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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第3章 三つ巴の物語

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45 出遅れた1歩目

 居住区で起こった暴動が収まるには数時間を要した。エドワードも文字通り飛び回って教団のヒューマーを捕らえ、暴徒をいささか乱暴にだが可能な限り大きな怪我をさせないように取り押さえた。後は金網の修理と今後の対応を考えるのみとなったところで、カルラの屋敷へと呼び戻される。

 そうしてそこで、衝撃の事実を聞かされることとなった。


「はぁ!? マジかよ!」


 碧がバーデン教団に連れていかれてしまったと聞き、思わず叫んだエドワードに男は唇を噛み締めたまま頷く。別に信じていなかった訳ではないのだが、その様子にこれが揺らがない事実なのだと思い知った。

 周りを見れば、チビも元気がない様子で尻尾を垂らしている。ベリルはというと落ち着きなく部屋中を飛び回っていた。いつもとは逆だ。


「クソッ、アイツら……!」

「そのアイツらの数人に情報を吐かせてる。察しはついてると思うが、暴動はただの囮だったらしいな」


 部屋に入ってきたカルラが開口一番にそう言った。そうして戸口で立ち止まったまま、頭を下げる。


「この度は暴徒鎮圧に御助力いただき感謝する。ギムレーを代表して謝辞を申し上げる」


 そうしてぱっと顔を上げるとその表情を更に引き締める。


「アオイの事については詫びも含めて全面的に協力させてもらうよ」

「……ギムレーが詫びる必要はないと思うけどね」


 男がへにゃりと眉を下げる。存外落ち着いている様子にエドワードは安堵と共に違和感を覚えていた。独り首を傾げていると、頭上で羽音が鳴る。間髪入れずに肩にずしりと重みが乗ってきた。


「ッと、ベリルか」


 羽休めのつもりなのか、舞い降りたベリルを指先で撫でてやる。随分と体温が高いような気がした。


「ご主人様がいなくて落ち着かねぇか」


 応えるようにベリルが一声鳴いた。がちがちと耳元で嘴が狂暴な音を立てる。喰いつかれそうな距離で鳴るそれはなかなかに恐怖を煽るものだ。しかしながらこれが教団に向くのだろうと考えると、仄暗い気持ちが湧き上がってくるのもまた事実だった。


「は、」


 自嘲が唇から零れた。殊の外己の中に食い込んでいた存在を自覚し、溜め息も出る。碧や男が世間一般的なヒューマーではないことはわかっていた。彼らは特殊な考えを持ったヒューマーだ。何の怯えも嫌悪もない目線は、心地よいぬるま湯だ。


『ごめんね、ボクが連れてっちゃったから』

「気にするこたねぇさ。アイツらのために必要なことだったんだろ?」


 しょんぼりとした顔を覗かせたケルピーを撫で、横目で俯いて縮こまっているラビを盗み見る。ザンバラの茶髪の天辺に乗った桃色の尻尾が忙しなく動いて、その髪を更に乱していた。


『アオイがね、クルとラビの事助けたいって言ったんだよ。クルもアオイの事呼んでた』

「……呼んでた?」


 藻のような鬣を梳いていた手が不意に止まる。うかがうように視線をやれば、黒馬はこくんと大きく頷いた。


『アオイね、魔物とおしゃべり出来るようになったんだ。だからクルが呼んだのわかったんだよ』

「…………は?」


 エドワードは短音を吐きながら、思わず男の方へと視線を向けた。それを受け取った男が唇を引き結んだまま、グレイと同じ仕草を寄越す。


「どういうことだ?」

「……言葉通りだよ。ニダウェに来る少し前から聞こえてたみたい。自覚した上ではっきり話せるようになったのはほんとについさっきだって」


 おいおいマジか、と呟きが口内に消える。


「……その顔だと前例はなさそう?」

「ん。200年近く生きてるが、初めて聞いたぜ。デミヒューマーでもそんなヤツは聞いたことねぇ」


 そも、魔物と共に生きるヒューマー自体稀有な存在だ。エドワードは諸事情あってニダウェに住んでいたこともあったが、そこでも魔物と暮らすヒューマーは少なかった。最近は第2世代や第3世代の増加に従ってラビのような子供もじわじわと増えてはいるようだが、それも魔法使いに限った話だ。


「ま、俺は無駄に長生きなだけで世界の隅々まで見てきた訳でもねぇけどな」


 エドワードがそう言い添えたところで開けっ放しだった扉からシャオが顔を覗かせた。シャオもエドワードと同じく暴徒鎮圧に駆り出されていたのだ。汚れた毛皮をぱたぱたと叩き、ぶるぶると頭を振って砂を落としている。

 そうして、改めて部屋を覗き込んだ犬のような耳がしょんぼりと垂れる。全身で悲しみを表現するその様子に吊られたのか、チビがきゅーんと切なげに鳴いた。男がその頭を優しく撫でる。シャオの方はカルラがくしゃくしゃと撫でまわしていた。


「やっぱりあのヒューマーたち、アオイのこと神さまにしたいんだ」

「神さま、ねぇ……」


 シャオの呟きを拾った男がぽつりと呟く。苦々しさに満ちた声だった。部屋に重い沈黙が漂う。が、不意に垂れていた耳がぴん、と立てられた。シャオとチビ、両方同時にだ。けだるげに寝そべっていたルーナも顔を上げる。


「何か、聞こえる?」


 チビが同意するように小さく鳴いた。不意にザクロがグレイの隣から顔を出す。鋭い牙が見える口に、何やら小さなものを引っかけていた。


「……ジャッカロープ?」

『そのようだな。よくわからんが足元でうろちょろしていたので捕まえた……放っておくと踏みそうでな』


 襟首の辺りを噛まれた子ウサギがザクロの動きに合わせてぷらぷらと揺れる。これまた小さな手足と頭に生えた小ぶりながらも立派な角を振り回しながら、きぃきぃと甲高い鳴き声を上げていた。


『む、スバルムから?』


 何やら会話が始まったらしい。チビやベリル、グレイにルーナがザクロの元に集まって銘々に鳴き声を上げている。置いてけぼりになったヒト同士で顔を見合わせていると、6匹がほぼ同時にきゃらきゃらと笑いだした。


「何話してんだ?」


 エドワードは思わずそう呟くも、男やカルラは肩をすくめて首を横に振るだけだ。シャオも忙しなく耳を動かしてはいるものの、聞こえているのは他の者たちと同じくただの鳴き声だろう。――ここにアオイがいれば。そう思ってしまうのは仕方のないことだった。


 そうして魔物たちはひとしきりはしゃぎあった後、一斉にこちらを振り向いた。


『アオイ、スバルムに向かってるんだって!』

「え?」


 男が素っ頓狂な声を上げたのは仕方のないことだった。ザクロの上顎から解放され、足元へとにじり寄ってきたジャッカロープに視線を落とせば、何やら得意げに見上げてくる。きぃきぃと鳴いているが、当然さっぱりわからない。


『ベティのご主人様でディアボロスのナツナと、そのお兄さんのディックがアオイの事助けてくれたみたい』


 簡単に翻訳してくれたグレイをエドワードと男が交互に撫でる。ご満悦で尻尾を揺らすグレイだったが、それは直ぐに速度を落として垂れ下がった。


『なんかね、スバルムの魔物たちの様子がおかしいんだって。だからアオイに相談したくて探してたみたい』


 器用にもグレイの頭によじ登ったジャッカロープ改めベティがふんふんと頷く。


「……その2人はアオイちゃんのこと知ってたの?」


 男の問いに答えるようにベティが鳴く。それを受け取ったザクロが皆の脳内に声を忍ばせた。


『その妹の方のディアボロスが覚醒者のようでな。『アニマ』でアオイを見つけたのだそうだ』


 ぴくりと男の指先が揺れた。『アニマ』は魂を見通す力だ。その力があれば、砂漠の中でたった1つの特別な砂粒を見つけ出す事が出来るだろう。


『それでね、アクアたちにもスバルムに来て欲しいんだって。モリオンの事とか、ミズガルドの事とか、教団の事とか聞きたいし話したいんだってさ』

「なるほど……」


 無精ひげを撫でた男はカルラの方を振り返った。今回の件で一番被害を被ったのは間違いなくギムレーだ。金網の修理も居住区の復興も優先すべき事項だろう。


「アクアやエドは先に行ってやりなよ。こっちはシャオがいれば大丈夫だ」


 ふかふかの頭を撫でながらカルラは笑う。


「ドウェルグにも連絡するよ。皆が来てくれれば直ぐに終わるだろうし。そしたらオイラもそっちに行こうかな」


 ドウェルグというのはドワーフの街で、シャオの生まれ故郷だ。ドワーフは手先が器用でものづくりを得意とするものが多い。ギムレーの復興もあっという間だろう。だから心配しなくていいよ、と朗らかに笑うシャオに、男はふ、と小さく息を零した。グレイの頭に乗ったままのベティに手を伸ばす。


「案内してくれる?」


 男の腕の中に収まった茶ウサギがミィ、と小さく鳴いた。



◆◆◆◆◆



「へぇ~、便利なんだねぇ……それ全部電気? で動くんだよね?」

「うん……あの、詳しい原理までは説明出来ないけど」

「そっかぁ……あっ、じゃあさ、さっき言ってた――」


 ぐいぐいと迫ってくるナツナを両手で軽く押し返す。どうにも好奇心旺盛なお子様のようだ。碧の話に逐一質問を挟み、キラキラと瞳を輝かせている。

 とはいえ高校平均の碧の頭で答えられる範囲はたかが知れていた。眉を下げる碧に助け舟を出すようにディックが前方を指差した。


「ほら、陸が見えてきましたよ」


 その言葉に碧とナツナがほぼ同時にそちらを向いた。真っ直ぐだった水平線の上にぼんやりと薄もやのかかった陸地が確かに見える。


『もうちょっとだな。スピード上げるか……落ちんなよ?』

「無理はしないでね」


 碧がそう言うが早いが、波が大きくうねった。きゃあきゃあと騒ぎながら、スキュラーたちがクラーケンの起こした白い泡と戯れる。


「すごーい!」


 ナツナが目を輝かせている内に小さかった陸地は眼前に迫り、はっきりとその輪郭を見せていた。小さな砂浜の直ぐ奥に木々の生い茂る森が見える。人影はない。

 クラーケンはある程度近づくと、3人を足でまとめて持ち上げた。そのままそろりと砂浜に下ろす。


『じゃあ、俺は行くぜ。せっかくだしニダウェの方も見に行ってくるか』

「ん、ありがとう。気をつけてね」

『アオイもね、きをつけてね。やっぱりぐらぐらしてるから』


 スキュラーの不安げな声に、碧はこくりと頷いた。ぎゅ、と小さな薄い拳を握って、森を見上げる。


――こわい、こわい、きもちわるい、たすけて。


 無数の声が、碧の耳の奥で木霊していた。それはどんどんと大きくなって碧の脳を揺らし始める。目の前に霞みがかかる。眩む意識の中でたった一つ、はっきりとした言葉が聞こえた気がした。

また少し筆が遅くなってます、すみません。

エタらないように頑張るぞ。

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