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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片ユカリ
第3章 三つ巴の物語

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49 帰還と到着

 固く閉ざされていた瞼がぴくりと震えた。何度か瞬きを繰り返してようやく網膜が像を結ぶ。碧はぼんやりと白っぽい天井を見上げていた。動かそうとした身体はひどく重い。


 あぁ、戻(・)っ(・)て(・)き(・)た(・)の(・)か(・)。ぼんやりとそう考えていると、まだ鈍い聴覚が扉の開く音を拾った。続けてばさりと何かが落ちて広がる音。緩慢な動作でそちらに目を向けると、口を押さえたナツナが立っている。足元には本が数冊転がっていた。


「……けほっ、ぅ」


 声を出そうとすると乾いていたらしい喉がひりつく。慌てた様子のナツナが駆け寄ってきてベッドサイドに置いてあった吸飲みを口元に当てた。


「大丈夫?」

「……ん」


 幾らか水を飲むと喉の調子もマシにはなった。身体を起こそうとすると、ナツナが支えてくれる。


「ここは……?」

「ボクんちだよ。ねぇ、アオイ身体大丈夫?」

「なんか、だるい……?」


 半分うわ言のようにそう言えば、ナツナはきゅ、と眉を寄せた。


「丸1日眠ってたんだよ……ねぇ、ほんとに大丈夫? 痛いとことかない?」


 ナツナは碧の額や頬をペタペタと触って体温や脈拍を確かめる。まだ覚醒しきっていない碧はされるがままだった。そうしている内に異常はないと判断したのか、碧の顔を覗き込んだ。


「何があったかわかる? アオイ、森に入った途端に倒れちゃったんだよ。それからずーっと眠ってたんだ」

「倒れた……?」


 未だぼんやりとした脳がその言葉に違和感を覚えた。うっすらとした記憶を何とか引っ張り出す。森の中に入って直ぐに2人とはぐれて、それから――。


「あ」


 途端に記憶と情報が怒涛のように押し寄せてくる。少しだけ目眩を覚え、碧はこめかみを押さえた。心配するナツナの声が遠退いていく。


「そう、だ……ユグドラシルに、逢って……」

「ユグドラシル……?」


 口から零れた言葉にナツナがぴくりと反応する。それに言及するよりも早く、開いたままの扉からディックが顔を覗かせた。


「ナツナ? どうし――」


 中を見て状況を把握したのだろう。少し驚いたように目を見開くと、安心したように微笑んだ。


「起きたんですね。気分はどうですか? 何か食べられそうです?」


 ディックがそう尋ねるのを待っていたかのように碧のお腹が切ない音を立てた。赤面する碧にディックは微笑むと、キッチンへと向かう。


「丸1日何にも食べてないんだもん。そりゃお腹空くよ」


 ボクなら一食抜いただけで倒れちゃうもんね、とフォローなのか何なのかナツナはそう言った。見間違いでなければ、その口と目元は笑っていた。


 もうお昼前だからとナツナとディックもベッドサイドに机を用意して昼食を取ることになった。もくもくとスープを口に運んでいると、不意に玄関の方から声が聞こえてくる。


「あ、帰ってきたみたい。おとーさん、おかーさーん!」


 ナツナは食べかけの皿を置いて玄関へと走っていった。ディックが溜め息を吐くのとほぼ同時に、男性のものらしき呻き声が聞こえる。カガリがタックルを食らったのであろうことを想像し、ディックは苦く笑った。


「両親が帰ってきたようです。話はしてありますので、大丈夫ですよ」

「あ……はい」


 思わず置いていたスプーンを持ち直す。多少回るようになった脳みそはひたすらユグドラシルの言葉を反芻していた。正直なところ上手く説明出来る気がしないが、頑張らなければ。そんなひそかな決意を抱いた横顔を、ディックは不思議そうに見つめていた。

 不意にその視線が窓の方へと向かう。それを待っていたかのように窓の外に舞い降りた影があった。碧がぴくりと小さく身じろぎする。一瞬大きく目を見開くと、その表情がふわりと明るくなった。


「アクアさんたち、スバルムに到着したそうです」

「え? あぁ……その仔が教えてくれたんですね」


 窓枠でぴょこぴょこと跳ねていたのは小さな火の玉だった。ふわふわと宙を踊りながら火の粉を振りまいている。炎の魔物、ウィルオーウィスプだ。

 この魔物は実体を持たないため、本体が望まない限り何者も触れることは出来ない。いつの間にか家の中に入ってきて悪戯していることも多いのだそうだ。


 ディックはごそごそとズボンのポケットを探ると、小さなキャラメルを取り出した。それを窓枠に向かって放る。ぴょこんと一際大きく跳ねたウィルオーウィスプは、窓ガラスを通り抜けてキャラメルをキャッチした。じゅっ、と包み紙が燃え上がり、甘く焦げた匂いが漂う。


「彼らはお菓子が大好きなんですよ。こうしてお菓子を上げると夜灯りになってくれたり、キッチンで火の番をしてくれるんです」


 漂う火の玉の、おそらくは頬にあたるのだろう部分が丸く色づいていた。嬉しそうだな、とぼんやりと思っていれば、不意にその火の玉が碧の元へと降って来る。


「わ、ちょ」


 スープの皿すれすれに着地したウィルオーウィスプは、その曖昧な丸い輪郭からにょきっと小さな手らしきものを生やした。ふわりと湯気が漂い始める。


「あ、あっため直してくれたんだ。ありがとう」


 礼を言えば、楽しそうにきゅいきゅいと鳴きながら部屋の中をくるくると回り始める。


「……おじさんたち迷わないかな」

『ボクらがあんないするからダイジョウブ!』


 任せて! と言わんばかりに跳ねる火の玉にディックが笑う。えらくご機嫌ですね、とそう呟く彼に魔物の声は聞こえていないのだ。



◆◆◆◆◆



「おぉ……なかなか壮観だな」


 砂浜に立ったエドワードの第一声がこれだった。眩しそうに目を眇め、手をかざして見やる先には青々と生い茂る森。と、煌々と灯る火の玉の群れだった。一定の間隔を開けてふわふわと浮かんでいる。


「道案内なのかな?」

『そうみたい。レーラズまで案内してくれるって』

「そっか、ありがと――おぉ、不思議な感触……」


 男が伸ばした手を受け入れるウィルオーウィスプの傍らで、チビがふんふんと森の匂いを嗅いでいた。懐かしそうに一声鳴いて尻尾を振っている。そのまま先導するように走り出したチビを追い、男やエドワードも歩き出す。

 ウィルオーウィスプの放つ光のお陰で、深く分け入った森でも明るい。木の根に足を取られないようにだけ気をつけながら、楽しそうに駆けるフェンリルを追う。不意に、足音が1つ立ち止まった。


「どうした?」

「……いや」


 何でもない、とそう答えた男の腹に灰青色の頭が突進する。虚を突かれたのか、受け入れたのか。大柄のチビの頭突きをまともに食らった男はたたらを踏みながら数歩下がった。


「……ん、ごめん。早く逢いたいよね」


 男の腹に埋まったままのふかふかの頭が左右に振られて擦りつけられる。くぐもった鳴き声が聞こえてくるが、男には何と言っているのかまでは分からない。取り敢えず長くなった毛に手を埋めて撫でてやった。

 再び歩くことしばらく。木々の間隔が広くなってきたころに、ベティが鞄から顔を出した。


「どうかしたの?」


 思わずそう尋ねたが、聞いたところで返ってくるのは鳴き声だけだ。ぴくんと耳を動かしたグレイが男の脳内へと言葉を滑らせる。


『ナツナがこっちに向かってるみたい』

「ナツナってのは確か、コイツのご主人様だったか?」


 ご主人様という呼び名に抗議するようにベティがエドワードに突進する。寸でのところでそれをかわしたエドワードは器用にも小さなウサギの首根っこを掴んだ。不満げな顔でぎぃ、と一声鳴かれる。

 そんなやり取りの内に、男の耳はなかなかのスピードでこちらへと迫ってくる足音を拾っていた。ディアボロスの女の子と聞いていたが、どんな子だろう。そんなことを考えていると、その答えが鳩尾へと飛び込んできた。


 手心のあったチビとそう変わらない勢いだった少女は、男の腹にそう少なくないダメージを加えながらごつい身体を数歩後ずさりさせた。男がヴッ、と小さく呻いたきり、誰も何も言わないまま沈黙だけが漂う。こてん、と可愛らしく小首を傾げた少女が腹に貼り付いたまま男の顔を見上げた。


「初めましてー! ベティから聞いてると思うけど、ボクがナツナだよ! よろしくねぇ!」


 呆気に取られたエドワードの手から逃げ出したベティがナツナの身体を登っていく。頭頂部にちょこんと茶ウサギを乗せた少女は文句のつけようもなく可愛い。ぱっと男の腹から離れたナツナは今度は男の手を握った。


「ほら、早く行こー! アオイもちょっと前に起きたばっかだし、色々話聞きたいんだ」

「起きたばっか?」


 男が怪訝そうにナツナの台詞の一部を反芻する。木々の隙間から見える太陽は頭上よりも少しズレた位置でさんさんと輝いている。ナツナの表情が少し曇った。


「森の中で中身(たましい)だけどっかに連れてかれちゃってたみたいなんだ……ついさっき、戻ってきたばっかりなんだよ」

「……それ、大丈夫なの?」

「お腹鳴ってたけど、他には問題なさそうだったよ」


 後ろ向きのまま男の手を引きつつ歩き出すナツナ。男とエドワードは一度だけ視線を交わすと、ナツナの案内に従って歩き出した。

 森を抜ければ、大きな門が目に入る。見張りらしきディアボロスが2人立っていたが、ナツナの姿を見ると軽く頭を下げて両脇に避けた。


「お帰りなさい、ナツナ。その方々が例の?」

「うん。なんか分かったら直ぐに伝えるね」

「えぇ、頼りにしてますよ」


 親し気に笑うナツナはどこまでも幼い。が、見張りたちのナツナへの態度は小さい子を可愛がる時のそれとは少し違っていた。男たちは軽く会釈をしながら門をくぐる。


「ナツナって何か偉いディアボロスなのか?」


 道すがらエドワードがそう問えば、ふるふると小さな頭が横に振られる。


「ううん、別に。どっちかっていうとお兄ちゃんの方が偉いかなぁ」


 守り人だし、とナツナは誇らしげにそう言った。首を傾げた男に集落の代表みたいなものだよと続ければ、へぇ、と感心したような相槌が返った。


「でも魔法はボクの方が得意なんだよ! 『アニマ』も使えるしね!」

「え」


 エドワードは頭1つ半ほど低い位置にあるつむじを見下ろした。


「え、お前幾つ?」


 ディアボロスはデミヒューマーには珍しく外見と年齢が一致するタイプだ。ナツナは高めに見積もっても精々10代後半程度の見目をしていた。


「こないだ13歳になったんだよ。エドさんは幾つ? 200歳くらい?」


 こともなげにそう答えたナツナにエドワードは内心目を剥いていた。が、バリーも齢6歳で覚醒していることを思い出す。むしろ若人の特権なのかと思い直し、ナツナの質問には182とだけ答えておいた。ふーん、とあまり興味なさそうな返事が戻る。


 やがて一行の目にレンガ造りの一軒家が見えてくる。その玄関口には2人の人影が立っていた。片方は頭部に角が生えたディアボロスだ。影の片割れがこちらへと駆け寄って来る。


「あ、えっと……」


 男たちに駆け寄ったは良いものの、第一声に迷っているようだった。チビが千切れんばかりに尻尾を振っている。ベリルが甲高く鳴き声を上げる。


「ご心配、おかけしました。あの、もう大丈夫なので」


 笑う黒曜が、どこか大人びて見えた。

やっと合流出来たけど、本編の時間軸だと2日くらいしか経ってないんですよね。

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