりに付き合いが長くて、魔物と仲良い子って言えば君だもの。結構強い魔法使いでもあるしね。しかも二重属性だし」

「……」


 帰ってきた答えに納得はしていないのだろう。唇を引き結んだラビにバリーはからからと笑う。


「後、君の過去に親近感覚えちゃったからさ」

「え?」

「さ、行こうかザクロくん」


 うむ、と短く応えたザクロが翼を畳んだ。重力に従った巨体が火口へと真っ逆さまに落ちていく。その隣でバリーも一直線に降下していた。どことなくわくわくしているシャオとは対称的に、ラビはクルを強く抱きしめる。


「さあ、鬼が出るか蛇が出るか?」


 跳ね上がった溶岩がバリーの頬を舐める。じゅ、と音を立てて黒く固まった岩石が落ちていって、赤い水溜りに波紋を起こした。広がった波が奇妙に歪む。瞬いた瞳の中で、波紋は複雑な紋様へと――魔法陣へと姿を変える。


「命知らずな奴らだなァ」


 不意に低く声が轟いた。途端、魔法陣が目を開けていられないほどの閃光を放ち、辺りが白く塗りつぶされる。


 そうして、気がつくと一行は暗闇の中にいた。ザクロの燃える翼でも照らせないような闇の中だ。気配で全員いることを確認し、バリーは口を開く。


「炎の精霊、サラマンダー様はおられますか? 世界の危機につき、お力添えを頂きたく参上仕りました!」


 張り上げた声が周囲に反響する。バリーたちは巨大な空洞の中にいるらしい。バリーの口上の後、暫し沈黙が漂う。ラビが不安げに視線を巡らせた。どこを見たところで変わり映えのない黒だったが。


「ユグドラシル様に貴方様のことを聞きました。世界を救うためには貴方様の力が必要なんです! どうかお応え頂けませんか!」


 今度はシャオが懇願する。暗闇の奥からくつくつと笑い声が響く。


「何べんも言わなくても聞こえてるってェの。ちょっと品定めしてただけだよ」


 声と共にぱちんと指が鳴る。途端に一行の目の前で炎が燃え上がった。バリーは糸目を瞬かせ、真っ直ぐに前を見る。


――世界中の雄々しさをかき集めて形を成したような男が、そこで胡坐をかいていた。短く刈りあげられた金色の髪に浅黒い肌。炎を閉じ込めたような陽の色の瞳。己の身体の完璧さを誇るように、均衡のとれた肉体を覆うものは下半身にまとった燃え盛る衣のみ。そのむき出しの胸の中心に炎を模した紋様が刻まれている。


 バリーは無意識に唾を飲んでいた。男の放つ熱波と威圧に、こめかみを生理的な汗と冷や汗が混じって流れ落ちる。


「世界の危機……ねェ。ウン千年前のクソ馬鹿のケツ拭きに来たわけか、大変だなァ」


 腰に纏う焔が勢いを増した。確かな苛立ちを感じ取り、バリーは片手を広げてシャオとラビの前に出る。ザクロもバリーに倣って一歩前へと出た。凛々しい眉を跳ね上げたサラマンダーが、一転して楽しそうに笑った。


「あァ、お前が覚醒者か。バーサクモードのバハムーン……これはなかなか楽しめそうじゃァねェか」

「……楽しむ、とは?」


 答えを与えないまま、サラマンダーがゆらりと立ち上がる。静かに片腕を上げれば、壁を這うように炎が広がっていった。じりじりと肌を焦がす高温に、ラビが激しく咳き込む。


「ゲホッ、ぁ、かひゅっ……!」


 水のベールを纏っていても灼熱の空気が容赦なく喉を焼く。滝のように流れていく汗と共に視界が揺れる。


「恵みの精霊よ、加護を受けし者に応え、種を護る繭となれ!」


 ついさっき教わったばかりの魔法がラビの身体を包んだ。幾重にも重なった水の層は厚いのに透き通っている。ひりひりと痛みを訴える喉にひやりとした空気が吸い込まれる。息を整えてバリーを見上げれば、開かれた目で真っ直ぐに前を見つめていた。その眦を汗が流れ落ちていく。


「炎の魔法は、4つの魔法の中で最も苛烈」


 唸る炎に紛れてサラマンダーが呟いた。吊り上がった唇から牙が零れる。差し出された手のひらに炎が灯った。凝縮された太陽のように、煌々と、ごうごうと赤熱する。


「故に俺の試練は、力――お前たちの力を、俺に示せ」


 小さな太陽を握り潰した燃え盛る手が、振りかぶられた。

やっとファンタジーな感じになってきましたね。

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